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魔導士たちの非日常譚  作者: 抹茶ミルク
天雷の大秘境編3 未来と仲間
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どこ見てやがる

 

 

 誇りの王であるガウスを相手に、果たして誇りを語るに足りるのか。それを貫く力が伴っているのか。

 誇りを掲げたレンたちに対し、ガウスはそう挑発した。


 レンとジンには誇りを認めさせるなどという意識はないだろう。だがガウスに戦いにすらなっていないと言われた手前、二人の戦いの一歩目は自分たちが牙を持つと。合わせればガウスの喉に届きそれを掻き切る牙があるのだと、示すことであった。


「真面目にやらねぇと死ぬって思わせる!」

「ああ、舐められたままじゃムカつくだろうがよ!」


 これまでのやり取りの中で、分かったことがある。

 それはガウスにもレンの空気を利用した攻撃は有効であるということだった。


「俺が抑え込む! レン!」

「分かった、とどめは任せろ!」


 ジンが前に出て、レンは空気を溜めながらやや後ろからそれについていく。


「ビビんなよ! 気ィ抜きゃ一瞬で死ぬ!」


 作戦一つも命がけだ。一撃当たるだけでも致命傷となりかねない、ガウスの“雷”を操る攻撃はそれほどまでに強力無比だった。


「う、らああ!」

「“支雷纏装”」


 パリリ、とガウスの肉体に紫電が迸る。

 オールバックの白く長い髪が逆立ち、ガウスの影を殊更大きく見せた。金の瞳が紫の輝きを反射する。


「さあ、楽しませよ」

「おおお!!」


 ジンがトンファーを両手に創造し、ガウスに振り下ろす。

 ガウスはそれを半身になって躱すと、流れるように続くジンの連撃も同じように最小限の動きで躱して見せた。


「読まれて……!?」

()()()いるぞ」

「くっ!」


 ガウスの紫電は肉体を活性化させ、反応速度も反射レベルまで引き上げる。ガウスが視覚情報を得るよりも先に、周囲に放出された微弱な雷の揺らぎで体を反応させられるからだ。

 接近戦を得意とするジンですらまるで未来を読まれているかのように錯覚してしまうほど、その動きはあまりに速く超人的だった。


「これなら!」

「ふん」


 ジンがトンファーを伸ばし、真横にスイングする。広範囲を一気に薙ぐことでガウスを捉えるつもりだったが、ガウスはそれも跳んで躱していた。


「かかったな! 喰らえ!」

「……少し調子づいているぞ。愚かしいことだ」


 ジンが時間差で、もう片方の手にしたトンファーをガウスの着地に合わせて振るった。


「この程度か?」


 ガウスが片手でそれを受け止めていた。紫電による活性は単純なパワーも増強する。


「がっ!?」

「もう限界か、この距離で」


 ガウスの紫電の放出は薄いとはいえ、近づく者が全身に痺れを感じる程度には強力だ。

 ジンは自分からガウスに触れることすらできていないが、このわずかな連撃の間にそれでも十分に雷を身に浴びていた。

 さらにガウス自身も帯電しているため、ガウスがジンのトンファーを受け止めればより強力な雷がジンにも伝う。


「ぐ……あ!」

「腹立たしいまでに、口ほどにもないな!」


 チカチカと明滅するジンの視界。そして目の前からガウスが消えた。

 消えたことを認識するよりも早く、ガウスがジンを無造作に蹴り抜いた。


「がはあああ!!」

「ジン……!」


 ジンは吹っ飛ばされ、壁に衝突して苦痛に顔を歪めた。


「ぐ……う……! 重い……! ジジィの蹴りじゃねぇだろうが……!」


 ガウスが戯れで接近戦に応じたことで、ジンはガウスの能力が一撃必殺の雷落としだけでないことを痛感した。


「接近戦までバケモンかよ!? ふっざけんな……げほっ!」


 ガウス。最強と謳われるだけあり、隙がない。

 離れれば雷撃。近づいても凄まじい反応速度、達人の体術。


 故に老いてなお、個の頂点である。


「レン……ぐっ! 一人じゃ無理だ……!」


 くらくらと、揺れる頭をぶっ叩いて立ち上がる。

 今度はレンがガウスに挑んでいた。


「おおっ!」

「風を纏う、か」


 風がもたらす影響は凄まじいの一言に尽きる。

 空気の壁がぶつかる衝撃はまるで巨人に殴られるかのようで、竜巻に呑まれれば平衡感覚を失い立つことすらままならなくなる。


 落雷が天災ならば、暴風もまた天災だった。


「視覚や呼吸を妨げられる。やはり危険なのは此方か」

「ハッ! 節穴だなァ!」

「……ローザとの出会いを思い出すな。この息苦しさ」


 風を纏ったレンの拳は、周囲の空気を無茶苦茶にかき回す。これにより吹く突風がガウスから呼吸を奪い、目を開けることすらも難しくさせる。


「考え事してんじゃねぇよ!」

「ふむ、試すか」


 ガウスは目を閉じる。そしてレンの動きで揺らぐ電磁フィールドだけを頼りに体を動かし始めた。

 フィールドによる超反応があるとはいえ、強化視力による理性のコントロールも馬鹿にはできない。それを急に失って何も影響がないとはいかにガウスといえどあり得ない。

 目を閉じたガウスは逆に防戦一方となり、レンの打撃を辛うじて受ける。


「ぬ、ぐぅ。っ……」

「いきなり薄目で戦えっかよ!」

「いや……慣れてきた」

「はっ!?」


 その動きにも段々と精彩が戻り、レンに反撃にも加え始めた。


「テメ……! 目ェ閉じて戦えたのか!」

「否? 今覚えた」

「ふっ……ざけろボケ!」


 レンの表情に焦りが顕れて、それが大きくなるにつれてガウスの反撃も激しくなる。


「戦いの中で覚えてるってか……!」

「あとは呼吸を邪魔されるのが鬱陶しい……が」

「ごあ……っは!」

「これは離れれば問題なかろう」


 ついにガウスがレンの動きを上回り、レンも蹴り飛ばした。

 ジンと同じように壁に背中を打ちつけてはね返る。


「レン。バカ強ぇだろあいつ」

「ぐ……ああ。よく生きて帰ったな」

「立てるか?」

「ああ? 超平気だバカヤロウ!」


 レンはジンの手を取って勢いよく立ち上がる。


「やはり、この程度……」

「ん、来るぞ!」

「この程度なのか……」

「なんだと、あの野郎!」


 ガウスが立ち上がる二人を前に手を出さなかったのは、失望を感じ始めたからだった。


「あの人間共はこんな腑抜けではなかった。我を下した人間共は」


 ガウスのその表情に、その瞳に、レンとジンは言葉を失った。


「たった二人で我が前に立ち塞がった。まるであの時のようにだ」


 絶望、失望。そこにはレンもジンもいなかった。


「故に期待したのだ。あの戦いをもう一度。そして今度こそ!」


 レンとジンは、硬く拳を握った。奥歯を食いしばった。血が上った頭は真っ赤に沸騰しているようだ。


「だがどうだ。戦うにも値せぬとは……」


 しかしここまでくればもう、言葉ではどうにもできなかった。この悔しさは飲み込んで、行動で示すしかなかった。


「どこ見てやがる……!」


 ジンが部屋の壁に沿って走り出す。

 レンは空気を右手に集め始めた。


「オーバードライブ!」

「まだ、やる気か」


 この日二度目のオーバードライブ。

 レンが圧縮できる空気を限界まで、膨大な魔力消費と引き換えにコントロールする。


「おおおおお!」


 レンが駆け出す。


「吹っ……飛べぇぇ!!」

「何……?」


 ガウスのセンサー範囲のギリギリ外側から、レンが右手を突き出す。フィールドに触れなかったぶん、待ち構えていたガウスの反応はわずかに遅れた。


「おおおおおお!!」

「ぐぅ……っ!!」


 ガウスがその凄まじい災害を堪える体勢に入った直後、分厚い空気の壁が衝突した。


「ぐおおおっ!」


 レンが爆発の反動を受けて吹き飛ぶ。

 ガウスも堪え切れずについに足が浮く。

 その瞬間だった。


「おおああああ!」

「なに……ガハァ!?」


 ぬるりとガウスの懐に潜り込んだジンがトンファーで強烈な一撃をボディに叩き込んだ。

 並みの相手ならば体が真っ二つになっていてもおかしくない。それほどの威力で鉄の塊を撃ち込まれ、ガウスは吹き飛んで壁に背中を打ち付けた。


「ふぐぅぅっ! つあああ!」


 直接触れた。

 ジンが全身を襲う痺れを、咆哮とともに気合で振り払う。


「ほらな……節穴だろ……!?」

「レン! 無事か!」

「ああ、っ。うぐああああっ!!」


 ジンがレンのもとに戻る。

 レンは反対方向に折れ曲がって紫色に変色した小指と薬指を、無理矢理に曲げなおした。


 これまでの「オーバードライブ」とは一線を画す威力だった。身体強化の魔力も極限まで削って収束のために割いた。

 それゆえ指も壊れた。それゆえの超威力。


「ハァ……ハァ……!」


 激痛に脂汗を滲ませながら、しかし凶悪な笑みを浮かべる。


「どこを! 見てやがる!!」


 吠える。怒りを込めて。


「オレはレンだ!」

「俺はジン!」

「今テメェと戦ってんのは、オレたちだ!」

「俺たちだろうが!!」


 かつての戦いにばかり思いを馳せるガウスに、自分たちの存在を示した。

 そのための一撃だった。

 たとえ雷撃に触れることになろうと、指の何本をも犠牲にしようとも。


「これで目ェ覚めたかよ!? ああん!?」

「ククク……クハハハハ……!」


 崩れた壁の破片を落としながら、ガウスが立ち上がる。


 眼中にもなかった彼らの存在証明が、腹の奥で熱く疼いた。

 しかし。


「なるほどな。我としたことが……」


 一撃を入れられたからと言って、取り乱すことはない。ガウスの自信に裏打ちされた、気品すらあるその所作は未だに健在。

 ゆっくりと立ち上がり重厚なマントを脱ぎ捨てる。鋼のような肉体が光沢をたたえていた。


「よかろう……」


 ガウスの腹部には今の一撃が痣となって刻まれた。


 この一撃は目の前の人間が、記憶の中のそれとは異なる“個”であることを示した。そしてもう一つ。


「貴様ら敵と認めてやる」


 そのダメージは証だ。レンとジンがガウスを倒しうる牙を持っているという、なによりも確かな証だった。

 故にここからが本番だ。取り合わぬでもない。遊びで試すでもない。本気の“戦い”。


 レンとジンが己の誇りを掲げるに足る力を示したのだから、ここからはガウスも誇りを守るために戦わなければならない。

 誇りをかけた戦いならば、ガウスも必死で己の敵を打ち滅ぼすのである。


「レン……!」

「ああ……!」


 二人の全身に、今まで以上の脅威が目に見えない圧力を伴って押し寄せる。

 そして二人は笑った。壮絶に、獰猛に。


「我が名はガウス=スペルギア! 誇りのために、参る!」

「「うおおおおお!」」


 ガウスとの死闘は、次なる局面へと突入する。

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