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魔導士たちの非日常譚  作者: 抹茶ミルク
天雷の大秘境編3 未来と仲間
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虹の奥義

 

 

 ミュウの消耗は激しかった。

 体力も、魔力も、精神力も。あらゆるリソースが削れていく。


「はぁ、はぁ」

『だいじょぶ、ミュウちゃん。……降りるなら今が最後だよ?』

「いえ! いけますっ!」


 空を飛ぶのは二回目だ。神樹の至宝を扱うのも二回目。


「このくらいのピンチ……!」


 そして戦いはもう、何回目になるのだろうか。

 命が安全な戦いばかりではない。今のように死の気配漂う戦場を、駆け抜けてミュウは今に至る。


『後ろからも来はじめた! 挟まれるよ!』

「かまわないのですっ! 今は前にっ、あいつをやっつければっ!」

『指揮官をたたくのはいいけど~~! 得体が知れないよ、あいつヤバーい!』

「あれが四天! レインハルトなのです!」


 今も彼女は、死に追われながら死に立ち向かう。


「翼竜部隊! 先行して裏切りのオーガどもを皆殺しにせよ!」

「レインハルト様!」

「私はあのダークエルフの相手をする! ゆけ!」

「はっ! お気を付けて!」


 レインハルトは後方の被害状況を見て、ミュウの持つ底知れなさに評価を改めた。

 とはいえ彼は、評価を改めたからこそミュウと対峙することに決めたわけではない。いずれにしてもこの場所までは来なければならなかった。


「私もすぐに追う。そう、すぐにだ」


 オーガらの集落が眼下に見える、ここでならばミュウを倒してすぐにでも殲滅戦に参加できる。万一にも、レインハルトの乗る竜がやられてしまえば自分がオーガらのもとに辿り着くのが遅れてしまう。極端なことを言えば、レインハルト一人いればオーガの相手は務まるのだから。


 彼にとって真に恐るべきはミュウではなく、自分が地上の戦いに出るのが遅れてしまうということだった。


『ミュウちゃん! あいつやる気だ、空で!』

「竜と、操ってる竜人を狙うのです!」

『うん! 任せて!』


 ミュウが矢を番える。

 微妙な力の加減や角度がヘスティアによって導かれ、放たれる矢は狙い通りに竜を襲う。


神速の飛矢ソニックスター・ショット!」


 しかし、その竜はミュウが先ほど相手にしていたものたちとは違った。貫通型の超速射撃をひらりと躱す。


『外した!』

「竜も、たぶん竜人も格が違うのです!」

「グアアアーーッ!」

『セレスっ!!』


 翼竜の口から魔力交じりの咆哮が放たれる。

 咄嗟にヘスティアが聖盾(セレス)を展開しなければ撃墜されていたかもしれない。炎赫らほどの威力はないにしても、十分な破壊力を秘めた「竜の息吹」だった。


「て、手強いのです……!」

『やるからには弱気になっちゃダメ! 魔力に影響出ちゃうよ!』

「はっ、ハイですっ! ありがとなのです!」


 ヘスティアに言われて意識を切り替える。


「スピードも反応も桁違いなのです! 空中戦で竜を崩さなきゃ!」

『拡散型やる!?』

「やりますっ! 速撃の飛矢ソニックスター・アロー!」


 広範囲に拡散する黄色の矢。

 翼竜は咆哮を一つ上げると、それを躱しながらミュウに迫る。


『当たんない!?』

「撃ち続けるのです!」


 ミュウは逃げながら幾本もの矢を撃ち続ける。

 竜は羽ばたき、旋回し、矢を置き去りにしながら確実にミュウに迫る。そしてその牙がミュウに届くところまで迫ったとき、セレスがミュウと牙との間を隔てた。


「ガァッ!」

「ふむ、やはり相当な硬度」

「ガ、ア、ア!」

「きゃあ!」


 竜はそのまま息吹を放ち、直撃こそセレスが防いだものの逸れたそれがミュウの翼を掠めた。


『危ない! ミュウちゃん平気!?』

「です! でも、このままじゃ……!」


 一度近づかれてしまった今、これをスピードで振り切ることは恐らく不可能だ。


『一撃目はセレスで防げるけど! またブレスに繋げられたら敵わないっ!』

「……アレをやるのです!」


 以前、化け物をその身に降ろしたウィルズと戦った時のひらめきを再現する。


紅焔の裂矢レッドブラスト・アロー!」


 高度を落とし、木々の上を飛ぶ。そして十分に竜を引き付けてから、今回はその木に向かって爆発する矢を撃ち込んだ。

 矢は炸裂し、竜とレインハルトらの視界を一瞬奪う。


『あ、川撃ったやつ!』

神速の飛矢ソニックスター・ショット!」


 ミュウは森に急降下して、黄の矢を生成しながら直上を向く。セレスで爆風と枝から身を守り、急転換による負荷は魔術でこらえつつ、狙いが合う一瞬に目を凝らす。

 そこには太陽の光を妨げる、翼竜の影。

 放つ、黄の一線。ミュウの目には翼竜を確かに貫いたように見えた、が。


「ギャオオーーン!」

「下か。姑息な策を」

「傷は負いましたが、まだ飛べます!」

「ならば良い。私も奴の動きを見切った。防御は私に任せてすぐに竜を制せ」

「はい!」


 起死回生の一発は硬い鱗に守られた翼竜の首を浅く裂くに留まった。


『仕留められなかった!』

「狙いがずれたのと、想像以上に硬いのです!」

『でも暴れてる! ここで畳みかけてもいいんじゃない!?』


 目まぐるしく変化する景色の流れに、さすがのミュウとヘスティアも翼竜に致命傷を与えられなかったのだ。

 だが翼竜は激しく怒り、それを制御しようと竜人も悪戦苦闘している。


速撃の飛矢ソニックスター・アロー! 青風の巻矢(ブルーブロウ・アロー)!」


 ミュウが翼竜から距離を取りつつ、追ってくるどころではないのだろう敵に黄の矢を放つ。青の矢も放つ。


深紅の燐矢クリムゾンフレアー・アロー! 速撃の飛矢ソニックスター・アロー!」


 深紅の矢も放つ。黄の矢も放つ。

 空中で暴れる翼竜はついに森に突っ込み、木の枝の上でのたうち吠えている。

 そこに色とりどりの矢が降りかかった。虹色の爆炎が上がる。


紅焔の裂矢レッドブラスト・アロー!」


 とどめに紅の矢も放つ。

 もはや翼竜の姿は枝葉と煙にまぎれてしまっており、その一矢は命中したかはわからない。だが確かに、紅の光と共にひときわ大きな粉塵を巻き上げた。


「はぁ、はぁ……」

『うあー、一気に魔力使いすぎた。そろそろ限界も近いよ』

「……これで、終わってくれれば……!」


 ヘスティアはミュウの二次魔力を利用している。故に早期の決着を願う。

 しかし煙が晴れて、二人はそこに信じがたいものを見た。


『そん……な』

「無傷、なのです……!」


 せめて的の大きい翼竜だけでも何とかなっていれば、この絶望も幾分かはマシだったかもしれない。

 しかし翼竜は、周囲の木々の惨憺たる様子に対して不自然にダメージがなかった。


「レインハルト! 雨の魔導とは聞いてたですけど、一体……」

『見て、ミュウちゃん!』

「膜、なのです?」


 それは透明であったため、遠目で見るミュウたちにはすぐに正体は分らなかった。

 しかしそれは雨の名を冠する敵の技、ミュウはほどなくそれが「水」ではないかという答えに至る。


「竜が落ち着きました!」

「よかろう。奴らを追え」


 透明な膜はぱちんと割れた。


「水の壁!」

『えっ!? 水くらい……』


 貫通できないのか。そうヘスティアが尋ねる前に、ミュウは飛んだ。

 すぐに翼竜も飛び立つ。


「もう一度やるのです! 紅焔の裂矢レッドブラスト・アロー!」


 ミュウが紅の矢を放った。

 矢は竜の背に命中して爆発したかのように見えたが、しかしまたも水の壁に阻まれてその先の敵たちには届いていなかった。


「やっぱり、水のバリアなのですっ!」

『待って、それだけじゃない! 何か、何か……!』


 ヘスティアは一瞬、水の壁に紅いものが、それはまるで池に一滴の血の雫を落としたようにふわりと広がって、すぐに色を失うのを見た。

 見間違いだったかもしれない。それが何か、思い当たる節があったわけではない。

 しかしぱちんと割れた水の壁が重力に引かれて落ちていく様子すら、何か嫌なものを予感させた。


「音や光で竜を怯ませられはするのですがっ!」

『あ、うん! どうにかして止めなきゃ、あの水さえなければ!』


 飛行性能の差は歴然である。空中でまともな機動戦を仕掛けることは下策、かといって自分だけが地上に降りれば上から好き放題に攻撃されてしまう。

 いずれにせよ、翼竜の攻略は勝利のために最も重要といっていい要素だった。これができるかできないかで、勝敗の天秤は大きく振れるだろう。


()()()()! あの竜、だけは!)


 ミュウが昇る。


「太陽を背に!」

『なるほど!』

「それからお願いが……!」


 ミュウが太陽と敵のちょうど中間になるように飛ぶ。


「ふん、浅知恵だな」

「狙いは目くらましでしょう! させませんよ!」


 だが、敵もその狙いを見透かしている。

 そもそもミュウよりも速力があるのだから、そうそうに位置取りなどはさせない。


「ギャオオ!」

「なに!?」


 翼竜が何かにぶつかる。


『セレス! 言われた通り足止めしたよミュウちゃん!』

「今なのです!」


 それはヘスティアが必死に操ったセレスだった。

 バリアに阻まれて一瞬足が止まる隙に、ミュウは狙いの位置に辿り着く。日輪と敵のちょうど中間に。


「く! 離脱します!」

「防御する!」


 ミュウの狙いは、目くらましからの攻撃だろう。

 ならばレインハルトは、広域に水のバリアを張ればいい。そうすれば攻撃は通らないのだから。


『防がれた!』


 その思惑通り、黄色の矢が水のバリアに次々と刺さり波紋を残して消滅した。

 そうこうしている間に、竜は再び自由になりその場から離れる。

 幾何学模様の緑の翼を広げるミュウの姿は、すぐに見つかった。


『狙い通り!』


 そして見つかるところまでは作戦通りだった。


「ホーリーボール!」


 理論上は可能なその魔導は、果たしてミュウの思い描く通りの姿となった。

 輝る衛星(ホーリーボール)。強く光るだけの魔導。


「……っ!?」

「うお!?」

「二重の目潰し……!」


 太陽から視線が外れて油断したその瞬間、竜もレインハルトもミュウの姿を目で追った。この時だけは確実に、警戒したからこそミュウを逃がすまいと凝視していたのだ。


 ただ眩しいだけの閃光は、ただ眩しいだけだからこそ水のバリアに無効化されることなく敵の目を射抜いた。ミュウの姿が白く消える。


(流星群じゃ遅すぎるのです!)


 千載一遇の好機。

 彼女の最大火力である千星・流星群は一度打ち上げてから弾けて降り注ぐ。これでは防御が間に合ってしまうだろう。


(だから全部! 私ができる最後の手段!)


 一点突破の火力と隙を穿つ速度を両立できる攻撃を、ミュウは一つしか知らない。

 故に少女は虹の煌めきに手をかけた。





 ミュウの魔導“魔導最適化”はミュウに様々な魔導の修得を可能にさせるという能力だ。



 既存の魔導を得ることができる「学習発現」はある程度望み通りの魔導を選択できるというメリットと、ただし適性によっては習熟などに枷がつくデメリットを併せ持つ。

 これは魔導師には例外なく当てはまるルールだ。光を当てれば影が差すように、放った小石はどこかに落ちるように、誰が決めたでもなくただそういう次元のルールである。


 しかし“魔導最適化”は学習発現の能力をミュウ固有の能力として馴染ませポテンシャルを引き上げる、つまり学習発現のデメリットを無効化してしまうのである。

 まるで理の円環の外にあるような、極めて珍しい魔導だ。果たして魔導というカテゴリに分類できるのかも怪しい。



 さらに特筆すべきは、己の才能そのものを底上げするとも言える能力を齢八歳にて自然と発現させたミュウ自身だった。学習発現とは対になる、固有の能力を己の中から導き出す会得法は「固有発現」と呼ばれる。何が出るか分からないことと修得に時間がかかるデメリットもあるが、ミュウはある日突然望んだわけでもないのに能力を固有発現させた。魔導の性質上、望んだ能力を会得する機会も失われなかったため発現におけるデメリットは一切なかったと言ってもいい。



(この日のために、私の才能はあった!)



 問題は発現後にあった。大きすぎる才能に、ミュウの成長が追い付かなかったことだ。固有発現も望んで引き出したものではなく、ミュウの準備ができていないうちから成長を待たずして暴発したようなものだった。

 それゆえ制約を定めた。ミュウは杖を介する形でのみ魔導を修得できるという枷を嵌める。

 しかし制約によりさらに新たな能力に目覚めた。ミュウの才能は枷などではどうにもならないくらいに、どこまでも巨大だった。


「魔導融合!」


 それが「修得許容上限の排除」「魔導のポテンシャル深化」に続く三つ目の能力。学び修得した魔導から新たな魔導へと至る道、「魔導の融合」だった。


煌輝・流星虹矢(スターライト・アロー)!」


 煌輝・流星虹(スターライト)千星・流星群(スターストーム)に並ぶミュウ最大の奥義である。

 ミュウは魔導の融合能力をまだコントロールできない。故にこれまで戦いの中では使ってこなかった。

 融合の調整ができないため、ミュウ自身にも何が起こるのか予想もつかないのだ。手元で爆発するかもしれず、そもそも飛び道具として発射できないかもしれない。ましてミュウの予想できる範疇を超えた何か恐ろしいリスクもあるかもしれないのだ。


『何これ……すごい……!!』


 コントロールはできないから、全部混ぜ合わせる。コントロールはできないから、魔力の調節もしない。

 そんな危険なものも、アルテミスの魔導を矢の形する能力があれば武器にできると賭けた。


「うあああああ!」


 しかし極光放つ虹の矢は、今度も水の壁によって阻まれた。


「ぐ……なんだ、防ぎきれん!?」


 ミュウすらも把握できない虹の性質と、目くらましで反応が遅れたぶん不十分な厚みとなった水の壁。

 不可解なまでに堅牢だった水のガードを真正面から貫いて、虹はついに翼竜を穿った。


「ギャアアアア!」

「ぐあああ!?」

「くッ!? なんという破壊力!」

「うおお、墜ちるー!」


 四天という怪物級の相手の超防御をも正面から貫通した。

 ミュウは確かに、四天にも劣らない能力を持っていたのだ。


「あ、う……」

『ミュウちゃん?』


 しかし、その巨大な才能の器としてミュウはまだあまりにも若く、小さい。

 ミュウの消耗は激しかった。ここまで一人で空を駆けあまつさえ勝利すらしたその代償。彼女は限界を迎えようとしていた。

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