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魔導士たちの非日常譚  作者: 抹茶ミルク
天雷の大秘境編3 未来と仲間
232/256

友よ

 

 

 最後の瞬間、二頭の竜の力は急激に落ちていた。

 ソリューニャが竜からこれまで以上の力を引き出し、それを恐れたコルディエラも限界を超えて双尾の力を喰らったからだ。


 ニエ・バ・シェロがあけた万年雲の大穴から、揉み合いながら二頭は下界に姿を現した。

 歴史にその存在を再び残すかのように、穴から差す陽光の舞台の上で踊る。


 地上に生きる人々は恐怖と、しかし美しい神秘の存在に得も言われぬ感情を抱く。

 黒鉄の塔の頂上ではガウスは嘆息する。

 誰もが目を奪われる。



 それでも、今、この瞬間だけは。


『炎赫!!』

『双尾!!』


 この世界に、二頭だけ。


 双尾の瞳に映るのは、無二の同類。はたまた最強の敵。

 あるいは人はそれを……。




「「グオオオオオオーーーーッ!!」」


 後のことは考えない。残った全て、ありったけの魔力を纏い、二頭は咆哮を上げて激突する。


「「オオオオオ!!」」


 組み合った。

 たったそれだけですさまじい爆発が生まれる。


(頼む炎赫……!!)


 漆黒と深紅の輝きがせめぎ合う。


『双尾ッ!!』

『……! 何、だと!?』


 そして、深紅の輝きが膨れ上がり漆黒を呑み込んだ。


『これで最後だ!!』

『うおおお!?』


 深紅に呑まれた爪が、肩が、翼が消滅していく。


『なぜだ……! なぜ急に力をッ!!』

『主が我が勝利のため、自ら竜の力を手放したからだ』

『そ……んなことがあるか!!』

『あるのだよ、双尾。我と主は戦友だ。その絆が故の勝利なのだ』


 炎赫と双尾。同格の存在で、同種の生命。

 そんな彼らの勝敗を明確に分けたもの。


『我は良き主を……否、友を持った』

『と、も……!』


 炎赫を尊び、それでいて遜るわけではない。互いの目的のために力を貸し合う対等な戦友であると、ソリューニャは言う。


『がはっ……! そうか、契約者の差か……』

『我も信じて委ねた。絆とは一方的には得られぬものなのだ』


 双尾を軽んじ、あくまで自身は主である。先祖の尽力と選ばれし才能で使役する大いなる力であると、コルディエラは言う。


『人間嫌いのオレには……得られん力……』

『そうかもな』

『クソ……悔しくて仕方がねぇ……』


 双尾もまた、契約者をあくまで己の目的のための道具だと見下している。超常の力を貸すことを条件に協力させているに過ぎないのだ。

 そんな彼だからこそ、コルディエラでなくともうまくいくはずがなかったのだ。


『……こっちのオレは負けた』

『ああ』

『ぐ、ふ。次は、こうはいかねぇ』


 双尾が消滅していく。

 死体は残らないという点こそ異なるものの、この世界での死を迎えた以上もう二度と生き返ることはない。


『……さらば、双尾よ』

『アァ。()()な……』


 “双尾”と“炎赫”の戦いに決着はついたが、深紅の竜と漆黒の竜の戦いはここではないどこかの世界で続く。


 無二の同類。はたまた最強の敵。

 あるいは人はそれを、


『友よ……』


 友と。そう呼ぶのかもしれない。

 この世界のことを別世界の自分が知ることはない。それでも、この時この場所で生じたこの感情を悪くはないと思ってしまった。




 幾星霜、幾星霜。

 大地に多くの傷跡を残した伝説の戦いは、千年を経てついに終結するに至る。






「ご……が……」

「私の勝ちだぁぁ……!」


 意識が朦朧とする。腹部に突き刺さった槍を伝って鮮血が溢れ出ている。


「う……あ……」


 ソリューニャは槍を掴んで引き抜こうとしたが、そんな力は残されていなかった。

 本来ならばコルディエラの力の波に合わせて一気に魔力に差をつけて叩く作戦だったのだが、相手がこの隙を克服してしまった。不規則な波による力の差が発生しないのならば、ソリューニャ自身の魔力を増減させることで差を生むしかない。そう考えた。


『主!! 勝ったぞ!!』

(炎、赫……!)

『次は主だ!』


 そのとき聞こえた炎赫の声で、ソリューニャの意識はクリアに晴れる。


「つ、ぎ……まだ……まだ……」

「はぁん?」


 そうして組まれたソリューニャの第二の作戦は、コルディエラに最大限の力を出させて双尾を弱らせている間、自身は逆に炎赫から力を一切吸わないことで炎赫を相対的に優位に立たせるというものだった。

 そのためにソリューニャは、ともすれば致命傷を負う覚悟でコルディエラを誘い込み、竜の力無しで攻撃を受けた。


「ここ、から……!」

「こいつ、無駄なあがきを! もう一度竜の力で……!」


 そしてここからが賭けになる。


「っ!? 竜、どうした竜!?」


 双尾がいなくなった今、今度は逆にソリューニャだけが竜の力を使える。

 あとは、体が動けば。


「ぐう、ああ……!」

「く、離せ!」

「これがっ……! アンタとの差だ、コルディエラ!」


 コルディエラが槍を、誇りを手放していればあるいは避けられたのかもしれない。

 それでもこだわった。引き抜くことにこだわってしまった。


「アタシは一人じゃない!」

「この、離れな……っ!」

「炎赫と、仲間たちと!」


 力なく添えられていただけの手は今や万力のようにがっちりと槍を掴んで離さない。

 そして折れていない右腕に深紅の魔力が集まっていく。


「ひっ……!」

「勝つんだ!!」


 炎赫が信じてくれた。

 仲間たちが託してくれた。

 その想いが覚悟であり、誇りであり、そしてソリューニャの右腕を動かす執念だ。


「はあああああああ!」

「うぎぃ……!!」


 凄まじい密度の魔力の塊がコルディエラに叩き込まれる。

 まるで巨大な鉄球に追突されたかのような衝撃に、コルディエラは白目を剥いて意識を手放した。


「うぐあああああ!!」


 そして炸裂した瞬間、魔力は解け膨張し、コルディエラを彼方へと吹き飛ばした。




 炎赫と双尾の因縁に決着はついた。そして竜の祝福を受けし契約者たちの、誇りの戦いもまた終結した。

 それは互いを信じて共に戦った炎赫とソリューニャの、絆の勝利なのだった。



 だが。


「う、あ……」


 ソリューニャはその場に力なく崩れ落ちた。

 勝利のためとはいえ、その身をあまりに酷使してしまった。


 冷たい死が近づいてきているのがわかる。


『主!? まさか、なんという無茶を!』


 ソリューニャの様子に気が付いた炎赫が焦る声が聞こえる。

 しかしソリューニャにはまだやることがあった。


(炎赫……レンたちを……!)

『しかし、主!』

(頼む……!)


 意識を失えば魔力の供給が失われて炎赫が消えてしまう。

 たとえ消耗しきっていたとしても、双尾の抑止力という役割から解放された炎赫という戦力には大きな意義がある。


『承知した……!』


 炎赫が力を使い果たして消えるまで、ソリューニャはまだ眠れない。


「まだ……何も終わってない……!」


 ソリューニャが「自分を助けろ」と言えば、確実に生き残ることはできるだろうか。


「終わってないだろう……!」


 復讐を果たすことができるのだろうか。

 この戦いに勝つ。仲間が全員生き残る。自分も生き残る。その後は復讐に生きる。


「終われ……ないだろう……」


 戦いと土地の覚醒で荒れ果てた森が見える。これが見えている間は大丈夫だ。

 それもやがて見えなくなり、ソリューニャは敵地で一人意識を失い竜も消える。


「……紅き竜の主。まだ息はあるようだな」


 敵がすぐ近くに来ていることにも気付かぬまま、ソリューニャは静かに冷えていく。

 死を目前に、孤独。


「……て……る……」


 そのとき彼女は。





 ◇◇◇





「ホホウ。これはこれは良きものを見ましたネ」

「ああ。竜の戦い……これほどとは」

「竜人の采配もよかった。オホホ、人間側ももれなく粒揃いだこと!」


 気まぐれの双子。魔神族ネロとハッターは空中に固定された椅子に掛けてその戦場を味わい尽くしていたが、竜の決着には思わず立ち上がって拍手を贈った。


「まったく同感だ。一つとは言え、勝ち取るとはな」

「オホホホ! しかし最重要の戦いは……」


 ハッターがちらりと目を向ける先には、黒鉄の塔。


「あの子供たちは死んだようですネ」

「…………」

「無垢よ。お前が目をかけた子供たちはあの通り、魔神の壁を超えられなかった」


 その場にいて、無垢だけが黒鉄の塔の戦いから目を離さなかった。

 千年越しについた竜の決着にさえも無関心を貫き、動かない少年たちをじっと見ている。


「ザンネンですが現実は非常なモノです」

「…………」

「なんだ、無垢。まだアレを見ていて楽しいのか?」

「…………」


 無垢は答えない。


「ほら、あとは船の攻防だけだ」

「深紅の竜もおりますよ!」

「もう間もなく消えるだろう。戦況を覆す切り札にはなれん」


 深紅の竜とソリューニャは勝ったが、共に満身創痍である以上この戦いに与える影響は小さい。

 また兵器としてのニエ・バ・シェロが起動してしまった以上、戦いのほとんどはすでにガウスが勝利しているといっても過言ではない。


「…………」

「ま、ワタクシも見届けまショウ」


 すべてが決するその瞬間まで。

 ソリューニャの勝利が見せたか細い希望の灯が、彼ら傍観者の目を惹き付けた。




 ◇◇◇





 ガウスの覚醒により動いた竜たちの戦いの裏で、もう一つの戦場もまた大きく様相を変化させていた。

 竜の戦いがまだ続くその裏で、ソリューニャ同様に希望を抱き続ける青年が強敵に必死に食らいついている。


「うおおお!? ガウスのヤロ、やりやがったな!」

「気安く呼ぶな、痴れ者が!」


 ミツキとレインハルトは、荒れに荒れた森の中を駆け抜ける。

 目的地は共にオーガがずっと隠し続けていた希望の船だ。


「てかあいつらは無事なのかよ……!」

「無事なわけがあるまい。ガウス様のお力の前ではな!」

「ぐ……! この!」


 木々の間をすり抜けながら、斬り合っては離れ、斬り合っては離れを繰り返す。

 足は止めない。レインハルトの目的は船にいるだろうエリーンであり、ミツキの目的はレインハルトを止めて船に辿り着くことだ。


「感じる。ガウス様の存在を、強く……!」

「ん!?」

「ガウス様はスカイムーンの魔力を支配されたのだからな」


 エリーンら原住民がニエ・バ・シェロと呼ぶこの天空の大地を、ガウスらはスカイムーンと呼んでいる。


「聖域の魔力を……!?」

「そうだ、尽きぬことのない魔力を手にされたのだ。もはや何者も敵うまい!」


 レインハルトが水の弾を放つ。

 ミツキは木々を盾にそれを躱しながら刀を投擲する。ミツキの後を追うかのように水の弾が爆発していく。


「シャレにならん! とはいえ……」

「理解したか? 貴様らの船もガウス様の支配下になれば動けまい」

「こっちも余裕がないんだよなぁ!」


 ミツキがレンたちに手を貸すことはできない。だが仮に飛んでいけたとしてもそれをしようとはしなかっただろう。

 よく食い下がってはいるもののレインハルトへの決定打はなく、結果彼を船へと進ませてしまっている。

 このままでは魔力の無力化という危険すぎるジョーカーを船の周囲の戦闘に参加させてしまうことになる。


「と、うおあ!?」

「く……!」


 二人の目の前で大地に巨大な裂け目が発生し、道を阻んだ。主砲の発射とニエ・バ・シェロの移動によって地面に大きな衝撃が加わっているのだ。

 飛び越えた二人の足元がさらに揺れ、めくれ上がる大地にさらなる足止めを食らう。


 妖刀・秤厄双が両者共々に牙を剥いているのである。


「この程度……!」

「あ、待て!」


 崩壊し陥没し隆起し、まるで生き物のように蠢く地面を次々と蹴ってレインハルトが進む。

 ミツキもあとを追うが、レインハルトとの距離は徐々に開いていく。


「マオも、ミュウちゃんも待ってるんだぞ……!」


 ミツキの目の前に、隆起した大地。回り込めばよけて進むこともできるが。


「お前じゃなくて、おれを待ってるんだぞ!」

「ちぃ、しつこい……!」


 ミツキはそれを魔力を全力で込めた一刀で切り崩した。


「行かせてたまるか! レインハルト!」

「我が使命を果たす! 失敗は許されん!」


 チャンスを残してくれたガウスに報いるために、レインハルトは任務を完遂する。

 芯には誇りと覚悟がある。そういう信念ある敵ほど手強いものとミツキは知っている。


「仲間はきっと勝つ! おれは信じている!!」


 ミツキもまた、命をかけて絶望に抗うのだった。



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