竜を宿す者たち
レンたちがいなくなり、敵の関心は幾分か散分した。しかしそれでも尚、一際の注目を集めるのは当然竜の戦い。
誰も彼もが目を奪われる伝説の再臨。
「ゴオオオオオオオ!」
「グルルルアァ!」
この戦いで有利なのは、双尾である。理由は明白で、人を守る炎赫とそれを歯牙にもかけない双尾では出せる力が違う。
コルディエラがガウスの下についているから双尾もガウスの支配下にあると思われがちだった。しかし双尾はガウスと対等以上の存在であることをガウス軍の兵たちは思い知らされるのだ。
「ゴアァ!!」
双尾の咆哮が偽りの大地と森を焼く。地上に展開していた一小隊が壊滅した。
これに黙っていないのはコルディエラだ。彼女は一応は双尾の主となっているが、それよりもガウス軍の一人だ。双尾が炎赫を斃すために戦うのに対し、コルディエラはこの計画を成功させるために戦っている。
「おい、竜! 何してる!?」
『アァ!? 黙ってろ!』
コルディエラは翼竜に乗って双尾と並行飛行しながら、ガウス軍としての苦言を呈する。
しかし双尾は不愉快そうに吐き捨てると、これみよがしに咆哮をもう一発放った。それは塔のすぐ近くを撫でて、塔を揺らす。
「ばっ、やめろ! ガウス様がいるだろう!」
『はぁ? いつから俺は貴様らなんぞの味方に成り下がったんだァ!?』
「主の命令が聞けないのか!」
『ええい鬱陶しい!!』
双尾はいよいよ苛立ちの限界を迎え、咆哮を放ち二本のたくましい尾を振るった。
『俺たちの空だ! 鬱陶しくまとわりつくんじゃねぇ!』
「な、仲間がっ! お前っ、援護隊のみんなをっ!」
『誰に援護が要るよ!? なぁ!?』
羽虫のように炎赫と双尾の周囲を飛び回っていた翼竜たちが吹き飛ばされていく。
双尾にとっても、炎赫を攻撃する翼竜部隊はただただ邪魔だった。
コルディエラと双尾の意思は一致していない。
『邪魔をするなァ!! 俺と! 炎赫の!』
『やめろ双尾! 貴様の相手はここにいるだろう!』
『ああそうだ! だからこそこんなうるせぇ戦場は相応しくはねぇだろう!?』
『…………』
炎赫がなにを考えているのか、ソリューニャにはすぐに分かった。
『主よ』
「わかってる。降ろしてくれ、できれば敵がいないところに」
『……健闘を祈る』
炎赫は人を巻き込みたくない。双尾は邪魔をされたくない。
二者の望みは一致していた。
ソリューニャが炎赫の背から飛び降りた。
それを見た双尾は、コルディエラに彼女を追うように命令した。
『おい、隠れるかあいつとでも遊んでろ。殺すなよ』
「……ッチ」
自分の主だというのにそれをあざ笑うように、双尾は炎赫とともに飛び去った。
「くそ……あたしは主だぞ……!」
「コルディエラ! お前はもう下がっていろ!」
「お前に万が一のことがあれば作戦に支障が出る!」
生き残った仲間たちがコルディエラを諭す。
が、双尾に邪険にされ仲間に過保護にされ、コルディエラの自尊心はもはや限界を迎えようとしていた。
「弱いくせに……」
「コルディエラ!」
「あたしより弱いくせに! あたしは選ばれたんだぞ!」
「こんな時に私情を出すな! 戻れ!」
「おい、コルディエラ!」
付いてくるなと叫んで、コルディエラは降下しているソリューニャを追う。
「お前とあたし、選ばれた者同士! 決着つけようぜぇ!」
「来たか、コルディエラ……!」
仲間の制止も聞かずに翼竜から飛び降りたコルディエラは、その勢いのままソリューニャに槍を突き付ける。
「あははははぁ!」
「ぐぅ、うおおお!」
ソリューニャはそれを交差させたカトラスで防ぐが、ゆるやかだった落下速度は徐々に大きくなり、やがてそれなりの勢いで地面に激突した。
着地の直前にコルディエラを弾き返したソリューニャはなんとか受け身を取ることに成功し、二回ほど転がってさらに地面にカトラスを突き立てて後進する体を押し留めた。二本の爪痕が地面に残る。
「よぉ。生きててくれて嬉しいよ」
「コルディエラ……!」
「お前が逃げたときは目を疑ったけどね、立派じゃないか。グリムトートー様からまんまと逃げ切った!」
コルディエラの体を藍色の鱗が覆う。
対するソリューニャも赤の鱗を纏う。
「ふ、ふふ。お前とあたしは似てる。同じだといってもいい」
コルディエラはソリューニャにシンパシーを感じている。
同じ竜人族、同じ“祝福”を受けし者。祝福は誰かに与えられるものではなくて、強いて言うなれば天とか運命とか人を超越する何かによって授けられる才能だ。
類稀なる力に恵まれた二人がここに対面した。だからコルディエラは選ばれし者として相手を下し、より誇り高き者へと自身を昇華したがった。
「いいや、似てないね」
しかしソリューニャはそれを否定する。
同じ種族だろうと、同じ名前をつけられた才能を持っていようと、ソリューニャとコルディエラは違う。ソリューニャは自分が選ばれたとは思っていない。
彼女は偶然に炎赫と出会い、話を聞いて彼に協力したいと思った。だからこれはコルディエラが思っているような私闘ではなく、あくまで誰かを守る戦いだと、ソリューニャは思っている。
「アタシもアンタも偶然竜に出会ったのさ。契約を選ばない未来だってあった」
「そんな馬鹿なことあるかよ。自分にしかない選ばれし才能だ、運命だ! 契約しない選択なんてないのさ」
「ああ、アンタはそう考えてる。だからアタシとは違う」
「分からないやつだな。だが、話はもう十分だ! そうだろう!? それが竜人の血だ!」
赤と藍がぶつかる。
どれだけ同じだ違うだと言い争っても、それはどちらも真実にはなり得ない。
なぜなら結局のところ、彼女たちは戦うしかないのだから。それが己のためであれ、他人のためであれ。命を賭して戦うにふさわしい動機であるならば、それは本人たちにすらそれ以上の意味を与えることは決してできないのだから。
つまるところ、ソリューニャはコルディエラを倒したいだけだ。コルディエラもソリューニャを倒したいだけだ。
「あたしはお前を倒したいんだよ! それ以外は、ああ! 今はどうでもいい!」
コルディエラは槍の穂に近い部分を握り、素早い取り回しで連続して突きを放つ。
ソリューニャは二刀流のカトラスでコルディエラの猛烈な突きを乱雑に捌いている。
「そうだなコルディエラ! アンタはアタシを挑発したよなぁ!?」
「したねぇ! 今どんな気分だい!?」
「ああ! 死ぬほど蹴り飛ばしてやるよ!」
ソリューニャは鋭い犬歯を露わに獰猛に笑うと、槍を強く弾いて同時に回し蹴りを放った。
それを下がって回避したコルディエラも、紫のルージュを塗った唇の端を釣り上げて笑う。
「首は洗っただろうね? コルディエラ」
「そのままお前に返すぜ、ソリューニャ」
竜を宿す者たちの戦い。これもまた千年を経て再び実現した光景だ。
決着をつける時は来た。
◇◇◇
一方、塔の中。
「どけどけどけぇっ!」
「邪魔だ、吹っ飛べー!」
数は少ないが、腕の立つ精鋭が塔の内部を守っている。
その精鋭を、二人は苦せずして蹴散らしながらガウスのいる最上階を目指す。ガウスの強烈な存在感が、姿を見せずともその居場所を示している。
「うおおおおお!」
ジンがめり込むほどに強烈なパンチを敵の顔面に叩き込み、振り向きざまに後方の敵を蹴り飛ばす。そのまま舞うような回し蹴りで敵をまとめて薙ぎ払い、振り下ろされた剣はトンファーで受け止める。
「背ぇ向けてんな?」
「あぐっ!?」
ジンに止められた敵の首を、レンが鷲掴む。それを片腕で持ち上げて投げ飛ばすと、暴風を放って集団をまとめて吹き飛ばす。
「ジン!」
「む? ああ、わかった!」
レンが空気を集めるのを見て、それだけでジンは察することができる。
「まとめて吹っ飛ばしてやらぁ!」
「やっちまえ、レン!」
ジンが四角い窓から塔の外へと身を投げる。
「飛び降りた!? なぜ!?」
「たった二人だぞ……!」
「何してる! 我ら雷帝様に命を捧げたのだろう!」
「そうだ! 人間に負けるために耐え忍んだわけじゃないんだ!」
彼らは地上で密かに集った者たちだった。
「だが、こんなはずじゃ……!」
ガウスが敗走し、帝都リーグもろとも謎の消滅をした後。人間族に敵対を表明した派閥の筆頭格としてはなおも、ガウスは大きな影響力を保っていた。
表向きには失踪で十年も経った日には死亡したというのが通説になっていたが、中にはガウスが生きていると信じて彼の活動を引き継ごうとする者まで現れるほどだった。
そんな彼らに水面下で声をかける者があった。
四天・紅霞のスカルゴート。敗戦後に再編成された四天に、唯一継続して居座った人物だ。
スカルゴートはガウス軍に足りない人手や物資を集めるために、地上に残って活動するのが任務だった。空の孤島スカイムーンではまだ生活基盤すら覚束ない。若い労働力の供給や、いざ侵攻が始まった時のための様々な手回しが必要だったのだ。
果たして“彼”と呼ぶのが正しいのかもわからぬ彼だが、三つ目の山羊の頭蓋を仮面にしたその外見は一度見た者の記憶に強く残るばかりでなく、「戦場の亡霊」の噂話とともに広く周知されていた。
その亡霊に誘われ、辺境の山岳の奥地にて秘密裏に建造されていた塔を見た者は、そこにガウスの存在を認めて跪く。あるいは涙を流して崩れ落ちる。そして新生ガウス軍の志願兵として入隊し、来る粛清の日に備えて腕を磨き建材を運ぶようになる。
「こんなはずじゃあ……!」
この男もまた、彼に誘われて憧れのガウスのもとについた一人だ。
四天の一人だった「戦場の亡霊」を初めて見た男は、瞬間、確信した。そしてガウスは傷を癒しながら反撃の準備を進めていること、その計画のために人手を求めていること、時が来ればガウスの下でガウスのために戦えることを説明されて、迷いの一切も生じずに決断をした。
「俺は雷帝様のために……!」
「うおおおおお!」
「10年以上も……っ!」
「吹っ飛べーー!!」
ガウスと対立する新和派に見つからぬように、静かに、静かに、地べたに這いつくばって息を潜めながら。ずっとずっと耐えてきた。
「ぐああああっ!」
「うわああ!」
男の意識はここで途絶える。
「よっしゃ登るぞオラァ!」
すべてを吹き飛ばす圧倒的な風圧はこの閉所では極めて有効な全方位攻撃だ。
窓枠に掴まってそれを凌いでいたジンはひょっこりと顔を出した。
「うまくいったな! わははは!」
「おお! 誰が飛び降りたりするかっての!」
ここは戦場だ。一人一人に思いがあって、しかし終わるときには無情に潰える。
相容れないから戦った。レンとジンの方が強かった。たったそれだけのこと。
「見ろ! 頂上まであと少しだ!」
塔の壁面の螺旋階段が天辺まで続いている。ガウスがいるのはあの場所なのだろう。
そんな二人を包み込むように、不自然な霧が発生した。
「ん……霧?」
「ちっ、敵か!」
だんだんと霧は濃くなり、視界を曇らせる。
「さっさと吹っ飛ばして進むぞ!」
霧中に囚われた二人に敵は襲い掛かる。




