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魔導士たちの非日常譚  作者: 抹茶ミルク
天雷の大秘境編3 未来と仲間
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天雷に散る

 

 

 レンたちがかつて立ち寄ったミュウの故郷、神樹の国「フィルエルム」。そこは超巨大な神樹、神樹の意志ヘスティア、謎の異空間「断罪の森」など、これまでの冒険の中でも特に謎の多い場所であったが、それも自然発生の魔力という現象と無関係ではないのだろう。

 フィルエルムは無尽蔵の魔力を自然発生させる、所謂「聖域」だった。


 そして万年雲に隠されていた空浮かぶ島「ニエ・バ・シェロ」もまた聖域である。空に浮かぶというとてつもない現象を、この魔力が引き起こしているというのは間違いない。

 さらに恐るべきはこの島そのものが巨大な空中要塞としての機能を有していることであり、禁忌とされる地下には大量の「空飛ぶ船」が眠っていた。この兵器たちは聖域から湧き出す無限の魔力と、チュピの民の巫女が持つ不思議な魔力で復活する。


「ああ、雲一つないこの蒼天の如き心地よ……」


 ガウスは魔力発生の中心地である霊山ツァークのかわりに、黒鉄の塔を召喚した。この塔の機能で吸い上げた魔力に自らの魔力を混ぜ、還元し、これを循環させることによってガウスは聖域の魔力を支配した。


 これによりガウスは、この島の持つ兵器としての機能をすべて操ることができるようになった。

 この力を以てすれば人間族の暮らす大地を短期間で破壊し尽くすことなど造作もない。そしてゆくゆくはこの島をさらに発展させ「神の国」として誰も手出しできない天空に君臨する。


 それがガウスの野望であり、壊滅状態だったガウス軍を再起させる起死回生の計画である。


「まだだ、まだ……!」

「もう理解できていよう? こうなった以上、我には敵わぬと」


 ガウスはさらに、聖域の魔力を掌握したことで得られる副次的な恩恵を受けていた。

 それは副次的でありながら、あまりにも強大な恩恵。


 “無限の魔力”


 聖域の魔力を手に入れるということはつまり、永遠に尽きることのない魔力を手に入れたということだ。


「知るか……! テメェが強ぇことなんか最初っからわかって来てんだよ……!」


 レンがふらりと立ち上がる。

 ガウスの纏う魔力の圧で前を向くことすら苦しいというのに、へし折れ黒く変色した指を握り込んで拳を固める。


「っ~~! だ、から、関係ねぇんだ……!」


 疲労困憊。満身創痍。

 それでもなお、不撓不屈の魂。


「それでもテメェに……! 勝ちに、来てんだろうが!!」


 その声に呼応したように、カルキとハルも立ち上がる。


「そうか」

「うおあああああ!」


 レンが飛び出す。

 ガウスから緑の雷が迸り、それが彼を包む球体のように膨れ上がる。

 そのスフィアはまるで物理的な壁のように空間を断絶し、レンの風も体もそれ以上の侵入を一切許さない。


「“翆砲”」

「ぐおあ!」


 スフィアが一気に膨れ上がり、ガウス以外の全員をまとめて吹き飛ばす。

 先のそれとは比較にもならない威力。無限の魔力を得たからこそできる、魔力量にものを言わせた力技。

 何に使われるでもなくただ消滅する余剰魔力がどれだけあっても構わない。なぜなら無限の魔力があるのだから。


「がっぁ……!」

「う、この距離は……」


 氷でガードしたハルとカルキは、ガウスの多彩な遠距離攻撃を警戒する。


「“赫爪”」

「は?」


 手刀など届くはずのない距離でガウスが腕を振るう。

 赤い稲妻がナナメに一本軌跡を残したかと思えば、カルキの体が肩から腹まで袈裟状に焼かれていた。


「か……は……!?」

「魔力だけを伸ばしたのでは切断とまではいかぬか」


 カルキが膝から崩れ落ちる。

 その横を盾を構えたハルが駆け抜け、ガウスに接近しようと試みる。


「まあ追々物にするとしよう」

「ぐ、う……! があ!?」


 ガウスが手の平を向け、雷が放たれる。

 平常時のそれを何発も同時に放ったかのような威力に、氷の盾は呆気なく砕け散りハルの肉体を雷撃の前に晒した。


「か……う……!」

「ぐはっ……! はっ……!」

「貴様らはよく戦った。この我が認めてやろう」


 ガウスは両手を胸の前で合わせる。


「貴様らは人の身でありながら人の限界を超えた突破者であった」


 信じられないほどの魔力がそこに集まっていく。


「……だがそれでは我には及ばぬ。我こそは超越者なり」


 合わせた手がゆっくりと開かれていくにつれ、ガウスから発せられた黄金の魔力がそこに集まり球体を生み出す。


 いったいどれほどの魔力が込められているのだろうか。

 いったいどれほど圧縮すれば拳大などに収まるのだろうか。


「これは我が敵に捧ぐ最大の敬意。冥途の土産に受け取るがよい」

「うぐ……あ……!」


 レンが立った。

 意識は朦朧としており、ガウスの姿さえまともに捉えていない。


「……オーバー……ドラ……」


 オーバードライブでの相殺など不可能だろうが、それでもレンは空気を圧縮しようとしている。

 そして空気は逃げていき、オーバードライブの発動はされぬまま、ただ三人の前に幽鬼のように立ち尽くす一人の少年だけが残った。


「く……そ……ぉっ」

「見事!」


 一抱えほどにまで成長した、触れるものは何だろうと消滅させてしまうほどに圧縮された破壊の魔力の塊を。

 ガウスはゆっくりと腕を前に出して、放つ。


「“裁きの鉄槌”」


 極光は塔を突き破り蒼天の彼方まで渡る。

 そのあまりにも美しく恐ろしい雷光は、戦場に立つ者すべてに畏怖の感情を抱かせた。


 遅れて雷鳴。

 それは超越者ガウスの産声のようでもあり。軍の者共を鼓舞し、しかし敵には絶望を唆した。










「一体何が起きたのだ……!?」


 煙を吐く四体の屍。


「肉体が残るとはあまりに……信じられん……! だが……」


 ガウスはそれを一瞥し、唸った。人の身など塵も残さず消し飛ばす威力だったのだから、動揺は少なからずあった。


 しかし。


「心臓は止まっている」


 肉体が焼け残っていたことには確かに驚愕したが、そこには冷たい現実が微動だにせずそこに横たわっている。

 ガウスが放電で周囲に磁場を発生させて確認したが、心音一つ伝わってこない。


 レンとジンは間違いなく死んでいる。


「……まあよい。それよりも、危うく塔までも破壊するところだった」


 ガウスの正面は壁も天井も消滅してしまっている。無限の魔力が作用してかつてない威力となった裁きの鉄槌が溶かし消し飛ばしてしまったのである。

 そして特殊な合金で作られた骨が剥き出しになっていた。まるで黒く鋭利な爪を持つ悪魔が指を絡めているかのような、禍々しい“正体”が露わになっている。


「これでは血肉を捧げてこれを完成させてくれた同胞が不憫だ。力の加減を覚えねばな」


 ガウスが意識を集中させる。

 すると悪魔の指が開かれるように、蕾が花開くように、ガウスの立つこの空間の天井が割れて開いていく。


「ふむ、実に壮観」


 ガウスの前に丸く切り取られた雲海が現れた。島の底から見下ろす景色が映し出されているのである。


「ゆくか。悲願の大地へ」


 ガウスは目を閉じて集中する。

 すると島が揺れ始め、やがて揺れは常人では立っていられないほどのものとして島全体に伝播した。地面が割れて、島の一部が地上へと崩れ落ちていく。


「太古の超兵器の力を見せてもらおうではないか」


 脈動するように、金の魔力が塔を伝って島に広がりその底に集まる。

 そしてその充填が終わり、煌煌と雲を照らす光が直下に放たれた。




 ◇◇◇


 それを地上から目撃した者はみな、世界の終焉を見たという。

 生まれてこのかた、祖父のさらに祖父の祖父の代まで、ただの一度として晴れたことのない万年雲。


 その中心から光が差した。


 果たしてその光が何なのか、直後に上がる火柱と響き渡る爆音で理解してしまう。

 圧倒的な破壊。人智を超えた存在がもたらす、終末の光。


 はじめこそ火山が噴火したのか、などという甘い推論もあっただろうが、無情にもそれらを否定する絶対的な光景を目に焼き付けさせられた。

 雲に空いた大穴を通り、巨大な岩が。否、大地が。柔らかな日差しの道を通る様は

 ゆっくりと、ゆっくりと、降臨した。


 最初の光をどこか非現実的なものとして処理していた脳内にとって、それは劇毒のように一瞬で“死”を巡らせる最悪の情報だった。

 敵なのだ。正体もわからない何者かが自分たちを殲滅せんと遣わせた悪魔なのだ。

 それはまったく未知の光景であったが、人々は例外なくそこに悪意を見た。死を見た。恐怖を見た。


 ようやく地上は大混乱に陥った。

 目を凝らさなければ島を見ることもできないような、遠方の地にも恐怖は伝染し混乱を招いた。

 どれだけ天気がよかろうとも万年雲の端すらも見られない、そんな土地にすらその日のうちに混乱は広がった。




 ◇◇◇


 地上はまったく未曽有の恐怖に溺れていた。


「山一つ吹き飛ばしたか! クハッ、流石に高揚するわ!」


 映像には崩れて燃える山が映っている。

 覚醒したニエ・バ・シェロの最大火力は、ガウスに地上を一方的に蹂躙できるという確信を持たせるに十分なものだった。


「魔力の充填に時間がかかるのが難点だな。聖域といえど十分に魔力を蓄えるには時間がかかりそうだ」


 聖域で発生した魔力を操れるようになったとはいえ、それはあくまで発生した後の魔力の話だ。発生量までは操作することができない。今の規模の破壊を生み出すのにはおよそ20時間かかるというのが難点であった。


「まあ、それは承知の上だがな」


 十五年もかけたのだ。

 ガウスは初めから聖域の魔力発生のことなど調査済みであったし、チャージに時間がかかるだろうという弱点も想定してあった。


「雷鳴の山といったな。鉱物を多く含むからか、万年雲より落ちる雷のほとんどを受けているそうだが」


 ニエ・バ・シェロはゆっくりと雷鳴の山へと近づいていく。

 直上に至るまではまだ時間がかかろうが、雷迸る黒雲の下、すでに夜のような薄暗さに閃光が不規則に瞬いている。


「もう一つの機能を試すには絶好の地よ」


 花弁のように広げられた、細く鋭い黒鉄の柱。柱は半ばほどから上方へ折れ曲がっており、その先端が帯電して稲妻を走らせている。


「ゆくか。我こそは雷を統べる者ぞ」


 ガウスが向かう先。呼応するかのように雷鳴は轟く。


「受けた雷を魔力に変える。さて、楽しみだな」


 聖域の魔力と己の魔力を融合させ、聖域に干渉する。さらに雷のエネルギーを聖域の魔力として受け入れる。

 いずれも事前に実験を重ね、ついに確立させた技術である。

 その成果が黒鉄の塔を利用した巨大な規模で再現できたその瞬間、スカイムーンはまさしく神の破壊兵器として地上を焼き尽くすだろう。


「……あとは我が聖域にのさばる反逆者どもを片付けるのみか」


 グリムトートーが戦死しただろうという報告は受けている。スカルゴートは無垢の魔神へと還り、ローザもカルキたちに敗れた。

 しかし四天にはまだ、ガウスが最も信頼を置くレインハルトがいる。

 彼がいれば自分が手を下すまでもないだろう。


「……そうか。まだ奴らが残っていたな」


 ガウスがふと顔を上げると、万年雲にあいた大穴から二頭の竜が激しくその身をぶつけ合いながら降りてくるところだった。


「おお、美しい……! これが竜人の語る伝説か。なんとも絶景なり!」


 竜と竜。分厚い雲と差す光。

 ガウスはその名画のような一瞬に目を奪われ、嘆息する。




 奮闘むなしく、ついにガウスの侵攻は始まってしまった。

 レンたちは死し、ミュウも墜ち、ミツキもレインハルトを止められない。あらゆる戦いにおいて劣勢で、今なお戦い続ける者たちの心中に巣食う絶望は大きくなっていくばかりだ。


 だが、まだ勝利を信じ戦い続ける者も残っている。

 その一人、ソリューニャ。はたして彼女はこの戦いを制し、味方に希望を届けることができるのだろうか。


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