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魔導士たちの非日常譚  作者: 抹茶ミルク
天雷の大秘境編3 未来と仲間
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これを誇りと呼ばずに

 

 

「負けねぇ! 絶対に!」


 先手を取りにいくのは、レンとジンだ。


 偶然でもいい。奇跡でもいい。蹴躓いて思わぬ方向に飛んだ拳だろうと、当たりでもしてくれるならば何でもいい。

 二人は肌で感じていた。少しでも勝ちを手繰り寄せるには、先手を取るべきだと。果敢に攻めるべきであると。


「昇雷蒼」

「「っ!!?」」


 蒼い雷が二本、天を衝いた。深く昏い蒼天に雷は消える。


 二人が“加速していたら”当たっていただろう。

 当たらなかったのは偶然に他ならない。二人がさらに加速しようとした刹那のことだった。完璧にタイミングを合わせられていた。この一撃で勝敗が決する未来は確かに存在した。


「あっ……ぶねぇ!!」


 偶然訪れることはなかった未来が心臓のあたりを冷たく撫で抜ける。


「……っ!」

「くっそ……!」


 いつも窮地に陥ったときに二人を救ってきた直感は攻めろと言っている。しかしその声を、雷という超自然的な暴力を目の前に呼び起された根源的な“恐怖”が圧し込める。


 先手を取りたい二人の希望は敢えなく潰えた。

 同じ攻撃を、果たして二度目は防げるか。一瞬先の未来に無数に存在する死の宣告を、全て掻い潜ることはできるか。


 人はこの状況を「絶望的」と呼ぶ。

 敵として立ちはだかる天災を前に、そう易々と挑めるはずがなかった。


「く……ッ! 隙がねぇ……けど!」

「関係ねぇよな!」


 ここに一人だったならば。

 今、ジンの隣にはレンがいる。レンの隣にはジンがいる。


「強ぇんなら隙がなくて当然だろ!」

「ああ、その通りだ!」


 始まりの記憶は同じだ。強さを求める理由も同じだ。

 それが今、隣で立っているのだから。同じ窮地に立っているのだから。


「俺は一人じゃねぇんだ! そうだろ相棒!?」

「当たり前だッ! 勝つぞ、相棒!」


 二人は決して折れない。


「こ奴ら……まるで怯まんな。阿呆か、はたまた勇者気取りか」


 ガウスにも、二人のまっすぐに敵を射抜く強い目は見えている。

 それはかつて蹂躙してきた有象無象のそれとはまったく別の、少なからずガウスに抗った者たちと同質のそれである。


「……ふん。我の前に立つ弱者は手を下すまでもなく屈するか、命乞いをする者ばかりだったが」


 小さく鼻を鳴らしたガウス。


「それでも立ち向かうというのか。貴様ら如きが、この我に」


 傲慢な振る舞いの王の言葉は、レンたちには届いていない。


「おおおお!」


 ジンが飛び出す。

 ガウスが腕を突き出す。


「レン!」

「さすがだジン!」


 ジンが床にへばりつくように伏せると同時、レンが起こした突風がガウスを襲った。攻撃しようとした瞬間を的確に潰す、絶妙なコンビネーションだ。

 突風はガウスにとっても防ぎにくい環境攻撃であり、警戒したガウスに攻撃を思い留まらせた。

 ジンは追撃をせずにさがってレンの隣に並ぶ。


「風、か。聞いていたよりも、ふむ。厄介だ」

「うおお!」

「だが!」


 レンの能力を警戒しつつも、ガウスが前に出る。

 お世辞にも安全策ではない。それがリスクの伴う選択であろうとも、ガウスはストイックに決断することができる。


「ハッ!」

「があああ!?」


 ガウスがレンを突き飛ばした。

 そして触れられた瞬間、レンは全身を突き抜けるような強烈な衝撃を浴びた。


「レン!!」

「ぐ! これが、雷に打た、れるってことか……ッ!」

「温いぞ、人間。この程度で“無垢”を動かしたというのか?」

「何……!?」

「あ奴に何を吹き込んだ。人間の罪を知る“無垢”が我が前に貴様らを通す。それほどの理由を示したのだろう?」


 ガウスもまた、無垢の魔神をそれなりに知る者だ。

 だからこそ、無垢の魔神が魔族に反旗を翻したことが不可解でもあった。


「うる、せぇよ……!」

「どいつもこいつも誇りだ理由だうだうだとよォ……」

「テメーは人間(オレたち)が気に喰わねー」

「む?」

「俺たちぁテメェが気に喰わねぇ!」

「…………」

「他に戦う理由が要るかよ!? アァ!?」

「笑止! まるで赤子の駄々のようなり!」


 二人の啖呵を受けて、しかしガウスは一笑に付した。


「そこに誇りがなければ! 我と戦う資格など微塵もありはせんわ!」


 誇り。

 ガウスにとってそれは命よりも重い覚悟である。また同時に、敵味方の垣根も超えて自分と関わる全ての者に求めるものでもある。


 レインハルトは代々ガウスに仕えてきたことを至高の誇りとして掲げており、ガウスもそれを知って常に傍に立つことを認めている。答えを見つけるために迷い続け己が業と世代を超えて向き合い続ける“無垢”も、同格の魔神族であることとは無関係に受け入れた。グリムトートーは己の信念と氷の世界に誇りを持っていて、ローザはガウスにふさわしい淑女になるためにあらゆる努力を惜しまない。

 自身の隣に置くのはいつだってガウスが認める誇り高き者たちだった。


「我と戦うだと!? 恥を知れ!」


 故にガウスは戦ってなどいない。

 彼にとって戦いとは、互いの誇りを懸けるものだからだ。

 誇りを持たない者を相手に、ガウスが誇りを懸けて同じ土俵に立つことはない。敵とみなすことがなければ、それを排除するために戦闘という行為を選択することはしない。


「これは粛清である! 我が野望に立ち入った不届きな輩へ、鉄槌を下しているにすぎん!!」


 天に放った蒼雷が、自然の摂理に従うように、蒼天より墜ちる。

 降雷蒼。昇雷蒼で天に留めた雷を呼び落とす技だ。


「がっは!?」

「ぐあああ!?」


 魔力をほとんど身体能力の向上に使っていたにも関わらず、一撃で二人は膝をついた。明滅を繰り返す視界と、体にこびり付くような痺れがさらに二人の再起を許さない。


「ふん。取るに足らぬ」


 圧倒的な攻撃能力。それを可能にする魔力。魔力の源になる精神力。

 ガウスは己の誇りに心臓を捧げ、故に絶対に折れることのない強靭な自我を持つ。個の頂点に立つほどの力を、彼が誇りを捨てぬ限り尽きぬほどの魔力を、その誇りが支えている。

 強固な結びつき。どちらかを折らない限りガウスは最強のままで、どちらも折れないからこそガウスは最強なのだ。


「愚かな。身の程を弁えよ、小童」


 たった一撃である。


 しかも、戦いのための武器ではない。試すための物差しでもない。

 ガウスにとってそれは言うなれば暇つぶしだった。その本質は限りなく遊びに近い。揺蕩う水面に放った石が激しい飛沫をあげるのか、はたまた静かに沈んでいくのか。そこには気まぐれに移ろう関心が辛うじて動機を名乗った程度の、あくまで遊びしかない。


「……笑わせる。その程度の覚悟で我が前に立とうとは」


 遊びなのだ。遊びだったのだ。

 少なくとも、誇りを示さなかったレンとジンに対しては。この時までの、二人には。


「ぐ……っ!」

「終わってねぇぞ……まだ!」


 ふらり、立つ。


「ナメんなよ……! テメェこそ覚悟ぁできてんだろーな」

「オレたちの仲間に手ェ出したんだ。タダじゃ済まねぇぞ……!」

「強がるなよ。蛆めが」

「それにな……テメェの言う誇りってやつくらい、オレたちにもあるぞ……!」




 それは、約束。

 あのとき、リリカが言ったこと。


『勝って……』


『勝ってよ……いつもみたいに……』




 手も足も出なかった悔しさ。大好きな仲間たちと生きる希望。

 そんなものをすべて、託してもらえたのだ。信じてもらえたのだ。


「リリカが“勝って”って、言ってくれたんだ! 仲間に信じてもらってんだ!!」


 これを誇りと呼ばずに何と呼ぶというのか。



「リリカ……あの子娘か。つまるところ、報復だな」

「寝ぼけてんじゃねぇ。リリカは生きてる!」

「なんだと?」


 ガウスは瞬時に記憶の糸を手繰り、グラモールの幻という答えに至る。

 あのとき自分が目を離した隙は決して長くはなかったはずだ。その間にグラモールは自身らの姿を幻に隠し、身代わりの像を攻撃させたのだろう。


「我としたことが、抜かったか。いや、ここは奴らを褒めるべきだな」

「だからよ、勘違いすんじゃねぇ!!」



「「俺たちはまだ! テメェに何一つ奪われちゃいねぇぞ!!」」



 レンたちは仲間を喪った復讐心に駆られたわけではない。


「そりゃ地上も壊されたくねぇし!」

「エリーンたちを泣かせたことも許さねぇ!」

「けどな、俺たちの仲間を傷つけた!!」

「そしてこれからも傷つける!!」


 リリカは最強を前に戦うことを選んで、今も生死の境のなかで戦っている。

 ソリューニャは自分ひとり逃げることもできたのに、その身を賭して四天を止めた。

 ミュウはその身に余るほどの葛藤に苦しみ、死を目前にしたその果てに覚醒した。


 みんな何かを抱えていた。傷つけられてきた。


「それが一番許せねぇ!!」

「だから今、ここで! テメェを倒すんだ!!」




 ただ、信じてくれた仲間たちのために。

 彼らは彼らの誇りのために、彼らが選んだ戦いに赴いたのだ。


「へっ、これで分かりやすくなっただろ……!」

「テメェも俺も!! 誇りのために命張ってんだ!!」

「だから戦うんだろうが!!」


 ガウスは笑った。

 それは無謀な戦いに臨む二人の阿呆を馬鹿にする笑いではなかったが、かといって対等な敵に対して抑えきれなくなった高揚が漏れ出したわけでもなかった。


「ク、ハハハハ! 吠えるではないか、小童ども!」


 彼は期待したのだ。

 かつて自身が味わった敗北は、ただの一度、()()()()()との戦いだけである。


「よかろう! 我に対し勝つことが誇りの証と嘯くとは!」


 ガウスはずっと待ち望んでいた。いつかリベンジを果たす時が来るのを。


(まったく、魔力の質まで本当によく似ておる! 錯覚すら見えるほどだ!)


 果たして目の前の人間が、あの時の戦いに近い昂ぶりを呼び覚ましてくれるだろうか。拭えぬ敗北の傷を少しでも挽回するきっかけとなるだろうか。

 ガウスは期待半分、挑発半分に笑ったのだ。


「ならば認めさせてみせるがよい! 我に届きうる可能性を!」


 死力を尽くして排除のために力を振るわねばならないとまでは思っていない。だが心の奥底では確かに本気の戦いを望む自分もいる。


「思い上がるなよ! 戦いになるかどうかは、貴様ら次第だ!」

「ハ


 バチ、バチとガウスの肉体に紫電が迸る。

 老いていることが信じられないほどに、その灰色の肉体は艶やかで、逞しい。


「「うおおおおお!」」


「どうか失望させるなよ。来るがよい、人間どもよ!」


 (いかづち)纏う最強の軍神は、真っ向より待ち構える。






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