リリカ頭痛ちゅー
ガルが出て行ってから、ギルドは急に人が増えた。
ギルドの中、特に入り口あたりは人の流れが激しく、ごった返している。
中にはカダルなど知り合いの顔も見られるのだが。
「あ」
「あ」
そこでリリカにとっては避けたかった知り合いと目が合ってしまった。
思わず間抜けな声を発して固まるリリカ。
内心は焦りまくっていたが。
「…………」
「…………」
気まずい。
森で置き去りにした少年、トトが無言で近づいてきた。
トゥレント狩り参加者にはギルドメンバー以外の人々も多い。
リリカはトトもその一人かと思っていたので、不意打ちを喰らった形となった。
なにせ今までギルド内で自分たちより年下のメンバーを見たことがなかったのだ。
リリカは慣れない驚きと緊張とで完全に硬直してしまった。
「君……」
他の三人が何事かと見守る中、トトが口を開いた。
「無事だったのか! あんまり急いで進むもんだから見失って、心配していたんだ!」
「は……?」
まだ声変わりもしていないほどの少年。
彼は確かに置き去りにされたはずなのに、なんで自分が迷子みたいになってるのだろうか。
リリカには全く分からない。
「えええええっとちょっと待ってちょっと待って……」
「ん?」
「あたしはあんたを置き去りにしたんだよね? それはさすがにマズかったかなーって反省してるんだけど……」
「何を言ってる? 君が急ぐから僕は君を見失ったんじゃないか。あの後すごく心配したんだぞ?」
「え、えぇ~……?」
(あれあれぇ? おかしいぞぉ……?)
単純にこの子供がおかしいのか、自分が知らない大陸文化があるのか、リリカの小さな頭はパンク寸前である。
「どうした? リリカ」
「そのガキ誰だ?」
「う、うぅ~ん……。頭痛い……」
「誰がガキだ! 僕はグーザンザ家の跡取り、トトだぞ!」
「グーザンザ……って、まさか!」
「ふん、驚いたか!」
レンとジンが話に入ってくるが、それに応えられる状況でないリリカ頭痛中。
グーザンザという名前に、心当たりがあるのかソリューニャ。
そんなソリューニャを見て満足げに胸を張るトト。
(あたしが迷子でソリューニャはなんか知ってるみたいで置き去りにされてなんで反省してるのか分かんなくてマズい頭痛い……)
頭の処理が追いつかない。いきなり大量の想定外に見舞われたリリカは、目を回してしまった。
「ぷしゅー……」
「おわ!? どうしたリリカ!?」
「お、おい、目ぇ回してんぞ! 大丈夫か!?」
「えと、要するにアンタは森でこの子を助けて、いろいろあって置き去りにしたんだね?」
「う、うん……。なんかもう自信ないけど……」
リリカが落ち着くと、ソリューニャの事情聴取が始まった。
トトとの間にソリューニャが入るだけで、リリカはすごく楽になる。
トトの認識は「それ別人じゃないの?」というほどにリリカの記憶と合わないのだ。
そんな相手からの言葉が直接届かないだけで、リリカは自身も驚くほどスムーズに飲み込めるのだった。
と、聞いてなんとなく事情を理解したソリューニャは、額を押さえてため息をついた。
「はぁ~~っ……」
「ど、どうしたの? ソリュ……ソニア」
「あの子ね、ここらじゃ有名な貴族の一人息子なんだよね……」
「それが?」
「うーん、厄介なのに捕まったね……」
「???」
この国には簡単な階級がある。
まず、王族。このカキブ王国を治める最大権力者と、その血縁者である。
次に、貴族。事業に成功するなどして大きな財源を確保し、次第に権力を高めていった者たちである。王族に次ぐ権力を持つとともに王族との直接的な関わりが深いのも特徴だ。
そして、平民。この国の人口の九割を占めている。正確には王族でも、貴族でもない者たちという分類。レンやジン、リリカやソリューニャはここに属する。
そしてトトは貴族に属する人間なのである。それも、貴族の中でも一、二を争うほどの力を持つ貴族の、だ。
つまり、下手にトトを扱えば犯罪者にもなってしまうのだ。特りに今は、レンたちが跡地で暴れたために見回りの兵士たちが増えている。
今目立つことだけは絶対に避けたい。
(最善策は、機嫌のいいまま興味を失ってもらうこと、かな……)
「いいかい、リリカ。雑に扱わず、なるべく関わらず、でも振り切らず、それでいて避けてるのを察せられないようにしてれば大丈夫だから。あ、手を出すのは論外ね」
「え……。もうほとんどやっちゃってんだけど……」
ソリューニャが見たところ、トトはリリカに大分懐いている。
それにリリカの話を聞く限り、トトはプライドが高く自分に都合のいいように物事を捉える性格をしている。
その幸せな頭は、この世の中自分に不都合なことは起こらないと思っているようにすら思えるほどだ。
「とりあえず今まで通りの接し方を徹底して。でも絶対誘いに乗っちゃだめだよ」
「誘い?」
「うん。何かしてくれとか、何かしようとかね。アンタは話を聞くことだけしてればいいから」
「う、うん……」
「大丈夫。アタシがなんとかするから。アンタはあれを不愉快にさせなきゃいい」
「が、がんばります……」
とは言ったものの。ソリューニャは具体的な作戦を持っていない。
相手の懐き具合が異常なのだ。どれくらいで飽きてもらえるのか、はたまた本当に飽きられるのかは未知数だった。
四人は寮に戻ってきた。
トトが少し目を離した隙にギルドから素早く抜け出したのだ。
キョロキョロとリリカを探すトトを見て少しだけ、(物理的に)少ししかない胸が痛んだあたりリリカも人がいい。
「はい、作戦会議~」
「いえーい」
「わーわー」
低いテンションで幕を開けた、題して「急務! リリカが手を出す前にお引き取り願おう会議」。
「さて、この事態においてとっても大切なことがあります。しっかり聞いて下さい」
「ほーい」
「了解~」
議事進行を担当するのはソリューニャである。
というよりソリューニャ以外に適任がいない。
会議というより連絡会であるが、そこはご愛嬌だ。
「まず一つ目は、相手が貴族の息子ということです。傷付けるのはもってのほか、不愉快にさせたり、思われたりするのも絶対にタブーです」
「ふんふん」
「なるほど。分からん」
「……簡単に言うと、相手はプライドが高いです。そんで、自分が世界の中心だと思ってます。要するに、粋がったガキです」
「言葉に棘があるね……」
問題は単純にして大きい。
トトようなタイプの人間は総じて想定外の事態に対して脆い。不規則の積み重ねでできたこの世界、彼がいつどのような形で折れるかも分からないのだ。
リリカはそれに関わるのをうまく回避しなければならない。
「そんな奴とは関わらないのが一番です。分かりますね?」
「なんとなく」
「ということで、これからの予定を言います。まず、今日もここに泊まります。で、明日。アタシ一人で換金してくるから、終わってからアタシの家に戻ります」
「えー? もう帰るの?」
「ほとぼり冷めた頃にまた来ればいいよ。それまでは森に籠もって修行しよ」
「なんだか犯罪者の気分だな」
「近いものはある。相手が貴族だし」
ソリューニャがレンたちをかくまった最大の理由は自身の修行に付き合ってもらうためだ。
今までずっと一人で修行をしてきたが、レンたちの協力で対人訓練ができるのだ。一人で鍛えるのと、実際に動く相手との戦闘訓練とでは経験値が大きく異なる。
それを理解しているからこそソリューニャはレンたちを家に上げ、自らの正体すらも明かしたのだ。
しかし正体を知られてはまずい相手や場合もある。これからの行動はそれを意識したうえでより慎重に動く必要がある。
(何事も起こらなければいいのだけれど……)
明日が勝負だ。
リリカの限界、ぷしゅー。




