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魔導士たちの非日常譚  作者: 抹茶ミルク
天雷の大秘境編3 未来と仲間
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未来に生きゆく者たちと

 

 

 ガウスが天に放った雷は遠く黒雲に呑まれ、その内部に溜まっていた雷のエネルギーを超活性させた。

 満杯の器に水を注ぎかき混ぜる。ガウスが黒雲に雷を放ったのはつまり、そういう行為である。数秒の後、溢れかえり器から零れ落ちる水のように、雷はニエ・バ・シェロへと降り注ぐのだ。


「アイツ、雲になんかしやがったな!」

「雷を魔力に……って言ってた。雷を降らせようって魂胆なんじゃないか?」


 カルキの発言と同時に、最初の雷が落ちた。

 落ちた先は開いた塔の柱のうちの一本。雷を受け止める手のように開いた塔の、天を衝く細長い指の、鋭く尖った先端だ。


「うおっ、落ちた!」

「ぐああ! 近すぎて耳痛ぇーー!」


 これを皮切りに、黒雲に収まり切らない膨大なエネルギーが大量の稲妻となってこの地へと降り始めた。


「“万招墜雷蒼”!」

「やべぇ数の雷!?」

「やめろ! 仲間に当たるだろうが!!」

「そうならんための塔だ。ほぼすべての雷が塔へと落ち、魔力に変わる!」


 ニエ・バ・シェロの中心に聳える黒鉄の塔は、この地でひときわに高くあることで落雷の的になりやすくなっている。また特殊な合金を建材に使用することでより雷を引き寄せやすくしている。

 ほとんどの雷はこの塔に落ちるようにできているのだ。


「ク……クハ! 成功だ!」

「あいつの魔力が増してる! 雷を魔力になんて、まさか本当に!」

「少々雷の質を残してはいるが、それもまたよき心地よ」


 雷は次々と塔に落ち、塔を青白く発光させていた。雷を魔力に変換する過程で発生する燐光だ。

 パチパチと小さな放電現象を伴いながら、ガウスの魔力にも還元されていく。


「わはっ……! 迫力スゲ……!」

「ね。強すぎて笑っちゃうよ」

「では、続きとゆこうか」

「来る!」


 ガウスはニエ・バ・シェロの魔力を支配した直後の状態に戻っていた。

 島全体の魔力が完全に戻るにはまだ時間が必要だが、ガウスには優先的に魔力が巡っている。もとより莫大な魔力量を有するガウスのこと、戦いに支障はない。


「雷を止めろっつってんだよ! おいコラ!」

「“翆砲”」

「んなもん俺が全部消してやらぁ!!」


 レンが突風で翆の雷に風穴をあけ、ジンがそこに突っ込みガウスに殴りかかる。

 雷のガードを捻じ曲げるレンの攻撃と、雷を吸収するジンの防御のコンビネーションだ。


「っつお! 一瞬で戻りやがる!」

「いい! 何度だってオレが剥す!」

「無駄だ! 我に無限の魔力がある限り!」

「吹っ飛べ!」


 即座に雷を充填するガウスを突風で弾き飛ばす。


「ぬ……!」

「うおおお!」


 足の浮いたガウスに肉薄するジン。

 ガウスは体をひねって床に手を付けると、それを支点に回転してジンを蹴り飛ばす。


「ぐ、お、お!」

「ジン!!」


 ガードは間に合っていたが、ジンの減衰能力を通していなければ肉体が真っ二つにされていただろう。まるで大太刀のような強力な一撃だ。

 ジンを受け止めたレンもその勢いに押されて転がる。


「隙を見せたな!」

「カルキ!」

「ハル!」


 雷の軌道上に魔力刃が放たれ威力を相殺し、現れた氷壁が二人を守る。


「レン……!」

「ん?」


 ジンが飛び起きてガウスの追撃を受け止めた。

 何気ない攻防のように見えて、たった今死にかけていたカルキは笑みを隠しもせずに言う。


「どういうわけか知らないけど、雷に対しちゃキミたちが頼りだ」

「わーってる! レンが散らして残りは俺が消すから、そしたら一斉攻撃だ!」

「ハル! 聞いたね!」

「ああ」


 レンとジンが前に出る。


「散らす、か。原初の力……完全な制御はできずとも、扱うのは初めてではなさそうだな」


 ガウスは紫電を纏い迎え撃つ。


「それにしても空間に干渉するとは。“無垢”が転機か」


 レンとジンの「白」は、存在と不在の狭間を行き来する“無垢の魔神”に干渉できる数少ない手段だ。

 それは彼らが無意識にでも原初の力を引き出し、その性質を利用したということを示唆している。


 彼らは無意識領域で、あるいはそれは本能と言い換えることもできるが、ガウスの知らないところで片鱗を見せていたはずなのだ。例えば奇妙な研究施設で電撃を浴び、細胞がそれを脅威と学んだとか。例えば毒で動けぬ体で急流に呑まれ、その流れを捻じ曲げて岸に上がったとか。


「いや……。推し量ったところで無粋か」


 ガウスは口の端を釣り上げて、隠しきれぬ興奮をその表情に映す。

 はじめは敵だとも認めていなかった己が何度も評価を改めた。彼らはこの戦いの最中に何度も予想を超えて見せた。


 そんな、鬼気迫る表情で迫りくる彼らには。最大限の敬意をもって戦うべきだ。


「まずは、オレだァ!」

「“支雷装纏”!」


 反応速度を極限まで高めて、レンの攻撃が直撃しないように警戒をする。

 レンは突風で電磁領域を吹き飛ばす。


「次ィ! くたばれや!」

「“昇雷蒼”」


 ジンの攻撃はガウスに受け止められ、減衰しきれない蒼雷はジンを焼く。


「がは……! づ、ぎ……!」

「普通に喰らってんじゃないよ! 死んじゃうぜ!」

「決める」


 ジンの背後からNAMELESS組が飛び出し、ガウスが魔力の再充填を完了するまでの僅かな隙間を狙う。


「“支雷装……」

「斬る!」


 支雷装纏の再発動は間に合わない。しかしガウスは恒常的に行っている身体強化のみでカルキの攻撃を透かす。


「はは、能力頼りならどれだけ楽だったか! このバケモン!」

「カルキ、退く!」


 ガウスは基本的な身体強化だけでも超常的な能力を誇る。さらにこの一撃で決められなかった以上、ガウスは魔力を生成し終え強化を重ねてしまうだろう。

 故にハルの判断は即、撤退。二人を隠すように巨大な氷壁がせり上がる。


「無駄だ!」


 ガウスが放電で氷を軽々と吹き飛ばす。

 電撃はさらに先、下がろうとするハルたちにも届く。はずだった。


「無駄じゃねぇ!」

「クク、連携が巧みになってきたな」


 二人の前にはすでにレンが飛び出していた。左手の風で放電も吹き飛ばした後には、縮まった距離だけが残る。

 その近距離で右手に圧縮した風を開放する。


「ぬ! これは」

「えーと、ヒガン!」


 空気砲に乗っていたのは、ハルに渡されていたカートリッジだった。

 鋭利な作りのカートリッジが風の勢いを得て、凄まじい速度でガウスに突き立った。


「おおーー! おもしれ!」

「あのとき渡したんだ、ハル!」

「ああ、だが……」


 レンの言葉(コマンド)に反応し、カートリッジから無数の氷柱が生える。陽炎のローザを体内から食い破った恐ろしい武器だ。


「やはり無駄だったな。次はどうする?」


 が、空気の勢いがあった一撃はまだしも氷の針はガウスの強固すぎる皮膚を貫くことはできなかった。


「もっとも、我が無限の魔力の前では無力だろうがな」

「……! それが……!」


 彼岸花が散り残ったカートリッジを、ガウスは払い落として踏みつける。カートリッジは粉々に壊れ、火花が弾けた。


「いい加減ムカっ……つくんだよ!!」


 無限の魔力。無限の魔力。

 繰り返されるその言葉に、ついにレンが激昂した。


「お前の魔力じゃねぇ! この島に生きる命のもんだろうが!!」


 エリーンやミィカ、出会ったチュピの民たち。毒に犯された彼を救った薬草も、凍える体に寄り添ってくれたファーナスたちも。すべてこの地で営まれ守られてきた生命で、レンもまた少なからずその輪の一員だった。


「それをお前は奪おうとしてんだ!!」


 15年前、ガウスがこの地を侵略してから今まで、この地には様々の苦しみが蔓延している。

 母親が心を病み自殺したエリーンは、レンの目の前で崖に身を投げた。遺跡に足を踏み入れたジンたちに、ウルーガはもはや我慢の限界だと襲い掛かった。

 誰もがギリギリのところで踏みとどまっていて、決壊したのはきっと一握り。この地はレンには及び知ることのできない苦しみに耐え続けたのだということは確かだ。


「その重みも知らねぇで横から! 自分のもんみたいに言ってんじゃねぇよ!!」


 レンの叫びはまるで、この地の怒りの発露だった。


「フン。それは結果だ。奴らが対話を拒絶したのだ」

「当たり前だ! いきなり来て言うこと聞くわけねぇだろ!」

「違うな……貴様らは古代兵器(スカイムーン)の上になぜ人がいたか分かるか?」


 ガウスは語る。この地の謎を。


「地上を滅ぼす兵器として覚醒させるためだ!」


 エリーンも、その母エイラも、ガウスに狙われたのはその特異な魔力があったからだ。

 彼女らは島中を連れ回され、船や謎の装置に魔力を注ぐことを強要された。

 ではその魔力とはどう特殊だったのだろうか。その答えこそ聖域の魔力とリンクし、ニエ・バ・シェロを本来の姿へと戻す力を秘めているというものだった。


「彼らは古代人の末裔であり! 時が来れば人間族を滅ぼす定めだった!」


 そして巫女の血族を絶やさぬためにウルーガたち民はいた。彼らは巫女が一人生き残ってくれさえすれば自分たちは不滅であるという宗教観すら持ち合わせている。その宗教が作為的なものにしろ偶然の産物だったにしろ、彼らにとっては巫女の血族が全てだ。それは遥か昔から巫女を守る理由と成り代わって存在してきた。


「その使命に生きる気高き民であるべきだったのだ!」


 ガウスの知った「謎」は真実であった。

 チュピの民のルーツを辿れば確かにこの謎多き島の創造主に辿り着く。


「だが奴らは愚かにも使命を放棄した。ならば誰かが代わるしかあるまい?」

「うるせぇ! 勝手なことばかり言いやがって!!」


 とはいえガウスが同じ魔族のチュピの民たちを迫害するのはおかしな話ではある。ましてや本来は共通の敵を滅ぼさんとする同志だったはずだ。

 しかし彼らは人間族を滅ぼすことを拒否した。それでもガウスは対話を通して使命に殉ずるよう説得を続けたが、武力衝突の気運が高まるとやがて諦め方針を変えた。


 ひとたび切り替えたならば、彼らを蹂躙することに僅かな罪悪感も生まれなかった。ガウスもまた彼の誇りに殉じているのだから。


「理解したか? 支配を招いたのは奴らの選択だ」

「昔何があったかは知らねぇ! けどな、あいつらがそんなことしたくなかったってことは知ってるぞ! すげぇいい奴らだってことは知ってんだ!!」


 だが、彼らはレンたちに手を貸してくれた。

 その行為もまた純然たる事実に違いなく、故に古代兵器という正体も、エリーンの魔力の意味も、何一つレンを迷わせない。


「過去が何だろうと生きてんのは今だ! 未来に生きてくんだろうが!!」

「過去を蔑ろにしては報われぬ魂がある! それを捨て置くことができようか!」


 ガウスがさらに限界を超えた魔力を身に纏う。

 黄金の魔力が太陽のように煌めく。


「未来をどう生きるかなんて、今を生きるアイツらが決めることだ!! それをテメェが邪魔したんだ!!」

「否! 此世も此先も遍く過去の連なりにて成るもの!!」


 レンが風を集める。

 空間が圧縮され、歪み、膨大なエネルギーを蓄える。


「大いなる意志は我が継ぎ、誇りの重みは増した! 故に迷わぬ! 倒れられぬ!」

「背負ってるもんがあんのはオレたちだって同じだ!」


 レンの空気砲とガウスの天雷が衝突し、弾ける。


「我こそは王! その連なりの先に立ち宿願を果たす者なり!!」

「テメェが何を背負っていようが! あいつらの未来を奪っていい理由にゃなんねぇ!」


 雷降り注ぐ天空の戦場は雷鳴と雷光とで彩られ、劇的な終末を描く。


「オレたちの未来は! 絶対に奪わせやしねぇぞ!!」


 空の上で続いてきた戦いの中で。託された願いも、背負った怒りも悲しみも、この黒鉄の塔の頂上に集結していた。

 彼らの生き様が衝突する。


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