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魔導士たちの非日常譚  作者: 抹茶ミルク
天雷の大秘境編3 未来と仲間
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気持ちがぎゅっと

 


 伝説の竜が空を駆け、その下では竜人たちが決闘をする。

 名前のない怪物は黒炎の艶女と壮絶な殺し合いに興じ、そして勇者は天衝くクロガネの塔を駆け上がる。


 戦力の上では圧倒されているが、それでも大陸の未来を守る戦いの土俵に上がれたという、そこまで持ち込めたという点だけを見ればまずは上出来と言えるだろう。もちろんそれは炎赫の力あってこその反則的なショートカットありきだが。



 ただし戦いはニエ・バ・シェロの中心部でのみ起こっているわけではない。


「反逆者どもを駆逐せよ!」


 第二小隊、翼竜隊。

 双尾を援護しつつ塔を見張る守りの部隊と、そして反逆者たちを強襲する攻めの部隊に分かれてこの天空の孤島のさらに上空を支配せんとする。翼竜と、翼竜を駆る竜人の部隊。


「今度こそ失敗はない……! 我が誇りにかけて!」


 その先頭、翼竜の背に立つは四天最強の男。“驟雨”レインハルト=シーザー。

 一度の失態を自ら挽回するために、彼は空より降り立つ。


「百刃も暗僧もしくじった。同じ三剣士として不甲斐ないわ」


 第一、第二連合小隊。

 空から攻める精鋭の竜人たちとは違い、彼らは地上から攻め入る。その筆頭は第一小隊隊長、フィアード。第二小隊副隊長、グルニドラ。


「第三の女傑(ジェイン)もなぁ! あいつほどのモンが何をしくじりやがって!」

「それだけ油断ならぬということだ。グリムトートー様すらもあれから報告がない」


 そして雨の三剣士、最後の一人。白傘のエーデルワイス。


「ああ、それにしても。レインハルト様と共に戦えるなんて……!」


 オーガたちが隠している船を破壊するため、否、ガウスに反逆するすべての勢力を皆殺しにするために敵は空と地上から狙いを定める。




「空を見ろ……!」

「ここには二頭しカあの生物はイないはずだが……!」

「塔と共に召喚したんだろうね。そんなことよりも」

「ええ、今戦えるのはオーガたちしかいないわ。それも万全の状態じゃない!」


 レンたちが“勝つ”ためには、ミュウたちが船を守らねばならない。


「おいおいおい。初手から不利が過ぎるな!」

「どどどうしまシょう!?」


 そのミュウたちが船を守れる場所にいないのならば、そもそもお話にもならないのだ。

 そういう意味ではガウスの決断は奇襲としてこの上なく有効に働いた。


「……私なら」


 ミュウは先の戦いで翼を得た。だからすでに気持ちは固まっていた。


「私、先に行けます! 行きます!」

「ちょっと、ミュウちゃん!?」


 手を掴んで止めようとしたマオは、しかしその手を引っ込めた。彼女もわかっているのだ。今はミュウの先行が最も可能性を残せるのだということを。


「っ、すぐに行くから! 危なくなったら戻ってきて!」

「わかりました!」


 最終決戦はまだ始まったばかりだ。しかし出し惜しみする余裕もない。ここまでの戦いも、そしてこれからの戦いも、形勢はいつもいつも不利だから。

 ミュウは虎の子の「神弓アルテミス」と「聖盾セレス」をここで切る。


『ほあー!? こんなすぐにまたピンチっ!?』

「飛びながら説明するのです!」

『まだ一昨日のこともセレナーゼに話してないのにーー! 落ち着いたら絶対顔見せてあげなよ!』

「生きて切り抜けられたら、なのです!」

『ふぇぇ……相変わらず覚悟キマりすぎてるよぅ……』


 ヘスティアが若干引くほど、ミュウは自分の命を戦場に持っていくことにためらいがなかった。それは十年と少ししか生きていない少女としての異質さでもあり、また戦士として見たときですら異質と言える。


『……数人で盗賊からフィルエルム守っちゃうような無茶する子たちだもんなー。悪い影響……とは言い切れないけど……うぅん……』


 ミュウがなぜこのように成長したのか、ヘスティアがすぐに思いついたその原因をしかしミュウはきっぱりと否定した。


「そのレンさんたちのためにも! 私も戦わなきゃいけないのですっ!」

『ありゃ聞こえてたっ』

「今は……」

『なに、どうしたの?』


 レンの全力で我武者羅な背中を見てきた。ジンの無茶苦茶でも貫く背中を見てきた。リリカの純粋で愚直な背中も、ソリューニャの強い意志を持つ背中も見てきた。

 信頼する仲間たちの影響を受けていることは否定しない。ミュウは本来、一人で切り込むなどという無謀な方法は思いついても実行は渋る性格だ。

 それでもこの時彼女がらしくない方法をとったのは、決して仲間たちだけが原因ではなかった。


「私は、平気じゃないですよ。戦いは怖いし一人は不安なのです」

『…………』

「ごめんなさい、ヘスティアさん。本当はわかっているのです……」


 ミュウは強大な力を得た。それが彼女の胸の奥にあった小さな欲求の炎をさらに強く燃え上がらせたのだ。

 戦って、勝ちたい。勝って、助けたい。

 それを叶えることができる力が唐突に手元に現れて、そしてミュウを少しだけ狂わせた。聡明なミュウは胸の内に生じた歪みを自覚しながらも、しかしこの戦いではそれを使うことを決心していた。


「私はお母様の持たせてくれた神樹の杖がなかったらセレスも使えなかったのです。ヘスティアさんの助けがないと飛ぶことも矢を当てることもできなかったのです」


 ミュウは力を過信していたわけでも、まして酔っていたわけでもなかった。ちゃんと自らの至らなさを知っていた。


「でも、この力を使わなきゃきっと誰かが死ぬのです。それはもっと怖いことなのです……!」

『……うん』

「今すぐに! 戦う力が必要なのです! 戦いは待ってはくれないから!」

『ミュウちゃん……』

「だから、今は力を貸してほしいのです! なりふり構っていられないのです!」


 使えるものは何でも使って戦う。それがたとえ間違った力でも、自分のものでない力でも。

 ミュウは確かに覚悟を決めていた。それも命がけで戦うなんてことよりももっと泥臭くて、そして何よりも強い覚悟だった。


 それが伝わってしまったから、ヘスティアは小さくため息を吐いたのだった。


『はぁ~あ……。ミュウちゃんやっぱ優秀だぁ』

「え?」

『今言ったそれ全部、ミュウちゃんが勘違いしてるみたいならね。過信するんじゃないよって、言っておかなきゃって思ってたことなんだよっ。あーあミュウちゃんがいい子すぎてお姉ちゃんできないやー!』

「あの、その、えぇえ……?」


 思わぬ反応に、ミュウはぽかんと口を開けた。


『あーでもでも、いっこだけ勘違いしてるかもね! 言わせて言わせて!』

「な、なんですか?」

『セレナーゼも私もね、ミュウちゃんがこういうとき乗り越えられるようにって杖を預けたんだってことだよ! そりゃあこの力に出番がないのが一番いいよ? ピンチになんてならない方がみんな嬉しいもん』

「そ、それは……そうかもですけど」

『だからね、この力を持ってるってことまで否定しちゃダメだよー? ミュウちゃんがワガママを叶えられるようにって、気持ちがぎゅっとこもってるんだから!』

「あ……」


 こういうとき、何と言うのかミュウは知っている。


「お母様! ヘスティアさん!」

『なんでしょー?』

「ありがとう! なのです!」

『本望だよ! あと直接言ってあげて!』

「はい、必ず!」


 少女は雲一つない空を駆ける。




「ミュウちゃんに頼らざるを得ない自分が情けないぜ」

「ちょっとやめなさいよミツキ。それ、全員が思ってるんだからね」

「マオ、おれは決めたぜ。この戦いに勝ったら、ミュウちゃんに全てを捧げて守り抜くよ……」

「気持ち悪いわよバカ! 同じこと私の妹にも何回言ったと思ってるのよ!」

「おれはすべての少女たちを愛しているんだ!」

「マオちょっぷ!」


 マオがミツキの頭をべっしとはたく。


「私の目が黒いうちは近づけさせないからねっ」

「お、おい。気が散っテ仕方ないんだが……」


 ベルが二人を止める。顎から首にかけての大きな火傷痕を隠すためのマスクをしているために表情は見えにくいが、その黒い眼だけでも十二分にあきれ果てた彼の心情をあらわしていた。


「ああ、ごめんなさい。ちょっと発破かけただけだから」

「発破……デすか……?」


 ウルーガの背中にしがみついているエリーンが不思議そうに尋ねる。


「敵がもうすぐそこまで来てるのよ」

「っ、なんですっテ!?」

「そレは本当か、マオ!」

「地鳴りはずっと聞こえていルが……」


 マオとミツキだけは空気の変化をいち早く感じ取っていた。


「まあそういうこと。じゃあそっちは頼むぜ」

「あんたこそヘマしたら承知しないわよ」

「ふん」

「ふふっ」


 マオとミツキは同じギルドに所属する仲間であり、幾度となく肩を並べて生き抜いてきた戦友だ。二人だからこそ通じる気持ちもやりとりもある。


 ミツキは一人立ち止まり、遠ざかるエリーンたちに背を向けた。


「さあて、ここはおれに任せて先に行け!」

「一人!? わ、私も残りまシょうか!」

「いいわよ、リラさん。ほっといても」

「デも……」

「ロリコンでも腕は確かだからねぇ。信頼してやって」


 マオは振り返りもせずに走りつつ淡々と言う。


「なんダか……絆があルんですね……」

「ちょっ、そんなこっ恥ずかしいもんじゃないわよ。腐れ縁なの、腐ってるのっ」

「やっぱり。ふふっ」

「気を抜かないデ下さい、巫女様」

「あ、そ、そうデすね。ごめんなさい、ウルーガさん」

「いえ……はい」


 マオだけではなく、歴戦のウルーガと間近で見てきたベルは理解していた。

 ミツキが抜けたということは、窮地に立たされたのはむしろ自分たちであるとすら言えるということを。


(頼むわよ……本当に)


 それほどまでに、ミツキという戦力は大きなものなのだ。それは彼の動き方一つでこの決戦の戦局すらも左右されるほどに。


(ミツキ……ミュウちゃん……!)


 そしてミュウもまた戦局を動かす存在の一人だ。


 果たしてこの二人の判断が戦局にいかな波紋を起こすのか。それがわかるのはもう少しだけ先のことだ。

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