竜の舞う戦場
天雷編ここまでのあらすじ
連れ去られた仲間を追って秘境ニエ・バ・シェロに辿り着いたレンたちは、秘境そのものが兵器でありそれを使って地上侵攻を目論むガウスのことを知る。
リリカは危機を地上の人間族に知らせようと暗躍するオーガ族と親交を深め彼らとの架け橋となった。しかしガウスに敗北し意識不明の重体となってしまう。
レンは原住民の長エリーンらと知り合い、彼女らに力を貸しながらオーガたちのもとに辿り着いた。オーガ族はレンたちを地上に帰す手助けを申し出るが、それはリリカが繋いだ友好の絆の賜物だった。
ジンは敵の戦力を削りつつソリューニャらを目指して進行、原住民ベルの協力を得る。そしてついにガウスの懐に潜入し、連れ去られた仲間を奪還した。
解放された仲間たちはベルの案内のもとオーガらとの合流を目指すが、しかし追っ手と激しい戦闘となる。ミュウは神樹の至宝を手に覚醒、最大の危機を退けた。ソリューニャは四天グリムトートーとの限界を超えた戦闘に奇跡的な勝利を収めた。
こうして再び集ったレンたちは、種族の壁を越えてオーガ族や原住民と共に地上を目指す作戦を開始。しかし直後にガウスがその目論見を潰そうと攻勢に出た。雲より高い空の上、最後の決戦が始まったのだった。
この天空の秘境の上に存在する戦力として、最大の切り札となりうる存在は三つある。
「クハハ、ついにこの日が来た……! もはや止められぬぞ!」
誇りの魔神族、ガウス=スペルギア。
人の反応を置き去りにする圧倒的なスピードと、一撃で敵を死に至らしめる威力を両立する超攻撃型魔導“雷”を操る最強の魔神。
『来たか……炎赫!!』
人類の敵、漆黒の竜・双尾。
千年の時を経た契約にて今はコルディエラを主とし、ガウス軍の実質的な切り札とも言える存在だ。しかし彼の目的はライバル炎赫を斃すことであり、ガウスの支配下にあるわけではない。
『我らは永く飛びすぎた。終わらせるべきだ……双尾!!』
人類の友、深紅の竜・炎赫。
千年の時の中でその命の火が消える直前、ソリューニャという主を得て再び双尾を止めるべく燃え上がった。レンたち側の最大の戦力といって過言ではないが、双尾という抑止力により動き方は制限されている。
この三つの戦力のうち、二つ。双尾と炎赫が衝突するということは文字通り天変地異をも引き起こす伝説の戦争だ。
先日、幾星霜もの月日を超えて再び相まみえた両者は決着がつかないままこの地へやってきた。彼らの戦いは時代を変え舞台を変え、しかし変わらぬ熾烈さで戦場を火の海にする。
「炎赫!」
『事情は把握している。よくぞ生きてくれた』
「こちらこそ。全員で生きて帰るには炎赫の力が不可欠なんだ。だから頼む、双尾を止めてくれ……!」
『ああ』
双尾に対抗しうる戦力は炎赫のみ。双尾を自由にすればあらゆる破壊が仲間の命を奪っていくだろう。
ソリューニャの眼前からは双尾と、およそ20ほどの翼竜部隊。翼竜たちは与えられるエサの少ないこの地では飼育が困難だったが、これから地上が手に入るのであれば塔とともに召喚されるのもおかしくはない。
「下見ろ、なんだありゃ!」
「あれは……山サイか。一部の戦場じゃああやって馬の代わりになっていたらしいね」
地上を山サイ部隊が駆ける。彼らもまた資源と土地の関係で飼育できないが、このタイミングならば召喚できる。
山サイ部隊は消滅した霊山の斜面を滑るように駆け下りて、しかもその行先は明らかにチュピの里、引いてはオーガたちの船のある場所だった。
「ソリューニャ、この竜に頼んでアレを吹き飛ばしてもらえる?」
『我は人を守る者だ。魔族とて例外なく人は人だ』
「だそうだ」
「ま、駄目で元々。塔を吹き飛ばしてくれないって言ってたし、言ってみただけさ」
『だが足止めくらいならばしよう。どうする主よ』
炎赫が問う。
「いいや、いい」
『……気遣いに感謝する』
ソリューニャは即答した。
そこに割く余力などない。敵は双尾。今度こそこの世界での死を与えなければ、また無数の死が生まれてしまう。
「アタシは仲間を信じるよ」
『そうか』
「もちろん炎赫もだ。契約がどうとか関係なく、双尾を倒してくれると信じている」
『我は良い主に恵まれた』
だが断じて諦念ではない。これは信頼だ。
やる気いっぱいのミュウがいる。守りのエキスパートのマオがいる。大陸有数の実力を持つミツキがいる。
だから任せるのだ。
ソリューニャも信頼されていることを知っているから、双尾を討つことでその信頼に報いる。
『余計な物を積んでいるようだなぁ、炎赫!』
『積んでいるのは未来への希望だ。お前の好きにはさせんぞ、双尾!』
二頭の竜が真っ向からぶつかり合う。
「「グオオオオオオ!!」」
バガン、と岩でも割れたかのような音が響き、二頭は離れる。両者の額から血が流れた。
「ガアアッ!!」
「グオオーーッ!!」
二頭は怯むことなく翼を広げ、空中で組み合う。
これが伝説の戦いだった。生物としての格は圧倒的で、そこに人類が介入できる余地はない。
その衝撃の大きさに、凄まじさに、人はただ必死にしがみついて耐えるしかないのだ。
「おわああぁぁっ!」
「っ、炎赫! 先にぃっ!」
『わかっている!』
炎赫が双尾を突き飛ばし、塔に向かって飛ぶ。
炎赫から塔を守るために展開していた翼竜部隊は、突っ込んでくる炎赫にたじろぎながらもまとわりついてソリューニャたちを狙ってくる。契約者のいる竜の倒し方を知っているのだ。
「ギャアアオ!」
「ぐ……!」
しがみついて振り落されないようにすることで精一杯。そんな彼らの中で唯一、レンだけはある程度自由に動けた。
「はっ、オレの戦場じゃねぇか!」
自身の周りに作り出した流れる空気の層が、向かい風を受け流して彼の姿勢を崩させない。
「テメーの倒し方なら知ってんだよ! オレにひれ伏しやがれ!」
レンは無謀にも炎赫の背から飛び降りると、風を噴射して空中制動を行い翼竜の背に飛び移った。
一歩間違えばそのまま落下してしまうだろうその行為を、いとも容易く遂行した度胸とセンス。そして研究施設の地下で、オーガの集落で、空を飛ぶ魔物を相手に戦った経験が彼の大胆な行動を支えている。
「よっしゃうまくいった!」
「ウソだろっ!?」
「嘘じゃねぇよ、墜ちろっ!」
驚愕する竜人をよそ目に、両手に凝縮された空気を翼竜の背に叩き込む。
翼竜は翼の骨が折れたか、クルクルとキリモミ状態で墜落していった。
「もう一頭、いけるな!」
レンは反動でふわりと浮き、また別の翼竜へと飛び移る。
「すごいなレン、無茶苦茶やるねぇ」
「レンのバカ、死ぬ気かっ!?」
「俺も負けてらんねぇぜ!」
ここでようやく炎赫の魔力が浸透し、ジンたちの体を守る。
待ってましたとばかりに体を起こしたジンは、背後から喰らいついてくる翼竜に対して一瞬で迎撃のイメージを固めた。
「“針鼠”!」
「ギャアアアッ!」
無数の刀剣を背負った雨の三剣士・百刃のキャクタスから着想を得た。無防備だったジンの背中から無数の鋭い棘が伸びて、翼竜のアゴを串刺しにする。
暴れる翼竜に振り落されて、乗っていた竜人が落ちていった。
「っしゃぁ! どうじゃ即席新技ぁ!」
「ハルは道具温存しておきなよ!」
カルキも斬撃を飛ばして応戦している。首を切り飛ばされた竜が、翼を切り裂かれた竜が、竜人とともに落ちていく。
『掴まれ!』
「んなあああっ!?」
「うわああっ!」
追ってきた双尾の攻撃をかわす炎赫。二頭は黒鉄の塔の上空で旋回しながら、熾烈にぶつかり合う。
しかしその激しい揺れでジンが空中に振り落とされた。
「おあっ!」
「じっ、ジン!!」
「……!」
ソリューニャが思わず手を伸ばす。
しかしジンはある一点を見て、恐れるでもなく手を掴もうとするでもなく、叫んだ。
「ソリューニャ!! そっちは任せた!!」
自由落下のジンに、翼竜から飛び降りたレンが追い付いていた。
「落ちてやんの~」
「っせぇ! 飛び降りたんだよ!」
「わはは、じゃあ行くぜっ!」
レンはジンの背に手を押し当てて、圧縮された空気を解放した。
「零距離砲だぁ!」
「ぬおああああっ!」
「あり? やりすぎたかな?」
ジンが砲弾のように吹っ飛び、びたんっ、とカエルのように黒鉄の塔の壁にへばりついた。
「んんんんんっ! 背骨と鼻痛ってぇー!」
「よっ……と。鼻血垂れてねぇで乗り込むぜ、ジン!」
「こんちくしょう! 全部終わったら覚えてろよ!」
その隣にレンも着地して、二人は器用に壁を上って塔に潜り込んだ。
「……あいつら塔の破壊に行ったと思うかい?」
「いや、ガウス狙いだろうね……」
「無謀~~」
その時、またも双尾との衝突で炎赫が揺れた。
塔の上空には着いたのだから、これ以上カルキたちを背に乗せておく理由はない。翼竜部隊も数を減らしている。
『お前たち、危険だ。降りた方がいい』
「お願いしまーす」
『人の未来を。頼む』
「アイツらのこと、頼んだぞ!」
ふっとカルキとハルの体が浮いて、塔に向かって落ち始める。
「あのバカたち止めて軌道修正してやらなきゃねー。無駄死にさせるには惜しいし」
「……ああ」
「塔を壊して逃げ隠れる作戦で」
「……っ、カルキ!」
「んん!」
地上から黒い炎が二人と塔を隔てる壁のごとく吹き上がってきた。離れていても喉が焼けそうなほどの熱風が吹き荒れる。
「つあらっ!」
「無駄だ、よけろ!」
カルキが刃を飛ばす。
しかし黒炎はわずかに揺らめいただけで、むしろさらに勢いを増して二人を飲み込もうと襲い掛かってくる。
「よけろったって空中で身動きなんか……っ!」
「……」
「あ、とれるや。あぶな」
意思に反応して、二人は魔力に守られたまま降下する。
眼下には塔の周辺に配備されている敵兵たち。そして変幻自在の黒炎、ローザ=プリムナード。
「四天……陽炎のローザ!」
「……っ、気をつけろ」
「これはもう、やるしかなさそうだね」
やれやれ、と言葉とは裏腹にカルキは狂気の笑みをその中性的な顔にたたえている。
「……死ぬぞ」
ハルは言う。
これは警告ではない。まして悲観を端的に紡いだものでもない。
「ああ! やったね!」
嬉しそうに、楽しそうに。跳ねるように、舞うように。
死ぬかもしれない。それこそが彼が求めてやまない戦場で、生きる理由だ。
命に一片の価値もない国に生まれて、偶然生き残った。死なないでいるだけの命に価値はない。
命のやりとりの中にしか生を見出せない落伍者にとって、これから始まる戦いは人生で五指に入るかもしれないほどの至福の刻なのだ。
「さっそく来たね!」
「…………!」
死を呼ぶ黒炎の壁は無数の龍となって降り注ぐ。




