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魔導士たちの非日常譚  作者: 抹茶ミルク
天雷の大秘境編3 未来と仲間
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“天雷”

 

 

 ガウスとレンたちとの決闘に水を差したカルキは既にボロボロだったが、目には爛爛と闘志を漲らせていた。


「そのやけど、そうか。ローザを倒したか」

「君が育てたのかい? 死ぬほど楽しかったよ死ぬほど!」

「黙れ小童。ローザは自らの誇りを糧とした」

「見かけによらず部下思いだね」


 カルキは今すぐにでも襲い掛からんとしている。


「カルキィ! てめぇやっぱり!」

「端からこうする気だったんだな!」


 納得できないのは出会い頭に攻撃されたレンとジンだった。

 もともと完全に気を許していたつもりもないが、少なくとも今は味方と勘定してはいたのだ。


「僕にはね。地上が大事だとか、人間を滅ぼしたいとかどうでもいいんだ。信念がないのさ」

「あぁ!?」

「だから誰の敵にもなるよ。誰にでも本気の殺意を向けられる」


 満面の笑み。

 帰る手段がソリューニャの竜しかなかったから、一度は手を組んだ。もともとはレンたちと敵対していたはずのカルキたちは、地上に帰るまでの間だけ停戦協定、共闘関係を結んだのだ。


「船があるって知った時から考えてたんだ。一番“生の時間”を味わうにはどうすればいいかってね」

「あの時から裏切る気で……! こんのクソヤローが!!」


 しかしカルキは、オーガが地上に危機を伝える裏切りの策を知った。正確には地上に降りるための「船」の存在を。

 この瞬間、レンたちとカルキたちを繋げていた「理由」は消失した。ソリューニャの力が必要ではなくなったのだ。


「……よせ、カルキ」

「ハル」


 このカルキの暴走を止めたのはハルだった。


「…………」

「あはっ」


 抗議の視線を受けて、カルキがちろと舌を出す。


「だからね、二人とも。僕が言いたいのは勘違いするなよってことさ」

「ごちゃごちゃうるせぇぞ! ガウスの次はテメーらだカルキィ!」

「いいね! 君たちは分かってる!」


 カルキに命がけでレンたちの味方をする理由はなくなった。

 それなのに、塔を守るローザを倒し重い体を引きずってまでここに来たのはなぜだろうか。


「さっきは殺す気で撃ったんだ。ガウスも君たちもまとめてね。でもそれを避けてくれた。こんな状況なのに、僕たちに気を許してない証拠だ」


 カルキはどんなシナリオを抱いて塔を昇ってきたのだろうか。


「ガウスと“生の時間”を楽しんだら、次は君たちとだ。考えてることは一緒だぜ」

「…………」

「これが一番楽しいはずっ。僕たちはあくまで一時的に協力してるだけだもんね?」

「チッ……ぶっ潰す」

「次ふざけたことしたらテメェから殺す」


 カルキにとって最も楽しい命の削り方は単純だ。より多くの敵と戦うこと。

 理想のシナリオとはローザと戦い、ガウスと戦い、レンたちとも戦うことだった。


 だから二人には生きてもらわなければならない。まずはガウスを倒しレンたちを生かす。そのために塔を昇ってきたのだ。

 ご丁寧に階下の兵たちが容易に上ってはこれないよう、色々としてまで舞台を整えた。カルキがこの即席のシナリオにかける想いは強い。


「悪かった……もうさせない」

「ハルー……」

「やりすぎだ。今やることじゃない……」

「あっ、やば。珍しく怒ってる」

「……二度はない。来るぞ」


 ガウスが魔力を高めて雷を放つ。


「黙って聞いていたが、結局はただの援軍か。それもよかろう」

「うお!」「くっ!」

「我も舐められたものだな! 我の前に立った貴様らに“次”など訪れんわ!」


 カルキがハルの後ろに下がり、ハルは氷の盾でこれを防ぐ。

 レンとジンは手の向く正面から外れるようにしてなんとかこれを躱す。


(これは……)


 ハルが目ざとく気付く。


(雷。氷が有効……?)


 カルキから聞いている『攻撃を受けたら全身が痺れる』感覚がない。つまり今、ハルはガウスの雷を防ぎ切ったということだ。

 事実、ハルの推測通り氷は雷をほぼ通さない。特にこの氷と雷との間には魔力同士の相反性があるため、よほど込められた魔力に差がなければ氷を貫いてくることはないだろう。


「カルキ!」

「ああ! 好きには撃たせない!」


 カルキがハルに隠れていたのは一瞬で、それは防御のための動きではない。

 魔力を刀身にチャージし終えた状態でハルの後ろから飛び出したカルキは、神速の一振りでガウスの首を狙う。


「ぬぅ……っ」

「あは! 避けた!」


 危うきには近づかず。ガウスは鋭い動体視力でそれを見切ると、カルキに雷を放つ様相を見せる。


 カルキとハルが増えて、数の上では倍になった。

 ガウスは四人の動きを常に警戒しつつ攻撃を捌き、そして隙を見逃さずに攻撃をしなければ勝利に手をかけることはできない。


 それでもガウスの表情にはまだ余裕が見えた。


「少し離れてな二人とも!」

「また飛ぶ斬撃か。先は警戒したが、造作もない!」


 ガウスは気合と共に魔力を高め、飛来する魔力刃を腕で受け止めた。僅かに仰け反ったが、切断には至らない。


「ぬるいぞ人間共!」

「うげっ……そりゃ“陽炎”にもできたもんな」

「ローザをも破った力があるのだろう! 我にはわかるぞ、貴様からはただならぬ何かが伝わってくる!」


 魔力は別の魔力とは混ざらない。

 ローザの黒炎と相殺したように、ガウスの雷もまた当然カルキの刃を通さないレベルだった。


「全てを見せよ! 出し惜しみは我に対する侮辱だ!」

「うわぁ傲慢。でも納得の強さ」

「我が誇りにかけてそのすべてを捻じ伏せよう!」


 ガウスがレンとジンを無視してカルキとハルに迫る。

 ジンは咄嗟にガウスの「支雷装纏」の性能を叫び伝える。


「動きぜんぶ読まれる! 近づいても痺れる!」

「へぇ。そりゃ……!」


 カルキは魔力刃を飛ばし、接近を遅らせる。


「俺が出る……!」

「合わせるよ」


 ハルはベルトから筒状のカートリッジを二本手に取ると、それを繋ぎ合わせて魔導を発動した。一つになったカートリッジの両端に氷の刃が形成される。

 そして一度は繋げたそれをゆっくりと引き離す。刃の付いたカートリッジは氷の柄で繋がり、双刃のハルバードのような武器となった。


「“赫爪(アカヅメ)”」

「……!」


 ガウスが両手に魔力を集中する。

 すると手に迸る紫電から青味が抜けていき、やがてそれは煌煌と輝く赤の手刀に成った。鋭利な爪先が切っ先となり空を裂く。


「ハル!」

「くッ……!」


 氷の斧刃が赫爪に砕かれる。

 ハルの魔力の氷も並みの硬度ではないが、ガウスが魔力を集中させればそれだけで同等以上の硬度を得られるのだ。


「脆い!」

「ぼくの剣と遊ぼう!」

「クハハ、来い」


 カルキの上段からの振り下ろしに手刀を合わせる。

 バチバチと空気が破裂するような音と共に、鋼と生身、二つの刀が弾き合う。


「ぬ……!」

「硬っ!」


 ガウスの手に薄い切り傷がついている。


(全身にあれだけ魔力を回しておきながらこの程度の傷! 桁違い!)


 カルキからすると、ローザの黒炎をも切り裂いたとっておきの一刀だった。魔力を放つ直前の状態を維持するという


(此奴やはり……! これで確信した……!)


 とはいえガウスからしても傷を受けたことにまったく驚きがなかったわけではない。赫爪は鍛え上げられた鋼に匹敵するほどの硬度があるはずなのだ。支雷装纏のリソースの一部を犠牲にしてまで魔力を集中させる技には、少なからず自信があった。


「くあっ、すっげぇ衝撃。刀ごしでも直接触れないかよ、雷鬱陶しっ!」

「貴様、人間族の中でも……」

「やっぱアンタ、強すぎるぜ……!」

「相当の猛者!」


 この逃げ場なき天空の大地で今まで生き延びてきたことから、カルキらが人間の中でも上位の力を持つだろうことは分かっていた。だからこそ計画を前倒しで始動し、兵力を増やし一気に畳みかける決断を下したのだ。

 レンとジンが追い詰められるにつれ真価を露わにしていったのとはまるで違う。

 この僅かな時間でガウスは、カルキが一握り以下の、強者という枠組みの境界をさらに一歩踏み進めた超越者であることを確信した。


「クハハハハ! なんだ、悪くないではないか!」

「くそ、笑ってやがる!」

「傑物がこうも揃って我が野望に楯突こうとはな! 血が滾る!」


 レン。ジン。カルキ。ハル。いずれも一握りの強者だ。

 そんな彼らから一身に敵意を向けられて、ガウスの闘争本能は沸騰し全身を満たす。


「違う。アイツはずっと笑ってたんだ!」

「これは我が業ではない、(さが)だ。魔神という存在にも生命が宿っている証よ」

「何言ってんだアイツ」

「……わかる気がするね。呼吸してりゃ“生”ってワケじゃないんだ」


 失望したのはなぜか。それは期待していたからだ。

 笑ったのはなぜか。それは嬉しかったからだ。


 ガウスは本気で戦うと言いつつも、戦いそのものを楽しんでいた。強者の襲来を歓迎していた。


「クハハ! クハハハハハハ!」


 レンとジンを見たとき。彼らが力を示したとき。彼らの真価が徐々に顕れたとき。カルキとハルが現れたとき。

 ガウスの胸は昂ぶった。


「笑ってないで、殺しあおうよ!!」

「無論!」


 赤刃の軌跡と白刃の閃きが踊る。その衝突で火花が舞い散る。


「カルキ!」

「ハル!」


 ハルが剣舞に立ち入り、薄青の煌めきを加える。


「貴様の刃では届かんぞ!」

「刃なら……何度でも……!」


 ハルの刃はガウスの赫爪によって一撃で砕かれてしまう。

 しかしハルはもう片方の刃ですぐさま反撃に移り、その一瞬の隙に砕けた刃を再生させる。


「ローザにやられたその腕で、よくこれほどの!」

「シッ……!」


 ハルが双刃の得物を8の字に振り回し、再生と崩壊を繰りかえす二つの刃で交互に斬りつけていく。

 ローザの胎に突っ込み大火傷を負った腕で、呼吸を妨げる焼けた喉で、しかしハルのパフォーマンスは彼の出せる最大級のそれであった。


 目にも止まらぬ早業。横から飛来する魔力刃。赤を反射してチカチカと明滅する砕氷。

 それを捌く豪傑一人。


「く、お……!」


 その均衡は儚い。

 接近戦をする以上、ハルの体は常に雷に晒されているからだ。ローザとの戦いで限界まで消耗した肉体に刻まれていく電撃のダメージはいつか致命的な隙となって表れる。


「かぁあ!」

「ぐ!」


 ガウスがハルの武器の、氷でできた柄を薙いで真っ二つに割った。


「……!」


 しかしハルは怯むことなくそれを二本の片手斧として持ち直し、ガウスの追撃に対応して見せた。


「ふむ、迷いがない。いくつもの死線を潜った修羅の瞳よ」

「はあ……っ!」


 動きはすべてガウスに読まれている。それでもハルはガウスと一対一の斬り合いを僅かな間でも拮抗させて見せた。


「う、おお!」

「クハハ! そうだ、全員で来い!」


 そこに、呼吸を整えたレンがハルごと巻き込むように竜巻を放つ。

 ハルとガウスは横薙ぎの暴風で分断された。


「風はやはり厄介だな。最初に消したいが……ッ!」


 風を突き破って氷の斧が飛来した。恐ろしいほど正確に脳天を割る軌道に乗っているそれを赫爪で破壊する。

 直後にもう片方の斧が飛来し、さらにその左右からは魔力刃と白い突風が同時にガウスへと襲い掛かる。


「カアアアッ!」


 斧を赫爪で破壊した。魔力刃を凄まじい魔力の発露で相殺し、突風もこらえる。


「くたばれ!!」

「……!」


 レン同様に呼吸を整えたジンがぬるりと現れ、三人がかりで作り出したガウスの隙に蹴りを叩き込む。

 支雷装纏の反射反応はそれでも正確に作用したが、無意識が導く最適行動は蹴りのガードであり、しかしその威力はガードの上からでもガウスを後退させた。


「今だ!!」


 全身を襲う強烈な痺れに倒れながら、ジンが叫ぶ。


「うおおおおお!」

「ははっ、やるね!」


 レンが空気砲を破裂させて、ガウスをさらに後ずさらせる。

 カルキが無数の魔力刃で壁際まで圧し込む。


「!」


 起き上がったジンが壁際、背を預けるガウスに飛び掛かる。


 逃げ場は半分ない。これなら読まれても避けられない。

 そこまで瞬時に判断しての特攻だったし、事実ジンの攻撃はガウスの顔面に直撃した。


「クックック……」

「!?」


 ぬっ、と腕が伸びて、ジンの顔面を掴んだ。

 ガウスは口の端から出た血をペロと舐める。


「貴様らだけが必死と思ったか……!」


 ウルーガは左顔面に雷を受け、片目片耳を失った。ベルは顎から首にかけて消えないやけどが残り、今も継ぎ接ぎの痕がが痛々しい。

 ぞわっと身の毛がよだつ。


「むが……っ!?」


 口を掴まれたジンは全身を貫く雷の衝撃に白目を剥いた。


「がが、がががぁ!」

「なんと……!」


 口を無理矢理に開いて、魔力高まるガウスの手に噛みついた。


(ここで攻撃を選ぶ! これが此奴の本能!)


 その痛みが攻撃しようとしていたガウスの意識に、防御のイメージを割り込ませた。

 結果弱まった雷は、しかしジンに致命的なダメージを与えるには充分な威力を残して炸裂した。


「ジンーーー!!」

「掴まれてのアレは……!」


 三人のもとに意識のないジンが吹き飛んできた。

 口に何かを咥えていたが、それが何かを確認するまでもなくレンは飛び出していた。


「見抜けなかった。想像以上の狂気を宿していたことを」


 ガウスの右手は水かきを喰い千切られて血を溢れさせている。


「てめぇよくも!!」


 ジンが本能で攻撃をしたことと同じだ。

 ジンにこれ以上のダメージを与えない唯一の方法はこれ以上攻撃させないこと。そのためにレンは攻撃を仕掛けた。


「最後に意地を見せたが……崩れたな」

「うおおおおあああああっ!!」


 ガウスが両腕を上げる。

 その狙いはレンよりも奥。


「がっ!?」

「しまっ、ぐあ!」


 雷に打たれてカルキとハルが倒れる。

 単純に避けられず、そして立てない。ローザとの死闘のダメージは確実に彼らを弱らせていた。


「吹っ飛べ!!」

「“翠砲”」


 レンの風がガウスに届く直前、ガウスの纏っていた支雷装纏の電磁領域が翆色に輝き膨れた。


「がぁあ!?」


 翆砲は支雷装纏からの派生技で、自身を起点に全方位を吹き飛ばす。

 まるで分厚い壁にぶつかったように弾かれたレンは、三人の倒れるところまで転がっていった。


「あ、んにゃ、ろ……!」

「なんだ、この魔力は……ッ!?」

「次元が……違う……!」


 翆砲を使ったばかりのガウスの体に、再び紫電が迸る。

 しかしそれは明らかにこれまでの支雷装纏とは違った。何が違うかと言われれば、プレッシャーだろうか。


「よい戦いだった。褒めて遣わす」


 灰色の肉体はガウスの魔力色である黄金の輝きを讃えている。

 白く長い髪は逆立ち波打ち、紫や金が揺蕩う水のようにうつり変わる。


「今、この地の魔力を完全に我がものとした」


 その姿はまるで各所の伝承にたびたび現れる神か、悪魔か。


「天空の大地の無限の魔力に、我が雷が融合したのだ」


 否。

 彼こそは魔神。


「“天雷”」


 ガウス=スペルギア。


「我が新たな力の名だ」


 誇りの魔神がついに地上へと進出する。

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