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魔導士たちの非日常譚  作者: 抹茶ミルク
天雷の大秘境編3 未来と仲間
210/256

不完全な歴史は誰が為に

 


 スカルゴートは見たことはない。だが、知っている。

 それが“無垢の魔神”の特性だ。彼女にだけ許された特権だ。そして彼女に課せられた業だ。


「歴史……これが……!?」

「信じらんねぇ、何年前だよ!」

「千年」

「千……っ!」


 千年。途方もない年月だ。

 だが不思議とその数字も信用できた。レンとジンはスカルゴートが見せる地上の歴史に、しばし目を奪われる。





 人間族が生活している。

 畑を耕し、家を組み立て、牧場を営む。


 魔導を使った戦いが起きた。

 炎を操る武人が敵の一団を焼き払う。武人は地割れに飲み込まれて消える。敵の主力を倒した国はそれを吸収し、さらに大きく成長する。


 人間同士の戦いは止まらない。

 やがてより強い魔力を持つ者が力を持て余し、すべてを破壊し頂点に立つ。強い者が国を統べる力の時代だった。


 力の時代は長くは続かなかった。

 どれほど強大な力を駆使する個もいつかは寿命で消える。それでなくても老いには勝てない。国の頭の衰弱はそのまま国の衰弱に繋がった。


 だから知恵の時代が来た。

 武力は武力として。政は政として。それぞれの役割を分けることで国は安定し、大陸から争いも減った。


「つまんねぇな」

「ここからだ」


 知恵の時代は人間族を救った。

 ある日、大陸の端の小さな国が落ちた。


「あ、魔族!」


 目が黒く耳が尖った、人の姿をした敵。魔族が海を渡り人間族の大陸に侵攻してきたのだ。


「あん? 魔族が喧嘩ふっかけてきてんだろーが」

「そうだそうだ。ガウスのヤローが怒る理由があるってんならさっさと言いやがれ!」


 悠長に歴史の勉強をしている暇はない。

 その声を遮るかのように、ある一か所の映像が大きくなった。


「魔族が、死んだ?」

「毒か?」

「違う。呪いだ」


 大陸の中心に踏み込もうとした魔族は次々と倒れ、全滅した。


「魔族はすべて呪いを受けている」


 一斉に白い窓が消えて、かわりにスカルゴートが現れた。


「呪いだと?」

「そう。人間族に近づくと発現する死の呪い」


 これから語られる歴史に、記憶の映像はない。だから彼女は語る。

 映像の、さらに過去を。


「かつてこの大陸は一つだった」

「は?」

「大陸は一つで、魔族が住んでいた。人間族は存在しなかった」

「何? どういうことだ」


 レンとジンが冒険してきたこの地は元はもっと巨大で、そこに人間はいなかったのだという。


「じゃあオレたちは何だっていうんだ!」

「わかっていることはある日、天変地異が起きたということ」


 空が裂け大地が割れ海が荒れ狂う。

 割れた大陸は離れ離れになり、レンたちが冒険してきた大陸はその一つだった。


 だが、他の大陸よりももっと過酷で、異常で、奇妙な現象がその大陸で起きた。


「そして突然、生き残った彼らに呪いが発現したことだけだ」


 天変地異の生き残りたちは、非情にもその呪いで全滅した。


 天変地異と呪いで、そこは死の大陸になった。


 それから幾ばくか経ったある日、突然人間族が現れた。どこから来たのか、なぜ来たのかはわからない。ただ紛れもない事実として彼らはそこに現れたし、その死の大陸の上で生活を始めた。


 あとは先ほどレンたちが見せられた通りだ。


「奇妙なことに人間たちは何も覚えていない。彼らは知らない」


「故郷を追われ、謎の呪いに侵された魔族の苦しみ。悲しみ。怒り。それが“誇り”の行動原理」


「人間から遙か故郷を取り戻すために」


「時とともに呪いは弱まり、もはやほとんど消えている。今こそ“誇り”たちは人間族への復讐を果たす」


 本来ならば人は、それを、生涯をかけて。否、幾人もの生涯を犠牲にしてようやく知ることができることなのだろう。もしかすると、それでも決してたどりつけないのかもしれない。

 それほどまでに奇妙で、あまりに壮大な世界の秘密を突き付けた。


「先代は“誇り”が正しいと思った。だから彼についた」


「先代は答えを残してはくれなかった。だから私も“誇り”についた」


「彼の怒りは正しい。人間族は報いを受けて然るべき。私もそれが正しいことだと思っている」


 そこで、黙って聞いていたジンが割り込んだ。


「嘘つけ」

「ああ、嘘だ。正しいって信じてる奴はこんなことしねぇ」

「いい加減ハッキリ答えろ。テメーは何がしてぇんだ」


 核心を突く問い。

 あのまま戦っていても有利だったスカルゴートが時間稼ぎをするという線は薄かったが、どうしても焦れてくる。


「……そうだ、迷っている」


 スカルゴートは肯定する。


「お前たちは歴史を知ってなお“誇り”を憎むのか?」


「それでも人間を守りたいのか?」


「お前たちは……なぜ戦うの?」


 スカルゴートは問いかける。

 この問いかけのために歴史を明かしたのだ。


「かつて“無垢”は同じ問いかけをしたのかもしれない。でもその記憶を先代様は継承してくれなかった」


「だから私は知りたい。なぜお前たちが戦うのか。その力を何に使うのか」


「私はずっと“誇り”が正しいと思っていたけれど。再び抗うお前たちを見て迷ってしまったのだ」


 スカルゴートに、初めて表情が浮かんだ。

 それが何かと形容はできないが、しかし焦れて沸騰しかけていたレンとジンが戦意を抑える直接のきっかけになった。


「だから、答えが欲しい」


 二人は顔を見合わせて、肩をすくめる。そして。


「「知らねぇよ」」


 同時に答えた。


「だって、なぁ? 大昔の人が何したかなんて関係ねぇし」

「うんうん。ガウスのしてーことは分かったぞ」

「人間滅ぼしてぇってのは分かった。正しいかなんざ知らねぇけど」

「……答えに、なっていない」


 むしろ焦れているのはスカルゴートの方にも見える。


「あー、オレたちが戦う理由だっけ」

「そうだな……」


 レンとジンが押し黙る。


 もともとここに来たのは双尾にさらわれた仲間を救い出すためだった。

 そしてわけも分からぬまま敵に襲われ、抗争に巻き込まれた。その中でガウスが仲間を捕えていることと、恐るべき野望を知った。


 ただ。


「うん、変わんねぇな。いつも通りだ」

「そうだな、俺たちは守りてぇもん守るために戦ってる」


 野望を知ってなお、二人の目的は変わらなかった。

 なぜなら、二人にとって一番大事なのは仲間だったからだ。


「別に人間の味方してるわけじゃねぇんだ」

「ああ。同じ状況なら魔族だろうと人間だろうと敵だ」

「…………」

「まあ、それとは別に。ガウスの野望はぶっ壊すけどな」

「……!」


 極端な話、彼らは人間の罪だとか怒りの理由に興味はない。だが、そのガウスを行動を止めようとして塔を上っているのも事実だ。

 彼らは選ぶことができたのだ。塔の破壊か、ガウスとの決戦か。

 塔の機能を壊してしまえば、最低限、リリカたちを乗せた船は動くだろう。それでもガウスに挑むことを選んだ。そこに、ガウスを止めるという目的が無かったわけではない。


「それは、人間族の罪を知った上での決定か?」

「そうだな。人間が昔何をしてたとしても、ガウスのやることは気に食わねー」

「だってさぁ……」


 彼らとて何も思わなかったわけではない。ただ、それでもガウスを止める決意は揺らがない。


「まだ会ったことのない人がいるんだ」

「まだ行ったことねぇ場所もある」

「まだ知らねぇ楽しいことだっていくらでもある」


 揺るがないのは、彼らには夢があるからだ。

 二人で世界中を冒険するという子供の頃からの夢。


「だからそれを壊すってんなら、オレはそれを止めてぇ!」

「分かったらどいてくれ。それでも邪魔するってんなら、決着つけようぜ!」


 その夢をいつも抱き続けていたから。いつだって未知の世界に目を輝かせてきたから。


「…………」


 結局、スカルゴートの求める答えはなかった。


「先代は……一体どんな答えを得たのだろう……」


 またとない機会だったからこそ、()()()()()()()世界の秘密も明かしたというのに。失意のスカルゴートは殺意の刃を創造する。


 階段を上るために隙をみせたところで、確実に刺殺するつもりだった。生かしてはおけない。それが歴史を知る者としての責任だから。


「あ、そーだ」


 寸前、レンが振り返った。

 スカルゴートは思わず動きを止めた。彼は奇妙なことに笑顔を向けてくるのだ。


「話、サンキューな! おかげでまだまだ世界が広いってこと、よーくわかった!」

「そーだな。特にアレだ、大陸がほかにもあるって知れたのはよかった!」


 歴史だ、罪だ。そんな話を聞いてなお、彼らは前向きだった。


「オレ、ガウスは吹っ飛ばすよ。けどいつか、魔族のいる大陸にも行きてぇな」

「そうだな。魔族にだっていい奴らもいるって気付けたしな」

「…………!」


 彼らにも、魔族に狙われていたというトラウマにも近い過去がある。だから空にきて久々に魔族を目にしたとき、二人は思わず身構えた。しかしそれでも、レンはエリーンと行動を共にし、彼女を巡る戦いにも身を投じた。

 魔族だけではない。ジンは獣人族と戦い、最後は彼らに仲間の命を救われた。リリカもオーガ族に救われ、彼らのために圧倒的な敵にも挑んだ。


 そこに人種の壁などなかった。彼らはそうやって自ら繋がりを紡いできた。

 だから言い切れる。信じられる。


「そんでな! オレとエリーンみてぇにさ。いつかみんな仲良くなれたらもっと楽しい世界になるんじゃねぇのかな!」


 あるいは、それが答えなのかもしれなかった。

 雲の上の秘境で様々な出会いを経て、彼らが見つけた夢。そんな世界に近づけるためにも、ガウスとの衝突は必然だったのかもしれない。


 背を向ける二人に、スカルゴートは静かに刃を下ろした。





 自分でも巨大な風呂敷を広げてしまったと思いますが、答えは最初からすべて決めているので、あとは少しでも早く皆様に風呂敷を畳むところをお見せできればなと思います。

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