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魔導士たちの非日常譚  作者: 抹茶ミルク
天雷の大秘境編2 味方と敵
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エリーンの戦い

 


 村に戻った時、真っ先に出迎えたのがスクーリアだった。彼女はレンたちがたくさんの怪我人を連れているのを確認すると、すぐに手当ての命令を出した。


「悪ぃな、助かるぜ。えーと、お前誰だっけ」

「スクーリアだ。いやそんなことよりもベルは!?」

「ああ、あいつが背負ってる」


 ジンが指さすと、スクーリアは慌てて駆け寄っていった。


「ベル、急にいなくなったかとおもえば……!」

「すまない……」

「事情は軽く巫女様から聞いたわ。言いたいことはあるけど、まずは傷を癒して」

「ああ」


 全員が運び込まれたところで一斉に手当てが始まり、それも終わるとエリーンが治癒の力を発動した。


「無限の神よ、有限の悪魔からみなヲ守って……!」


 彼女たちは無限の神を信奉し、有限の悪魔を忌むべき存在とみなす。代々、巫女の血筋にのみ伝わるこの治癒の祈りはまさしく無限の神の力によって再び命を繋ぐ無限の奇跡だったのだろう。


「へぇ、確かに素晴らしい力だ。大陸全土を探してもこんな芸当ができる者が五人いるかどうか……」

「ミュウもできるぞ」

「あのダークエルフの子も? そりゃすごい」


 エリーンは祈りを終えると、村中の人々を広場に集合させた。エリーンは重傷が完治したばかりのリラとウルーガに守られて、広場の中心に赴く。


「発表ガあるってさ!」

「なんだろうね。ついに戦うのかな?」

「馬鹿、巫女様がそんなことを望むわけないだろう」

「巫女様ー! ご無事でよかったー!」


 チュピの民たちはガウス軍に捕まっていた巫女が無事に帰ってきたということで浮足立っている。

 その様子を見たカルキが口笛を吹く。彼らにとっての巫女という存在がいかに大きなものであるか、こうして目の当たりにするとそれはまさしく宗教的だと思った。


「巫女様、なぜ戻ってきたのですか……!」


 傍に仕えるリラが小声で尋ねる。彼女には特に大きな傷はなかったため、レンたちが仲間の救出に向かっている間に完治していた。一方で傷が深かったウルーガなどはまだ眠っている。

 リラの問いにエリーンは笑って首を横に振ると、壇上に上がった。


「みなさん、ご心配をおかけしました!」


 エリーンが話し始める。

 聴衆が沸き立つのを、リラが静粛にと怒鳴って鎮圧した。

 しんとなったところで、エリーンはまた話し始める。


「リラたちが命を懸けて助けに来てくれました。オーガ族の人を頼って私だけが地上に逃れるという計画だったそうです」

「皆さんは知らなかったでしょう。私も知りませんでした。知られてはいけない大変な計画だから……」


 聴衆は困惑している。

 だったらなぜ巫女様はここにいるのかと。なぜ逃げていないのかと、そう思っている。彼らにとって巫女の命は何よりも優先されるべきものだし、巫女自身もそう考えているに違いないと信じているから、彼らはみな困惑している。


「リラ」

「はい」

「私を助けるために、何人の命が犠牲になりましたか」

「……4人です。ですがそれは我々が望んでやったことで……!」

「いいえ、私です。やはり私が背負うべき命です」


 エリーンは再び聴衆に向けて語り掛ける。


「私が今ここにいるのは、リラたちのおかげだけじゃありません」

「私にも友達ができました。地上から来た、人間という種族の友達です」

「彼はツァークの伝説も、私が巫女であることも何も知りませんでした。でも助けてくれました。何度も、命すら懸けて」


 エリーンはそこで一度息を整えると、広場の隅っこの木陰で胡坐をかいていた少年に問いかけた。


「レンさん! あなたはどうシて私を助けてくれたんですか?」

「ああん? 友達は死なせたくねーだろうが。理由なんか知るか」

「……ありがとうございます」

「んだよ急に、いちいち礼なんていらねーよ」

「ふふっ」


 静かに寝かせてくれと言わんばかりにレンが手を振る。


「正直に言います。私はずっと死にたかった」


「私なんかのために誰も死んでほしくない。私が死ねば誰も死なずに済むのに。そう思っていたから……」

「一度は耐えられなくなって……死のうとしました」


 でも、とエリーンは顔を上げた。


「それでも助けられて、怒られました」

「全部が私のせいだなんて思うな。みんな自分で戦うと決めたから、それは自分の戦いなんだと」

「私はその言葉で救われました」


 エリーンは力強く宣言した。


「もう死にたいなんて思わない!」


「今はちゃんと前を向いています! 頑張って生きています!」

「私のために戦ってくれた人のためにも! 私は生きたい!」


 エリーンは一度深呼吸をして、言った。


「そして! 私はみんなにも生きてほしい!」

「もう誰にも傷ついてほしくない!」

「それが私が決めた戦いです! 私の戦いです!」


「みなさん、私と一緒に生きてください!!」


 ◇◇◇



 

 エリーンの願いは届いた。


 チュピの民たちは先祖代々住み続けていた、彼らにとっては世界の全てだと言っても過言ではない大地を捨てるということだ。しかしそれももうじき侵略者の兵器として完全に生まれ変わるという事実、そしてエリーンの訴えが決心させたのだろう。

 もとより得体のしれない、曖昧な何かの終わりが近いことはみな感じていたのだ。無限の神を崇めながら、彼らはその矛盾をたとえ半信半疑だとしても理解できていた。


「少しずつだが塩が採れる量は減り、作物も小さくなっていた。ワシはとうの昔から、いつかこの地とともに滅ぶ日が来ると思うておったよ」


 村で唯一の老人は言った。


「だがチジョウに行けるならば。もしもそこで生きることができるのならば。それは素晴らしいことじゃないか」


 老人はそう言って、にこりと笑った。




 そもそもなぜ今までエリーン一人で脱出させようとしていたのか。

 それはチュピの民たちがガウス軍第七小隊によって監視されていたからだ。大きな動きを見せれば勘付かれる。だからこそベルは暗躍し、いずこからかオーガ族の計画を嗅ぎ付け、たった一人で交渉に赴いた。


「ベル、起きたのね」


 夕刻。

 ハルやミツキがまだ目を覚まさない中、一番はじめに起きたベルが外に出た。そこにはリラやウルーガら分家の者の姿があった。


「親父……!」

「座れ、倅よ。事情は聞いた」


 ベルがウルーガの隣に腰掛ける。


「まさかお前がそんなことを計画していたとはな」

「……はい」


 ベルは居心地悪そうに目を逸らす。

 そんな彼をかばうのは、正面に座っていたスクーリアだった。


「仕方ないわ。ウルーガ、貴方がそれを知ってはここまでうまくいかなかったでしょう」

「お前も知らされていなかったはずだが、スクーリア」


 ベルは一人でオーガ族と約束を取り付けた後、協力者を探した。

 分家で最も力のある存在は父であるウルーガ、それに次ぐまとめ役のスクーリアなどはしかし選ばず、分家の中でもまだ若いリラに声をかけた。


「この子の判断は正しかったと思う。私に相談の一つもなかったことも納得できるわ」


 リラを選んだのは、ガウス軍からのマークが薄いから。そして思想がベルと似ていたからだ。

 例えばウルーガに言えば、彼はきっと猛反対したに違いない。良くも悪くもニエ・バ・シェロへの思い入れが強く、そして何か行動を起こそうとすればすぐに敵に知られてしまう。スクーリアに言えば、彼女は結局ウルーガに相談していただろう。

 その点リラとは個人的な仲がいい。この地からエリーンを遠ざけるという苦肉の策にも理解を示してくれた。


「どうせ奴らが何かを始めたら、巫女様が用済みになったら。皆殺しにされるかもしれない」

「そうはならん! その時こそ再び立ち上がる時だ! 侵略者どもを退け、聖地を取り戻すのだ!」

「馬鹿ね。その結果が全身の穴ぼこじゃない。巫女様一人に辛うじて逃げてもらえるかどうか、そっちの方が希望はあったわね」

「む……ぅ……」

「ま、こうなることが見えていたからこそリラにだけ言ったのよね」

「ああ……その通りだ」


 リラは信頼できる数名にさらに事情を話し、エリーンが捕まる第四小隊へと出発した。


 だがここで状況が一変し、ガウス軍とチュピの民双方にとって予期せぬ混乱が起こる。


「レンさんたちが来たんですよね」

「巫女様! お休みになられていたのでは……」

「平気ですよ。最近は祈ることが多かったのでなんだか慣れてしまったようで、あまり疲れないんです」


 エリーンが来て、リラとベルの間に座った。


「私はレンさんに助けられました」

「そうですね……。私たちの力が及ばないばかりに、異人の手も借りなければなりませんでした……」

「そ、そういう意味じゃないですよ! リラさんたちには感謝をしています!」


 一つ目の影響は、それによりエリーンの逃亡が成功したことだ。


「それともう一つ。見張っていた奴らがやられた」

「三人の異人によってな。たしか……」

「ミツキとジン、カルキだ。どうやら地上では頂点に近い者たちらしい」


 マーヤ=ロール率いる第七小隊は、遺跡の整備とともにチュピの村の監視が主要な任務だった。

 だがそれも落ちてきたジンたちの手により壊滅し、一時的に監視が途絶えた。これが二つ目の影響だった。


「オレはこの混乱のうちに計画を実行することを考えた。特にたった三人で敵を打ち滅ぼした彼らは味方につけたかった」

「それでウルーガが大変な時にいなかったんですってね」

「それは……すまない」

「気にするな、倅よ」


 そうしてベルはジンたちに接触し、少なくとも敵対はしないようにうまく取り持った。またリーグにて騒ぎを起こそうとしている彼らを利用してガウス軍の目がエリーンの方に向かないようにと画策した。

 だがどこかでもっと大きな期待をしてしまっていたことも否定できない。ベルは第七小隊に続き第九小隊をも倒したジンたちが、長く雷雲に支配されていたこの地を解放する希望の矢にすら思えたのだ。


「……欲が出たんだ。彼らならもしかしたらガウスを打ち破ってくれるかもしれない。そうすれば巫女様だけでなく、チュピの民がみな地上に逃れられるかもしれないと」

「わかります。レンが味方してくれている間の心強さ、とても……」

「あの時戦った彼らの力……確かに理解できる気がする」


 だが、彼らの登場によってもたらされた混乱はベルたちにとってすべてが有利に働いたわけではない。


「オーガ族が襲撃を受けました」

「ああ、迂闊でした。ジンたちを探すよりもオーガ族の様子を注意しておくべきだったかもしれない」

「せ、責めるつもりじゃないですよ……!」

「まあとにかく時間が無くなったってことね」

「そのようだな……」


 はじめはエリーンだけを辛うじて逃がせるかどうかの戦いだった。

 しかしレンたちが来て、戦況は荒れ、そして今戦いの形は大きく変わった。


「全員で生きて地上へ行きます」

「そうですね、巫女様」


 一刻も早く、ガウス軍の手が伸びる前に、全員がオーガたちの船に乗り込む。そういう戦いになった。


「みんなはどうなっていますか?」

「移動は順調だそうです。ここに残るのは我々と、あの人たちの世話をするための者たちです」

「そう。無事に着くといいのですが……」

「心配いりませんよ。ベルが標しておいてくれた地図がありますから、オーガのところへ行ける安全な道はわかっています」

「リラ、お前オレの部屋を漁ったな……?」

「私に計画を持ち掛けたときに“もう秘密はナシ”って約束したこと、忘れましたか?」

「いや……ありがとう。悪かった」


 すでに村の半分以上は移動を始めている。

 チュピの村に第七小隊に次いで近くに拠点を持つ第三小隊も、今はレンとリリカに撃退されてこちらまで手が回っていない。運はエリーンたちに味方していた。


「巫女様も早く向かって下さい」

「いえ、私は……」


 エリーンはちらりと、ソリューニャたちが眠る奥屋を見る。彼女たちが目覚めるまでは動くつもりがないということだろう。


「…………」


 ウルーガはその瞳に先代巫女のエイラの面影を見ていた。ウルーガとスクーリアはエリーンよりエイラに仕えていた時間の方が長い。もしかするとそれがベルやリラとの差だったのかもしれない。


(そうか、オレはまだ)


 ウルーガは大きく息を吐いた。


(先代に仕えていたのか……)


 そのときウルーガは初めて、本当の意味でエリーンを見た気がした。

 エイラの面影は薄れて、そこには楽しそうに会話に興じる一人の少女が見える。少女は幸せそうに笑って、レンとミィカとの数日の話をしていた。


(お守り致します、エリーン様。命に代えても)


 ウルーガは人知れず覚悟を決めた。空は静かに闇に沈んでゆく。

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