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魔導士たちの非日常譚  作者: 抹茶ミルク
天雷の大秘境編3 未来と仲間
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紅霞のスカルゴート

 紅霞。

 それはまだガウスが空に来る以前、スカルゴートにつけられた異名だった。


 朝霧に霞む戦場跡。そこに佇む“三つ目の山羊の頭蓋”の悪魔。足元には死体が転がり、辺り一面を赤い大地に染め上げている。

 果たしてそれは朝焼けだったか、死者の流した血だったか。赤い霧の中から現れた怪物を「紅霞の死神」と、見た者が畏怖を込めて呼んだのだ。それが四天の一角スカルゴートの名をさらに知らしめることになった。


「紅霞のスカルゴート」


 敵味方の垣根を越えてその名は広まる。それを口に出す者たちもそのほとんどが一度としてその姿を見たことが無いというのに。



「いくぞ、レン!!」

「っしゃあ!」


 撃ち込まれるランスから身をかわしながらジンが突進する。狙いはまっすぐ、巨大な体躯のスカルゴートだ。


「当たらねぇ……よな!」


 ジンの攻撃はスカルゴートをすり抜ける。そこにいる、否、あるはずなのにまるで幻のようだ。

 だが攻撃が空ぶることなど学習済みのジンはそのまま横に飛び退く。


「これはどうだ!」


 レンが追撃の空気砲を放つ。


 ジンが現実世界の物質への物理攻撃を得意としているのに対し、レンは魔力を練りこんだ空気を操ることでの対魔力攻撃を得意としている。

 この黒い霧がただの霧でないことは明らか。つまり魔力の産物だ。それならば魔力への抵抗力を付与されたレンの風ならばこの黒い霧にも影響を及ぼすことができるはずだった。


「うおっ!?」


 風圧にも、それに混ざる魔力の奔流にもびくともせずに、スカルゴートはそこに立っていた。

 吹けば飛んでいきそうな手ごたえだというのに、まるで動じない。そこには何もないかのように、ただそこに存在している。


「っ、いつの間に……!」

「ジン……ぐあっ!?」


 敵の体をすり抜けたジンの足に黒い鎖が絡みついていた。

 それに気を取られたレンの足にも、同じく黒い鎖が絡みつく。


「ぐっ、気配も何も感じなかった!」


 レンは特に空気の揺らぎに敏感だ。たとえ足元だろうと鎖が動いていればその気配はすぐに察知できていただろう。

 二人は黒い鎖に手を伸ばし、しかしそれが掴めないことを知る。


「どうなって、やがんだっ!」

「そんなんアリかっ!?」


 鎖がピンと張る。二人はそのまま引き回されて、白い霧の中に突っ込んだ。


「うおおお!?」

「が、くそがぁ!」


 霧の中は幽幻の隊のテリトリーだ。

 不自由な態勢の二人を霧の人形が、白い刃が襲う。


 ほんのわずかな霧中の旅。それでも霧から飛び出した二人の体にはいくつもの傷が刻まれていた。


「ごは!?」

「ぐぅうっ!?」


 そして二人が衝突する。

 霧の中で攻撃に晒され、しかも遠心力による大きな負荷がかかった状態では満足に受け身を取ることもできなかった。


「いってぇ!」

「やりやがったな!」


 引き回しはそれでも止まらない。

 再びジンは左回りに、レンは右回りに部屋の中を振り回される。


「同じ手は……」

「二度も喰らうかよっ!」


 再び霧の中。猛攻、そして衝突。

 しかしレンは空中でも姿勢の制御ができる。


「ジン、いくぜっ!」

「レン!」


 レンが空気を破裂させて体の位置をずらす。ジンとの衝突を回避して、レンはジンの手を取った。


「ぬおおおお!」

「ふんばれ、よっ!」


 そしてジンを壁に向かって投げつける。

 ジンは壁に足をつけて、ぐっと溜めた。創造した靴が彼の魔導の特性を発揮し、壁からジンにかかる反作用の圧力を弱める。


「ぐ、ぐ……!」


 ジンは壁を蹴って一直線にスカルゴートへと飛び出した。


「その仮面、叩き割ってやらぁぁ!」


 一瞬でトンファーを創造して、それをさらに伸ばす。そして長大なそれを不気味な仮面へと叩きつけた。

 スカルゴートは巨大化させていたその像を消して、最初の大きさに戻る。トンファーは黒いローブをすり抜けて、しかし狙いの仮面には掠りもせずに振り抜かれた。


「ちぇ、外したか!」

「いんや、外さねぇ!」


 いつの間にかその頭上に跳んでいたレンが空気を破裂させて急降下する。


「ぐぐ、うっ!」


 床にひびが入るほどの勢いでの蹴りがスカルゴートの身をすり抜けた。レンの体は床にのめり込むかというほどの勢いで叩きつけられる。


「うぐ、う、おお!」


 下向きの凄まじい力に抗い、腕を上に向ける。痺れる手足を我慢して、レンは竜巻を放つ。床のひびがさらに広がった。


「いい加減、吹っ飛べ!」

「……!」


 果たしてそれに何を感じたのか。その日、スカルゴートは初めて攻撃を躱す素振りを見せた。


「はぁ、はぁ……」

「手応えあったか、レン!」

「いや……」


 攻撃は未だ通っていない。だがたしかに今までにはなかった反応を引き出した。

 スカルゴートは動きを止めてレンを観察している。


「なんか、感じが変わった」

「違う。感じが変わったのはお前だ、レン」

「え?」


 夢中だったレンよりも、ジンは冷静にその違いを感じ取っていた。


「何が変わったんだ?」

「いやんなもん俺が聞きてぇよ」

「うーん……じゃあ」


 すっ、とレンが腕を上げる。


「もう一発だ」


 竜巻を放つ。

 スカルゴートはぱっと黒い粒子になって霧散し、白い霧の中に溶け込んでそれを灰色に染めた。


「また避けたな、アイツ」

「それより今度は気づいたか?」

「ああ、なんとなく。コツは掴んだ」


 レンはまだ痺れの残る手を開いて握る。


「忘れてたぜ。魔力は心だって」

「おう、父ちゃん言ってたな」

「できるって信じるんだ。その心なら通用するかもしれねぇ!」



 魔力とは、極端な話ただの自己暗示だ。

 強烈な自己暗示が現実世界にも作用しうる力になる。


 その中でもレンとジンは特殊だ。レンは生まれつき風を起こせたし、ジンも気づけばその手によく鉄の塊を握っていた。


「曖昧な奴だろうと吹っ飛ばす。吹っ飛ばせる……!」

「レンにできて俺にできねぇはずがねぇだろ。俺もぶん殴る……!」


 二人は生まれつき魔導を使えたから、他の多くの者が自身の能力をある程度自由に設定して習得するのに対し、幼い彼らの手に余るその魔導から()()()()()()()コントロールすることから始まった。


「吹っ飛ばす、吹っ飛ばす……!」

「ぶん殴る、ぶん殴る……!」


 命がかかっていたから、それどころではなかった。

 だが彼らに力の使い方を教えた父親は、あるいはわざと教えなかったのかもしれない。


「吹っ飛ばす」

「おお。ぶん殴る」


 彼らは一度として能力を設定するという工程を踏んでいないのだ。自身でさえ知らない、己の持つ能力の正体。そして限界。未知の可能性。


「吹っ飛べェ!」


 レンが空気砲を放つ。

 灰のような霧が吹き飛ぶ。


「っっしゃあ!」

「レン!」

「おわっ!?」


 足元から伸びた白黒の腕がレンを掴み、床に引き倒そうとする。


「次は俺だろうが!」


 ジンが剣を創造し、それを一刀両断する。


「切れた! ざまぁ!」

「さんきゅ!」

「通じたぜ、なぁ! これなら!」


 レンの魔導は空気を操る。ジンの魔導は鉄を創造する。

 その認識を改める。言葉で表すとそれまでだが、果たしてそれがいかに難しいことだろうか。

 ましてやこの短期間のうちに。ましてや生命の危機迫る戦闘の最中に。


 霧の残骸を振り払って、レンが竜巻を滅茶苦茶に放つ。周囲に蔓延している霧を全て吹き飛ばすつもりなのだ。

 今の魔力ならそれができる。できるように進化した。


「うおおおっ! 吹っ飛べ!」

「…………」

「おお、見やすくなった!」


 すると灰色だった霧は真っ黒に染まり、集まってスカルゴートの姿になった。それまで常に漂っていた霧が全て晴れた瞬間だった。


「霧が全部……! まさか白いのも吸収したのか!?」

「いや、白いのも全部コイツの能力だ! なんつー魔力……底なしか!」


 第六小隊はスカルゴートの魔導だった。普段は存在すらしないのだから、幻の部隊と呼ばれるのも無理はない。第六小隊、幽幻の隊、幻の部隊。紅霞、三つ目の山羊の怪物、戦場の死神。そのすべてがたった一人の化け物を示すものだった。


 はからずも敵でさえ知らない幽幻の隊の正体に辿り着いた二人だったが、そんなことはどうでもよかった。

 押しているわけではない。まして追い詰めたわけでもない。同じ土俵にすら未だ立ててはいない。


「はは、こんなヤバい奴と戦ってたのか」

「遠いな、ガウス! ふはっ!」


 相手は四天だ。それまで全く威圧感のようなものを感じさせなかったのは、レンたちがそれを感知できる次元にいなかっただけだ。

 本体を捉えられるようになって初めて、二人は正確に実感する。


 四天・紅霞のスカルゴート。紛れもなく怪物級だ。

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