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魔導士たちの非日常譚  作者: 抹茶ミルク
天雷の大秘境編3 未来と仲間
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死して愛を遺す

 




 古代兵器。古代人の末裔。それは確かにこの世界に記録される真実である。しかしガウスの言うように、チュピの民たちは地上を滅ぼす運命にあったというのは果たして正しいのだろうか。



『壁画と伝承。それを読み解けばこのスカイムーンとチュピの民らはいずれ地上を取り戻す。そのために戦う運命だったのは明白だというのに、抵抗されるとはな』

『運命? 時はただ気まぐれに流れるもの。奴らが“誇り”のを拒んだのは、そういう時運だっただけのことだ』

『“気まぐれ”よ、大切なのは己の業に向き合い果たそうとする道程だ。その道程を運命と見失わず歩む姿にこそ誇りは宿るのだ』

『ほう、運命を終着点ではなく道と説くか。相変わらず合わんが、思想も信条も千差あれば万の趣き。こう食い違うのも退屈せん』

『ふっ。同感だな』



 かつて、気まぐれの魔神ネロ=ジャックマンもその運命を否定した。


 チュピの民たちは島の地下に大量の飛行船が格納されていることを知らなかったし、そこに繋がる入口は封印され所在も認知されていなかった。エイラとエリーンが己の力に与えられた真の意味すら知らなかったことからも、その隠蔽には明らかに人の意思が介在している。

 つまりこれは長き時の中で、先祖の誰かが兵器復活の鍵としての意味を後世に伝えないことを決断し、傷ついた仲間を癒す力という優しい意味だけを残した可能性を示唆しているのである。


 過去に何があったのか、もはや知る術はない。

 それでもエリーンはこの力に宿る優しい意志を確かに継いでいた。


「ぐ、うう!?」

「大丈夫でスか巫女様!?」


 エリーンに触れた従者の手は雷に撃たれたかのような衝撃で弾かれた。


「わああっ!? み、巫女様!?」

「エリーンの気を散らさないであげて!」

「そ、そんな……! こんなものを受け続けては……!」

「うぐ、ぐ……!」

「さっきから落雷の音が止まない……! もっとヤバいことが起きてるんだ……!」


 最初に島の魔力へと触れたエリーンがガウスの強い意志による抵抗を受けたのと同じだ。黒鉄の塔に落ちた雷が魔力に変換されるにあたり、島の魔力にガウスと雷の性質が反映されているのである。


(レンさん……!)


 それでもエリーンは決して手を離さない。この両手を一度でも離してしまえば、今までガウスの魔力を少しずつ押し返したことがすべて水泡に帰る気がした。


(分かる、レンさんたちはまだ戦ってる……! 生きてる……!)


 かつてないほど深く魔力と繋がっているからか、エリーンはガウスの存在だけでなく塔にいる四人の存在も感じ取っていた。


(戦ってくれるから私も押し返せてる。だったら私も……!)


 同様にガウスもエリーンの存在を知覚し、魔力の支配を奪われぬよう抵抗をしている。

 レンたちがガウスの意識を引き付ければこそエリーンは抵抗できている状況なのだが、これは逆にエリーンもガウスの意識を戦闘から逸らせるということでもある。


(私も一緒に戦えてる!)


 レンたちのおかげでエリーンは戦えている。エリーンのおかげで彼らも戦えている。二つの戦いは離れていても共にあった。

 そして彼女はそれをはっきりと自覚していたから、決して手を離さないのだ。


「早く……! ミツキ!」


 そんなエリーンの奮闘も、報われるかどうかは別の話だ。戦況は不利な彼女たちを嘲笑うかのように悪化していく。

 ここまで戦線を維持し続けていたオーガたちの部隊もジリジリと後退し続け、ついにエリーンたちと合流してしまったのだ。


「キャング!」

「グラモール、無事だったか!」

「そんなこと言ってる場合じゃないぞ! 仲間は!」

「半分やられちまった! これ以上は勘弁だぞ!」


 それでもキャングでなければ犠牲も最小限にここまで戦線を保つことはできなかっただろう。

 グラモールは個としての戦力に優れ誰からも一目置かれるが、キャングは群を率いる者として人望を集める。


「怪我人を船に! 発艦は!?」

「事情が変わった! 巫女が必ず動かすからもう少し耐えてくれ!」

「ぐ……! やるしかないのか……!」


 戦線が下がったということは敵も連れてきたということだ。

 崩落した天井の大穴から山サイ部隊と翼竜部隊の兵たちがずらりと並ぶ。


「船を守れーー!!」

「うおおお!」


 疲弊したキャングたちオーガと、ウルーガたちチュピの民。

 彼らは一丸となって船とエリーンの祈りを守る。


「船を狙え! 逃げ道さえ塞げば詰みだ!」

「うおおおお!」


 崩れた瓦礫が階段のように道を作っている。

 敵はそこを下ってなだれ込み、瞬く間にそこは激しい戦場になった。


「一気にかます! 離れていろ!」


 敵の部隊が二つに割れる。

 彼らはただの集団ではない。部隊を指揮するひときわ強烈な個によって統率された、戦闘のための群だ。


 その筆頭が第一小隊隊長フィアードだった。


「諸共消え去れ……!」


 見えない箱を包むように添えられた手と手の間に、遅れて七色の魔力の立方体が生まれる。手の中でクルクルと回るその立方体は妖しい彩光を漏らしている。


「ヤバい、フィアードだ!」

「船を守……いや……!」

「無理だ、あんなもの!」


 フィアードの能力は対人・対物ともに屈指の危険度を誇る。

 その威力を知るオーガたちは揃って恐怖に呑まれた。


「どうしようもないじゃないかっ!」

「“ブレイク・キューブ”」


 箱が強い光を放ち崩壊した次の瞬間、一筋の光線がフィアードから船に向かって撃ち出された。


「そんなことはねぇ! マオ!!」

「わかってるわよ!!」


 大爆発。


「大見得切ったからね! ここで決めなきゃ女が廃る!」


 しかしあとには、無傷の船。


「なんだと!?」

「隊長の攻撃を……!? こんなところ見たことない!」

「あの女か!」

「バリアの能力……ここまでとは!」


 そして両手を突き出した姿勢のまま肩で息をする少女。


(なんて威力なの……! 面じゃない、点で貫通してくる!)


 ここまで一気に走って移動し、途中レインハルトとの戦闘も挟んできている。その疲労はマオのパフォーマンスを落とし、彼女はいつバリアの展開を失敗してもおかしくはないのだ。


(これは、万一にも失敗できない!)


 このレベルの敵を相手にする戦闘では、彼女の魔導の性質上「失敗」が存在する。

 マオの魔導はバリアを張れるだけだが、そのバリアは彼女の脳内のイメージを一瞬で顕現化させたものだ。発動までのスピードが武器という意味ではカルキのそれに近いが、しかし能力の本質はそこにはない。

 その本質は、バリアの硬度を上げるため己に架した制約と、それに伴い要求されるようになった高度な判断力である。


(1秒の誤差が命取り! 攻め気もフェイクも見極める!)


 制約とはバリアを維持できる時間。彼女の魔導は数秒しか維持できないため、発動タイミングを間違えればまったくの無意味だ。


(小さく、それでいて正確に……!)


 そしてもう一つ、彼女の魔導は面積を小さくすることで強度を上げることができる。


「これならばどうだ」

「っ……!」


 生かすも殺すも使い手の技量次第なのだ。

 マオは経験と洞察力と少しの直感で高い精度の防御を、これまで当然のように全て成功させている。


「“ブレイク・キューブ”」

「さっきより大きい……!」

「マオー!」

「うっさい! 集中してんの!」

「わ、悪い」


 先ほどのそれよりも巨大な光線が発射され、マオのバリアがそれを防いだ。


「う、うおおお!?」

「あの攻撃をいとも簡単に……!」

「……違う。ありゃああの女が凄すぎるんだ」


 キャングはマオの実力に驚愕した。


「さっきよりも面積が小さかった……攻撃は大きくなっているのに!」

「それが制約なの。扱いづらいったらありゃしないわよ」


 攻撃が大きくなったからこそ、より面積を小さくピンポイントに当てなければならないのだ。


「あの女っ……目線と癖で予測を立てたのか……!」

「はぁ……はぁ……! キッツいわね」

「それもただの予測ではない。読みを外せば終わりの重圧の中だぞ」


 フィアードもまたマオの特異性に気が付いていた。不安な心から生成された魔力は必ずバリアを脆くするはずだが、驚くことにマオのバリアからは自信と覚悟しか読み取れなかった。

 かかるプレッシャーは想像を絶するだろう。それでもマオは二度にわたり神業をやってのけたのだ。


「強いな。しかし繰り返していけば必ず綻びは出る」

「そうはサせん!」

「隊長の邪魔はさせねぇ!」

「くそ!」


 ウルーガがフィアードを自由にさせまいと動くが、その行く手を部下たちが阻む。強力無比な個を群が守る、スタンダードな戦術だ。


「行ってくれ、親父!」

「頼む、倅ヨ!」

「第一小隊を舐めるなよ! 原住民!」

「く……!」


 ベルとウルーガが敵の兵たちとぶつかり、その混乱を抜けてウルーガがフィアードに迫る。


「やるようだな、原住民」

「鍛えてキた、こんな日が来た時のために!」

「だが。子の方はそれほどでもないようだが」

「ああ、未熟だ。ダから生きねバならん」


 敵は有象無象ではない。役職を与えられているわけではないものの、フィアードの部下たちも鍛え上げられた戦闘員なのだ。

 それでもウルーガは第一小隊の隊員たち一人一人よりは強い。だがベルは同等程度でしかない。


「生かさねバならんのだ!」

「喚くな、暑苦しい……」


 ベルが敵の兵を食い止めている間、ウルーガはフィアードに接近戦を挑む。

 そこにオーガたちも加勢して、戦場は一気に過熱する。


「間に合った!」

「加勢に来たぞ、オーガどもォ!」

「アンタら、獣人部隊の……!」


 崖の上から戦場へとなだれ込んで来たのは獣人部隊の生き残りたちだった。


「お前ら、壊滅したはずじゃあ!?」

「そうだな。第九小隊はもう壊滅した!」

「だからオレたちはただ、イリヤ様やグリーディア隊長の想いを継いだ一人の“人”として!」

「やりたいようにやりに来ただけだ!」


 獣人たちの中の多くは怪我人だった。ここにいるのはジンたちとの戦闘で怪我を負い、グリーディアとともにグリムトートーへ挑むことができなかった者たちだ。


「そういうことなんで、キャングさん。お供させてください」

「グリーディアのことは聞いている。お前らまさか、ここを死に場所に……」

「やめてくださいよ、キャングさん。種族の壁を越えてみんなが一丸となっている」

「これがイリヤ様の望んだ光景で、俺たちはそれを守るために命を賭してきたんです」

「だからこれでいいんです」

「ああ、すまない。助太刀、感謝するぜ」


 かつてキャングたちオーガ族とグリーディアたち獣人族はイリヤに忠誠を誓った同胞だった。

 ガウスに敗れ、仲間の存続のため軍に吸収されることを受け入れたグリーディアと、最後まで受け入れず奴隷のような扱いで労働力として拘束されたキャング。そこで別れた二つの道は15年越しに交わったのだ。


(結局グリーディアとは喧嘩別れのままだったな。なぁ、見てるか?)


 オーガたちと獣人たちが敵を食い止めている。そこには魔族もいて、人間と共存している。それがまさにイリヤの願った光景だったのかもしれない。

 そう思って、しかしグラモールは即座にそれを否定した。


「馬鹿野郎が! 戦いなんてあの人が望んでるワケがねぇだろうが!」

「うお、どうしたグラモール!?」

「戦いを終わらせるぞ、キャング!」


 決意を改に、戦意を高揚させる。


「その先の未来は地上にあるんだ!」

「はんっ、その通りだな。気張れよお前ら!」


 しかし敵にもまだ伏兵はいる。

 それは戦場に到達されるだけで勝敗を決するほどの強大な個だ。


「フィアード! 状況は!」

「っ、レインハルト様!」


 最後の四天、驟雨のレインハルト。あらゆる魔力攻撃を無力化する雨の使い手だ。


「うおお! レインハルト様だ!」

「これで勝った!」

「終わりだオーガども!」


 沸き立つ第一・第二の連合小隊。

 盛り返し始めていたオーガたちの勢いを一気に殺す最強の四天の登場だった。


「そ、そんな……!」


 最初に動揺を抑えきれなくなったのはマオだった。

 レインハルトが来たということは、ミツキは。


「そこだ」

「っ、あ!?」

「しまった!」


 フィアードの手から放たれた破壊の虹は船に直撃しその船体に大穴を開けた。


「くっ、僅かナ隙を突かれた!」

「四本腕の連撃には手を焼いたが、油断したな」

「もう撃たせンぞ!」


 強敵の出現。炎上する船。徐々に押し込まれる戦線。


「くそ……くそぉ!」

「船、消火を! 誰か!」

「守れ! 守れ!」

「守れって……いつまでだ……?」


 絶望が広がっていく。




「…………」


 その絶望を肌身で感じながらも、エリーンの心はそれに染められてはいなかった。


(私の番なんだ。私を生かすために傷つき散っていった者たちがいる)


 喧騒は遠く、夢うつつで聞く木々の葉擦れの音のように。


(それが嫌で死のうともした。でも、今は)


 手応えがある。エリーンは少しずつガウスの支配を押し返している。


(私が、生かすために傷つく番!)


 それでもまだ遠い。ガウスの支配から完全にニエ・バ・シェロを開放するには至らず、ガウスの抵抗も続いている。


(だから、早く! お願い、もっと深く入って、繋がって……!)


 巫女の血統にだけ許された、ニエ・バ・シェロとリンクする力。それはエリーンが強く願うほどに彼女を聖域の深部へと誘う。先祖も、そのまた先祖も乗せて生かしてきた母なる大地に、溶けて染みこみ一体化するように。


(もうこれ以上誰にも死んでほしくないから!!)


 人のために命を賭けるという行為の、なんと重たいことだろうか。

 大地に溶けだすような感覚と、両肩に乗る命の重み。押しつぶされ輪郭を失いそうな自我の境地に晒され、ついにエリーンは聖域の深部へと触れた。


「あ」


 直後、彼女の胸は張り裂けそうな懐かしさと寂しさと、愛おしさで溢れかえった。


(お母さま……!)


 エリーンの前任として各地で巫女の魔力を利用させられていた母、エイラの面影がそこにあった。


(ああ、流れてくる……この温かさ、お母さま……!)


 一人にしないで欲しかった。いっそ連れていってほしかった。エリーンの自殺願望の一因となっていたのは、そんな母への想いだった。

 自分を置いて逝ってしまったと思っていた母は、しかしそこにいた。


(待っていてくれた……! 想っていてくれた……!)


 母の魔力は聖域の深部に今も遺っていた。魔力に宿った精神の残滓のようなものは、その一片に至るまで深い愛情でできていた。


(きっとこのときのために……!)


 溢れた涙は頬を伝う。


(ありがとう、お母さま!)


 母は気を病んで自ら命を絶ったかもしれない。それでもずっと、人を傷つけたくはないと強く願っていた。どれだけ苦しい時でも離れ離れになった娘のことを想っていた。

 その心はニエ・バ・シェロに宿り、今、このとき。エリーンを強い愛で包み込み、彼女の助けとなった。


「私はみんなと生きていきます!!」

「な、巫女様! これは!?」


 エリーンの体が強い光を放ち、彼女を中心に大地からも輝く粒子が湧き上がっていく。その輝きの波紋は戦場を越え、森や川を越え、黒鉄の塔へと至った。


「よっし! いいぞ!」

「やったのね、エリーン!」

「まさか、あの巫女……!」

「ガウス様の魔力を、おのれぇ!」

「巫女だ! なんとしても巫女を止めろ!」


 エリーンと母の愛が奇跡を呼び、ガウスの支配から聖域を解放したのだ。

 奇跡の光に包まれた天空の秘境で。激しい戦いもついに最後の瞬間を迎える。


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