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魔導士たちの非日常譚  作者: 抹茶ミルク
天雷の大秘境編3 未来と仲間
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ミュウVS驟雨

 


 ミュウの成した功績は大きい。

 制空権という、敵に与えるには致命的なアドバンテージをたった一人で大きく削ったのだ。もしも彼女がいなければこの戦いは早期に決着がついていただろう。彼女たちの圧倒的敗北という結末を以て。


 しかし、少なくともその結末は回避した。数の上ではまだ圧倒的に不利だが、希望は繋がっている。


「ハァ……ハァ……」


 限定的とはいえ四天と同等クラスの能力を発揮できる者として、その力に恥じない活躍を見せた。

 しかしミュウの発展途上の器でこの力を使うということに、当然リスクは伴う。


『やった! 撃ち落としたよ!』

「ハァ……は、はいです!」


 矢を引いたミュウの指先から肘にかけて、神経に無数の針が刺さったような鋭利な痛みと痺れがあった。

 融合能力を使った反動だ。融合で数多の魔導を同時に展開し、アルテミスで無理矢理に束ねたのだ。それはミュウの身にも害のある諸刃の剣、まるで劇物のように、彼女にもダメージを残した。


『チャンスだよ! 追撃いける!?』

「やれま……っああ!?」


 地上に落ちたレインハルトの姿、追撃するなら今だ。

 しかし痛みは、魔導を発動しようとしたときに頂点に達した。


「あああ、ああ!」

『ミュウちゃん!? もしかして、さっきの技で……』

「なんでも、ないのです……!」

『…………!』


 ヘスティアがゾッとするような覚悟を見せる。ミュウの大きくて丸い瞳が、重く暗く翳る。

 しかしミュウの心に、肉体は追い付かなかった。


「あ……っ! なんで!?」


 痛みすら堪えて発動しようとした魔導が、発動しない。


(これは……感覚が狂ってる!?)


 先の攻撃の強烈な感覚が体にこびり付いているせいで、発動したい攻撃のイメージと感覚とが乖離してしまっている。魔導を発動しようとする感覚は、明らかに今までのそれではない。

 それぞれの魔導を発動するためのイメージと、それを支える過去の経験。それらをすべて上書きしてしまうほどに、虹は強烈だった。


(制御できない才能……! 身を滅ぼす力……!)


 ミュウは戦いの最中、悔いる。


 大きすぎる才能に正面から向き合うのが遅すぎたのだ。ミュウがもっと早くに才能の危うさを自覚し、備えていたのならばあるいはいきなり実戦で「虹」を使うことはなかったかもしれない。危険な力だからと使ってこなかったのに、追い詰められてそれしか道が残らなかった。その結果が今だ。


 得体のしれないこの才能も、魔導の融合能力も、常にミュウと共にあったというのに。才能を遺憾なく発揮してしまうことへ恐怖を感じ、あまり考えないように目を背けてきた代償が今になって激痛として表面化した。


「でも、だったら!」


 悔いはあるが。

 大声で泣いて反省するなら後でいい。己の弱さを懺悔するなら仲間たちの隣がいい。

 だからミュウは止まらなかった。


『……っ』


 ヘスティアは本当は止めたかった。

 敵の謎の能力ですら正面から突破する規格外の力には、相応に大きな代償が伴ったこと。それはヘスティアにも痛いほど伝わった。


煌輝・流星虹(スターライト)ッ……!」

『ミュウちゃん……!』


 虹の感覚が残っているのならば、撃ってしまえばいい。


 激しい興奮状態に陥っていた。激痛を激痛として認識しながらも、ミュウは虹を使う。痛覚が嬲られ焼き切れそうなほどの悪夢が待ち構える茨の道に身を投じる。

 その狂気はミュウを最も近くで見ているヘスティアを恐怖させた。


「“滝落とし”」


 レインハルトたちの前に、滝のように強烈な水流が現れる。

 高速で飛び回る竜の上では、水の壁による防御は十分に行えなかった。

 しかし地上では一つ所にさらに強力な壁を展開できる。


「く……! これでも、まだ!」


 それすらも貫いたミュウの攻撃力は圧倒的だった。

 レインハルトは剣を抜き、壁で殺しきれなかったものの輝きのくすんだ虹を受け止める。


「なるほど。質が混沌としている」


 直に受けたことで、防ぎきれなかった理由を確信した。


「防げないわけではない。時間がかかるだけだ」


 レインハルトはそのまま攻めに転じる。


「そして虹にはリスクもあるようだ」

「うあああああっ!」


 レインハルトが睨む先に、腕を抑えて絶叫するミュウがいる。

 先ほどまでの果敢な攻めは、幼いとすら言えるミュウに似つかないものだった。レインハルトが、戦場に命を懸ける戦士のそれと評価したほどである。


 だが、レインハルトは評価を下方に改めない。ミュウは依然として危険で勇敢な戦士だ。


「……素晴らしい。ガウス様でもそう言うだろうな」


 たとえそれが、大粒の涙すら流す細身の少女だとしても。

 つまり、その気持ちが折れるほどの痛みなのだから。そしてそれでも堪えようとして歯を食いしばり、逃げずにそこにいるのだから。


「油断はせん。上を取られているのは危険だ」


 レインハルトは冷静に状況を分析した。

 ミュウの“虹”は彼女自身にもダメージがあること。現状“虹”だけが危険な攻撃であること。ミュウの闘志はまだ完全に折れていないこと。


「だが勝てる」

「ぐっ、うっ、うあああ!」

『ミュウちゃん、退こう! まだ少し飛べる!』

「あああ、で……もぉ……!」


 ヘスティアは決断した。今からミュウが何と言おうとも、絶対に譲らないことを。


『退け! 逃げろ!』

「…………!?」

『逃げろ! 逃げろよー!』


 強まる語気。断固として譲らないヘスティア。

 ひとえに、ミュウを思うがために。


『逃げて!! 生きろ!! ミュウちゃん!!』

「……は……い」

『ありがとう。……ゴメンね』


 ミュウも決断した。オーガたちのもとに向かう。

 オーガたちはまだ翼竜隊に翻弄されているが、それでもミュウにできることはまだあるかもしれない。


「逃がさん。これ以上の被害を出さないためにも……ここで斬る!」


 レインハルトは木々の間を縫い、逃げるミュウを追いかける。


『追ってくる! 速い!』

「うあ……」

『もうちょっとだから、がんばれ!』


 ミュウはもう、セレスの翼を操ることもできない。

 ヘスティアだけで操るセレスの翼は、レインハルトのスピードに劣っている。


「“横時雨”」

『んもぉ! 当たると危ない気がする!』


 虚空に現れた無数の水がミュウの背中へと放たれる。


「ヘス……」

『ミュウちゃんっ!?』


 ミュウがセレスの操作を一部肩代わりする。

 スピードと軌道が安定し、水を躱す。


「意識を取り戻したか。だがこれでいい……地理は頭に入っている」


 ミュウの高度が下がり、木々のほぼ直上を飛んでいる。

 レインハルトは地面を蹴り、高く跳び上がった。


『あ、あれ!? 見失った!』


 二人が向かう先には、さらに深い森がある。植生が変わるのだ。

 レインハルトは先の攻撃でミュウをその進路に追いやった。


『けど、まっすぐ! このままいく!』

「…………」


 レインハルトは高木の半ばほどまで跳び上がったが、足場となるような枝にはまだ届かない。


『こっからどうするの!? このままだと敵がいっぱい飛んでるところに突っ込むけど!』

「迂回して……先、青いせき……ひ」

『ん! 了解!』


 作戦にあたり、船のある地下遺跡への入り口の目印の石碑は青く塗られることになっている。


(このまま船まで案内させるか? いや、巫女とでも合流されて復活されては面倒だ)


 レインハルトは剣を幹に突き刺した。そして片腕だけで振り子のようにその体を持ち上げると、その勢いのまま剣を抜きつつ跳ぶ。


(我らと同等の力を持つ敵だ。やはりここで討つべき!)


 さらにもう一度幹に剣を突き立て、跳ぶ。そして一本の枝の上に着陸した。

 レインハルトは枝から枝へと飛び移り、地上を駆けるのと変わらぬほどの速度でミュウを追う。


『あと少しでこの森は抜けるよ! 魔力もってー!』

「“遣らず雨”」

「え?」


 進行方向に突如として水の膜が現れた。ミュウは方向転換が間に合わずそのまま突っ込む。


『……ウ……ちゃ……!』

「これは!?」


 ヘスティアの声にノイズがかかり、気配もろとも消滅した。

 それだけではない。セレスの翼も消えた。


(魔力が消され……っ! これが水の……!)


 ミュウが堅牢な水のバリアの正体に気付いた時には、もはやすべてが遅かった。

 ヘスティアが消えて孤立したこと。セレスの翼を失って浮遊感に襲われていること。枝を蹴って迫るレインハルトが見えたこと。


「セレス!」


 翼を再展開する。もう一方のセレスはレインハルトを止めるために差し向ける。


「無駄だ。滝雨の剣!」


 一刀両断。

 神樹の至宝、セレスの超防御すらその剣には敵わない。

 魔力を無効化する水を纏わせるだけで、レインハルトの剣は無敵の攻撃力を得る。


「……ッ!」


 無残に散る神樹の至宝。

 絶大な信頼を寄せていたセレスの死が与える絶望は計り知れないものがあったが、それでもミュウは最後に意地を見せた。


煌輝・流星虹(スターライト)……!」

「……! 水よ!」

「~~ッ! あああああああ!」


 矢を引けない。引くための腕の感覚がない。ミュウは絶叫する。

 それでも融合はやめなかった。


「ううううううッ!」

「歯で! なんという!」


 弦を嚙む。

 執念で虹の矢を引く。

 キリキリと魔力の弦が鳴く。


「ううううあああああああ!」


 虹の矢は迫るレインハルトの、正面に展開された水の壁にぶつかった。


「うおお……!」


 レインハルトが思わず怯むほどの、危険な執念。


 だがしかし、三度目の虹はついにレインハルトに届かなかった。


「上手くいった」


 レインハルトは水の壁を厚く、そして渦を巻くように展開していた。


 レインハルトは、魔力を溶かす雨を降らせる能力を持っている。敵の攻撃に干渉し、純魔力に分解して溶かしてしまうのだ。

 ヘスティアが見た奇妙な光景も、レインハルトの能力によって分解されたミュウの魔力が水に溶けていく様子であった。


「終わりだ、若きダークエルフ。貴様は強かった」


 ミュウの虹は様々な性質を無理矢理に束ねているために、純魔力に戻すのに時間がかかる。故に唯一、ミュウの虹だけは水に無効化されきる前に貫通することができたのだ。水の攻略法としては最も力技の部類だろう。


 しかし、虹の性質を見抜いたレインハルトは対策した。水を厚くして接触時間を延ばし、渦で分解・融解を加速させた。


「う……ぁ……」

「“暴雨”」


 レインハルトの能力は魔力を溶かすだけではない。雨に溶けた魔力は、しばらくそこに閉じ込められている。

 それを一気に開放するのが“暴雨”である。


「かっ!!?」


 虹が溶けた水がミュウの体に叩き込まれた。


「シッ!」


 同時に、レインハルトの剣がアルテミスを真っ二つに断ち切った。


(体を狙ったが……本能か。すこしでも離れようと、翼で)


 直接とどめを刺すことはできなかったが、十分だった。

 ミュウの体に撃ち付けられた雨が輝き、魔力を一気に解放して爆発した。

 ミュウの全力の執念が、彼女自身に牙を剥く。


「……! …………!!」


 ミュウが吹き飛ばされる。


「なんと……! ここまでの威力が出るか!」


 レインハルトも予想外の威力はつまり、警戒していた以上の魔力があの虹には込められていたことになる。

 遠く、森の向こう側にまで吹っ飛ばされたミュウを見てレインハルトは人知れず肝を冷やした。

 最後の攻撃。動かない手の代わりに口で矢を射るという狂気じみた執念に対し、レインハルトの対策が間に合っていなかったとしたら彼が無事だった保証はない。


「だが、もはや失敗は許されない。全てはガウス様のために」


 ミュウが執念を見せたように、レインハルトにも誇りがある。一度の失態が彼の決意をさらに強固にした。


 四天最強の男・驟雨のレインハルトの進撃は続く。



ミュウちゃん酷い目に遭ってて胸が痛いです。

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