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魔導士たちの非日常譚  作者: 抹茶ミルク
天雷の大秘境編3 未来と仲間
233/256

隣にいるから

 

 

 ここはとある地下の空間。

 壁面には奇妙な壁画が描かれており、今のチュピの民たちですら知らないような歴史が語られていた。

 考古的な価値はとてつもなく高いだろうということは、専門でもない彼女にも想像に難くなかった。


(ロールさんが興奮でショック死しそうな場所ね)


 ウルーガとベルとグラモールはオーガたちと共に翼竜部隊との戦いのために残り、マオは一人で地下空洞へ続く長い階段を駆け下りていた。


(こんな場所でも、もうすぐ戦場になる……)


 壁面が語る歴史を順に辿るかのようにマオが進んでいくと、やがてその歴史は現代へと繋がっていた。


「エリーン! 無事ね!」

「マオさん!」


 エリーンやリラたち。今を生きる彼女たちがそこで待っていた。

 そこには大きな船が佇んでおり、戦えない女子供や負傷者などがすでに乗り込んでいた。


「ミュウちゃんは!?」

「生きてます! リリカさんもいマすから、マオさんも早く船ニ!」

「エリーン、あなたは?」

「私はまだ入れません!」


 エリーンは船に乗らず、外で負傷者を回復させている。回復した負傷者たちは船に戻るか、恐怖を押し殺して戦場に戻っていった。


「マオさんも早く……」

「私もここに残るわ」

「心強いです」

「頑張りましょ。リラさん」


 この場所が見つかるのも時間の問題だろう。そうなったとき、船もエリーンもマオの力なくしては守れない。


(だから、早く来なさいよ。ミツキ……!)


 しかし、マオの願いとは裏腹に状況は急激に悪化する。

 ガウスが島の魔力を掌握したのだ。


「え!?」


 エリーンが戸惑いの声を上げた。

 治癒能力が発動しなくなったのだ。


「そ、そンな! 嘘……!」


 エリーンにとって、他人の治癒は自分のできる唯一の戦いだった。

 それを呆気なく取り上げられて、エリーンはみっともないほど取り乱してしまっていた。


「なんで、なんで……!」

「あの塔が……ここの魔力がガウスのものになったんだわ!」

「じゃア、もう地上に降りてモ逃げ場はない!?」

「それだケじゃないよウです! 船が……!」

「っ! そういうこと!」


 聖域の魔力がガウスのそれと交じり合った結果、エリーンたちが失ったものは二つ。

 治癒の力と、船の制御だ。


「ここまデ、こんな……もう……!」

「落ち着きなさいよ!! エリーン!!」

「っ、マオさん!」


 絶望して涙をこぼすエリーンの肩を強く揺さぶる。

 リラとスクーリアがマオを止めに入るが、マオは頑として離れない。


「たしかに戦況は悪化した! 勝ち目も見えない!」

「ううう……ああっ……!」

「でもまだ終わってないでしょ!」


 誰よりもマオが自身に言い聞かせていたのかもしれない。


「戦ってる仲間がいるんだから!」


 マオは最後にそう叫ぶと、エリーンにかけていた腕を力なく下ろした。

 地上に愛する人たちを残している彼女は、ニエ・バ・シェロが起動したということに対してエリーンたちとはまた違った恐怖心を抱いている。船が沈黙し地上に危機を伝えられないということは、彼女にとってはすでに敗北であると言っても過言ではなかったのだ。


「マ、マオさん……」

「お姉ちゃん!!」

「ミィカ!?」


 船の上からミィカが身を乗り出してエリーンを呼んだ。

 彼女はオーガたちのもとに残り、いち早くこの船に乗っていた。そしてレンたちとの約束を果たすため、いまだ目を覚まさないリリカの様子をこまめに確認しながら船内の手伝いに奔走していた。

 本当はエリーンたちが到着したときすぐにでも抱き着きに行きたかったのだ。褒めて甘えて、頭を撫でてもらいたかったのだ。


「ミィカ! 危ないカら戻っていろ!」

「ミィカは、レンさんと約束した!」

「……!」

「だから、ミィカはずっと……! リリカさんを見てたよ!」


 エリーンは唇を嚙むと、にわかに両手を地につけた。


「ちょ、エリーン!」

「弱気になっテごめんナさい!」

「巫女様! そんなことをしては……!」

「もう、迷いまセん!」


 ミィカはひとり、約束を守っていた。

 だから彼女が付いた両手は、約束を守るためのものだった。



『オレの大事な仲間が大変なんだ』

『だから助けてくれ。頼む』


 そう言ってボロボロの体を引きずりながら敵に向かっていったレンは、振り返りもしなかった。

 信じて任せてくれたから。


『ミィカはレンさんを信じることに決めました。それで助けてもらったあとは……』

『その時は私たちがこの人の助けになる番、ね?』


 そうだ。エリーンも約束したはずだった。

 幾度となく命を救われ、大切なことを教わった。


 その彼は今も命をかけてあの恐ろしい敵と戦っているのだ。



「泣き言言いまセん! 諦めマせん!」

「お姉ちゃん! がんばれ!」


 エリーンが両手を通じて島の魔力に干渉する。

 それは直感か、血の導きか。誰に教わるでもなくエリーンはガウスに抵抗する術を知覚していた。これが気まぐれ兄弟の言っていた「巫女ならなんとかできるかもしれない」ということなのだろう。


「ああああっ!?」


 それはガウスの狂気的なまでの精神の一端に触れるという行為でもあり、戦場とは無縁な彼女が思わず叫んでしまうのも無理ないことだったが、それで手を離さなかったのは彼女の覚悟が本物であるということを裏付けていた。


「ぐ、うう……!?」


 ガウスもエリーンに気が付いたのだろう。逆に島の魔力からエリーンの意志を弾き飛ばそうと抵抗してくる。


「はっ……はっ……」


 震えが止まらない。不快な脂汗で濡れる額を拭いもせず、エリーンは島の魔力と会話する。

 エリーンの血族は島の魔力に干渉することで治癒効果を発生させている。ガウス軍に連れ回されているときも、同様の要領で兵器としての封印を解いていた。


 できるはずだ。ガウスから島の魔力を取り戻すことが。

 できないはずだ。それは誰でもなく自分にしか。


「エリーン、そのまま聞いて」

「ぐ、く……」

「絶対にそれやめないで」

「マオ!? 巫女様に何を!」

「その代わり指一本あなたに触れさせない。みんなで守る」


 ニエ・バ・シェロが揺れる。地上への砲撃の影響だ。


「きゃあ!」

「崩壊する!」


 天井から小さな瓦礫が落下してくる。狙いすましたかのようにエリーンの頭上に落ちてきたひときわ大きな瓦礫は、マオのバリアにぶつかって砕けた。


「船を守れ!」

「瓦礫を撤去するぞ!」


 船にいる非戦闘員たちも協力して船を守る。


「私のバリアじゃ瓦礫から船全体は守れない。あっちは任せるしかないわね」


 エリーンはこの騒動の中でも目を閉じて集中している。外部の危険からはマオが守ってくれると信じて、すべてを委ね自分はただ集中していた。


(無限の神よ……! 今こそ有限の悪魔を退けて……!)


 主砲の一撃で島中の魔力が一時的に減衰している。エリーンにとっては追い風だったが、それでもガウスの支配に抵抗するには足りなかった。


「塔を使ってガウスが島の魔力を掌握した……。空飛ぶ船もこれでいつでも出せるってわけね」


 マオはひび割れた天井を睨みながら呟く。

 幸い船の直上にはほとんど損壊がなく、すぐに生き埋めになることは考えにくい。曲がりなりにも岩盤だ、もし完全に崩落すればマオのバリアでは何重に展開しようと意味を為さないだろう。


「でもここも長く持つわけじゃないわ。だから……」


 そのとき、どこかで凄まじい轟音が響いた。この空間に繋がる入口の方角からだ。

 今まさに恐れていた岩盤の崩落が発生したのだ。


「早く帰って来て……!」


 砂ぼこりが爆風に乗って吹き荒れて、マオも船も覆い隠す。

 幸いマオたちのところまで崩壊が届くことはなかったが、うっすらと晴れていく砂ぼこりに差し込む陽光が、さらなる危機が訪れたことを示唆していた。


「敵から丸見えよ、これじゃあ」


 地上から激しい戦いの音が届く。

 戦線が少しずつ押され始めているのだ。戦力差がある状況で、むしろオーガとチュピの民たちはよく戦っている。


 しかし敵がここまで進出するのも時間の問題だろう。


「エリーンが船を取り返して、船で戦場にいるみんなを拾いながら脱出する!」


 敵の前に晒されれば、当然守ることは難しくなる。階段の一本道ならば勝機はあったのだが、今は崩壊した天井の瓦礫が船に続く足場となってしまっている。

 それでもエリーンがガウスの支配に対し抵抗することができると信じて、マオはただできることを限界以上にやるだけだ。


「それまで守り切るのが私の戦いよ!」


 そしてこの数分後、この場所は戦場となる。


 ◇◇◇








 ソリューニャの願いを受けて、炎赫は黒鉄(くろがね)の塔へと飛翔していた。


『堪えてくれ……!』


 消滅の時はもうすぐ訪れる。

 それはソリューニャの気絶ないし死亡かもしれないし、双尾との死闘を制した炎赫の肉体の限界かもしれない。


『我が力で塔を破壊する!』


 だが炎赫は人を殺さない。

 たとえ地上の命を救うための犠牲だろうとも、一人の魔族もその手にかける気はない。


『すぐに……!』


 だからまずは近づいた。

 一人も犠牲にせずに破壊できる状況かどうかを確認するために。


『…………!!』


 そして見た。

 花のように開いた塔の天辺に立つ、無限の魔力を得た最強の魔神と。


 少し前にその背に乗せた四人が微動だにせず横たわる光景を。


(く……! どうする!?)


 ソリューニャに伝えるべきかと考えて、やめた。ソリューニャの張り詰めた糸のような気力はいつどんなショックで途絶えてもおかしくはないのだ。


「深紅の竜よ! 素晴らしき戦いであった!」


 ガウスは攻撃のために魔力を高めている。竜にも通用する攻撃のために。


「因縁に打ち勝ち! そして我の脅威となった!」

『雷の男……!』

「故に我は貴様を倒そう!」


 炎赫がここで塔を破壊する。恐らく成功してもその攻撃が最後になるだろう。

 それでもガウスは死なないはずだ。炎赫を炎赫たらしめるものに矛盾も生じない。死者の肉体が潰れること以外、何も問題はない。


「“裁きの鉄槌”!!」

『我は……!』


 問題はない。はずだ。

 それでもソリューニャの声が聞こえた気がした。深い絆で結ばれた仲間の名前を呼ぶときの、信頼しきった暖かな声が。


(最後まで信じよう。それが主の望みだ)


 炎赫は迎え撃つために高めた魔力を放つことをしなかった。

 そして放たれたガウスの最強奥義。鉄鋼すらも消滅させる一撃が当たったか、炎赫の肉体が深紅の粒子となって塔に降り注ぐ。


 ◇◇◇






 いくつもの奇跡があった。






「うぅ、ん……これは……そっか」


「アァ~……あったま痛ぇ……」


「ありがとう、ソリューニャ……」


「おかしいなぁ……雲が見えるぜ」


 ソリューニャが瀕死の自分よりも炎赫にレンたちを頼んだこと。炎赫がすんでのところで塔の破壊を思い直したこと。


「ゔ〜クラクラする……。寝すぎたか?」

「おぉ……生き返った気分だ」


 そしてレンたちの死因が肉体の損傷ではなく電気ショックによる心停止だったこと。


 降り注いだ竜の魔力はミュウやエリーンのような治癒魔導とは違う。生命力を消費して対象に活力を与えるだけだ。

 それでも炎赫は信じて、託した。その深紅の願いは彼らの止まった心臓に強い衝撃を与えた。


 そして彼らは蘇生した。


「立てるかよ。ジン」

「立てるさ……。だって、お前が隣にいる」

「よかった。オレたちは一人じゃねぇ」


 揺れる視界、ふらつく体。無理もない。

 彼らは死んでいたのだ。奇跡的に蘇生したからと言って、肉体が完全に回復したわけではない。


「オレはジンが一人で無理しなくてもいいように強くなったんだ」

「俺はレンをちゃんと守れるくらい強くなりたかったんだ」

「いつの話してんだ。もう守られっぱなしじゃねぇよ、オレも」

「わはは」


 二人は、それでも立つのだ。

 レンを守れるように。ジンを守れるように。


「オレだってな、もうお前一人に背負わせやしねぇ」

「あぁ、心強ぇ。隣にレンがいるから、俺はまだ戦えるんだ」

「ジンが隣にいるから、オレは負けやしねぇんだ」


 それこそが二人のオリジンだから。相棒が隣にいるから。

 何度でも立つのだ、二人は。


「……どういうことだ。確かに死んでいた」

「は? 死んでねぇよ寝てただけだ」

「今生きてここにいんだろーがマヌケ!」


 いくつもの奇跡があった。


「呆れたな。そのしぶとさには」


 ガウスの手刀が赤く発光する。


「“赫爪”」


 無限の魔力により延伸した赤い刃。離れたところにあるカルキの身を一瞬で焼き切ったあの攻撃だ。

 床に触れた赫爪は火花を散らしながら赤熱の線を引く。


「ふ、うおおお!!」


 高熱の爪痕はしかしレンたちに届く直前、ひとりでに避けるかのように向きを変えるとそのままあらぬ方向へと伸びていった。


「何だ!?」


 いくつもの、いくつもの奇跡が連なって、繋がって。

 ただそれでも、レンたちの肉体が残っていたことだけは奇跡でも何でもない。


「そうか、その力で直撃を避けていたのか……!」


 レンの身から立ち上るのは、“透明な白(クリアホワイト)”。

 ジンの身から立ち上るのは、“光沢のある白(プラチナシルバー)”。

 彼らの魔力がすべて尽きた後に発動する謎の現象。紛れもない最後の力だ。


「ジン、勝つぞ!」

「おぉ! 相棒!」

「ク……クハハハ! よかろう、決戦だ!」


 片や死してなお変わらぬ闘志をもって蘇った、白を纏う少年たち。

 片や金色に輝く無限の魔力を自在に操る頂天の戦士。


「テメェを吹っ飛ばして! オレたちが勝つ!!」

「今度こそ息の根を止めてやろう! 勝つのは我らだ!」


 天空最後の戦いだ。

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