THUNDER
激闘続く黒鉄の塔。
白と金が乱れ弾けるその最上部。
「オレたちが勝つ!!」
「勝つのは我だ!!」
レンが全身に空気を纏って閃光に突っ込んでいく。
「いい加減に失せろ! 我が敵よ!」
「うおおおお!!」
ガウスが真っ向から暴風を受け止める。僅かに仰け反るが、ありったけの魔力で強化した足腰はそれ以上の後退を許さない。
そして直接触れたことで空間の歪も無意味になり、レンの体にはかつてないほどの電流が伝う。
「ヤバいレン死ぬ!!」
「……零距離!!」
「ぬ!?」
「オレたちは……!」
レンが全身に纏っていた空気を解放した。
ゼロ距離から空気が爆発する、その膨大なエネルギーは堪えていたガウスの足を浮き上がらせた。
「約束したんだ!!」
ごうと一陣の風が吹き抜けた、その瞬間。
エリーンの願いは届いた────
「これは……馬鹿な!」
「優しい光……知ってるぞ、これは……」
春風が綿毛を巻き上げるように。
光の粒子がぶわり、と、広がる。
「エリーン!!」
光に包まれた戦場で、零距離の反動で吹っ飛ばされたレンが名を叫ぶ。
エリーンが何か大切なことを成し遂げたということを、その場の誰もが感じていた。
「我が天雷が……! 魔力が抜けていく!」
空中のガウスは即座に魔力を生成しようとして、魔力の巡りが悪いことに気が付く。
エリーンがニエ・バ・シェロの魔力をガウスから解放したことで、ガウスの無限の魔力は失われたのだ。
「おのれ巫女め!! 邪魔をしおって!!」
「邪魔なんかじゃねぇ!」
痺れて動けない体で、ただ声を張り上げる。
「エリーンも戦って! テメェに勝ったってことだろ!!」
ジンたちが光の草原を駆け出す。
瞳にチカチカと光を反射させながら、カルキは上り詰めていく興奮に笑顔を浮かべていた。
「生の時間! 今がその絶頂だ!!」
「決める……!」
ガウスは天雷を失ったと知るや即座に切り替え、本来の魔力だけで迎え撃とうとする。
しかし天雷の喪失は思わぬ副作用をもたらした。
「ぐ!? 我が魔力までもがっ!」
「様子がおかしい……!?」
「よい、ならば外から寄せるだけのこと!」
魔力の生成の感覚にノイズが混じり、魔力の生成が十分に行えない。
それでも最強の魔神は、復活までに僅かばかりの時間を要することを自覚するや否や即座に別の手に切り替えた。
「“雷蒼万墜戟”!」
雷雲に放った天雷を呼び戻す。それは外部に留めておいた雷を少量の魔力だけで操作するが故に、今のガウスにとって最も効果的な技であった。
増幅された青い雷は奥義・裁きの鉄槌にも比する超威力を有し、必殺の切り札として黒鉄の塔に降り注いだ。
「させるかよ!!」
ジンが跳び上がり天に向けて無数の槍を伸ばす。
「“黒の爪”!」
黒鉄の塔の雷を引き寄せる爪からインスピレーションを得た形状のそれは、戦場を吹き飛ばすはずだった蒼雷をほとんど吸収し無力化した。
「ぎっ! がっはぁ……!」
「なんだと!?」
しかしジンの受けたダメージは極めて大きい。彼は着地もままならず腹から落ちた。
「ぐふっ、行けェ!! これが最後のチャンスだ!!」
「バカかよ……! 死んだら許さないからなっ!」
「だが見えた!」
レンもジンも感電でうつ伏せのまま動けない。
しかしガウスも奥の手を不発に処理された。カルキたちには問答無用で通用するだろう致死級の帯電も今は発動できない。
「く、よかろう! これも試練というのならば、甘んじて受け止めてみせよう!」
「はっああ!」
ガウスは魔力を身体強化に回してカルキの魔力刃を躱す。
しかしカルキは残りの魔力を全てここで吐き出すように無数の刃を生み出し続ける。致命的な一撃だけは見切って躱されているが、カルキの攻撃は確実に手傷を負わせてゆく。
「ぐっ……!」
「はぁっ!」
「次は貴様か、氷使い!」
魔力刃が止んだタイミングでハルが飛び込む。
折れた腕で、焼けた皮膚で、しかし最後の力を振り絞って氷の剣と盾でガウスを削る。
「ク……おおおっ!」
「ぐ、う!」
魔力を集中させた掌底が盾を破壊し、ハルを吹き飛ばす。
「ウオオオ! 我は負けん!!」
「なんて底力! いや執念!」
「クハハ! このまま時が過ぎれば我の勝ちだ!」
ガウスの執念がカルキとハルの猛攻を凌ぐ原動力になっている。そうすることで本来の力を取り戻すまでの時間も経過し、ガウスは少しずつ調子を上げていく。
「クソ……動け……ッ!!」
「今しかねぇんだ……ここで決めなきゃもう……!!」
動けない二人は歯を食いしばり、体を襲う電撃や疲労の呪縛に抗う。
そのとき、床に大きな亀裂が走った。
床だけではない。亀裂は塔に絡みつくように天へと伸びる黒鉄の爪にも走り、その奥から噴き出すかのように強い光が放たれている。
「こ、これはっ!?」
「塔が割れてる……!」
亀裂が入り脆くなった塔は小刻みに揺れ出した。
塔から漏れ出した光は徐々に強くなり、やがて魔力の放射へと変わる。外へと向かう魔力により内側から破壊は進行し、はじめは小さかった裂け目も巨大に成長していく。
「魔力が行き場を失ったか!」
「うわっ、揺れてる!」
この塔には今、聖域の魔力とガウスの魔力、そして雷から変換された魔力が包含されている。
しかしガウスによるコントロールが失われたことで融和され凪いでいた莫大な魔力は安定を失い反発しあうようになっていた。それはもはや塔そのものを内側から破壊する爆薬であり、黒鉄の塔は今まさに自壊がはじまっている。
落雷の衝撃に耐えきれなくなった誘雷の爪が、半ばから折れて床のヒビに突き立った。
それが合図となった。
「崩れるぞっ」
「うおああ!?」
「くっそ、やべぇ!」
足場が崩壊し、戦士たちは宙に投げ出された。
落下、しかし彼らの目は敵を捉えて離さない。
「「動けぇーー!!」」
塔の瓦礫に巻き込まれたまま落下すれば命はない。
二人の叫び声を切り裂いて、ハルの氷がガウスを襲った。
「“氷廻”!」
ガウスは近くの瓦礫を蹴って宙へと逃れた。
「これでホントに宙ぶらりんだね!」
「ぬぐぅ!?」
狙い澄ましたカルキの魔力刃を、減衰してなお破格の魔力で肉体を守ったガウス。両断を許さないものの深く斬れた肉体から血を噴き出し、ガウスは弾き飛ばされ壁に衝突した。
「仕留めきれない! わはっ、バケモン!」
「悪手! 貴様らはそのまま潰れろ!」
「……俺たちは!」
壁に一人手をかけたガウスが眼下の敵を見下ろし言う。
掴まるところのない敵はみな重力に引かれ残骸と共に離れていく。
「みんなに生かされたんだろ! 信じてもらったんだろ!」
彼らが戦う原動力になっているのは、リリカが信じてくれたから。
ここまで来れたのは、ミュウたちが船を守ってくれているから。
今生きていられるのは、ソリューニャが救ってくれたから。
「だから動けよ体!」
そしてエリーンが戦ってくれたからこのチャンスは実現したのだ。
その願いが彼らの体を動かす最後の力になる。
「ジーーン!」
「アァ、行ける! レン!」
ジンがレンの脚に乗る。
レンが膝を曲げて力を溜める僅かな間に、二人は小さく言葉を交わした。
「死んでも生きるぞ」
「当たり前だ」
「よし行けぇぇーーっ!」
レンが空気を破裂させ、勢いよくジンを蹴り上げる。
その余波はカルキたちにも及び、彼らが壁に掴まる助けとなった。
「…………!」
「ウオオオオ!!」
「幾度となく叩き落としても! そのたび立ち上がっては向かってくる!」
ジンは瓦礫を蹴ってガウスへと迫る。
「それだ! 勝利を信じてまるで揺らがぬその目で!」
そのまっすぐな瞳は、かつて己を倒した人間のそれを想起させた。ガウスはこの敗北を乗り越えるためにここでその瞳を殺すのだ。
「揺らぐかよ! なぁ!」
「我はもう二度と負けぬ!」
どちらも折れぬ一本の信念を己の芯とし、それゆえ不屈の闘志を燃やしている。
それでもこの戦いの果てには必ずどちらかの信念が折れるのだ。
「ハァアア!」
「ウオオオ!」
ジンの一撃。
ガウスは瓦礫に跳び移ってそれを躱す。
「逃がすか!」
「力が戻ってきたぞ!」
ジンはトンファーを伸ばし体を押し出す。
トンファーの突き立てられた壁は亀裂が広がり、魔力が噴き出してガウスとジンを呑み込んだ。
「ぐ!」
「おわぁ!?」
先にその奔流から逃れたのはガウスである。
運は彼に味方した。
だがその隙を穿つハルの攻撃は、ガウスの視界の外で発動した。
「“氷ノ忌”!」
投擲された一つのカートリッジ。
それはハルに残された最後の手にして、最大規模の切り札だった。
「ぬぅ、これはっ!?」
彼が所持する中で最高の質の魔導水晶が組み込まれたそれは、ハルが生成できる魔力の実に十日分を封じている。
その魔力がカートリッジから噴き出し、ガウスを呑み込んで一気に凍り付いた。
「魔力が……! 纏わりつく……!」
「これが……最後の……」
まるで樹齢数百年の大木のように太い氷の柱が、ガウスを閉じ込めた。
「クウオオ!」
「……!」
大木に亀裂が走った直後、ガウスの周囲の氷は弾け飛んだ。
ガウスの周囲に散った群青の氷の破片が、緑の雷光を反射しながら消えていく。
「オオオ! “翆砲”!」
ガウスにあの凄まじい魔力と雷の力が戻った。
放たれた魔力と衝撃波は、レンたちの逆襲劇の終わりを示す咆哮のように戦場の空気を塗り替える。
「ハァ、ハァ……! 残念であったな、時間切れだ……!」
「まだだ!!」
しかし、この場に諦める者など一人たりともいはしない。
いつの間にかガウスの上を取っていたジンが、崩れ行く氷を蹴ってガウスに飛びつく。
「……俺はッ!」
「我はもう、負けるわけにはいかぬのだ!!」
トンファーの一撃を受け止めたガウスの、足場の氷が砕けて舞った。
ジンは間髪置かずに腕を振りあげる。
「俺たちはッ!!」
「“支雷装纏”……!」
体勢が悪いと見るや否や、ガウスは攻撃を真っ向から弾き返すことに全魔力を注ぎ込む。ガウスの腕に魔力が集中し、ジンの渾身の一撃に最速の拳を合わせた。
「みんなで生きて帰るんだァーー!!」
「“閃耀”!!」
トンファーと拳の衝突で眩いほどの火花が弾ける。
「アアアッ!」
「オオオオオ!」
先に耐えきれなくなったのは、ジンでもガウスでもなく足場だった。
「「だから!!」」
足場を失ったガウスが押し負けて、叩き落とされる。
「ク……ッ!」
降り注ぐ瓦礫の中で、レンはただ真上の敵を見上げていた。
透明な白の魔力を全てつぎ込み、両拳に限界を超えて圧縮された風を纏っている。
「テメェに勝つんだ!!」
「く、おお!!」
空中で身動きの取れないガウスは、苦し紛れに雷を放つ。
レンは片腕を足元に向けた。
「いくぞッ!」
空気が爆発し、レンの体を吹き飛ばした。
雷はレンの残像を穿って炸裂する。
レンの体は一直線にガウスへと飛んでいき、その勢いのまま繰り出された蹴りがガウスの背を蹴り上げる。
「“透明な白”!!」
「ぐはぁ……っ!!」
二人の体は宙で回転する。その長く伸びた刹那の後、目が合った。
「×!!」
レンが最後の一発を放ち、その身に爆発的な推進力を与えた。
その超暴力的なまでのエネルギーはレンの曲がっていなかった指を全てへし折り、腕の骨を軋ませながら全身を伝い、凄まじいパワーを足先の一点へと集約させる。
「オーバードライブ!!」
レンの最後の力を、誇りを、そして託された想いを乗せてガウスの胸に突き刺さった蹴り。集約されたエネルギーが弾け、ガウスの肉体へとすべて伝った。
「ぐっ、ごはぁぁ!!」
打ち上げられたガウスは、しかし自らに架した誇りの誓いで、千切れそうな意識を引き留めていた。
「ぐふぅ……! 我が……誇りに……!」
ガウスは諦めない。どれほど傷を負おうとも、誇りだけは絶対に折れない。
「負けん……勝つのだ……!!」
「終わりだ……!」
「最後の瞬間まで!」
カルキとハルが壁を蹴ってガウスに迫る。
氷の剣が、白刃が。ガウスの体を斬り抜けた────
「…………!!」
左腕を失ったガウスの肉体が、塔の残骸の山に堕ちる。
「ぜっ……はっ……」
「ぐ、はぁ……はぁ……」
力を使い果たし、無様に着地したカルキとハルは立つこともままならず倒れ込んだ。
指一本動かない限界の肉体は荒い呼吸を吐き出すばかりだ。
「ありがとう、誇りの王……」
「はぁ……はぁ……」
壮絶な死闘の結末は、崩壊した塔の上に横たわる一体の屍と四人の男たち。
「う……おお……」
瓦礫の上に仰向けに転がったレンとジンの口から、自然と呻き声が漏れた。
「おお……おおお……っ!」
呻き声は徐々に太く大きくなり、やがては広大な空へと吐き出される勝利の雄叫びとなった。
「おおおおっ! うおおおおおおっ!!」
この日、最強の魔神は生涯で二度目の敗北を喫したのであった。




