電気と鉄 2
ガウスとの“戦い”が始まった。
「“支雷纏装”」
ガウスは肉体に再度紫電を纏いなおし、身体機能を飛躍的に上昇させる。
近接戦主体のジンの対策としては、真っ向から殴り合って圧倒できるだけの身体能力が有効と考えた。勝敗を左右しかねない強烈な一発を喰らわないように反応速度を上げておくのだ。
その上でガウスが得意とする遠距離攻撃を使ってレンとジンを牽制する。ガウスは先のやり取りの中で既にレンに対しては風の攻撃を自由に撃たせないことが有効だと見抜いていたし、ジンが近づく前に一方的な攻撃を喰らわせることもできる。
「グ……! ジン、前頼む!」
「おうよ!」
それに対し、レンとジンの動きは素直だった。
ジンが接近戦を仕掛け、レンが得意な中距離からガウスの隙を作ろうと立ち回る。
二人が組んで戦うときはいつもそうだった。敵がかつてないほどに強大であることを除けば、もはや言葉を介さずとも意思疎通ができる二人の連携はいつも通り強力だった。
「雷よ、我が敵を排せよ」
ガウスが腕をまっすぐ敵に向ける。
二人はその手の平が正面に翳される前にそれぞれ別の方向へと散開した。
雷は二人の間を抜けていった。
「おおおっ! ら、あ!」
「いい嗅覚。ここは一人ずつゆくのが正道だな」
ガウスが即座に二射目の構えに移る前に、レンが竜巻でガウスの行動を妨げる。
それに対しガウスは反対側から不意打ちを狙うジンを横目に確認すると、それから逃げるようにしてレンの方に移動した。
「速……!」
ただの移動ではない。紫電と残像を置き去るほどのスピードでの移動だ。
恐ろしいのはこれが技ではなく、支雷装纏により向上した身体能力を使って移動しただけだということ。さらにガウスにはスピードに特化した専用の技がまだあるということだ。つまりそれは、もう一段階上の次元の速度を隠し持っているということ。
「あの過剰圧縮の技は使わぬのか?」
「うる……ッせぇ!!」
ガウスがレンの側に移動したことで、レンとジンの位置関係が逆転した。ジンとは離れていれば腹に受けたような一撃はなく、その間はレンとの一対一に近い状況ができあがる。
「ふん、使えぬのか。つまらん」
「な、めんな!」
レンが風を纏う足を振り上げ、ガウスを蹴り上げようとする。
だがガウスはその苦し紛れの攻撃を易々と見抜いて、簡単に躱して見せた。
「阿呆が、隙を見せるな」
「どうだろうなァ!」
瞬間、圧縮された空気が爆ぜる。
レンはその反動で体を後方に押し出し、ガウスとの距離をリセットした。
「やるではない……」
「おおおるぁあ!」
「……!」
電磁フィールドの揺らぎで、ガウスの体は考えるより先に動いていた。
ガードのために上がった腕に重い衝撃が響き、ガウスは後方に弾き飛ばされる。
「ぐおおっ、直接触るとよく痺れる! 厄介だな!」
「ふっ……! いい技を隠していたな。あの娘と同じか」
ガウスの意識がジンから離れ、レンに向いていたのをジンは感じ取っていた。
だからジンはレンを助けることを諦めて、むしろレンの体に隠れるように位置取り気配を殺した。
「ってか瞬身でも無理か! 読みとか反応とかのレベルじゃねぇな!」
「それを知ったところで貴様には破れまい」
ジンはレンが危機を脱すると信じていたから、レンの体が弾かれたように飛んだ瞬間を見逃さず瞬身を使った。
「しかし、今のは効いたぞ。腕が痺れた」
「こちとらぶち折る気だったんだぞクソがっ!」
それでもガウスに思ったほどのダメージは与えられなかった。
意識の外からの攻撃だったはずだが、ガウスの微弱な放電空間に触れた時点でそれは意味を為さない。ガウスの反応は意識無意識に関係なくノータイムで肉体を動かす反射行動であり、肉体強化によりガードのための腕の動きすら間に合う。
「……はは、強ぇ!」
「当然。我は最強の魔神である」
一切の躊躇いも疑問もなく言い切る。それがガウスの強さの源である。
「だから俺たちは二人で来たんだ!」
「二人なら最強も超えられる!」
「クハハ、ぬかしおるわ!」
ガウスとジンが衝突する。
「おおお!」
両手のトンファーを振り回し、かと思えばその手に握られた槍を突き出し、剣を振るう。
無茶苦茶に振り回しているように見えて、ジンの目はガウスの動きを常に観察している。全神経を集中してガウスに挑まねば、即死もあることを忘れてはいけない。
「オレもいるぞァ!」
レンが圧縮空気を再装填して飛び出す。
「無論、目は離さん」
ジンの攻撃にレンの暴風が加わる。
だがガウスは相も変わらずにすべての攻撃を躱し、ついに反撃に出た。
「ここだ!」
「あっべ……がっ!」
「ぐう……っ!?」
ジンがガウスを観察していたように、ガウスもまたジンたちの動きを観察し覚えていた。
適当に放電でもすればジンやレンをまとめて近づかせないこともできた。それをしなかったのは、あえて自由に攻撃させることで隙を見つけ、より有効な一撃を与えるためだった。
「はぁッ!」
「ぐあ!」
雷を浴びせられ動きが止まったジンに、回し蹴りが入った。紫電が美しい弧を描く。
「ジン!!」
「やはり効きにくいな。空気が揺れて雷が逸れるのか」
仰向けに倒れて致命的な隙を見せるジンを守るため、レンが前に出る。ジンとともに雷に撃たれたはずだが、ジンほどの硬直もダメージも見られない。
「だが、まあ。それは分かっていたことだ」
しかしガウスの狙いははじめからジンをエサにレンを釣ることだった。
「“支雷装纏・閃耀”」
「……!?」
ガウスが拳を固め正拳突きの構えをとった。腕を伸ばしても決して届かない距離でのその動きはまるで、エリーン奪還戦で戦ったヤヤラビのそれだった。
「ぐお、ああ!」
その記憶がレンを救う。
レンは咄嗟に腕を交差させていた。
そこに叩き込まれるガウスの重い拳。
ガウスは一瞬で何歩分もの距離を詰めていた。ガウスの移動した後には、紫電迸る雷の轍が床を焼いていた。
「痺れ、ぐ……ッッ!?」
凄まじい重さの拳を受けて弾き飛ばされたレンは、上半身を仰け反らせながらもなんとか倒れずにこらえ切った。
そしてすぐさまガウスに目を戻す。
「————ッ!?」
岩のように硬く、そして巨大な拳が視界を埋め尽くしていた。
「“閃耀”」
支雷装纏・閃耀の型。
これこそがガウスのもう一段階上の速度。支雷装纏の活性化を、一撃の速度を上げるための筋骨にのみ適用した技だ。
放電領域などの防御機構を削って得られるのはまさに「雷速」。
「がっぁ、ああぁ!!」
それが二発。
息もつかせぬ慈悲なき殺意の二発目は、レンの鼻を折り顔面にのめり込む。
「やはり直接叩くのが効くな」
ガウスが拳を振り抜く。
鼻血の飛沫が床に斑模様を描き、レンは仰向けに吹っ飛ぶ。
「レン!!」
「近づくことができればこんなものか」
「テメーーッ!!」
飛ぶ先に壁は無く、レンの体は黒鉄の塔の外へ放り出された。
「さてこれで連携は崩れた」
だがジンにレンを案じる余裕はない。
正真正銘ガウスとのタイマン。最強との一騎討ち。
「クハハハ! 隙を作る片割れなしに我に勝てるのか?」
これまでジンがガウスにまともに当てることができた攻撃は二回。レンの自傷を厭わぬオーバードライブから繋げた追撃と、レンが注意を引き付けてからの瞬身による奇襲。
どちらもレンが隙を生み出したことがキーポイントになっていた。
そして近接一辺倒のジンの攻撃は、ガウスの電磁フィールドの感知能力を一度も打ち破れていない。
「知るかボケ! 根性で殴る!」
「……愚かな」
トンファーの攻撃をするりと躱し、裏拳でジンを殴る。
ジンは弾かれた勢いを上乗せした回し蹴りで応戦するが、ガウスはそれもひらりと躱す。
「しかし、我が空間の中でよくもここまで動けるものだ」
「ああああ!」
「感電しているとは思えぬ動き。うむ、素晴らしい」
ジンの左ストレートを右手で弾く。
そして空いた体に雷を纏った左の掌底を突き出すが、ジンもそれを下がって躱す。
「がっ!!」
「どうした。その程度ではなかろう」
躱せていない。手の平から放たれる雷がジンを打つ。
硬直したところに今度は右の掌底打ち。
「ハッ!」
「ぐああ!」
打撃と同時に雷を纏った衝撃波を発し、ジンを吹き飛ばす。
遠ざかってもガウスの雷の射程からは逃げられず、かといって肉弾戦に持ち込めても僅かな隙を見つけて雷を差し込んでくる。
その絶望的な攻撃性能を十全に発揮させないのがレンの役割でもあった。レンがいないと、ここまで一方的になるものなのだ。
「バハッ……! 効がねぇなァ……!!」
それでもジンは膝を付かない。胸のあたりが焼け落ちた服を破り捨てて、強がる。
レンがいないから仕方がない、などとは死んでも思わない。
「それにしても、些か妙だ。ここまで耐えられるものか」
「ハァーッ、ハァーッ……! 知ってるぜぇ……!」
「何のことだ」
「テメェの“魔導”……!」
ジンは逆襲を諦めていない。光明はもう見つけた。
「電気……! 弱い雷みてーなもんだって言うなら、強い雷も電気だろ……!」
「電気とな。その言葉も知っているが、だからどうしたというのだ?」
「だから耐えられる!」
ガウスの疑念が確信に変わり、しかし新たな疑念が生まれる。
「耐える? まさか、本当に雷に耐性を持つというのか?」
「根性!!」
「……なんと?」
「根性だ! 電気は来ると分かってりゃ根性で耐えられんだろ!? ハーーッハハハハハ!!」
「馬鹿な。いや、本気か?」
ゼルシア国の秘密の研究施設で、奇妙な武具を使うゴヨウと戦った記憶。
彼は言った。電気、弱い雷のようなもの。
「いずれにせよ、解せん。そして我はこれを見過ごすべきではない」
「最初に喰らったときからずっと考えてた。そんで、思い出した……! 雷、俺は前も受けたことがある!」
創造した鉄で受けると身体が痺れて、硬直した。強者との戦いでは致命的な隙を晒す、極めて危険な現象だった。
ジンは本能で分かっていた。ゴヨウがもっと強かったならば、自分はあの瞬間死んでいたのだと。
「だから、テメェはもう怖くねぇ!! テメェに触っても、雷投げてきても、もう効かねぇんだからなァ!!」
「ク……クハハ! 稀に見る阿呆よ!」
ガウスは高笑いを一つすると、ジンに雷を放った。
「がっ!!」
「そら。もう一発だ」
「がっは!!」
容赦ない二発目。三発目。雷は何度もジンを貫く。
「ぎゃああ! 分かってても痛ぇんだよボケがぁ!!」
「にわかには信じられんな」
「クッソが!! 死にさらせェ!!」
ジンが前に出る。トンファーはより強く握られ、脚には力が漲る。
雷を何度も受けながら。
「言っだだろ! 効がねぇ!」
「……!!」
トンファーを振り下ろす。
ガウスは軽々とそれを躱す。
「避けられんのは分かってた! から!!」
「……!?」
ガウスの体が、勝手に動いた。
ガウスの支雷装纏の感知能力は目に見えるものに対しての超反応と、目に見えないものにも反応する自動反射の二つの性質を併せ持つ。
「うおおおおおおあああ!」
「な、が……!」
トンファーの大振りはブラフ。視界を釘付けにするための罠。
本命はガウスの視界外にあった手に握っていた、ただの小石。砕けた床石を、指で弾き飛ばしただけの虚仮威し。
ガウスの無意識は、その弾丸のような小石を未知の攻撃と認識した。故に、上げていた腕で小石を叩き落としてしまった。
「覚えとけ!!」
「がっ……!」
ガウスが二人を観察して隙を見つけた様に、ジンもまたガウスの電磁領域の特性と弱点を見つけていたのだ。
ガウスの下がった腕はなおも防御のために上がった。
それでも、最後にはジンのスピードが勝った。
ガウスの脳天にトンファーが振り下ろされる。
「俺がジンだ! レンに助けてもらうだけのザコじゃねぇ!!」
攻撃を受けた直後、ガウスの防御はさらに遅れる。
そこにジンの追撃が突き刺さる。
「ぐおおっ!!」
トンファーの一撃がガウスを壁際まで吹っ飛ばした。
「見たかボケがっ!」
「クッハハ! なかなかやる!」
「さっきは……!!」
「っ、ここで来るか……!」
窓から現れるレン。
壁に叩きつけられたガウスを背後から強襲する。
レンは吹っ飛ばされた後に空気砲で塔に戻り、壁を伝って戻ってきていたのだ。
「よくもやってくれたなぁ!!」
「ぬぐっ!」
「ああ死ぬかと思った!!」
ガウスの背中を蹴り飛ばし、追撃の空気砲で雷のフィールドの機能を停止させる。
「俺だってなぁ! ジンに助けてもらうだけの弱虫じゃあねぇんだ!!」
へし折られた鼻から血をダラダラと垂れ流しながら吠える。口腔から排される血液を乱暴に拭った。
ジンは蹴られ突っ込んでくるガウスに特大の一撃を叩き込むべく踏み込む。
「うおおおお!」
「がっ、ぐ!」
「消えろ! 雷野郎!」
「ぬ、はぁぁぁっ!」
「げっ!?」
フィールドによる超反応が機能を失ったとしても、ガウスにはまだ底上げされた身体能力がある。
つんのめりバランスを崩しながらそれでも迎撃態勢をとり、ジンの攻撃に拳を合わせた。
「うおおお!」
「はぁぁあああ!」
ガウスの拳に込められていた強大な魔力が雷となって弾け、ジンだけでなくレンをも弾き飛ばす。しかしガウスもジンの攻撃を真正面から受けてたまらず弾かれた。
互角、のように見えなくもないだろう。だがガウスにはまだ余裕があり、レンとジンは息も絶え絶え。二人がリソースを惜しみなく使ってようやく渡り合っているというのが実情で、ガウスとの地力の差は経過と共により顕著になっていく。
「滾る……! まさしく戦い!」
「無事だったか、レン。よかった」
「ジンこそ。お前どんだけ雷打たれたんだ!」
「際で致命傷を避ける技術は称賛に値するな。長引くわけだ」
「あんにゃろ。あれだけバカスカ魔力使っても……!」
「まだ余裕かよ化け物が!」
ガウスは戦いが長引いていることに愉悦を覚えていた。
ニエ・バ・シェロとのリンクを並行して進めているとはいえ、別に手を抜いていたわけではない。慎重な立ち回りを中心としつつも攻めるときは大胆にリスクを背負っていた。
この展開を呼んだのは紛れもなくレンとジンの実力だろう。二人の防御能力、生存技術とでもいうべきか。持ち前の生命力だけでなく、攻撃を見切り躱す技術が追い詰めるほどに浮き彫りになった。
「クハハ。貴様らもまた強者だな」
「今更かよ! ナメてなかったんじゃねぇのか!?」
「境界の話だ。貴様らは此方側に……」
ガウスがはっとして言葉を止めたと同時、無数の魔力刃が三人を巻き込んだ。
「う、おあ!?」
「小癪な」
レンとジンは飛び退いて地に伏せ、ガウスはそれを難なく躱す。
「消えよ、痴れ者がっ!」
「こんにゃろぉ!!」
ガウスの雷とレンの暴風がカルキに放たれたが、氷の壁がせり上がってこれを防いだ。
「ぼくも混ぜてよ」
「味方ではなかったのか」
「カルキ、てめぇ……!」
氷が砕けて、カルキとハルが現れる。
レンたちの戦いはさらに混沌として、その結末を搔き乱していくのだった。




