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魔導士たちの非日常譚  作者: 抹茶ミルク
天雷の大秘境編3 未来と仲間
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生の時間

 

 

 生の時間。

 カルキがそれにこだわる理由は、彼が戦争を経験した幼少期の記憶に起因する

 ……などということはない。




 彼自身、自分の過去に特別語るべき事項があるわけではないと考えている。


 戦争孤児だったことも。孤児院に流れ着いてそこで暮らし始めたことも。

 目の前で親のように慕っていたシスターが殺されたことも、まるで兄弟姉妹のように遊んだ仲間が凌辱されたことも。


 カルキが自身のアイデンティティを構築するものとしてこれら、一般的な倫理観に基づけば凄惨と形容すべき過去のことを挙げることはない。




 そこに復讐心はなかったが、兄弟を犯すのに夢中の男を殺すの拍子抜けするほど簡単だった。

 孤児院の中で敵を殺す。一人、二人。兄弟たちも殺される。一人、二人。

 そうして最後には、生き残ったのは自分とハルだけだった。一人、二人。二人だけ。

 二人は燃え盛る孤児院を命からがら脱出した。


 しばらくは二人だけで生きた。生きるために盗み、生きるために殺した。不思議とその行為に苦痛はなく、まして罪悪感もなかった。思い返せば僅かな期間だったが、孤児院時代にはまっとうな教育を受け、仲間からの愛情も注がれていたはずだった。それでもカルキは野犬のような己の生き方に即座に適応したばかりでなくその生き方を疑うことすらなかった。


「人の命に価値はない」


 カルキはこの頃から確信していたのだった。


 強いて言うのであれば、生まれつきそうだったのだろう。

 カルキは戦争という環境に揉まれて生まれたわけではない。シスターの臓物に張り付く青い血管が、首を絞められ舌がまろび出た妹の顔が、カルキのトラウマとなり性根を歪めたわけではない。

 戦争も別離も、ただ彼が己の無意識の思想を自覚するきっかけでしかなかった。


「人の命に価値はない」


 戦争で命の尊さを噛みしめる者がいた。それと同じように、戦争で命の無価値さに気づいた者もいた。

 それだけのことである。




 そうやって生き延びて、数年後。

 彼はハルと共にある男に殺されかけ、その男に連れられて秘密結社NAMELESSのとある末端組織の一員になる。


 この頃から、それまでは不思議な同族くらいにしか考えていなかったハルに対する感情が変化していた。

 男に鍛えられ、ハルは凄まじい成長をみせた。カルキも類稀なる才能を発揮したが、ハルの力はいつもカルキの一歩先にあった。ハルの才能が顕わになっていくにつれ、カルキの感情もまた変化していったのだ。


「なんて愉快なんだ。お前たちは俺の想像を遥かに超える才能があった」

「…………」

「それを俺が見つけて、俺が磨いた! それがたまらなく愉快、愉快!」


 その日、二人は男に呼び出された。

 すでに二人の戦闘技能は師たる男にあと一歩で手が届く領域にまで伸びていた。鍛錬の年月ではおよそ男のそれの半分にも満たなかっただろう。


「さあ、カルキ。ハル。殺し合え」

「……どういうことだ」

「お前が口答えとは珍しいな、ハル。まあいい、これは最終試験だと思え」

「うん、いいよ」

「…………」


 訝しげなハルとは対照的に、カルキは快諾した。


「三日後の晩までに相手の心臓を持ってこい。それができなければどちらも俺が殺す」

「はーい」

「…………」


 すでに自分に近しいレベルにまで成長した弟子に、男は夢中になっていたといっていい。

 男にとっては作品だった。拾い物の命が想像をはるかに超える代物だったから、男は自分のすべてをつぎ込んでこの作品の完成を見たがった。


 男が去って、二人。荒野に取り残される。


「……嬉しそう、だな」

「胸が躍るんだ。なぜかな」

「さあ……俺はそうでもない」


 この時点でも、カルキは僅かにハルに劣っていた。それは戦いにおいて勝敗を決定づけられるほどの差ではなかったが、この日は、天秤はハルの優勢に傾いた。


「くふ、ふふふ……!」

「…………」


 カルキは劣勢の中で笑っていた。笑って、嗤って、敗北の瞬間。それすなわち死の瞬間に最高の笑顔を咲かせた。


「…………!」


 カルキの胸に氷の刃が突き立った。


 ◇◇◇






「ああ、生の時間だ!」


 生命の落伍者の刃が、ローザを守るように展開された黒炎を払う。


 ローザの黒炎は純魔力としての性質を残してある。だからカルキの魔力刃を相殺できる。

 しかしそれはある事実も示唆している。


「魔力の局所的な集中はね……!」

「囲んで。“黒魚”」

「僕も得意さ!」


 ローザの黒炎もまた、カルキの魔力で相殺できるということだ。

 魔力の総量ではローザが圧倒している。一度に体外へ放出・操作できる魔力量でも、ローザが勝る。


「道をあけろ!」


 ただし、カルキが刀に魔力を集中させたとき、その時だけは刀は纏う黒炎をも切り裂く名刀と成るのである。


「放たない感覚……! いや、放つ直前の感覚か……!」

「……!?」


 カルキの魔導の神髄はその速度にある。

 常人では視認することすらできない“速さ”は当然。そしてなにより予備動作なしで発動する“速さ”こそ、戦いにおいて最も恐ろしい能力だった。


 攻撃発動までの速さとは言い換えれば、刀身に魔力をチャージし始めてから溜まるまでの“速さ”。

 カルキがこれを極めるために削ってきたのが、最大限の魔力を刀に留めておく感覚。今、最も必要な能力だ。


「できなきゃ死ぬだけっ」

「こいつ、何か違う……っ」


 カルキとて、天才だ。

 かつて削ぎ落してきた感覚を取り戻す。ローザとの距離はあとわずか。時間にして二秒もないだろう。

 それでも、間に合う。感覚を取り戻し、さらに進化する。強くなる。


「はははっ!」


 こらえきれず笑うカルキ。

 もはやいつ灰燼に帰してもおかしくないほどの魔力領域。危険地帯。

 それが混じりけのない殺意でもってカルキに生の実感を叩きつけてくる。


「生のっ! 生、の、っ!」

「“黒百足”! “黒揚羽”!」

「あっはっはっ!」


 最小限の攻撃だけで道を切り開き、突進するカルキの体にはところどころ発火直前まで煤けている。無茶な前進に加え、最低限の魔力だけで体を守り、残りすべての魔力を刀に込めていた代償ともいえる被害だ。


 黒揚羽がローザの黒髪からぶわりと閃く。カルキの服からは黒炎が噴き出し、黒百足へと形を変える。


「くれてやるよ、全部!」

「こ、のっ!?」

()れるもんなら! 命程度、いくつでも!」


 捨て身どころか命すら顧みない、カルキの狂気。それが魔力となり、名刀と成り、ついにローザの体を覆う化け物染みた魔力の炎を切り裂いた。


「いっ、がぁあああっ!!」

「まだまだっ」

「カルキっ、深追いするなッ!!」


 カルキとローザを隔てるように、氷の壁がせりあがった。


「っ、マジかよ!」


 カルキが絶頂の狭間から我に返り、瞬間、飛び退く。あと僅かでも遅れていれば、カルキの命はなかっただろう。


「っは! いつ仕込ん……」

「アア……アアア……!」

「うげぇ……っ!」


 氷の壁が消滅した。つまりは氷が、一瞬で蒸発するレベルの無差別攻撃だった。


「アアアアアアア!」


 熱波は不可視の衝撃波となって、カルキが決死の覚悟で詰めた距離をいとも簡単に振り出しに戻した。


「げほっ! がはっ!」

「カルキ……さっきとは別物だ……!」

「あ、あ。ぞう、みだいだ……! がはっ」


 カルキは喉を焼かれていた。呼吸のたびに走る激痛。


「だが、やりやずぐ、なっだねぇ」

「…………」


 ハルは肯定も否定もしなかった。


 ローザの黒炎の結界は今の攻撃で一気に広がり、結界の外からローザと二人の人間の戦いを見守っていた兵隊たちをも焼いた。

 万が一、ローザが負けるとは思っていないが、なんらかの手段で結界を抜け出して来るかもしれない。それに備えてギリギリのところに陣取っていた彼らだが、予兆のない黒炎の波動に対しては全く意表を突かれたのだった。


 彼らは突如として我が身に降りかかった災害に陣形を崩され、その対応に追われている。包囲網も崩れた。


「突破するなら今だ」

「うん。……どうしようかな」


 楽しい。死ぬかもしれない攻撃は幾度も命を掠めて、殺せるかもしれない瞬間にも確かに触れた。

 だが、レンたちが登っている黒鉄の塔の頂上部にはさらに絶望的な“生の時間”が待ち受けているのだろう。


 カルキは選択する。より自身を満たす道を。


「いや、迷うまでもないね」


 目の前に燻る死の気配も。

 天より漂う極上の殺意も。

 そして未来に花開くだろう、今はまだ危うい種子も。


「全部味わう」

「…………」

「二度とない機会だからね」

「……死ぬまで付き合う……」

「ハル。君がいてくれて僕は嬉しいよ」

「来るぞ……相棒」

「生きるぜ、相棒」


 黒の陽炎、まるでモノクロの地獄の最中。

 カルキとハルは戦い続ける。

諸事情につき一年以上お待たせしまして申し訳ありません。楽しみにして下さっていた皆様はどうもありがとうございます。

私が死なない限りエタらせることは絶対しません。

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