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魔導士たちの非日常譚  作者: 抹茶ミルク
天雷の大秘境編3 未来と仲間
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THOUSAND 4

 

 

 レンたちが無垢の魔神と対面しているときも、ミュウが一人で空を駆けているときも、二頭の竜たちは戦っていた。

 気勢で赤が優勢の時もあれば、風向き一つで黒が優勢にもなった。


 千年越しの決戦は一度は双尾とコルディエラの契約行為のために中断したが、今度こそ決着はつくだろう予感は確かに彼らの共有するところでもあった。


『楽しい! 今までで一番!!』

『我は楽しむために戦っているのではない』

『つれねぇこと言うなよ! 千年だぜ!?』


 かつて主だった一人の竜人は、彼のことを双尾と呼んだ。

 竜はそこはかとなくその名を気に入り、我がものとすることに決めた。

 その頃はまだ、深紅の竜にそこまでの執着はなかった。ただ人類を滅ぼす邪魔をする障害としてしか見てはおらず、彼を倒さずして目的の達成はありえないとは知っていたものの、あくまで障害以上に見てはなかった。


『この躰はすっかりこの世界に馴染んじまった! おかげで人臭ぇ執着が! 情が湧いちまった!』

『それがこの世界の理だ。受肉したならば逃れられん』

『最初は忌々しかったがな。今じゃ悪くねぇ……』


 ほとんど同時期に主から炎赫という名を貰った深紅の竜のことをずっと考えていた。

 封印された直後は忌々しく感じるだけで、己の力があればこの世界の時間で数十年もあれば脱出できると思っていた。しかし150年が過ぎたあたり、一向に弱まらない封印の力に想定を崩されて感情は深い憎しみに変わる。


『千年! 何もない場所で気付けばテメェのことばかり考えていた!』


 そこからしばらく憎しみ、それもやがて称賛交じりの敵意に変わっていった。

 同等の存在であると知ってはいても、どこか見下していたことに気付いた。傷を受ければ激しく痛んでいたことを思い出した。


 そして双尾は炎赫を認めた。その感情は好敵手に向けるそれへと変わっていた。


『オレは人類を滅ぼす存在だが、同じくらいテメェの敵だ!』

『我は人に味方する。その邪魔をする限り、貴様も我が敵だ』

『それでいい! 今度こそオレを倒すことだけに集中してろ!!』


 二頭の竜は天空の島から離れ、さらに上空へと昇っていく。

 高度10000Mの虹。ミュウの虹の輝きは確かに人の起こせる奇跡の光だったが、それを見下ろす宙にて二頭は衝突する。まさしく戦いの次元が違うのだ。


「「グオオオオオオオオ!」」


 天よりも高い場所で二つの咆哮が上がる。

 その咆哮は魔力を含み、竜の最強の破壊攻撃となって互いにぶつけられる。二頭の竜すらも吹き飛ばすほどの衝撃波を発生させる。


『互角! やはりこうでなくては!』

『主があの地に来てから、力の回復が早かった。おかげで力が漲っておる!』

『かつての力を完全に取り戻してオレも! 最高の気分だ!』


 炎赫は双尾の呪いで主もないのにこの世界に縫い付けられ、魔力の回復を許されなかった。

 双尾も炎赫の封印で世界の狭間とでも呼ぶべき空間に隔絶され、同様に魔力の回復は不完全だった。

 地形を変えるほどに人智を超えた先の戦いですら、彼らの全力ではなかったのだ。


『このような場所で戦うのは初めてだな』

『ああ。ここならば何者も巻き込まん』

『昔はオレがわざと巻き込みにいっていたからなァ』

『ここならば存分にやれるな』

『今や互いに何者の介入も望んでねぇ。千年という時間がオレをこうも変えた!』


 二頭は誰よりも太陽に近いところにいた。

 それでも二頭は止まらない。存在しない天井へとより高く、高く高く。

 ぶつかり合いながら昇る。


「ガァァァ!!」

「グオオオーー!!」


 陽は煌煌と眩しく輝いているのに、周囲は蒼天よりも深く暗く沈んでいく。

 二頭はまるで深海に潜っていくかのように、自分たち以外の何もかもすべてがなくなる場所を求めて昇る。


「ガァッ……!」

「グルルゥ……!」


 生命はこの宙に二頭だけ。


「ガアアア!」


 双尾が飛び出す。

 その突進を躱した炎赫の脚に二本の尾が絡みついた。


「グアァ!」

「ガァ! ゴアア!」


 尾に引き回されて姿勢を崩した炎赫に双尾の咆哮が撃ち込まれる。


「ゴガァァ……! ガァオ!」


 翼を広げて堪えた炎赫も竜の咆哮で応戦する。

 咆哮は双尾の体に当たって弾けた。


『がは! やはりこうでなくちゃなぁ!』


 双尾の体当たりを真っ向から受け止めた炎赫が、双尾の背に剛腕を叩きつける。

 だが双尾も怯まず、鋭い爪で炎赫の皮膚を切り裂いて脱出した。


『まだまだぁ!』

『負けん!』


 炎赫の強烈な尾の一撃が双尾に命中する。

 双尾は苦悶の叫びを上げながらも尾に食らいつき、炎赫の背に組み付くと爪を突き立てた。


「オオオーーッ!」

「グガァ!!」


 炎赫はキリモミ飛行で双尾を振り払う。

 二頭の間に距離ができるが、すぐさまその距離はゼロになる。彼らはそんな衝突を何度も繰り返した。


 その均衡が破れたのは、それからしばらくのことだった。


『グ……!!』

『なんだ……?』


 双尾が一瞬、怯んだように見えた。


『けっ、なんでもねぇよ!』


(嘘だ。だが、好機)


 双尾の刺々しい圧力が弱まっているのを炎赫はしっかりと見抜いていた。

 だが双尾の身に何が起きていようとも、炎赫がすべきことはこの機を逃さず確実に双尾の息の根を止めることだ。炎赫にとって何よりも優先されるものは勝利であり、どこか対等な勝負を望む双尾とはそこが違う。


「ガァッ!」

「グオオアア!」


 明らかに精彩を欠く双尾の背後にひらりと回り込むと、体当たりで吹っ飛ばす。


『チィ……!』

『…………』


 この時、双尾の身にはコルディエラが発動した秘術によって力を吸われるという異変が起こっていた。

 だが双尾はそれを決して口にはしない。それは意地であり、また敵にむざむざと好機を伝えるような間抜けをしないためでもある。


(手加減はせんぞ。貴様の誇りに懸けて)


 たとえ炎赫に気取られていたとしても。


『貴様の力はそんなものか!』

『……! テメェ、慣れない挑発しやがって!』

『む……』


 千年を経たこの戦いは今になって、ただ互いに宿命づけられた役割のためではなく、誇りをかけた戦いへと変わっていた。


 レンたちとガウスが。カルキたちとローザが。ミツキたちとレインハルトが。

 そしてミュウも、グリムトートーも、ミィカもジェインもグリーディアも。

 誰もがこの戦いで誇りをかけて戦い、勝ち取り、あるいは散っていった。


 この地にあって、竜たちもまた誇りをかける。


『だが……いや、なんでもねぇ』

『ああ。“無粋”だろう』

『クック……! テメェも染まってんな! この世界によ!』


 双尾と炎赫が同時に竜の咆哮を放つ。


「グオオ!」

「ガア!」


 炎赫が双尾に組み付いて急降下を始めた。

 空気との摩擦で二頭の表皮を橙の炎が覆い、巨大な火球はそのまま雷雲に突っ込んだ。


「グアオオオオオ!」

「ギャオオオオ!」


 膨大なエネルギーの嵐が吹き荒れる雷雲の中で、二頭はその身に雷を受けながら互いの姿を決して見失わぬように飛ぶ。


「「ゴガアア!!」」


 二頭の咆哮が衝突し、巨大な爆発が雷雲を吹き飛ばした。


(互角! 力が戻っているのか!?)


 ぽっかりと丸く穴の開いた万年雲の中で、二頭は戦いを続ける。

 爆発を中心に発生した雲の大渦に沿って飛行しながら、不意に二頭は飛び出して中心部で衝突した。そして再び離れ、渦に沿って飛行する。

 これを何度も繰り返すうちに渦は少しずつ閉じていき、二頭の衝突する間隔も短くなっていく。


「「グオアアアア!!」」


 二頭は同時に雲の上に飛び出した。


『ぐ、人の分際で……!』


(……!)


 双尾はまた力を落としている。

 炎赫はソリューニャへテレパシーで言葉を届ける。


『主よ!』

(あ、炎赫!?)

『異変はないか! 双尾が妙だ! 力が弱まっている!』


 双尾の不調の原因が契約者どうしの戦いにあるかもしれないと感じたからだった。


(……それだ!!)

『どういうことだ、主!』

(コルディエラが双尾の力を使ってる! あの現象を力づくで再現したんだ!)


 主のソリューニャが聡明な人間ということは知っている。彼女は炎赫の知りたかった答え、あるいは信頼性の高い推論に即座に到達していた。


『双尾がそれに応じるとは思えぬが……』

(千年前はなかった秘術を使って一方的に奪ってる!)

『そうか……』


 炎赫との戦いにただならぬ執着を持つ双尾だ。

 コルディエラとの間にどんな会話があるのかは知る由もないが、自分から力を貸すはずがない。一方的に奪っているというのも間違いないだろう。


『我は主が主であることに感謝する。否応なく力を吸われるというのはさぞ苦痛だろう。同情するぞ、双尾』

(アタシはそんなことはしないよ……。それで炎赫が負けたら意味ないじゃないか)

『……我はただその心に報いよう』


 それに比べて、ソリューニャの人柄のなんと暖かなことか。

 ソリューニャは自分の戦いだけでなく、炎赫の戦いにも意識を割いて戦っているのだ。


(そのために、なんとしてもここで双尾を……!)


 双尾の身に起きていることは分かった。力が安定しないのは双尾にもなにか抵抗の手段があるということだろう。

 そもそも契約者に力を貸すためには、契約者自身の鍛錬だけでなく竜との繋がりの強さも影響する。契約して数日という異例の短期間で双尾から無理矢理魔力を吸い出すという行為になんらリスクを伴わないというほうが不自然だった。


(同情はするが、勝利だけは譲れん。隙を見たらその時は……)


 双尾の力が増減していることで、隙がある瞬間がたまにある。あれほど楽しそうに戦っていた双尾も今は極めて不機嫌で、いまいち集中できていない。


『ウオオ……! 忌々しい……!』


 しかしここで、炎赫にも同様の現象が起きた。漲っていた力が弱まり、目の前の双尾の圧が大きくなったかのように見える。


『主、今のは……!?』

(炎赫……。アタシを信じてくれるか?)

『…………』


 目の前で、コルディエラの独断に翻弄される双尾の姿を見ている。

 その上でなお、主のために力を捧げることができるか。敵と戦っているという状況で弱体化を受け入れることができるか。


 それはとても恐ろしいことだ。勇気が要る行為だ。

 炎赫は決断をする。


『信じる』

(炎赫)

『信じるとも。我が主よ』


 ソリューニャはコルディエラとは違う。きっと何か策を持っている。


『勝とう』

(ありがとう)


 炎赫はソリューニャとの絆に賭けた。


『テメェもか! 千年前は主に好き勝手されることなんかなかったというのに!』

『我が主は違う』

『何が違う! 力を取られたのはテメェも同じだろうが!』


 二頭の力は再び拮抗した。

 双尾はそれでも抵抗を続けてときたま力を上げるが、それもやがて落ち着いてきている。


『横槍が鬱陶しいが……決着はここでつけようぜ! その後でオレはあのガキを噛み殺してやる!』

『横槍、か……。理解はできないのだろうな』


 戦いは第三者的な視点からは幾分か規模を縮小させたが、実力が拮抗したことでかえって激化していた。


「ガアア!」

「ゴガ、グルア!」


 竜の硬い表皮も、同じく竜の爪にかかれば裂く事はできる。

 体当たり一つで大岩をも砕く巨躯があれど、相手も同じ膂力ならば受け止められてしまう。

 互いが互いを殺す牙を持つ。

 双方の躰には無数の傷が刻まれ、流血も夥しい。


 そしてその時は来た。

 コルディエラが疲弊しているのか、力が戻り始めているのを機に双尾が最後の一撃を狙っている。


『主!』

(いくぞ、炎赫!!)

『ゆこう、主!』


 竜と竜、最後の激突。

 その先に待つのは希望か、絶望か。

 その鍵を握るのは腹部を貫かれ、今まさに意識を失おうとしている彼女だ。

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