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魔導士たちの非日常譚  作者: 抹茶ミルク
天雷の大秘境編3 未来と仲間
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誇りと無垢

 

 

「オレとエリーンみてぇにさ。いつかみんな仲良くなれたらもっと楽しい世界になるんじゃねぇのかな!」


 そう言って笑った少年を見て、スカルゴートは確信した。




 彼女が“無垢”を継承したとき、先代は言った。


『お前はお前の答えを見つけろよ』


 そういう先代は答えを見つけたのだろうか。

 いや、見つけたのだろう。魔族だった先代は15年と少し前、そう言って人間だったスカルゴートに託して消えた。


 何が正しくて、何が正しくないのか。その迷いこそが“無垢”の本質だ。

 だから先代は何かを見つけたからこそ、彼は無垢足り得なくなったに違いないのだ。




「待ちなさい」

「んだよしつこいなぁぁ!!」


 いい感じに終わったような雰囲気だったところに水を差されて、ジンがキレた。

 それに怯む素振りも見せず、スカルゴートはふわりと浮かぶと二人の隣に来て、言った。


「ここで知った歴史は絶対に口に出してはいけない」

「……! わかったよ」


 なにか尋常ならざるものをその言葉に感じて、ジンは素直に頷いた。


「……見届けることにした。ここで終わるのか、それともお前たちが何を為すのか」

「終わらねぇよ」

「…………」

「テメーが何をしたかったのは全然分かんなかったけどなぁ。俺たちは好きなようにやるぞ。……そん中でテメーが知りてぇ答えが見つかるといいな」


 奇妙な戦いだった。

 幻の隊と戦っていたかと思えばそれは全て四天の能力の一部に過ぎなくて、四天と戦っていたかと思えば実はそれは魔神で、それにも通用するように成長できたかと思えば戦いをやめ歴史に触れて。そして少しばかりの語らいが終わったとき、そこに敵意はすっかりなかった。

 その一連の移ろいがすべて夢だというならば、それはそれで納得できてしまうのだろう。


 決着がついたわけでもなく、和解したわけでもない。

 ただ、“無垢”にとってこの邂逅は意味のあるものだったのだろう。戦うことよりもずっと、ずっと。

 またあるいは、レンとジンにとっても。


「そうなれば、喜ばしい」


 スカルゴートは階段を駆け上がる二人を追い越して、すぅと消えるように昇っていった。


 ◇◇◇





 ……黒鉄(クロガネ)の塔、頂上部。


 その部屋の中心で瞑想に耽る最強、ガウス。


「…………」


 この塔は“聖域”たるこの地から発生する魔力を吸い上げ、ガウスの超常的な魔力と融合させ、聖域に還元する。循環する魔力は兵器としてのニエ・バ・シェロの中核に作用し、ガウスはこれを自在に操ることができるのである。


「…………む」


 部屋を守る白霧の人形が消えたのは、掌握まで残りわずかといったタイミングでのことであった。


 それは、スカルゴートに。否、“無垢の魔神”に何かが起きたということ。

 もしくは。


「何の真似か。スカルゴート」

「……誇りの王」


 “無垢の魔神”が何かを起こす気なのか。

 今回は後者だった。


「私は無垢なる探究者……その定めには抗えない」

「そうか、迷ったか」

「迷っている。きっと、ずっと迷ってきた」


 ガウスは、スカルゴートとはここまでだということを理解していた。


「誇るがよい。それこそが“無垢”たる貴様が終わりなき業と向き合っている証左である」


 目を開ける。

 黒い(まなこ)に金の瞳。そこに映るのは、黒衣に身を包む無垢の姿。


 無垢は半分崩れ去った“三つ目の山羊の頭蓋(スカルゴート)”に手を掛け、それを外した。彼女の手の中で、スカルゴートはサラサラと崩れて消えていく。


「我が前でそれを外すという意味は分かっているな」


 作り物臭さすらある美しい人間の女性の顔が顕わになった。

 スカルゴートは、人間が素となった魔神の彼女を受け入れる条件としてガウスに渡されたものだ。外見が完全に人間である彼女に心を乱されぬように。そして魔族として馴染むために。


「ええ」


 直後、雷撃が無垢を貫いた。



 しかし無垢は霧になり、部屋の中を漂う。


「……先代に倣って、私はここにいた」

「そうだ。我らは盟友であったが、しかし奴はその使命を全うし消えた。後継である貴様を受け入れたのも、奴の願いである」


 “無垢の魔神”はその性質上、魔神族の中でも特異だ。

 無垢ゆえに彼らは迷う。純粋に知を求むる。彷徨い、求め続ける。そして一つでも何かを見つけたのならば、すなわち彼らは無垢ではいられない。だからその業のみを継承する。

 この短いスパンで行われる役目と歴史の継承こそが、無垢の特異性に他ならない。


「先代は私を拾ってくれたけれど、私を置いて行ってしまった。私は先代が何を見つけたのか、それを知りたくて後を追ってきた」


 先代はガウスと共に人間族を敵とみなす、敵対派閥にいた。

 そんな彼は、ある日突然消えた。何があったのか、それはわからない。ただ継承をしたことで、彼が何かを悟り満足したのだということだけは確実であった。


「ああ、心得ている。奴もそれを見越して我に頭を下げた」

「私はまだ迷いの中にいる。それは変わらない。けれど……」


 “無垢の魔神”はレンとジンと話して、このままでは真相に辿り着けないと感じた。だから、変えることにしたのだ。


「やり方を変える。それを伝えに来た」

「そうか。貴様は人間族につくというのか」

「違う。彼らは答えを示せなかった」


 無垢は敵対派から脱退する。しかしそれは和親派への転換を意味しない。

 中立に、否、派閥の外に身を置きたかった。


「私は誇りの戦いを止めるつもりはない。人間族を裁くつもりもない」

「詭弁であるな。結局貴様は奴の道から外れるのだ」

「いいえ、きっと先代と同じ道を……その続きを辿っている」


 先代が()()から何を聞いたのか、真相はわからない。ただ、ガウスからの離脱の決断が先代の意に反しているのかというと、不思議なことに、そんなことはないのだという気がした。


「クハハ……! いいだろう、決別の鬨が来たということだな。ならば約束を守らねばなるまい」

「……?」

「『巣立つならば、自由に飛べ。俺はお前に何も託さない』……奴の伝言だ」

「先代の……!」


 先代は、次代の無垢を気にかけていた。

 そして彼女が本当に迷った時こそそれを祝福し、何も背負わせないことで無垢を守ったのである。


 今代の無垢は、その言伝を聞いて確信した。

 彼女の歩む道はやはり、先代の道の続きに相違ないのだということを。




「正しいか、正しくないか……。そのどちらでもないものが答えなのかもしれない。今の私ではきっと理解できないと思う」


 魔族。人間族。どちらが正義で、どちらの暴力が肯定されるべきか。先代の迷いは起こる戦争の行く末にあった。

 今代の“無垢”も、先代の後を追って同じ迷いに身を投じ、スカルゴートとして魔族側についた。


 しかし。

 レンたちとスカルゴートの問答は噛み合うことはなかった。


「私は無垢。でも、知りすぎていた。矛盾している」


 当然だ。

 歴史を継承しあらゆる存在よりも高い目線で判断できる彼女と、地上を這い守りたいもののために両手を広げ必死に生きる彼らでは、見える景色も価値観も全く違う。


「私はもっと小さな存在を知るべきだ。小さな存在の世界を知るべきだ」

「貴様との問答に興味はない……が、そうだ。貴様はそうやって迷い続けるがいい! その迷いこそ貴様の誇りと心得よ!」

「ええ……世話になった……」


 先代は「何も託さない」と言った。まるでこうなることを知っていたかのように。

 今代の無垢は、ガウスから離れることで途切れてしまうかもしれない、先代との縁がわずかな心残りだった。それすらも、先代は取り払ったのだ。


 無垢は今から自由だ。




 霧が晴れて。

 もはや無垢はいない。


「…………」「…………」


 ただ、そこには二人の少年がいた。


「再び天に抗うか」


 ただ、そこには魔神が立っていた。


 魔力を完全に掌握し、あとは永い眠りから兵器が目覚めるのを待つだけだ。もはや一刻の猶予もない。


「人の子よ」


 魔力が高まっていく。

 迫る死の予感。心をへし折る圧力。

 レンとジンの、体の奥底から湧き上がる震え。


「「う……ッ!!!」」


 二人は、互いの背中を力いっぱい叩いた。

 バン! と強い音が鳴る。


「ッ~~!」

「って~~!」


 涙目で、しかし戦意を滾らせて獰猛に笑う。


「ビビッてんのかぁ、ジン!」

「うるせぇ、テメーも震えてたぜ!」


 心は折れていない。

 彼らは二人で一つだ。いつだって、そしてこれからだって。


「負けねぇ! ジンにも、自分にも!!」

「ああ! そんでもってテメェにもだ、ガウス!!」

「クハハ! 来るがよい!」


 最強の魔神との決戦が始まった。


 ◇◇◇






「ほう、無垢が抜けたか。これは予想だにしていなかったな」

「誇りの兵力は大きく削れましたな。いや、それよりも誇りが丸裸になったことが大きいのかも」

「仮にも魔神だ。大きな損失と言わざるをえん。だが、誇りの奴が丸裸ってのは違うだろうよ」

「ホホ、そうでしたな。本来誇りには護衛など不要」

「しかし、驚いたな。まさかの展開だ」


 特等席より戦場を見下ろすネロ=ジャックマンはいささかの驚きを隠さず感嘆した。


「誇りの下であれほど動いてきた奴が……どんな心変わりだ?」


 ネロはスカルゴートと共に塔の建設に関わってきた。もっとも、スカルゴートは戦力を集めるために各地を巡っていたし、ネロも気まぐれに顔を見せたりする程度だったのだが。

 スカルゴートはこれといった忠誠心で動いていたわけではなかったが、それでもガウスから離反するほどの自立的な意思を持つとはネロにはどうしても思えなかったのである。


「オホホ。彼らでしょうな。ホラ、例の。レンとジンですよ」

「そのようだな。まったく、運命とはこれほどまでに奴らを巻き込むか。まるで作為的ですらある」

「運命は彼らを中心に回っているのかもしれませんな!」

「アァ、いうじゃあないか。確かにそう見える」


 空浮かぶ不可思議な椅子に、気まぐれの兄弟は腰かける。

 そこに、無垢が現れた。


「気まぐれ。私も見届ける。見届けてから、行く」

「おう、お前が自ら降りるとは意外だったよ。無垢」

「ようこそ中立派へ、といったところですかな?」

「私は派閥に属す気はない。魔神であることすらも、今は煩わしい」

「オホホ。それはなんとも無垢らしい。先々代は中立でしたからネ」

「そうなの」


 当たり前のように浮いている無垢は、一糸纏わぬ姿だった。仮面もマントも全て魔族スカルゴートとしての姿。だから脱ぎ捨てたのである。

 乳房も恥部も晒しているのにも関わらず、無表情のまま無垢は創造した椅子に腰掛ける。


「私は人を知る。この戦いの行く末がどうなろうとも」

「そうか、まあいいんじゃないか。好きにするのが無垢らしいともいえる」

「人に紛れるならばまずは服を着ないと! オホホ」

「それも……そう」


 ブラウスとスカートを創造する。

 服に限らず、無垢は好きに外観を作ることなど容易い。これで見た目は白髪の美女、のはずなのだが。


「お似合いですよ」

「そう……」


 まるで人形。どうしても人間には見えない。

 人間だろうと魔族だろうと馴染むのは大変だろうなと、ハッターは思ったのだった。







 無垢についてかなり突っ込んだ情報を出しました。が、「魔神族とは何か?」というテーマは意図的に避けているので、過去話を見直せば意味が分かるという訳ではありません。軽く予想するくらいの気持ちで読んでいただければと思います。

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