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魔導士たちの非日常譚  作者: 抹茶ミルク
天雷の大秘境編3 未来と仲間
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第六小隊・幽幻の隊

 ガウスの軍勢は第一から第九までの小隊に分かれている。その中に一つ、幻の隊とまで言われる小隊が一つあった。

 それが第六小隊。通称「幽幻の隊」である。

 それを統括するのは四天、紅霞のスカルゴート。他の四天が二、三ずつ隊を率いている中でスカルゴートだけがただ一つ、しかも謎めいた小隊を率いているのだ。隊が異質ならばそれを率いる者も異質。それがますます不気味な雰囲気に拍車をかけていた。


「霧……! グリーディアが言ってた幽幻の隊ってやつか?」

「やっぱ敵の仕業か、これ」


 ガウスの軍勢が今より遥かに大きな規模であった頃より存在している彼らが、それでも表舞台に姿を見せるのは数えるほどしかない。

 だから、幽幻の隊がガウスの護衛についている今。レンとジンの行く手を直接阻んでいるこの状況。

 レンたちは知らず知らずのうちに敵の大きな秘密に触れているのだった。


「鬱陶しいなぁ、この野郎!」

「気をつけろよ、レン!」


 とはいえ、彼らにそれがわかるはずもない。グリーディアから情報を託されたジンですらそういう部隊があるということ以外に知っていることはなかった。


「目くらましのつもりかよ、下らねぇ小細工しやがって!」

「オレには効かねぇけどな!」


 もはや隣にいるはずの互いの姿も霧の中に霞む。

 視界不良の戦場で、肌に感じる魔力が一つ、また一つと増え二人を取り囲んでいく。


「めんどくせぇ! レン!」

「おうよ! 全部相手にしてられっか!」


 壁に沿って天まで連なる螺旋階段。その先にガウスはいる。いまこうしている間にもガウスは島の魔力の掌握を進めているのだ。

 ジンに言われるまでもなく空気を集めていたレンは、両手に渦巻くそれを一気に解放した。


「まとめて吹っ飛べ!」


 霧が払われ、階段まで一直線に道が拓ける。敵の姿は無い。


「っしゃぁ行くぜ!」


 ひとたび退けられた霧は、しかし生き物のようにまた二人を覆い隠そうと膨らむ。

 そうなる前にと駆け出したジンの背後から、不自然に霧が盛り上がった。


「うお!?」

「ジン!」


 レンがその霧に向かって蹴りを放つ。

 しかし手ごたえはなく、何かを象っていたのだろうそれは文字通り霧散した。


「霧の人形か!」

「ジン! 上だ!」


 今度は盛り上がりなどという曖昧なものではなく、はっきりとした人の形となってジンに襲い掛かる。両腕に括りつけられた剣は風切り音を鳴らしながらジンの喉を狙っている。

 敵は全身を真っ白な布で包んでいた。しかしその全身からは薄ぼんやりとしたモヤが出ていて、それが果たして本当に白い布なのか、はたまた霧でできているのか、それとも霧を纏っているだけなのかの見分けをつけさせなかった。


「この!」

「……」


 裏拳が敵の一人を捉える。

 しかし先と同じようにそれは攻撃を受けた瞬間に霧散してジンの視界を覆った。


「くぉ!? クッソが!」

「……」

「っぶねぇなコノヤロウ!」


 その一瞬の隙に二体目の剣が床に突き立てられる。すんでのところで躱したジンの袖はわずかに切り裂かれていて、剣から響いた金属音とともにそれがただの霧ではないということを示していた。

 かと思えば蹴り飛ばされた瞬間それはまた霧散して、実体の有無すらも掴ませない。


「どうなってんだ! こりゃあよぉ!」

「分かんねぇ! 分かんねぇけど、無視だ!」


 実体が在ろうと無かろうと、敵の正体が何であろうと、とにかく時間がないということだけは間違えようもない真実だ。


「あった、階段! 昇ってぶっ壊しちまえばこっちのもんだぜ!」

「そりゃあいいや!」


 霧の人形を相手にするのも最低限に、二人は壁際の螺旋階段に向かう。

 上の方には霧もない。一度昇ってしまいさえすればもう敵は追ってこられないかもしれない。ただそれは敵も分かっているのか、階段前にはより濃い白霧が漂い人形も数多く配置されていた。


「どっからでも攻撃できることはもう分かった!」


 ジンは両手にトンファーを創造して、姿勢を低く走り出す。加速して、加速して、横から現れた敵の攻撃を置き去りにして、一本の矢のように鋭く突っ込んでいく。


「……」「……」

「止まると……」


 階段前、行く手を阻む敵の群れにジンは飛び込む。


「思うなァ!」


 ジンは体をねじ切れるかと思うほどの勢いで回転させ、トンファーで敵を的確に撃ち抜いて吹き飛ばした。そして慣性に引っ張られるがまま、しかしすんでのところで体を捻って足で壁に着地する。


「レン!」


 ググ、とその凄まじい勢いを柔軟な全身のバネで受けきると、直後ジンは壁を蹴って霧の届かない階段まで一気に飛び上がった。


「……」「……」

「ここまで来いやぁ!」


 ジンは叫びながら、足元にトンファーを叩き付けた。階段は昇りかけていた敵たちを乗せたまま崩壊する。


「ははは、よくやった!」

「見たかバカヤロウ!」


 レンは笑いながら跳ぶ。足りない高度の分は足に纏った高密度の空気の塊を破裂させて、その勢いで補った。


「よっ、と。ここまでは来れねぇかな」

「わっかんねぇぜ。まあ、もう追いつかせねぇだろうけど」


 霧は眼下一帯を覆っているものの、レンの足元には届いていない。


「……! そうでもねぇみたいだな……!」

「ジン、逃げろ!」


 あるいはハッター=ジャックマンのように。またあるいはネロ=ジャックマンのように。

 “それ”もまた、まるで“初めからいた”かのようにそこに立っていた。


 一切の気配も感じさせずに近づいてきた

 三つ目の山羊の頭蓋を面に付け漆黒のローブに身を包んだそれは、一目でジンに死を覚悟させるほどの異様な雰囲気を纏っていた。


「うおおおおッ!?」


 二人の全身から冷たい汗が噴き出す。

 ローブが黒いモヤとなって霧散したかと思えば、次の瞬間には三本の鞭の形に集まり、ジンに襲い掛かっていた。


 ジンが階段を蹴り、空中へと飛び出す。

 鞭は先端を尖らせて、身動きの取れないジンを貫かんと伸びる。


「っ! うおああっ!?」

「てめえは何だ!!」


 一本はジンが空中で体を捻りトンファーで弾いた。

 一本はレンが根元を攻撃したためにあらぬ方角へと向かっていった。


「ぐっ!」


 最後の一本がジンの首を串刺しにする瞬間、ジンはそれを素手で掴んだ。


「なっ!? 止まんねぇ!」


 手応えがない。掴んだはずの鞭は手の周りに黒い霧となって漂っていた。

 その直後、霧は再び集合し、銛を形成してジンの右肩に突き刺さった。


「がああ!」

「ジン! くっそ!」


 ジンはそのまま床に叩きつけられた。

 レンもそれを追って霧煙る階下へと飛び降りた。


「ジン! 大丈夫か!」

「痛ぇー! けど動ける!」


 霧の中に戻ったということは、霧中全方位からの攻撃に晒されるということだ。

 実体は曖昧、攻撃はあらゆるところから不意に飛んでくる。それだけでも神経を削られるうえに、“三つ目の山羊の頭蓋”もいる。


「クソがっ! なんなんだよ、あれ!」

「わかんねぇ、けどっ!」


 レンが“あれ”と表現したほど、敵は人らしさというものを一切感じさせない異様なものだった。

 強大な魔力だとか、刺すような鋭い敵意だとか、そういったものも何もない。


「こいつ、気配がなかった! この感じはなんつーか、ハッター!?」

「何もかも! 全部曖昧! 訳がわかんねぇ!」


 霧の人形と戦いながら、二人はこのピンチを打開できる活路を見出そうとする。


「けどま! ボスの近くにゃ強ぇ奴がいるわなぁ!」

「はんっ、それもそうか! ジン、右に跳べっ!」


 レンの指示に疑問を感じることもせず、ジンは跳ぶ。

 二人が背中合わせに戦っていた場所、そこに無数の黒い刃が降り注いだ。


「…………」

「ふん!」

「うぜぇ!」


 攻撃をかわした二人の背後から人形が襲い掛かる。

 それを同時に繰り出した裏拳で吹き飛ばすと、ジンが伏せて、レンは空気砲を放ち周囲の霧を払った。


「はぁ……はぁ……!」

「めんどくせぇ攻撃してきやがって」


 気は張りつめたままだが、視界が晴れて僅かに周囲を観察する余裕は生まれた。

 改めて敵の強さの認識を擦り合わせる。


「あいつ、ヤベぇぞ」

「ああ、強ぇ。つーかやりづれぇ……!」

「だいたい殴れんのかぁ? お前掴み損ねたろ」

「わっかんね。とりあえずあのヘンテコな仮面は俺がかち割る」

「おお。んじゃ殴れなかったらオレが吹っ飛ばしてやる」


 墓標のように突き立っていた漆黒の刃は、まるで解けるようにその結合を弱めて霧に戻る。そしてその霧は一か所に集まり、盛り上がり、階段で見た時の三倍ほどの大きさとなって再び例の不気味な姿になった。


 そこで初めて敵の姿を観察する余裕が生まれた。


「三つ目の骸骨……? あ、四天か」

「あんだって!? こいつが四天!?」


 話に聞いていた外見情報から、ジンがあたりを付けた。

 一方で四天と直接対峙したことのないレンは、初めて見る四天に思わず凄絶な笑顔を見せる。


「そっか、こいつが……。へへ、燃えてきた」

「その意気だぜ、殺す気でいく!」

「で、どんな攻撃してくんだ?」

「なーんにも聞いてねぇ。敵さんも知らねぇってよ」

「そーか、友達いなさそうだもんな」

「わはは! 言えてら!」


 敵の魔導の詳細は敵すらも知らない。ただここでの戦いの中で霧を使っての掴みどころのない全方位攻撃は痛いほど経験してきた。

 今も黒い霧が渦巻いてランスが形成され、その切っ先を二人に向けている。


「コンニャロ、なんでもありか」

「ジン、いくぜ」

「オウ、あいつ倒して上行くぞ、レン!」

「ああ!」


 ガウスのいる頂へは、すぐそこにある。

 だが、未だ遠い。


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