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魔導士たちの非日常譚  作者: 抹茶ミルク
天雷の大秘境編2 味方と敵
200/256

傍観者の特等席

 

 

 天空最後の決戦は何の前触れもなく、されども避けて通れはしない断崖として目の前に立ち塞がった。


「レンさん!」

「おぉ、エリーン。ガウスのヤローが仕掛けてきやがったな?」

「急いで出発するぞ!」

「巫女様もこちらに!」


 レンたちの元にエリーンらが駆け寄ってくる。


「やや、予定はあと数日後でしょうに。敵さんもやるね」

「カルキさん、あなたたちも早く逃げましょう!」


 そこにカルキとハルも現れて、これでチュピの村落にいる全員が集合した。


「まあお待ちなさいな」

「っ!?」

「心臓にワリーよ」

「オホホホホ!」


 さらにそこに気まぐれを司る魔神族のハッター=ジャックマンが、初めからそこにいたかのように当然のような顔で立っていた。


「どうせ船までひとっ飛びとはいかないんだろう? 何しに来たんだい?」

「傍観者の特権と、かかる責務を果たしに!」


 ハッターは魔神族でありながら、ガウスの味方でも人間たちの味方でもない。自ら中立であると宣言し、そしてニエ・バ・シェロの行く末を見届けようとする享楽の傍観者だ。


「待て、弟よ」

「兄よ! 久しいですな!」


 そしてその傍観者は今この雲の上にもう一人いる。それがハッターの双子の兄であり、ガウスにこの空中要塞を譲った張本人のネロ=ジャックマンだ。彼もまたこの場に初めから存在していたかのように、まばたきほどの一瞬でそこに現れた。


 身長はハッターと同じくらいの大男だが、しかし弟とは対照的に生気に溢れていた。赤い顔に艶のある黒髪、そして逞しい肉体の持ち主だ。


「何年ぶりだろうな、弟よ! いや、キャンディと呼ぶ方が……」

「ホホ、飴屋は10年ほど前に飽きましてね! 今のワタクシは帽子屋のハッターでございます!」

「おぉ、相変わらず飽き性だなァ、ハッター!」

「なにせ気まぐれですからね!」


 ネロとハッターが旧交を温めている中、他の者たちは全員ネロを警戒の目で見ていた。


「コイツがあの兄貴か……!」

「あの“塔”も彼の仕業か。話には聞いたけどなるほどね、世界最強の転移系魔導士だ」


 ネロも享楽の傍観者には違いないが、しかし完全な中立ではなかった。彼はたとえ自身の享楽のためとはいえ、少なくともガウスに肩入れしているからだ。


「オイ! テメーがガウスを連れてきたんだな!」

「いかにも」

「なんでそんなことしやがった! テメーのせいでエリーンたちはなぁ……!」


 ネロこそが諸悪の根源と言っていいだろう。

 そんなネロに猛烈な怒りを露わにするレンをちらりと一瞥して、彼は含みのある笑みを浮かべた。


「……ほう」

「おや、話には聞いてましたか」

「まあな。誇りの奴、カンカンだったぜ」

「おぉ、恐ろしや! オホホホホ!」

「笑ってんじゃねぇぞテメェ!!」


 殴りかかったレンがネロに触れた瞬間、レンは飛び掛かる直前に立っていた場所に戻っていた。

 ネロが転移の力でレンを動かしたのだ。


「おい、今は余計な魔力を使わせてくれるなよ」

「クッソが……!」

「それに貴様も余計な力を使うなよ」

「どういうことだい?」


 傍観者であるネロとハッターが彼らの前に現れた理由。それはまるで子供がままごとの決めごとをするかのように、これから起こる“遊び”の“ルール”を説明するためだった。


「あれを見よ!」


 ネロが指さすのは、黒鉄の塔。聖地ツァークが消滅し、そこに現れた野望の象徴だ。


「あれこそがこのニエ・バ・シェロが兵器として生まれ変わるための最後の鍵!」

「本来ならそれは巫女の魔力を要するのでしょうがね。誇りの王は自らの力を以てこの秘境を掌握するのです!」

「誇りの王も相当キレていたからな。予定を前倒しにして今すぐ侵攻を始める気だ」

「一時間後には地上は火の海ですよ! それも良し!」


 そう、これは異常事態ではない。いずれ起きただろうことであり、もっと言うなればこれはガウスがここに来た瞬間から決定していたことだった。


「まだおれたちが邪魔できるのに?」

「塔の転移は年がかりで準備したものだ。一度しか使えん」

「言葉が足りませんよ、兄上。……あの転移とともに数多の兵が運ばれてきました」

「まだるっこしいなぁ!?」

「……なるほど」


 またも殴りかかろうとするレンを止めて、ミツキは一人で納得した。それをかみ砕いて説明する。


「おれたちは相当な脅威と認められたらしい。数で仕留めるために一度きりの切り札を前倒ししたんだ。ついでに……とは言わないけど、地上侵攻だけが目的じゃなさそうだね」

「ああ、そういうこと。まあ確かに奇跡的な戦果を挙げてきたものね」


 マオもなるほどと頷いた。


 転移は一度きり。使えば地上で建造した黒鉄の塔と、侵攻のための援軍が一瞬で現れる。

 これを今まで使わなかったのは、ここが有限の土地だったから。兵糧をはじめとしたあらゆる物資が不足する。しかし侵攻を始めれば地上からの補給が可能になる。つまりこれを使うタイミングは絶対に地上侵攻の直前でなければならない。


 その上でガウスは、今空中にいる戦力だけではレンたちを損害を抑えて殺し切るのは難しいと。少なくとも万全を期すには足りないと、そう判断した。地上侵攻のタイミングを前倒しにして、手遅れになる前に手を打った。


「戦況を見極める目は流石ですネ。名将と言われた眼は健在とみえる!」


 と、ハッターは評価した。


「止め方は二つ! 塔の機能を停止させるか……」

「誇りの王を止めるか、デス!」

「……!」


 もはやこの地は巫女の血族のものではない。ガウスは塔の機能をもってこの島の中枢にアクセスし、それを掌握する。

 予兆すらない地上への侵攻はガウスの思うがままに行われるだろう。それを止めるには塔かガウスのどちらかを止めるしかない。


「これは誇りからのメッセージだ。ここまで来い、とな」

「上等だ!!」


 ガウスは計画の実行を前倒しにした。

 潜り込んだネズミたちにこのまま好き勝手させ続けるより、ネズミたちが自ら向かってくるしかない状況を作り上げた。


「それともう一つ。弟が貴様らに一度だけ肩入れしたようだからな、俺も一つだけ誇りに情報を与えておいた」

「なに……?」

「オーガたちが船を一つ奪って逃げるつもりだとな」

「な、テメェ!」

「奴らはこれから裏切り者のオーガどもを皆殺しにするだろう。まあ大局に影響はないが、幾ばくかは面白くなろう」


 ネロは他人事のように言い放った。彼はこの最終決戦が少しでも面白い見世物になるように調整しただけで、どちらの勝敗にも興味はないのだ。そもそも圧倒的にガウス軍が優勢なのだから、彼はもっぱらレンたちがどこまで抵抗できるかという風に考えている。


「まあまあ、どうせ同じこと。知られずとも逃げ出すことは不可能でしたよ。オーガたちの船は意思なき大地の魔力を動力としていたわけですが、じきに誇りの意思の魔力と融合しますから」

「つまりおれたちが船に乗り込んでもそれは動かせないってことかい」

「そんな! リリカはどうなるんだ!」

「……ま、そこのお嬢さんならどうにかできるかもしれませんがね」


 ハッターは含みのある言い草で何かを匂わせつつ、エリーンを一瞥した。


「おい、ハッター。肩入れはよせと言っているだろう」

「いえいえ、これは調整ですよ兄上! 希望の光を追えばこそ、ヒトはより輝きを見せる生き物ですから」

「……まあいい。これではっきりしただろう、お前たちのすべき戦いが」


 ネロがそう言って”ルール”の説明を終えた。


「気に食わねぇ! オレたちはテメェの玩具じゃねぇんだぞ!」

「レン、今は抑えて。気持ちはみんな同じだ」

「くそっ、わかってるよ! 覚えてろクズ野郎!」


 ガウスも、レンたちも、エリーンたちも、地上に生きる罪のない人たちも。そのすべてを手の内で転がしてそれを眺め楽しむ外道。ネロ=ジャックマンに対する怒りはその場のほとんどが感じていた。

 だがそれを言っても始まらないのもたしかだ。全員の中で特に怒りを感じていなかったカルキが、ぱんと一つ手を打って状況を簡潔にまとめ上げた。


「つまりガウスは船に攻めて塔を守る。僕たちは船を守って塔を攻める。そういう戦いだね?」

「ち。こうしちゃいられないな」

「急ぎましょう、まずは全員で船を守って……!」


 その時、再び黒竜の咆哮が天を衝いた。


「悪い、マオ。アタシはアタシの戦いをしなきゃいけないみたいだ」

「ソリューニャ……!?」

「コルディエラが双尾を呼び出した。アタシが行かなきゃ全てが消し飛ぶね」


 ソリューニャが天に手をかざす。上空の空間が赤く裂けて、深紅の竜が現れた。先日の死闘でできた傷はすべて消えており、それどころか見るものすべてを圧倒するほどの生命力にあふれている。


「行くぞ、炎赫」

『こんどこそ終わらせるぞ、主よ』


 背にソリューニャが乗り込む。


「双尾はアタシたちで止める! リリカを頼んだよ!」

「待てよ、ソリューニャ!」

「止めてくれるなよ、レン! これはアタシの戦いでもあるんだ!」

「止めねぇよ! オレも連れてけ!」

「レンさん!?」


 何人かがそれを止めようとしたが、レンの決意は固かった。


「こうなっちまったら逃げても仕方ねぇ。敵だって船で追ってくるぞ、それも一隻どころじゃねぇ。たとえ動かせても、だからそれだけじゃダメなんだ」

「う、それは……」

「核心なのです……」

「船は壊させねぇ。この島も止める。リリカだけじゃねぇ、全員で生きて帰る! だったら方法はひとつしかねぇだろうが!」


 レンは炎赫によじ登ると、言った。


「連れてけ! 俺を塔まで!!」

「……はぁ。こうなっちゃ聞かないね。炎赫、アタシからも頼むよ」

『承知した』

「おいおいレン」


 声を上げたのはジンだ。


「お前は敵を直接見てねーからそんなことが言えるんだ」

「あんだよ、ビビってんのか?」

「馬鹿言え。俺も行くって言ってんだよ!」


 ジンも竜の背に飛び乗った。


「一人で行かせるかよ、ばーか」

「ははっ、そうこなくちゃな」

「……俺も行く」

「はぇ?」


 ジンに続き乗り込んだのはハル。

 カルキが驚きの表情を浮かべている。


「こらこらこら……明らかにそっちのが危険でしょーが、ハル」

「……悪い」

「ホントだよ」

「……」

「ま、キミが行くなら仕方ない」


 カルキは大きくため息をつくと、ハルに続いた。


「たしかにレンの言うとおり、船を守っても未来はない。かといってこいつらだけじゃ不安マシマシ」

「んだとコノヤロウ」

「君の判断は理に適っているのかもね。いや、それよりも……」


 レンとジンとの間に絆があるように、カルキとハルの間にだってそれはあった。


「キミの勘はよく当たるんだ。それだけで僕はいつも命を預けてきた」

「……ああ」

「今回だって同じさ。いつも通り“生き”ようぜ」


 炎赫は一つ咆哮を上げると、翼を広げた。


「ミュウ! また後でな!」

「……っ、また後でっ! 絶対に、またっ!」

「おう!!」


 炎赫が飛び立った。

 あとに残された者たちも、それぞれの戦いのために動き出す。


「我々も行きましょう、巫女様」

「はい!」

「おれたちも無茶を通しに行きますか」

「ミュウちゃん、行くわよ!」

「はいなのです!」


 全員で生きて帰る。

 それはここに来てから今に至るまでずっと彼らの胸中にあった希望だ。

 絶望的な戦力差も、逃げ場のない恐怖心も、初めからなにも変わっていない。

 それでも彼らは屈しない。希望は常にそこにあって、そして今、その希望が目の前にまで近づいているのだ。


「ジン、勝つぞ!」

「おう!」


 それが彼らを奮い立たせる。

 何度でも、何度でも、立ち上がらせる。


 必ず勝つ。

 彼らの希望は闘志としてかつてないほど燃え上がっていた。






「オホホホ! 良き眺めですな!」

「まったくだ。このために長い間積み上げさせてきたんだからな」

「相変わらず気の長い遊びがお好きですな、兄上!」

「なあに、たまたまそうなっただけ。……気まぐれだ」


 気まぐれの兄弟は、雲の上の島よりもさらに高いところ。浮遊する不思議な椅子に腰かけていた。

 まさしく特等席。すべての戦場を一望できる。


「さて、まずは竜同士の戦いが見られますな!」

「こればかりは俺も誤算だったぞ。まさか赤き竜が生き永らえていたとは! まさか千年越しにその因縁を拝めるとは!」

「たまりませぬな」

「ああ、たまらんな」


 二人の眼下では赤の翼と黒の翼が衝突する。

 ネロが15年ものあいだ待ちわびていた空前のショーは、伝説の戦いで幕を上げたのだった。

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