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魔導士たちの非日常譚  作者: 抹茶ミルク
天雷の大秘境編3 未来と仲間
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ソリューニャVSコルディエラ

 

 

 ソリューニャがひとりぼっちになってからレンたちと出会うまで、7年以上。それは憎しみに囚われ憑かれたまま、暇を見つけては孤独に己を鍛え続けた時間でもある。


 ある程度の基礎体力や筋力はあった。情報収集のためギルドに登録してからは実戦の経験も積むことができた。

 それでも誰の教えを受けるでもなく一人で修行をして、カキブ国を守る強者たちやアルデバランの幹部クラスを退けるまでの力を得ることが果たして常人にできるものだろうか。


「炎赫。その信頼を裏切りはしないからな」


 答えは、否。

 ソリューニャの戦闘の才能は異常だ。


 復讐相手がどんな能力でも戦えるように独学で組み上げた、万能型の戦闘スタイル。鱗の特性を最大限に活用できる近接戦闘を主体に、選んだ武器は両手が塞がり扱いの難しい双剣。人並みに恐怖心を持っていても、戦闘中という極限状況で最後に見せるのは獰猛な本性。


 ソリューニャは、戦闘行為の素質という点においてレンやジンをも凌駕していた。


「オ前ガ何故ソノ力ヲ!?」

「さぁねぇ!」


 ソリューニャ自身も意外だった。


(聖域に来てからあの子(憎しみ)は輪郭を持ち独立した……。まるでアタシの中に別の心が増えたみたいに。こんな話聞いたこともない、普通ならあり得ないことが起きた……)


 聖域が何なのか、その答えに辿り着いたわけではない。


(聖域だ、きっと。聖域なんだ)


 だがソリューニャは、もはや魔力を自然発生させる不思議な土地というだけではない何かを確信している。自身の二次魔力と、精神と、空間を超越して顕現する竜と、少しの才覚。それらすべてが無関係ではなく、今この場所だからこそ竜の力を身に降ろすことができたのだ。


 その聖域は今、ガウスの覚醒と主砲の衝撃で下降している。崩れた大地は浮遊の力の残滓によって宙に浮かび、その頼りない足場の上でソリューニャとコルディエラは睨みあっていた。


「アリエナイ……! 認メナイ!!」

「どうした、天然モノは初めて見たか!?」

「認メナイ……認メナイ認メナイ認メナイィ!!」


 煽る。心を揺らして集中力を削る。


(今だけ……偶然の力でも! アタシは勝つ!)


 窮地に差した一筋の光明。ソリューニャ自身も夢かと疑ってしまうほど、あまりに都合よく出来すぎていた。

 だが、才能ありきの力押しだろうと、タイミングのいい幸運だろうと、とにかく勝つことがソリューニャにとっての絶対条件だ。


 塔での戦いは少なくとも勝ってはいないだろう。ミュウたちの戦況はわからないが、レインハルトをはじめとした兵力の多くは脱出船に向かっている。どこの戦況も厳しいはずだ。勝利どころか優勢の戦いは一つもない。


「所詮左ダケ……! 歪ナ偽物ガァ……!」

「アンタこそ随分と苦しそうじゃないか。声まで変わって!」

「コレハ誇リノ力ダ! ソレヲオ前ハァ!」

「ああ何年も準備してきたんだっけ!? 才能がないと苦労するなァ!?」

「グウガアア! 黙、レェエ!!」


 だからソリューニャが勝たなければならない。

 そのためならば心にもない言葉で挑発をすることも厭わない。


(チャンスを作れ……!)


 ソリューニャの振るう左腕に深紅の魔力が集まり、巨大な爪となった。

 コルディエラは漆黒の瘴気纏う両腕でソリューニャを叩き落とす。


「がっ!? くそ、正面じゃダメだ!」

「ドウダ、ドウダァア!」

「隙を見逃すな……!」


 ソリューニャは浮力残る岩の破片に着地すると、それを蹴って再び上空のコルディエラへと飛翔する。蹴られた岩はひび割れ、浮力を喪失してニエ・バ・シェロに還っていった。

 常時放出している竜の魔力の量ではコルディエラに分がある。ソリューニャは左半身を中心に魔力を纏っているのみで、真っ向からぶつかればまた返り討ちに終わるだろう。


「アア……! アああ!? 戻っ……」

「ここ、だああ!」

「ぐあああ!」


 それでもコルディエラの魔力は不安定だ。

 ソリューニャの魔力が一定に保てているなら、ソリューニャの魔力量がコルディエラのそれを上回る瞬間が来る。その一瞬を見逃さずソリューニャが左腕の魔力を伸ばせば、今度はこのように防御の薄いコルディエラに押し勝てる。


「がっは……! くそ、くソクソクソ……!!」

「くっ、痛……! もう反動が出始めてる!」


 蓄積したダメージがソリューニャの身体を襲い、この戦いが長くないことを予感させる。悠長に攻撃をかわしながら隙を待つような戦法は使えない。

 島が身じろぎするように振動し、浮力の残る大地のかけらが巻き上げられた。


「クソオオアアア!!」

「炎赫! 合図を待て!」

『こちらは問題ない!』

「チャンスは一度……! 信じてるぞ……!」

「ヨソ見カヨ!!」


 飛び起きたコルディエラが足場の岩を蹴ってソリューニャの足場を殴り砕く。

 ソリューニャは別の足場に跳び上がって着地すると、はるか上空で戦う炎赫の様子を確認する。ソリューニャに力を貸してくれてはいるが、双尾とは互角に戦えているようだ。


「無視してんじゃ……っ、くそ! 竜ゥ!!」

『返せ! たかが人の分際でェ!』

「私が主人だ! 逆らうな!」

『こっちの戦いに水を差しおって!! 貴様、喰い殺してやるからな!!』

「っ、どいつもこイツモ……!」


 コルディエラの感情の昂ぶりに応じて彼女の魔力が強まる。漆黒は彼女の体を覆い、凄まじい力を発揮する。


「ムカつくんダ、ヨォォオア!」

「ぐ……! より強く……!」


 コルディエラは殴り砕いた岩の、一抱えもある破片を片手で掴むとそれを次々と投擲する。

 ソリューニャは顔を引っ込め、足場を盾に岩を凌ぐ。時間はないが今は近づけない。


「気ニ喰ワネェ!!」

「がっは!?」


 足場を突き割ってコルディエラがソリューニャを捉えた。そしてそのまま漆黒の翼を広げ、さらに上空の岩場にソリューニャを押し付ける。


「オ前ガ居ルカラァァア!!」

「ぐうああああ!」

「偽物……ニゼモノォォオ!」


 ソリューニャの体は岩を砕いて上空に巻き上げられる。

 コルディエラは尚も巨大な黒い爪でソリューニャをがっちりと掴むと、次々と岩に叩きつけては砕きそのまま最上部へと到達した。


「ぎっ、離せ……!」


 ソリューニャもコルディエラの顔面に赤い爪を突き立てる。目を抉るつもりの勢いだったが、爪は漆黒の鱗に阻まれて左顔面を削るように滑っていった。


「イッテエナ!!」


 コルディエラは大きく羽ばたき体を反転させると、急降下してソリューニャを浮島に叩きつける。


「シネシネシネシネ……!」

「がっ、ぐ、あ!」


 コルディエラは敵を地面に押し付けたままその上を引きずり、敵と地面を削りながら島を横断する。

 ソリューニャは魔力を防御にすべて回し、苛烈な猛攻を凌ぐ。


「キエロォ!!」


 島の端から飛び出したところで投げ飛ばされ、ソリューニャの体は遠くの浮島に衝突して盛大に粉塵を巻き上げた。


「モウ魔力ハ渡サナイ……!」

「がぁっ、ハァ……ハァ……ッ! くそ、安定してるだと……!」

「オマエノ腹ハ読メテルンダヨ! フゥゥ……!」

「チィ、狙いもバレたか!?」


 魔力が増減して不安定だったコルディエラは、しかし今の猛攻の間中最大のパフォーマンスを維持していた。これはソリューニャにとって絶望的ともいえる成長だ。


「これじゃあクソ、作戦が使えない……!」

『主、どうした』

「……なんでもない。合図はまだだ!」


 ソリューニャの作戦で狙うべきタイミングは、双尾の抵抗で魔力が弱まる瞬間だった。そのタイミングを見切り、最大の攻撃で一撃必殺を狙うのが地力で劣る彼女の唯一の勝機だった。

 しかし相手もムラがあることは自覚したのだろう。弱点を突かれないよう警戒も強まり、立てた作戦は通用しない可能性が高い。


(じゃあどうする!? まともにやって勝ち目あるか!?)


 炎赫には作戦があることだけ伝えている。その作戦が使えなくなったということを、双尾の相手で手いっぱいの炎赫に伝える必要はない。


「ゴオオアアアア!」

「獣みたいな声だしやがって……。双尾との引っ張り合いを無茶に制した反動か」


 コルディエラの理性はソリューニャの推測通りかなり弱まっている。凶暴な双尾の性格の影響を魔力と共に色濃く受けている。


「く……! 悠長に作戦を立て直す時間が残ってない……!」


 失血、揺らぐ勝機、一瞬の眩暈。

 ソリューニャも理性こそ留めているものの、肉体にかかる負荷はある。


「何か……何かないか……!」


 浮力を失ったひと際巨大な岩がニエ・バ・シェロに落ちて、地響きを鳴らす。それがゴングになった。


「アアアア!!」

「こんな力、アイツも限界のはずなのに……!」


 深紅の竜が飛び出し、上空から迫る漆黒の竜を迎え撃つ。

 もとのパワー差に加え、重力加速の乗った拳ではソリューニャに受け止められるはずもないが。


「直線的……なら!」

「グア!!」


 勢いよく衝突した割に、その衝撃は微々たるものだった。

 片側の翼だけで軸をずらしたソリューニャは冷静に敵の拳を受け流し、横腹に鋭い蹴りを放つ。


 吹っ飛ばされて岩に背をぶつけたコルディエラは、すぐさま翼を広げて高く飛び上がった。

 そこから急降下。この攻撃を空中のソリューニャは満足に避けられない。


「が!」

「ハッハァ!」


 直撃は避けたが、大振りの腕に引っ掛かりソリューニャも弾き飛ばされる。


「クソ……技量だけじゃ決定打にならない……!」


 何とかバランスをとり浮遊する岩に両足を付けると、それを蹴って別の岩に飛び移る。

 それを繰り返し、空中を縦横無尽に跳ねまわる。


「ギガガ……グガアア!」

「まずい、ブレスか!」


 コルディエラは竜の息吹を放ち、ソリューニャを撃ち落としにかかる。

 ソリューニャが蹴った岩を次々と破壊しながら、彼女の後を付け狙う破壊の奔流。ソリューニャは岩の裏に回ると、その岩に敵の攻撃が当たる瞬間を狙って自らも竜の息吹を合わせた。

 赤と黒のエネルギーが爆発し、破片を方々に撒き散らす。


「グルル……! ド、ゴニ……!」


 爆発でソリューニャを見失ったコルディエラの背後から引き抜かれた樹木が迫る。

 コルディエラはそれを腕の一振りで弾き飛ばした。


「ソコガア!」

「はああああああ!」


 しかし振り返ったときにはソリューニャはもう移動している。

 ソリューニャがコルディエラの下から強襲しその足を左脇でホールドして捕まえると、右拳で腹部に強打を叩き込んだ。


「ゲホァ!」


 はじめにコルディエラの鎧を無力化していたことがここにきて活きていた。

 コルディエラは苦悶の表情で両腕を上げると、ソリューニャの頭に叩きつける。


「ぐうう!?」

「ガ、ア、アア!」


 どろりとソリューニャの額に赤い血が流れた。

 それでも彼女は腹部へと執拗に強打を放つ。

 コルディエラも血を吐きながら、ソリューニャの頭を殴る。


「だあああ!」

「グアアア!」


 二人はもつれあいながらニエ・バ・シェロへと落下し、そのはずみで二手に転がった。


「ぐ、はぁ、はぁ……」

「グルル……ゴアア……!」


 もはや二人とも限界だった。

 崩れた大地の欠片が次々と浮力を失い、二人の周囲に降り注ぐ。

 ガウスが操るニエ・バ・シェロが分厚い万年雲の下に潜り、周囲がふっと暗くなる。薄い霧が二人の姿を朧気に包み込む。


 雷鳴が轟く。雷鳴の山に近づいてきているのだ。

 不規則に明滅する雷光がソリューニャの姿を現し、隠し、コルディエラの姿を現し、隠し。


「ガ、ア……! 勝ツ……殺ス……!」

「はぁ……言葉、ぜぇ……魔力が弱まってきたのか……」


 しかし、よろめきながら立ち上がった彼女たちの細長い瞳孔に差す光はギラギラと闘志で燃えている。

 コルディエラは血液交じりの唾液を垂らしながら、突き立っていた翼竜の槍を引き抜いた。

 ソリューニャも右腕に魔力を集め、会心の一撃を狙っている。


(いくぞ、炎赫!!)

『ゆこう、主!』


 二頭の竜が大地を蹴る。


「オアアアアアアーーッ!」

「おおおおッッ!」


 コルディエラの目はもはや敵以外何も映してはいない。ただ己の信念の敵を、ソリューニャを貫くのみ。

 ソリューニャは一気に魔力を開放すると、瞬間的にコルディエラに匹敵する魔力を発動した。片方だけだった翼が完全な形に生え揃い、コルディエラと並んではまるで二頭の竜が相見えるが如し。


「ガア、アア!!」


 それを見て焦ったコルディエラが、張り合うようにしてより大量の魔力を双尾から奪った。

 漆黒の翼が暴風と共に巨大化し、コルディエラの体を強く押し出す。


「今だ!! 炎赫!!」


 深紅と漆黒。

 二つの戦いが最後の衝突で幕を下ろす。


「アアアアア!!」

「うおおおおおっ!!」


 刹那、ソリューニャの深紅が消える。




「……か、は……」

「へへっ……!」


 槍はソリューニャの腹部を深々と刺し貫いていた。


「ハハハ、ハははハは! 勝った!!」


 コルディエラの高笑いが雷鳴轟く戦場にこだました。

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