孤島
暴風に巻き込まれた二人がまず感じたのは、不思議な浮遊感と下からの強烈な風圧だった。
「……お? な、なんだ!?」
「え、ぇええ!?」
二人の周りには、あの平原から切り取ったかのような土や草花が浮いている。だが、それは彼らの足場とはなってはいない。
彼らは地上から遥か上空にいた。
自由落下していく二人がまず見たものは、遥か遠くの山脈に沈む夕日である。
そして次に見た下方には、落下地点となるであろう小さな孤島と、それを囲む荒波の海だった。
辺り一帯見渡す限り、夕日の方角以外は水平線が広がっている。
二人がゆっくり見られたのは、そこまでだった。
落下速度はどんどんと大きくなっていき、二人の体は危険信号を発し始めたからだ。
レンは着地の衝撃を和らげるために、残りわずかな魔力を手のひらに集める。
「……っ!」
魔力を操った瞬間、レンはその魔力に違和感を感じた。
「レン、どうした?」
やや不安定に揺らいだレンの魔力に気づいて、ジンが叫ぶ。
すでに下からの風は強く、叫ばないことには伝わらないほど速度が出ていた。
「…………!?」
そのジンも、衝撃に備えるために魔力で身体強化をしようとした瞬間、レンと同じ違和感を感じた。
眼下に島の森が迫る。
この奇妙な違和感について考えるのは後だ。
そう判断して、レンは手の平を下に向ける。
すると手を中心に風が巻き起こる。
バフッ!!!!
手の平から放たれた風は、まるで見えないクッションのように、二人に抵抗を与えて落下速度を落としていく。
そしてバキバキと木の枝を折りながら、二人は森に落下した。
「ってて…………」
「っつつ…………」
ジンは地面に叩きつけられたが、魔力による強化と落ちたところが腐葉土だったこととで、大した怪我はない。
レンはほとんど魔力が残っていなかったが、木の枝が衝撃を吸収してくれたおかげでやはり大した怪我もなく木の枝に引っかかっている。
「サンキューレン、助かったぜ……。って、あれ? どこだ?」
「上だー、ジン」
「え、高っ!」
ジンが驚いて声を出した瞬間、ビリッという音と共にフードが破れてレンが落ちてきた。
「うわっ!」
「ぶげっ!」
「いって~~。しかも服破れたし」
「なにすんだテメ!」
「「ガルル」」
すると、騒がしい音を聞きつけたのか、二頭の虎の子が茂みから現れた。
よちよちという表現がピッタリな様子の二頭は、好奇心旺盛と言わんばかりに近づいてくる。
「あー、虎か?」
「子供だけ……ってわけないわな」
「どーしよ、逃げる?」
二人が喧嘩をやめたのは、虎の子に癒されたからではない。
二人にはある経験があったからだ。
その経験則に従って、すぐにその場を離れようとする二人。
だが、既に遅かった。
彼らの正面から、低い唸り声をあげて母親と思われる巨大な虎が現れる。
「……うわー、最悪だな」
「逃げる……のは無理そうだな……」
「もうオレ魔力ねーぞ」
経験。それは二人が小さい頃に熊の子と遊んでいて、親熊に襲われたというものである。
その時はたまたま父親が来てくれたが、もし来なかったら逃げ切れはしなかっただろう。そのときに、こういうときはその場から離れるのが一番であると教わった。
レンは訓練と風爆弾の暴発、そして先の風クッションで魔力を使い果たしてしまっている。ジンもわずかに魔力を残すばかりで、戦うのは難しい。
さらにこの森の木々はどれも巨大で、広い間隔をとって生えている。あの巨体が素早く動くのに十分なほどに。
つまり逃げるのは無理そうだった。
「あーあー。虎の母ちゃん? オレたちいじめたりしてないぞ?」
「なぁ? チビども?」
「「ガルル!」」
それでも見逃してもらえる可能性をかけて、なんとかなだめようとする二人。
こんな見ず知らずの場所で、しかも疲労困憊。今彼らは無闇に危険を冒すつもりは毛頭なかった。
だが、二頭はゆっくり離れようとする二人によちよちと付いてきてしまう。
それに合わせて親虎もゆっくり近づいてくる。
「ちょ、チビども! 母ちゃんとこに戻れって」
必死な思いが伝わったのか、踵を返して親のもとへ走り去る二頭。
親に二頭が甘えているうちに、二人はそろそろと後ずさる。
だが、
「ガオオオオォォ!」
「わっ!」
「アブねっ!」
離れる二人に気づいた親虎が、たったの一歩で接近して攻撃をした。
「あーっ! やりやがったなテメェ!」
「くそ、見逃しちゃくんねぇらしい!」
追撃を加えんとする親虎に啖呵を切る二人。
血の気の多い二人の頭から、逃げるという選択肢がどこかへ行った。
ジンは残りの魔力でトンファーを創造する。
今は魔力残量の関係で片手だけだ。
レンもそのへんに大量に落ちている木の棒を拾う。
爪の一撃くらいは防げそうだ。
二人はとりあえず、空になった魔力が自然回復するまで攻撃をよけ続けることに集中する。
魔力がなくとも、彼らには驚異的な身体能力が備わっている。
魔力が切れても身体的な悪影響はないのだ。
大振りな攻撃をよけることはさほど難しいことではない。
「ガルルルルル!」
「うりゃ」
「ほれ」
巨体の繰り出す突進は軽やかによけられ、脚部にトンファーと木の棒が叩きつけられる。
しかし、ダメージはゼロに等しい。
巨体の虎はパワーこそあるものの、小さい的には当たらず、逆に打たれどころが多いため一方的な攻撃が行われる。
「おし! 行ける!」
「俺もだ!」
「ガルルルルル!」
身体強化数秒分の魔力がたまったと同時、虎がその鋭い爪を横に払った。レンは強化された脚力で虎の頭上まで跳躍し、ジンは屈んで爪をよける。
「隙ありーーっ!」
「とぁーーっ!」
そしてレンは魔力の込められた拳を、ジンは魔力を纏わせたトンファーを、それぞれ頭と顎にぶつけた。
その一撃で虎は吼えることもできず地に伏した。
「オレたちの勝ちだ」
「あっはっは。いや、やれるもんだなー」
「けどまた魔力なくなっちまった」
「それに変な感じしたな」
「「ガルル!」」
地べたに座り込む二人に、二頭の虎の子は精一杯威嚇をする。
毛を逆立てながら小さな牙を剥く姿はなかなか勇ましいが、近づいてこないところがまた微笑ましい。
レンが立とうとすると二頭はビクリと硬直して後ずさった。だいぶ恐れられたらしい。
「あ? なんもしねーよ」
「母ちゃんもちょっと寝てるだけだから」
そう言い残してその場を離れようとした、その時。
「ああーーーーーーっ!!!!」
薄暗くなった森に高い声が響き渡る。
驚いて振り向いた二人の目は、怒った顔で間近に迫る一人の少女を捉えた。
そして、
「何してんのあんたたちはーーーーーっ!」
いきなり頭をぶん殴られた。強烈な衝撃。
疲れに加えて魔力もなかった二人は、ひとたまりもなくぶっ倒れた。
レンのパーカー、破れる。
この世界での服装はかなり適当に設定してあります。中世ヨーロッパ系の鎧とかから、近代ジーンズ文化まで、幅広く出すつもりです。




