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魔導士たちの非日常譚  作者: 抹茶ミルク
天雷の大秘境編3 未来と仲間
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ミツキVS白傘

 

 

 ガウスと竜はこの戦いにおける最大の切り札である。だが、彼ら以外にも戦況を左右できる強力無比な“個”がこの戦場にはいくつかある。この戦いはその駒たちの動きによって決まるといって過言ではないだろう。


 まずはガウスに挑まんと天辺を目指す、レンとジン。生きて帰るという願いを、勝利を掴み取るために進む二人。

 さらにそれを妨げるのは謎多き四天の一角、紅霞のスカルゴート。

 不気味な三つ目の山羊の頭蓋の仮面の奥でそれは何を思うのか。


 そして塔を目指す者がもう二人。秘密結社「NAMELESS」の戦闘員、カルキとハル。

 地上で無類の強さを誇った彼らを阻むのは、恋の炎に焦がれる艶女。陽炎の名を冠する黒炎の四天・ローザ=プリムナードだ。


 塔より遥か天を衝くは二頭の竜。

 深紅・炎赫と漆黒・双尾は千年越しの決戦に命を削る。

 その竜の戦いの下では、契約者たる二人の竜人も決着をつけんと切り結ぶ。

 ソリューニャ=ドラームとコルディエラ=バックロアー。二人の戦いは竜の戦いにも影響するだろう。


 空を駆けるのは竜だけではない。

 この戦いの中で覚醒したミュウ=マクスルーは高い攻防力と機動力を併せ持つ。その実力は限定的ではあるが、かの四天にも届く可能性を秘める。

 同じく空に展開する翼竜部隊。翼竜を駆るのは精鋭の竜人たちだが、それらが霞んでしまうほど強力な個が紛れていた。

 驟雨のレインハルト=シーザーはガウスから最も信頼を置かれる側近にして四天である。

 その実力は未知数だが、一つだけ確実なことは、船を守る上での最大の障害がレインハルトだということだろう。


 そして地上では。


「うひゃ~。迫力ぅ」


 ミツキ。その戦闘力は極めて高く、この戦場において戦略とすら呼べるほどの個である。

 彼の目の前には今、土煙を巻き上げながら雪崩のように突進する山サイ部隊が見えていた。


「あれは……!」

「人間だ!」


 その先頭を走るはひときわ体の大きな三頭。それらには第一小隊隊長と第二小隊副隊長という二人の小隊長が乗っているが、特筆すべきは残りの一人だろう。

 雨の三剣士、白傘のエーデルワイス。一度はミツキと斬り合いながらも彼を逃したが、逆に言えばミツキと斬り合って生き延びたということでもある。


「あぁん? 人間が一人だと?」

「油断しないことだ。隠れているかもしれん」

「敵の能力はあらかた割れてるんだ、待ち伏せだろうと対処してやらぁ」

「いいえ! 彼は私がお相手いたしますわ!」


 ミツキは森の入り口に立っている。

 いかに硬い山サイとはいえ、ニエ・バ・シェロに自生する高木をへし折りながら進めるわけではない。


「どのみち突っ込むわけにもいかぬな」

「だな。しくじるなよ白傘の」

「ふふふ! どうかしら!」


 空の上の戦いに駆り出された山サイ部隊も、元々は船で輸送して地上を制圧するための戦力だった。かつて地上の戦争でも防御不能の突撃として猛威を奮った山サイの戦術を、空挺を利用して電撃的に展開できるよう昇華するのである。


「では、先に行く」

「後で落ち合おうぜぇ。行くぞ竜人部隊!」


 山サイ部隊がミツキを避けるように二つに割れる。

 それを先導するのは第一小隊隊長、フィアード。全九人の隊長の中でも筆頭格の男。もう片方を率いるのは第二小隊副隊長、グルニドラ。竜人部隊の二番手だ。


「ははっ、君がお相手かい?」

「あら、不服ですの?」


 そして単身突っ込んでくる白傘の淑女。激しく動く山サイの上にも涼しい顔で直立している。


「不服だねぇ。君は年を取りすぎてる」

「マァ、女性の年齢に触れるなんて少し見損ないましたわ!」

「そりゃなにより」

「……わたくしもまだ若い……つもり、ですけど……」


 エーデルワイスは普通に傷ついた。彼女はミツキの理想が若いというより幼いということを予想もできていない。


「それにね、そういうことじゃあないんだぜ」

「あら……何か?」

「俺は愛しの君と……ついでに仲間のためにゆっくり遊んでる暇はないんだよね!」


 ミツキは不敵に笑って、魔導を発動した。

 千本刀。収納した刀を自在に召喚する魔導。


「それは知ってますわ! どこからでも飛ばしてきなさい!」

「おれは勝つ気だぜ。たとえ一人でも」

「……!? 何を……!?」


 周囲を警戒するエーデルワイスには一振りも降らない。

 代わりに刀は周囲の大木に突き立った。


「木、なぜ!?」

「どんな無茶も通してやるさ。見せてやるさ、底力」

「まさか、罠……!」


 大木を両断するような威力はない。だが、驚くほどあっけなく大木は倒れた。

 敵の行く手を阻むように、他の木も巻き込んで。


「っ、止まれ!」

「ははは、やってくれるじゃねぇか!」


 ミツキはただ待ち構えていたわけではなかった。

 彼自身が囮になったとて、目的の船を目指す山サイ部隊が足を止めてくれるわけがない。

 だから、木の幹を削っておいたのだ。千本刀で倒せるくらいまで。そして連鎖的に他の木も倒れるように。


「おい、状況!」

「お、およそ三割が下敷きです! 道も塞がれました!」

「怪我人よか馬が錯乱しちまってるのが厄介だな」


 右に流れたフィアードたちも、左に流れたグルニドラたちも、部隊の立て直しを余儀なくされた。そして山サイたちも混乱している。

 十分な足止めであった。


「さぁ、いくぜ」

「させませんっ!」


 エーデルワイスは武器である傘を開いた。彼女のハイヒールが山サイから離れ、風に攫われるかのようにふわりと宙を舞う。

 山サイはそのままミツキへと突っ込んだが、彼はそれを軽くかわす。


「またその……奇妙な動き!」

「お気に召しまして?」

「ああ、洋傘を武器にする奴と戦うのは初めてだ」


 空中で隙を見せるエーデルワイスに突進するが、彼女は傘を閉じて素早く着地する。


「それだよ……っ! その、緩急!」

「あら、楽しんで、下さればうれしいですわ!」


 そのまま傘と刀で斬り結ぶ。

 エーデルワイスの傘は当然ただの傘ではない。特殊な合金の骨組みに、硬質の繊維を編み込んだ生地の傘地が張っている。激しい戦闘にも耐えうる構造だ。


「いけ! 千本刀!」

「はぁぁ!」


 ミツキが刀を遠距離攻撃の弾丸として放つ。

 エーデルワイスは傘を開いて盾のようにしてそれを防ぐと、またすぐに閉じてミツキに斬りかかる。


「く、防ぐか……!」

「傘なら負けません。そういう魔法をかけましたもの」


 対象を限定することで強化の効果を上げる方法がある。

 エーデルワイスの魔導がそれだ。彼女にソードを使わせてもすぐに折れるだろうが、傘ならば折れない。


「傘特化の魔導、武器破壊は難しいかな……」

「殿方なら苛烈に攻めてほしいものですわね!」


 エーデルワイスが横薙ぎに傘を振る。石突から分離した刃がミツキへと撃ち出される。

 ミツキは超人的な反射と動体視力でそれを叩き落とした。

 そこにエーデルワイスの刺突が繰り出され、ミツキの上着を掠める。


「斬れ……るんだよねぇ! 傘で!」


 傘の骨は外向きに鋭く研がれており、傘という見た目からはわからないほどの切れ味がある。まごうことなき“剣”だ。雨の三剣士の名は名実ともに伊達ではない。


「これも防ぐ……! やはり、強いですわね!」

「そりゃどうも!」


 一方で、エーデルワイスもまた焦りを感じていた。


 以前、ミツキがエーデルワイスと戦った時に決着はつかなかった。それはミツキがあくまで作戦行動として戦闘を行っていたこと、そしてエーデルワイスの動きが極めて特殊だったことが原因である。

 傘を用いた特殊な戦闘技能は剣術とも棒術ともいえない独特な体術であったし、また傘そのものも変形式の武器として特別な警戒が必要になる。たった一人で囮を務めるミツキには、エーデルワイスと決着をつけるまで戦うという選択肢はなかった。


「こんどはこっちから行くぜ!」

「はああ!」


 刀と傘をぶつけ合い、踊るように殺陣を演じる。

 接近戦では手数に勝るミツキが優勢で、エーデルワイスは攻撃を受けながら隙を見ては攻める。


「っ、たぁ!」

「うお!」


 エーデルワイスは傘を地面に突き立てて、それを支柱に回し蹴りを放つ。

 ミツキがそれを避けて、千本刀を放つ。


「っく、ふっ!」

「これも捌くか!」


 突き立てた傘を開き振り上げると、それを本来の用途のようにして刀の雨をしのぐ。そして即座に傘を閉じると、後方に跳びながら飛び道具を弾き飛ばす。

 ミツキとの間に距離ができた。


「やりづらいね!」

「あら、誉め言葉と受け取りますわ!」

「はっ! 図々しいぞ!」


 エーデルワイスはその独特な動きで翻弄し隙を突くという戦法を得意とする、防御型の剣士だ。そしてそれがミツキとの戦いをなんとか続けられている理由でもある。

 口では余裕を騙り、顔には笑顔を貼り付ける。それがミツキの警戒を煽り、彼に決定的な一手を打たせない。

 しかし、もはや長くはもたないだろう。ミツキは急速にエーデルワイスの動きを理解していっている。


「ん……そろそろか」

「え?」


 唐突に、ミツキは身を翻して駆け出した。

 距離が離れていたことで反応が遅れるエーデルワイス。


「また罠……いえ、狙いはまさかっ!?」


 舐めていた。誰もがミツキを。


「足止めの囮だって? はっ!」


 刀を召喚できる剣士。エーデルワイスが戦いたがった人間。罠を仕掛けて足止めを狙った敵。

 そのどれもが事実で、しかし欺瞞だ。


「冗談じゃない。殲滅が一番キくに決まってる!」

「グルニドラっ! 警戒なさいっ!」

「遅ぇよ!」


 ミツキが単身突っ込んだのは、第二小隊副隊長グルニドラの分隊。


 無謀な特攻ではない。

 なぜならミツキはこの戦場において戦略とすら呼べるほどの個なのであるから。

 派手な破壊力のない魔導だから侮った。エーデルワイスなら勝てると思ったから侮った。足止めの罠を張るのが狙いに見えたから侮った。


(我ながら……そんなに地味かねぇ)


 ミツキが心の中で自嘲する。

 派手さはない。それが武器ですらある。ただ、まったく思うことがないわけでもない。


「ま、油断には付け込ませてもらいますか!」


 千本刀。刀の雨が、その一振り一振りが的確に敵の急所を狙って降り注ぐ。


「な、なんだ!?」

「ぎゃあ!」


 竜人たちの悲鳴、鮮血が舞う。

 その混乱に乗じてミツキが次々と敵を狩る。


「狙いは……頭っ!」

「オレかぁ、そうだよなぁ!?」

「っと、そううまくはいかないかっ」


 部隊の立て直しに気を取られたグルニドラを一瞬で屠るのが狙いだった。

 だが、読まれた。グルニドラはミツキの標的が自分であろうこと、そして同時に、部隊の立て直しの最も速い方法がミツキを倒すことだと気付いたのだ。


「見誤ったぜぇ! 悪かったなぁ!」

「律儀だなっ!」

「竜の鱗っ!」

「竜人の秘伝か……! 単純に硬いんだよなっ!」


 孤独な奮闘は続く。



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