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魔導士たちの非日常譚  作者: 抹茶ミルク
天雷の大秘境編3 未来と仲間
224/256

マオVS驟雨

 


 ミツキに足止めを任せ走るマオたちは、翼竜隊による一方的な蹂躙を止めるべく先行したミュウを追っていた。

 何度か上空にその黄緑の軌跡は見えていたし、離れていても伝播する強烈な魔力の発露と爆音で戦いが激しく展開していることも分かっていた。そしてひときわ大きな魔力の波動と爆発の後に急な静けさが訪れて、戦いが終息したのだということもわかっていた。


 結末だけは分からない。

 ミュウが勝って、ただ体を休めているだけならばいい。

 それでもマオたちの脳裏にチラついて離れないのは最悪の光景。息絶えたミュウの無情の姿。




 そして一行は森に立つ男と対面した。


「あ、あれは!?」

「敵かっ!」


 すぐにベルとリラが気付く。


「違う、グラモールだ!」

「幻だな。見たことがある」

「オーガ側の協力者ね。何か抱えているわ」


 グラモールの幻は、ミュウを抱えていた。当然彼女も幻だ。


「ミュウはもウ、グラモールと接触したのか!」

「あっ! このミュウちゃん、酷いケガしてる!」

「これは……! こんな状態で合流したンじゃない!?」


 全員の警戒心が高まる。


「ュ……ゥー……!」


「声、男の!」

「ミュウって、叫んでた! 何かあったんだ!」


 グラモールの叫び声が木霊し、緊張感が一気に最高潮に達した。

 すると幻はグラモールとミュウに分かれて動き始めた。

 抱えられていた姿勢のまますぅと宙を移動する彼女の幻は不気味なものだったが、それが意味することは伝わっていた。


「声はまっスぐ先からだ。俺は行く」

「ミュウの方も無視できなイわ。いずれにしても、このまま進むと敵がいソうだしね」

「リラの言う通りね。巫女様、よろしいですカ」

「はい! 急ぎまシょう!」


 マオは、少し迷った挙句ミュウを追わなかった。自分の能力は戦場でこそ真価を発揮することを分かっているからだ。

 ミュウは役目を全うしたのだろう。幻の姿を見る限り、その身を激しく削って。


「お願いミュウちゃん、無事でいて……!」


 マオは強く願う。

 それぞれが命をかけて戦い、その結果を積み重ねた先にしか勝利はない。


「次は私の番……!」


 マオにはミツキやミュウのように能動的に敵を無力化することはできない。

 だからかわりに、味方を守ることにかけては絶対に負けない。マオにはマオの、マオにしかできない戦いがある。



 そして……。


「あっ、いた!」

「まズい、間に合わん! 殺される!」

「殺させない……! 二人は回り込んで!」


 グラモールの首が、今まさに落とされようとしている。

 マオはベルとウルーガに回り込むよう指示をすると、魔導を発動しながらあえて姿を見せた。意識を向けさせるためだ。


「三枚も張ったのにっ。二枚一気に叩き割られた!?」


 バリアは不測の事態に備えて三枚張っていたが、それが功を奏した。

 レインハルトの水はバリア二枚分の魔力を分解したところで飽和し、三枚目を抜くことができなかったのだ。


(あいつ、四天ね! 聞いていた以上にヤバい……!)


 おとなしくマオの指示に従い身を隠していたベルが、勇敢に飛び出す。ウルーガもベルが気を引いている間に樹木を力任せにへし折り、攻撃を繋げるつもりだ。

 マオはその隙に、あえてグラモールに近づかず、しかしギリギリで届くくらいの小声でミュウの安否を訊ねた。


「生きている……幻が導く、ように……ぐっ!」

「幻は仲間が追ったわ」

「ならば、船にも……」

「ええ、向かってる」


 グラモールが自らの命すら囮に使って賭けたのは、二つの願望だった。


 一つはミュウの後に彼女の仲間が続いているという可能性。ミュウがいち早く吹き飛んできたとはいえ、幼げな少女一人だけが船を目指していたとは考えにくい。少なくとも巫女やその護衛はついてきているだろうと、そういう想像に賭けた。


 もう一つは、その仲間がグラモールの稼いだ時間を使ってこの場に来てくれるという可能性。単純に命惜しさもあるが、グラモールは勝機を窺っていたのだ。もしもグラモールが殺された後に助太刀が入ったとしても、レインハルトという化け物には及ばないかもしれない。


「助かったぜ……」

「私のセリフよ。ミュウちゃんをかばって戦ってくれたんでしょう。少し休んでなさい」

「そうはいかない」


 しかしその場に自分がいれば、仮に四肢を潰された状態だったとしても幻によるサポートができる。戦力の足しになり、レインハルトに対抗できる可能性が上がる。グラモールはそう考えて、自身が生き残るためにマオたちが来てくれることに賭けたのである。


「水に気を付けろ。あれは魔力を溶かす」

「それで二枚抜きされたのね。私とは相性が悪いわ」


 ウルーガとベルが集まり、息を整える。


「こういうことだったか、グラモール。わざわざ殺されに戻ってきたように見えて、貴様は時間稼ぎに命を張っていた」

「賭けには勝ったぞ」

「勝ち? それは私を倒せるという意味で言っているのか」

「……まさか」


 グラモールが生き残って、助けに来てくれた者たちと共にレインハルトを倒す。

 しかしグラモールはそんな甘い見通しをしていない。自分たちの勝利をもって賭けの勝ちと言ったわけではない。

 どうかミュウや自分が助かるようにと。それだけが賭けの本懐だったが。




 ただし勝ち取ったものは、仕掛けたグラモールの想像を遥かに超えて巨大だったのだ。


「巫女様、気になるのは分かりますが今は……」

「そ、そうですね! 走らないと!」


 それはこの時間稼ぎによってレインハルトの意識がエリーンら別動隊に向かなかったことである。

 ガウス軍にはミツキやハルなど優先すべきターゲットの存在が指示されていたが、その錚々たる顔ぶれの中でも最優先と厳命されている者がいる。巫女・エリーンである。

 レインハルトもマオたちが乱入してきた時点ですぐにエリーンが近くにいる可能性に行き当たったが、思わぬ連携攻撃を受けたこともあり強く意識する余裕がなくなっていた。


「私の力が必要だって、ハッターさんは言ってました」

「巫女様、まだそれは……」

「確かに本当のことかは分かりませんけれど、でも」


 エリーンはレインハルトも知らないうちにこの戦いの勝利の鍵に成っている。それをガウスが知っていれば用済みの時点で処刑されていたはずだ。

 そのエリーンがレインハルトに勘付かれることなく進むことができたのは、賭けの対価としてある意味グラモールの生存よりも大きな意味があった。


「あ……ッ! あれ!」

「また幻……じゃない! 本物のミュウさんです!」

「む、惨い……!」


 ミュウも無事に見つけてもらえた。

 エリーンらがミュウを見つけた時、彼女はもはや意識も何もなく、浅い呼吸が細々と漏れる程度にまで弱っていた。しかしエリーンたちに回収されたことで、生存の希望が芽生えた。このまま脱出船まで連れて行ってもらえれば、そこで簡単な処置は施せるだろう。


「船、船に! そこでわたシが治します!」

「はい、急ぎましょう!」


 ここと違う、敵から離れた安全な場所でならばエリーンは集中して回復に専念することができる。

 マオがマオにしかできない戦いに挑んだように、エリーンにはエリーンの戦いがあった。




 エリーンたちがミュウを救ってくれていると信じて、今は目の前のレインハルトをどうにかするしかない。


「この男はここデ止めねば……! ここで確実に……!」

「ええ」


 ウルーガが切られた複製腕を再び創造した。斬られた腕は消滅せずにレインハルトの足元にまだ転がっている。

 顕現化に至るまでに鍛えられた能力を持つウルーガですら、レインハルトには遠く及ばない。そのウルーガに劣る実力のベルと、辛うじて体が動く程度のグラモール。


「鬱陶しい奴らだが、個々の実力はそれほどでもないな」

「悔シいが奴の言うとおりだ。どうする!?」

「やるしかない。なるべく隙を減らしていこう、ひとり欠けるだけで崩れるぞ」

「それが、できるとでも?」


 レインハルトは油断なく周囲を警戒しながら、それでも個々の実力や脅威度はダークエルフの少女未満と見た。事実である。


「誰も彼も、我らに敗れた者ばかり……まるで亡者が足を引こうとするようで、実に見苦しいぞ」


 グラモールと同じく、ベルたちチュピの民もガウス軍に大敗している。

 ベルの覆面の下には、ガウスの雷に焼かれ爛れた皮膚がある。ウルーガの頭部の半分もガウスに吹き飛ばされ、左目と左耳は溶けて失われた。

 多くの同胞たちも殺された。それでも生かされたのが彼らだった。


「貴様らはあの日死んだのだ。死人がいくら集まろうとも、あの時と変らない」


 レインハルトの黒い眼は怒りに燃える。


「亡者どもを再び還さねばなるまい。ガウス様に代わり、私が……!」

「く……!」

「呑まれるな! いくぞ倅よ!」


 ウルーガが突進し、ベルも続く。そこにグラモールの虚像による分身が混ざる。


「“霧雨”」


 レインハルトの水の魔法が攻撃力を持たない微細な粒子となって、広域に薄く広がる。

 グラモールの幻は搔き消えはしないまでも、僅かに削れ揺れた。


「本物はそこだな」

「まズい、離れろベル!」

「“滝雨の剣”」


 水を纏った剣で各個撃破を目指す。

 初めてで幻との連携が拙いところを的確に突いてきた形である。


「……死人だなんだってうるさいのよ」

「くっ……!」

「変わるわよ。みんなが手を組んだんだから」


 マオのバリアが八重に展開され、六枚が破られて、しかしベルの命を救っていた。


「ぬおお!」

「ここは仕切り直す……っ!?」

「逃がさない」


 剣が止められて隙ができたことを嫌い、一度離れようとするレインハルト。

 しかしその動きを読んでいたマオによって退路にバリアを展開され、レインハルトは足を止めた。


「はぁ!」

「がっっ!!」


 ウルーガの鉄拳が叩き込まれ、レインハルトは吹き飛んだ。

 技量に差はあれど、当たればダメージは相当だ。


「ぐう……! そういうことか……!」

「なんだ、きれイに当たった!?」


 霧雨の中でもバリアを形成できるほどの魔力密度と完成度。遠隔からでも剣の軌道に合わせた精確な展開能力。そして動きの先を読み、ウルーガの攻撃が当たるように退路を封鎖した観察力。

 ウルーガ本人ですらなぜここまで鮮やかに攻撃が決まったのか理解しきれないほどに、鮮やかな手腕だった。


「壁を作る魔法。その一点において他の追随を許さない。強いな」


 たとえグラモールたちが個々ではレインハルトに及ばなかろうとも。三人がかりでも敵わなかろうとも。

 バリアを張る。ただその一芸だけで三人の戦闘を昇華させる。


「これが私の戦いなのよ」


 マオの魔導の真髄はサポートなのだ。


「優先して殺すのはあの女だな。次に大男、グラモール……」

「あいつ、攻撃受けたのに冷静ね」

「レインハルトはそういう男だ。ガウスのために俺たちを殺す、そう決めたなら迷わず最善のみを尽くす」

「やりにくいわね……。今ので手の内一個見せちゃったし」


 殴られる瞬間、レインハルトは反射的に防御していた。とはいえその腕は痺れてしばらく満足に動かせはしないだろう。


「ゆくぞ!」


 それでも焦燥はない。

 自負と誇りがある限り、レインハルトもまた簡単に負けることはないのだった。

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