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魔導士たちの非日常譚  作者: 抹茶ミルク
天雷の大秘境編2 味方と敵
199/256

雲一つない星空の下で

 

 

 雲の上、雲一つない星空の下。

 焚火を囲む、レンとジン。


「人殺しの眼ってな。カルキに言われた」

「そうか」


 雲の上に来てからここまで、こうして腰を据えて話すことはなかった。たった数日離れていただけなのに、二人がそれぞれ経験した濃密な時間はまるでこれが本当に久々の光景であるかのように錯覚させた。


「オレもな、思い出してたよ。あの日のこと」

「そうか」


 今でもあの日の出来事は二人の記憶に強く残るルーツだ。あの日が今のレンとジンを作ったことを、彼らはお互いに理解している。


「強くなったのかなぁー、俺」

「ああ。もっと強けりゃって思うこと、いっぱいあるよ」

「俺もだ。ガウスにも四天にも敵わねーって思っちまった」


 力は今すぐに手に入るものではない。

 それでも戦いは彼らが力をつけるのを待ってはくれないから。だから、今あるものをありったけ絞り尽くすのだ。


 手段を選べる力。それは原点(ルーツ)から何年も経った今でさえまだまだ遠い。


「もどかしいなー」

「悔しいよなぁ」

「でも、やるしかねぇんだよな」


 二人は枝を手折って、そのやりきれなさを燃やすかのように火にくべた。


「なーに辛気臭いツラしてんのさ」

「ソリューニャ。体は平気か?」

「まずまずさ。まだ少し指先に痺れが残るけど、五体満足で四天を倒せたんだ。上等だろう?」

「そっか、そうだな」


 ソリューニャが腰掛けて、三人になった。


「そう、だな。まず報告しとくね」

「んあ?」

「黒竜・双尾に契約者がいたよ」

「けーやくしゃ?」


 ソリューニャは双尾の契約者であるコルディエラの話をした。自分が紅竜・炎赫の契約者である以上、いつかは戦うことになる。


「よーはあれか、黒い竜とはまた戦うのか」

「そういうこと。それがいつになるかはわからないけどね」

「千年前からたくさん戦ってきたもんなー。そう簡単に決着つかねぇよなそりゃ」

「たしかにそうだね」


 千年前、互いに互いを封印した双尾と炎赫。彼らは幾度となく戦い、そしてその戦いは千年を経た今でも続いているのだ。

 さらにその戦いは、きっと遠くない未来にまた訪れる。


「ま、いんじゃね? つーか炎赫にこの島吹っ飛ばしてもらえば全部解決すんだろ」

「おいおいジンお前天才か!?」

「天才ってか天災だよ!」


 ソリューニャはジンの頭をはたいて、言った。


「……ま、無理だろうね。炎赫は人の味方。“人”が死ぬことはしないんだ。それに力は双尾の抑止力として残しておかなきゃいけない」

「なんだ! いい奴じゃねーか!」

「誰だよ天災とか失礼かました奴ァ」

「アタシだけどさぁ!?」


 三人は笑った。

 その笑い声に釣られたかのように、ひょっこりとミュウも現れた。


「お、おはようなのです」

「よう。ケガは?」

「バッチリ治ったのです! 体の調子も昨日よりいいのです!」

「あー、オーガの秘薬? みてーなの貰ってな、それ飲ませたからかもな」

「まあとにかく座りなよ。アタシの隣においで」


 ミュウが座って、四人になった。


「あの時は来てくれて助かったよ。すごい力だったね」

「お、パワーアップでもしたのか?」

「はい、それが……」


 ミュウが杖を手に持つ。四本の幹が捻じれて絡み合ったような形状の、神樹から作られた杖。


「フィルエルムでミカゲさんたちが狙ってた宝物、覚えてますか?」

「えと、神樹の至宝……はヘスティアのことだっけ。あとは盾と、弓……?」

「そうです。神弓アルテミス、聖盾セレスなのです」

「……なるほど」

「それがどーかしたのか??」


 納得したソリューニャはミュウが矢のような攻撃を放っていたことを朧げに覚えていた。


「これがそうなのです」

「……あのな、これ弓じゃないんだぜ?」

「えっと、もう少し休むか……?」

「違うのですーー! 優しくしないで下さいーー!」


 ミュウが身振り手振りも交えてわたわたとがんばる。そのかいあってレンもジンも一応納得してくれた。


「へーこれが解けるのねー……」

「解いてみていい?」

「ダメなのです! ダメなのです!」


 ミュウは肩で息をしながら、ふぅと息を吐くとまた座った。


「……私、初めてちゃんと戦えた気がするのです」

「そんなこと……」

「いつもいつも助けてもらって……怖い敵はみんなレンさんたちがやっつけてくれて、私は傷付いた皆さんを治すことばかりで……」

「そんな……ことは……」


 ぽた、ぽた。

 火の輝きを映す雫が地面に黒いシミをつくる。


「初めて、初めて自分で戦えた気がしたのです。やっと近づけた気がしたのです」

「……!」


 ソリューニャもその気持ちは分かる気がした。

 カキブで知り合ったレンたちの背中が遠く眩しく見えて、それに憧れた。

 だから、分かる気がした。だから、かける言葉があった。


「ミュウ。頼りにしてるよ」

「ソリューニャさん……!」

「そうだぜ、ミュウ。前よりもっと心強くなったぜ!」

「ああ、一緒に戦おうぜ!」

「レンさん、ジンさん……はいっ!」


 ミュウは吐き出した。燻らせていた弱さを吐き出した。


「……アタシも、あるんだ」

「ん?」


 だからソリューニャも、それを伝えることを決心した。


「アタシには炎赫がいるから……それが原因でアタシだけは生かされるって知ったとき、ちょっと安心しちゃったんだ……」


 ソリューニャは左肩を押さえながら、震える声で独白した。赤い滲みはまるで呪いのようにこびり付いて脳から離れない。


「炎赫がいるから……少なくともアタシだけは逃げられるって……」


 ソリューニャは爪が食い込むほど強く肩を抱いている。

 よく似た顔のあの少女の、あの無垢な瞳がフラッシュバックして。ソリューニャは嘔吐きながら自分の咎を晒した。


「一回じゃないんだ、それを考えたこと……」


 目の前で揺れる炎の中にあの少女がいる。どうして逃げないのか、と。復讐は諦めたのか、と。ソリューニャの咎を暴いた少女がいる。

 ソリューニャは今もあの白いワンピースを着ているような、あの赤い染みが広がるワンピースを着ているような、そんな錯覚に陥る。


「ふーん。ま、いいんじゃね?」

「……え?」

「やっぱ頭いいなぁーソリューニャ。俺、一人で逃げちまうかもなんて思いつきもしなかったぞ」

「わ、私も気づかなかったのです。……えいっ!」

「ミュウ……」


 隣のミュウが抱き着いてきた。

 そっと手を掴まれて、肩から下ろされる。血は滲んでいなかった。


「ほんと、何言ってんだ。ソリューニャは逃げなかったぞ?」

「アタシ……だって、ズルいこと考えて……裏切……っ」

「考えただけなのですっ! ソリューニャさんの優しさは変わらないのですっ!」

「おーよ。四天にも命懸けで立ち向かったんだぜ? 行動は嘘にゃなんねーよ」


 ぎゅうと力が籠る。


「ま、そーいうこった。気にしねぇよ」

「うん……ごめん、吐き出せてよかった」


 ソリューニャの弱さの底には一つの強さがある。

 みんなで生きて帰る。

 その気持ちはたとえ弱さに隠れようとも確かにそこにあったし、レンたちには言われずともそれが見えていた。


「お、やってるねぇ」

「お空の夜は一段と冷え込むねー」

「マオ。ミツキも」


 二人はミュウの隣を巡ってちょっと争い、ミュウは照れくさくなってソリューニャから手を離した。

 小競り合いに勝ったマオがミュウの隣を確保し、その隣にミツキも座る。


「あーさぶさぶ。ミュウちゃんで暖とっていい?」

「火があるのです」

「やーんつれないな~」


 ひょんなことで知り合った二人とはここまで一緒にやってきた。もうすっかり打ち解けている。


「ジン」

「どうした、ミツキ」

「グリーディアに会ったよ」


 ミツキが切り出した。


「あいつか! それでどうしたんだ?」

「死んだよ、おれたちを逃がすために。おれたちは助けられた」

「……そっか」


 ジンは一瞬表情をこわばらせたが、すぐに寂しそうな笑顔になった。


「あいつ、負けなかったんだな」

「うん。負けなかった」


 それだけで十分だった。

 決して長く付き合ったわけではないが、それでも彼らはもう戦友になっていたのだ。


「……なあ」

「ん」


 静寂の中口を開いたのは、レンだった。

 そして彼が何を話そうとしているのかはもうみんなにも分かっていた。

 本当ならば、もう一人ここにいなければならないのだ。だが、怖くて誰も言い出せなかった。


「リリカがな、ガウスに挑んだ」

「ガウスに……!?」

「うん。でも、生きてる」

「ホントか!?」

「途中で反応が消えたから、私もう……」

「生きてる。生きてるよ。今も戦ってる」


 ミュウとソリューニャは泣いて喜んだ。リリカが死んでしまったとはそれまで考えないようにしていたが、やはりそれは深い悲しみとともに心の隅にあったのだ。


「お守りが焼け焦げてた」

「そうか……! そういうことだったんだね……!」

「んで、んー。そうだな……」


 言葉が器用ではないレンは考えて、ある一言を口にした。


「勝って」


 それはリリカが最後に残した言葉。


『よくやったな、リリカ。あとは任せとけ』

『えへへ……。ねぇ、レン』

『ん、なんだ?』


 託した気持ち。


『勝って』

『ああ』


「勝ってよ。いつもみたいに」


 リリカの想いを知った彼らは、何も言わなかった。ただその瞳に強い闘志を燃やしていた。


「……ってさ。あいつ、すげーよ」


 勝つ。勝ってみんなで生きて帰る。


「リリカはオーガたちが看てくれてる」

「とにかくそこに行けばいいんだね」

「ああ。それでこの戦いは……」


 その時、朝日は差し込んだ。

 雲一つない星空は、相変わらず雲一つない夜明け空に変わる。


 そして同時にニエ・バ・シェロが揺れた。

 ツァークに紫電迸り、次の瞬間それは閃光とともに消えた。


「うあ!?」

「っ!」


 ツァークは消滅した。そしてそこには歪で禍々しい黒金の塔が立っていた。それははたまた地獄から伸びてきた悪魔の腕か、魔物の爪か。


「……やるか」

「ああ、やろう」


 誰に教わるでもなく理解できた。ガウスが動き出したのだと。


「グォォォォォォォォォォォォオオオ!!」


 黒竜の咆哮は最終決戦の始まりを知らせる。地を揺らがす衝撃波は終末の焦土の夢想を見せる。


 運命が結末を急いだかのように、それは唐突に訪れた。

 雲の上の戦いはついに最終局面を迎えるのだった。




 天雷編最終章へ続く。

最後までお読みいただきありがとうございます。しばらく書き溜め期間に戻ります。新作やたびするようじょは更新するかもしれません。

それでは、雲の上の結末にご期待くださいませ。

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