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魔導士たちの非日常譚  作者: 抹茶ミルク
カキブ編1 街並と竜人
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ギルドとクエスト 3

 

 夕焼けが街を朱く染めた頃。リリカがギルドに飛び込んできた。


「ただいま~!」

「あぁ、リリカ。お疲れ様」

「うん!」


 ソリューニャが労う。


「いやぁ、無事で良かったよ、ホント」

「心配しすぎ! あんなの楽勝だよ!」

「まあ、そうだろうね……っと、お疲れさん、ガル」

「ああ……」

「どうしたんだ? そんなに疲れたか?」

「これが元気に見えるか?」

「……すまん」


 ソリューニャが顎をしゃくった方には、テーブルに突っ伏したガルの手下の姿があった。

 そうか、あいつらも心臓に悪いもん見たんだな……と、ガルは急に絆が深まった気分になる。


「はい、これ報酬だよ。ありがとね」

「はは。まさかソニアに依頼を頼まれるとは、びっくりしたぜ」

「アンタらは面倒見がよくて仕事が確実だからね」

「お、ソニアに認められてたなんて光栄だな!」



「よぉ! 遅かったじゃねぇか!」

「少し遠かったのよ。あんたらとは違ってね」

「ふーん。お前は何狩ったんだ?」

「とぅれんと。楽勝だったよ」

「トゥレントか! 見つけるの大変だったろ?」

「ううん。依頼人の仲間が案内してくれたわ」


 こうして彼らの初仕事は終わった。

 報酬総額は54900V。

 登録料を差し引くと、のべ24500Vという利益となった。

 これでしばらく食事には困らないだろう。


 ◇◇◇


「お疲れ様です、お頭」

「ああ。お前たちも大変だったみてぇだな」

「そうなんですよ!」

「聞いて下さいよ! 俺がついてったボウズなんて、素手で大熊(ボコ)したんですよ!? ありえないっすよね!」

「俺の見た嬢ちゃんなんてトゥレント瞬殺してたぜ」

「なんというか、さすがソニアの友達って感じでしたよ」


「「「はぁ……。疲れた……」」」


 男三人、大きな溜め息が夜空に吸い込まれていった。


 ◇◇◇






「こ、こ、これが~~!」


 一人興奮するリリカ。彼女はいま夢中になってゴロゴロしているところだ。


「大陸式寝具、通称ベッド!!」


 ベッドという新天地の上で。


「ふぉぉぉぉぉぉお! 気持ちいい!」


 バタバタバタバタ

 ゴロゴロゴロゴロ


「あー! ダメって言われてるけど! 言われてるけども!」

「リリカ~」

「跳ねたいっ! 跳ねたいよぉ!」

「おーい、リリカさーん」

「はぁ、はぁ、はぁ……。あ、ソリューニャ」

「飯食いに行くよ~」

「わーい。あ、帽子いる?」

「いるよ」


 ここはギルドが管理する寮である。

 家からギルドまでの距離が遠かったりするギルドメンバーはだいたいここを利用するのだ。

 今日は四人はここに泊まることになっている。


「あ、じゃあレンとジンも呼んでこないとね」


 部屋はリリカとソリューニャ、レンとジンの二組に分けてある。

 一見するとごく自然な分け方だが、ソリューニャとしては四人部屋が良かった。

 なぜなら、


 バキバキッ!


「ああーーっ! やりやがったあいつら!」


 こういう事態を防ぐことができるからである。すでに手遅れだが。

 ソリューニャは慌ててレンとジンの部屋に行く。


「こらぁーーーーっ!!」

「げぇ!?」

「うわ!?」


 二つともベッドが壊れていた。

 無残にも真ん中からバッキリと、真っ二つになっている。


「だってよー、このベッドが脆いんだ」

「そうそう、レンの言うとおり!」

「やかましいーー!!」

「いでっ!」

「あだっ!」


 弁償代20000V、残高2400V。明日も仕事に行くことが決定した。


「いーなー。やりたいなー」

「絶対やらないでね!?」


 ◇◇◇






 それから数日間、四人は寮に寝泊まりしながら仕事をしていた。ギルドではソリューニャが連日現れるので、ちょっとした話題になっていたりする。

 そして、それなりに貯蓄も出来たある日の朝。ギルドがいつも以上に騒がしかった。


「やあ、何かあったのかい?」

「おお、ソニア。実はな、緊急クエストが入ったんだよ。一年ぶりにな」

「緊急クエストって?」

「ん? そうか、嬢ちゃんは最近入ったばっかりだったな。緊急クエストってのは、急ぎで解決すべき依頼ってことだよ」


 補足をすると、大抵の緊急クエストには国が絡んでいる。

 問題を解決するのに大規模な武力が必要になった場合、国からの依頼という形でギルドからも戦力を募ることがある。

 当然、国から派遣された兵なども参加しているが、国が即座に動かせる兵の数にも限りがあるため、即戦力となる地方ギルドは便利な存在なのだ。


「ぶっちゃけギルドとしては大歓迎なんだよ。国が絡んでるから報酬も普段の比じゃないし」

「まあ、国との関係に波を立てたくないってのが大きいがな」

「うん、よく分かんないけど急いでるんだね!」

「端折りすぎっ!」

「嬢ちゃん……」

「あーっ! またバカを見る目で見るー!」

「…………」

「…………」


 年に何度とない割のいい仕事。

 それが今日のお祭り騒ぎの原因だった。


 ◇◇◇






「と、いうわけでー」

「やってきました! トゥレント狩り!」


 四人も緊急クエストを受注した。

 緊急クエスト「トゥレント大量発生」である。場所は昨日リリカが二体のトゥレントを蹴り飛ばした村よりさらに遠くにある広い森だ。

 ただし四人は、他の団体からは少し離れた所でトゥレントを狩る。


「いい? 幹の芯の部分に魔力を帯びた木片が埋まってるから、それを綺麗な状態で取るんだよ」

「へぇー」

「例えば、こんな風に、ね!」


 そう言って、ソリューニャが近くのトゥレントに襲いかかる。

 接近に気がついたトゥレントが何本ものツタを伸ばして迎え撃つが、


「よっ!」


 ソリューニャが武器であるカトラスでまとめて叩き斬る。

 カトラスの二刀流。ソリューニャの基本戦闘スタイルだ。


 また、このカトラスは魔力を通す素材で作られた刃のないもの。刃物というより鈍器に近い。

 まだパルマニオが滅ぶ前、ソリューニャが訓練用として使っていた武器である。

 そしてそれは、あの日持ち出した唯一の「思い出の品」だった。年頃の女が持つにはいささか物騒なものではあるが。


 ソリューニャは向かってくるツタを両の手に持ったカトラスで捌きながら、トゥレントに肉迫する。

 そして、


「はぁっ!」


 すれ違いざまに幹の根元を叩き割る。

 ソリューニャの剣に刃はない。ゆえに、「叩く」のである。


「おお~」

「すげ~」

「いい? 木片は幹の真ん中あたりに入ってるから、そこは避けて攻撃するんだよ」


 そう言いながら、ソリューニャは倒れた幹から魔力を帯びた木片を引き抜いた。

 脈動しているような、奇妙な雰囲気の木片だ。

 この木片の数に比例して報酬が出るのである。どれほどの数を倒したとしても、木片がなければそれはただのボランティアとなってしまう。


「はい、じゃあなるべく人のいるところは避けてね。それと、ここを集合場所にするから、迷子にならないように。あと、他より強力な上位種の存在も確認されてるから、一応気をつけるようにね」


 ソリューニャは一際大きな木の根元に夜営具を置いた。

 遠くからでも目立つこの木が集合場所の目印である。また、この木が周辺の栄養を独占しているようで、丈の短い草が生えているのみという、拓けた空間となっているのも目印となる。


「よし、じゃあ日が沈む頃に一旦ここに集まってね。火、焚いとくから。以上、解散!」

「よっしゃー! 競争だぁ、ジン!」

「望むところ!」

「あたしも自信あるよ!」


 レンとジンとリリカはそれぞれ三方に散っていった。

 元気すぎるその背中に若干の不安を覚えながら、ソリューニャもまた木々の中に入っていったのだった。


 ◇◇◇






(なんでこうなるのよ……)


 リリカは困っていた。


「…………」

「ちょっと、どこ行くんだよ。そっちは人気が少なくて危ないぞ」

「…………」

「なあ、聞いてるのか? おーい」

「…………」

「僕のアドバイスを無視するとは、なかなかやるじゃないか。その度胸は認めるけど、ときにはそれが命取り……」

「あぁもう! うっさい!!」


 それはもう、本当に困り切っていた。



 ことの始まりはリリカがこの少年を助けたことだ。

 ツタに足をとられ尻餅をついている少年が視界に入ったため、リリカはトゥレントを蹴り飛ばして少年を助けたのだ。

 そして当たり前のように木片を抜き取ったのだが。


「ま、待て!」

「…………」


 少年の制止に、「何か?」という意志を目だけで伝える。

 ソリューニャに、極力人と接するのを避け会話も最小限にと言われているのだ。バカ正直にきゅっと口を結んで、喋らないように努める。


「僕の獲物だったんだ! 横取りするな!」

「……は?」

「獲物の横取りは許してやるが、木片まで持っていくのは許さないぞ!」

「えぇぇえ?」


 もともとが単純で挑発に乗りやすい性分。無言の仮面はあっという間に剥がれた。


「何言ってんの!? 助けてもらったならありがとうだよ!」

「ち、違う! 僕は一人でも勝てた! だからあれは横取りだ!」

「横取りじゃないよー!」


 少年はリリカよりやや幼い。まだ子供といってもいいほどだった。そんな生意気盛りの子供とリリカの同レベルな言い争い。

 はっきりと言うと、少年はピンチだった。リリカが見つけなければ確実にやられていただろう。

 だが、高いプライドと自信がそれを認めるのを拒んだのだ。


 なんとも不毛な口喧嘩。

 終わらないかに思われたそれは、乱入者の登場によって幕を引く。現れたそれは、幹も枝も葉も黒ずんだ異様なトゥレントだった。


「黒いとぅれんと!?」

「うわ……! じょ、上位種!」

「これがじょーいしゅー? 黒くておっきいだけじゃん」

「知らないのか!? こいつ一体で並みの十体分の力だと言われてる!」


 それは、ソリューニャも言っていた上位種だった。

 確かに、今までのとは雰囲気が違う。トトも完全に腰が引けている。


 だが、

「あ! じゃあ、お得ってことだね!」

「ば……っ! 逃げ……!」


 バキバキバキィ!


 リリカの戦闘力は上位種すら軽く上回るようだ。耳をつんざくような奇妙な断末魔が響き渡った。


「んな!?」


 逃げようとした姿勢で固まった少年をよそに、リリカは上位種の残骸をあさる。

 そして木片を引っ張り出し、


「えぇー!? 全然お得じゃないよ! もっとたくさんあると思ってたのに!」


 並みと変わらず一つだけの木片に文句を言うのだった。

 至って自然体のリリカだったが、少年は違った。

 当然だ。自信家で意地っ張りな自分が迷わず逃げようとしたのに、その少し年上くらいの少女はこともなげにそれを仕留めたのだ。

 少年の高い自尊心に傷がついた。


「ふぅ」

「待て。認めるよ……」

「え? 何を?」

「君の力だ。本気の僕ほどじゃないけどね」

「ふーん。ありがとう?」

「ま、待てよ! 僕が認めると言っているんだ! この、僕が!」

「う、うん? 言ってるね?」


 リリカからすれば全く興味のない話だった。

 そもそもリリカはこの少年のことを知らない。リリカは足早にその場をあとにしたが、少年も後をついてきた。


「お、おい! 僕のこと知らないのか!?」

「え、うん」

「っ、僕はトト=グーザンザ! グーザンザ家の一人息子だ! どうだ? 驚いたか!?」

「え? ていうかトトはないよ」


 リリカがよく知る大陸の人間と言えば、レンとジン、ソリューニャくらいなものだ。

 どうやら有名な名前らしいことは伝わってきたが、それだけである。リリカとしては「トト」など島の泣き虫小僧のイメージしかない。


 その間も一向にストーキングをやめないトト。

 だんだん面倒くさくなってきたリリカの受け答えも冷めてきた。そしてそれが困惑へと変わっていき、先の展開へと至ったのだった。

 カトラス。片手ずつ持って振り回すような武器ではありませんが、まあ、魔術のアレです。

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