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魔導士たちの非日常譚  作者: 抹茶ミルク
天雷の大秘境編3 未来と仲間
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無垢の魔神

 

 

 三つ目の山羊の頭蓋を被った怪物。実体を霧に変え、あらゆる形で敵を殺す。


「うおおおお!」


 現実世界の物質でも、魔力でもない。それを無理にでも表すならば、異次元。

 その異次元の存在に干渉できるようになった二人。レンとジン。


「っしゃ、手応えあった!」


 ジンの創造した槍は今までにない確かな手応えを、一瞬だけ彼の手に伝える。完全ではない。それでも一瞬だけ、ジンはスカルゴートの実体に触れた。


「ジン、くるぞ!」

「ああ!」


 攻撃を受けた部分はすぐに霧に変わり、三本指の手の形になってジンを襲う。ジンは即座に槍を手放し、トンファーを作り手を叩き落とす。

 先の攻防では実体を捉えられずに肩を刺されたが、今回は再生もさせない。


「っ、よぅし!」


 スカルゴートも受けるばかりではない。真っ黒なローブがぼこぼこと沸騰した水のように粟立つと、無数の腕が生える。腕は高速で伸びながらさらに随所で枝分かれして、空間に縦横無尽に張り巡らされる。


「次、は、オレ、だっ!」


 レンは両手両足に圧縮した空気を放出して、その合間を縫うようにして宙を舞う。

 右へ、左へ、空気砲の反動で飛びながら、細い腕の上に着地する。


「っ、と!?」

「バカ、レン!」


 直後、その腕が霧散してレンは足場を失う。そうやってバランスを崩したレンへと、いたるところから腕が殺到して彼を掴んだ。


「しまっ……!」

「レン! ぐ、邪魔すんな!」


 レンを助けに行こうとしたジンの目の前に、腕と腕の間から水掻きのように膜が張って行く手を阻む。それらに気を取られて疎かになった足に枷がはまり、そこから伸びた細い鎖たちが他の腕と融合する。


「ぐはぁ!」


 受け身を取れず、レンは床に叩きつけられる。レンを掴む三本指の先端が尖り、彼の全身に食い込む。床から煙のように立ち上る霧が彼を床に押しつけて、さらに身動きを制限した。


「ぐああ、離せ!」

「レン!」


 全ての邪魔を引きはがしたジンが飛び込んできて、レンを掴む腕を全て斬り捨てる。

 緩んだ拘束は自身の空気砲で吹き飛ばして、レンは立ち上がった。


「悪ぃ、助かった!」

「まったくだバカヤロウ!」

「なんつーかもう、強いとしか言えねぇ!」


 四天はそれぞれが強力無比の広範囲型魔導を操る。

 例えば、陽炎のローザ。彼女は特殊な黒い炎を自在に操り、周囲一帯を火の海に変える。さらに黒炎で燃えたものも黒炎を放ち、それすらも彼女の武器となる。

 例えば、氷獄のグリムトートー。彼は冷気を充満させ、周囲一帯を銀世界に変える。その銀世界の中では常に吹雪が吹き荒れ、氷塊がせり上がり、氷柱が雨のように降る。


「なんだこいつ! 息つく間もねぇ!」

「く……そっ!」


 そして紅霞のスカルゴート。自身の存在そのものを存在すら曖昧な粒子に変換し、別のものに作り替える。どんなものにでも、そしてどこまでも。そこに制限などないのかもしれない。


「こんなとこで使うのはやべぇけど……!」

「レン、それはバテるんじゃねぇのか!」

「使えるもんは全部使う! 出し惜しみはできねぇ!」

「ちぇ。しゃーねぇ、やっちまえ!」


 レンは今まで以上に周囲の空気を集めて圧縮する。

 彼は弱点である魔力消費の激しさとコントロールの難しさを解決するために、自然体で最大効率を出せるように無意識に調整している。そのバランスを崩し、より破壊力を高める奥の手がある。


「オーバードライブっ!」


 技に名前を付けるのは一つのルーティーンだ。言葉をトリガーに、発動までの一連の固定されたイメージを脳内に流す。

 ウィミナとの再戦時にはまだ名前もなかった未完成の技だ。今でも未完成のままだが、レンはこれに名前を付けて発動にかかる負荷を減らしていた。


「ぐ……う! 俺まで飛ばされそうだ……!」

「つ……掴まってろ……!」


 ジンも初めて見る規模だ。両手に吸収される風が凄まじい圧力で固められていて、巻き込まれた空気中の塵芥が凝縮されて黒い線となり渦巻いている。

 ジンを気遣う余裕もなく、レンの額には汗が浮かぶ。


「い、くぞォ、オオオオ!」

「うおっ!?」


 ジンがトンファーを両手に創造して床に突き立てる。一瞬でも力を抜けば吹き飛ばされてしまうだろう。

 直後、空気が爆発した。


 レンはいつものように自身への反動を受け流すことができない。だから独楽のようにその場で回転することであらぬ方向へと吹っ飛ばされないようにした。

 それでも指に、腕に、肩に。強大な力が襲い掛かる。下手をすれば上半身がねじ切れる。だが足を踏ん張れなければそのままバランスを崩して吹っ飛ばされる。


「オオオオオオアアアアアアッ!!」

「ぬおおお……っ!」


 レンを中心に自然発生のそれと遜色ない威力の竜巻が起こる。



 それは上階で凄まじい集中力を発揮していたガウスにすら、レンの存在を意識させるほどのものだった。


「……来るか。我が生涯の古傷が、疼く……!」



 竜巻は張り巡らされていた腕の結界をすべて吹き飛ばした。


「うええ、目が回る……」


 ところが、スカルゴートはまるで効いていないかのように、最初の位置から動いていない。


「死ぬかとっ、思ったわっ!」

「……!」


 そのスカルゴートの直上から、ジンが飛び込んだ。

 スカルゴートは即座に反応し、ジンの攻撃は仮面を掠めるにとどまった。


「クソ、頭割ってやるつもりだったのに……!」


 ジンは追撃するかどうか、逡巡ののち反動の重さに両手をつくレンのもとへと駆け寄った。


「おい、大丈夫か!」

「あ、ああ……。まだやれる……!」

「悪い、外した。あいつ冷静だった」

「しゃーねぇ。ありゃ避けたアイツが強ぇ」


 レンの全力の一撃で作り出した隙を穿つのが自分の役目であると、ジンは示し合わせることもなく行動していた。

 しかし、それでもスカルゴートはジンに気づいた。


「つーかこんなことしてる場合じゃねぇのに!」

「さっさと止めなきゃいけねぇんだ! もう一度だ!」


 ピシ、ピシと。二人がかりの攻撃の成果はヒビとなって仮面に広がる。

 スカルゴートが、割れようとしている。


「その魔力。力。私は知っている。知らないはずなのに」

「喋った!?」

「何言ってんだコイツ?」


 スカルゴートは初めて、言葉を発した。ピシリと仮面にヒビは広がる。


「これも巡り合わせか」


 そして仮面は崩れた。ほとんど誰にも晒されたことのない素顔が、レンとジンの目の前で露わになった。


「な、人間……!?」

「女……!?」


 白い髪、白い瞳。その素顔は美しい女性のそれだった。その素肌にはシミ一つなく、あまりに整いすぎた造形はつくりもの臭さすら感じさせる。


 それよりも彼らを驚かせたのは、彼女が完全に人間の見た目をしていることだった。耳は尖っていないし、目も黒くない。それでもレンたちが驚いたのは、これまでスカルゴートから“人らしい”雰囲気を感じてこなかったからだ。


 しかし今見えるその姿は、あるいは何か別のモノから人間にはない要素をすべて削ぎ落しただけのようにも感じさせて、それが素顔を見せた今でさえ彼らにスカルゴートの正体についての見解を迷わせていたのだった。


「何者だ、テメェ……!」


 それまで何度か同じ問いかけを受けていたが一切の反応を返さなかったスカルゴートが、しかし初めてその問いに答えた。


「“無垢”……」

「ムクだぁ?」

「“無垢の魔神”」

「まじ……魔神族!?」


 スカルゴートは自らを魔神といった。それはつまり、ガウス=スペルギアやジャックマン兄弟と同格の存在であるということだ。


「私を示す名前は他に存在しない」


 スカルゴートのマントが、風の止んだ塔の中ではためく。マントは端の方からその存在を曖昧に解けさせドーム状に回転する黒霧としてレンたちを包んだ。


「囲まれた……!」

「私は知っている。誇りの王が地上の人々を憎む理由を」

「声が! なんだこれ、どっからでも聞こえてくる!」

「私は知るべきだ。お前たちが地上を守ろうとする理由を」


 どこから声が聞こえてくるのか、曖昧だ。これから何が起こるのかも分からない。


「ぐ。どうする、破るか?」

「アレに自分から突っ込むの、下手すりゃ自殺じゃねぇか」

「じゃあやっぱオレが吹っ飛ばすしかないか」

「今は戦う気はない」

「げっ!?」

「うおっ!?」


 二人の警戒の間隙を縫って、いつの間にかスカルゴートが背後にいた。

 完全に首を狙える位置をとりながら、しかし彼女に殺意はない。

 それを敏感に察知したからか、レンとジンは攻撃をしなかった。


「何がしてぇんだ」

「私もお前たちの答えを聞きたい」

「はぁ?」

「“歴史”。人間族の罪の歴史を見せる」


 何か白いものが黒いドームに映し出される。

 まるでその時の景色を写し取って記録したかのような、白い映像。それはいくつにも増えていき、やがてドームの全面を覆った。


「これは……!」

「私のものではない記憶の一部を見せている」

「記憶、だと?」


 記憶、とスカルゴートは言う。


「……」「……」


 魔族と人間族の確執の原因、ガウスの怒りの理由。レンとジンは失われた歴史を知ることになる。


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