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魔導士たちの非日常譚  作者: 抹茶ミルク
天雷の大秘境編2 味方と敵
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チュピの村へ

 


 ソリューニャたちの死闘は夜中の出来事。

 その間昏睡していたレンたちには彼女たちの危機を察知することは出来ていなかった。


「なぁ、そういやさ」

「はい?」

「夜中、なんかヤバそうな感じだったんだろ?」

「私も聞いた話ですけど……」


 ただし、夜中の異変についての情報は耳に挟んではいた。それは十中八九ソリューニャたちと関係があるはずだ。


「なんでも緑の光が降ったとか、大きな音がしたとか」

「うーん……生きてはいるんだけどな」

「どっちにせよ誰かはもう村にいるかもしれない。今から進路変更はなしだぜ」

「わーってるよ」


 カルキが言うように、まずは安全な拠点の確保と状況の確認だ。


 そのために今四人はポロポに乗ってエリーンの仲間がいるチュピの村へと急いでいた。


「エリーン、あの煙んとこか?」

「あ、はい。あのあたりで間違いありませン」


 煙が上がっているということはそこで誰かが生活しているということだ。その光景はむしろいつも通りの生活が営まれているということでもあり、仲間たちの無事を想起させた。


 が、ここでジンが鼻をひくつかせ言った。


「ん、血の匂い……?」

「はは、野生の動物かよ」

「……ホントだ。オレも匂ったぞ」

「まじ?」


 ジンはレンと目を合わせて、カルキとも合わせて、もう一度レンを見て頷いた。

 レンも頷き返す。


「先に行く!」

「え?」

「レン! お前まだ戦えねーしエリーンを頼んだ!」

「わかった! ホントは戦えるけどなー!」

「嘘こけー!」

「え? え?」


 ジンとカルキがポロポから飛び降りて走り出した。


「おう、一号! オレたちもこっからは歩いて行くから、今までありがとな! もう捕まるなよ!」

「あ、あの、お元気デ!」


 レンもエリーンの手を取ると走り出した。


「ど、どういうことですか?」

「血の匂いがした。もしかしたら村で血が流れてんのかもしれねぇ」

「そんな、もしかしたら近クで動物がケガをしているだけかも……」

「だったらいーけどよ。もし村で何かあるなら結構な大事になってんぞ、たぶん。これだけ離れてて匂うんだから」

「そんな……!」


 はたして、その悪い予想は当たっていた。

 ジンとカルキがたどり着いたとき、村は恐怖と緊張感に包まれていた。


「血の匂いって、あれかぁ」

「拷問か、胸糞ワリィ」

「そうだね。見せしめだ」


 首を切り落とされた死体を挟んで、二つの勢が言い争いをしている。

 片方はチュピの民だろう。死んでいるのもそうだ。彼らは何かを必死に主張している。

 その主張を煩わしそうに聞いているのは、ガウス側の魔族たちだろう。


「あそこに磔にされてるのがあれかな、リラって人たちかな」

「ちっ、レンが心配してた通りだぜ。捕まっちまってる」

「二手に別れて敵を引き付けていたんだっけ。やむない犠牲だね」

「犠牲とか言ってんじゃねぇ! まだ助けられる!」


 二日前に巫女を連れたフリをして敵を引き付けていたはずのリラたちは、敵に追いつかれて、抵抗虚しく捕まってしまったのだろう。

 彼女たちは全員服を剥かれて、木に縛り付けられている。


「乗り気だねぇ。キミは面識ないんだろ?」

「レンが助けたがってたからな。……そのニヤニヤ笑いやめろ、ぶっ殺すぞ」


 相変わらずカルキはジンやレンとの関係に興味津々だ。


「はは。ま、どっちにせよあいつらは全員どかさないと僕たちまで困っちゃうからね」

「それだけじゃねぇ。まだ誰もここに辿り着けてねぇみたいだし、とっとと片付けてすぐ迎えにいかねーと」


 リラたちの体についた無数の切り傷や痣は、何かを聞き出そうと拷問をされた痕なのだろう。そしてそれは十中八九エリーンの居所についてだ。


「っし、リハビリがてらやってやらぁ!」

「ついでに恩も売れそうだし、手際よくいこうぜ」


 ガウスや四天のような一目見ただけで危険とわかるような敵はいない。数もそれほど多くはない。


「おい、テメーら! 今すぐ帰りやがれ!」

「人間族!? まさか報告にあった……」

「いや、二人いる!」


 混乱する敵たちに、ジンは正面から一人で突っ込んでいった。

 唖然とするチュピの原住民たちにはカルキが話しかける。その中には数日前に戦ったスクーリアの姿もあった。


「やや、どうも助っ人です。……あ、見たことある顔」

「な、何が起こって……!?」

「まあいいや、ここは助けてあげるからサ。あとで僕たちを助けてくれない?」

「……!」


 完全に状況についていけていない彼らは、目を白黒させながら頷いた。


(よっぽどピンチだったんだな~。まあこの言質はそこまでアテにしてないけど……)


 正確にはカルキが味方につけたいのはエリーンである。

 聞くところによればエリーンがとてつもない発言力を持っているだろうということで、一応カルキたちの目的も伝えてはあったが、協力的な態度は見せておくに越したことはない。


 カルキが魔力の刃を飛ばす。

 研ぎ澄まされたその一撃は単純にして強力。気づけた者もそうでない者も、等しくその身を真っ二つにされる。


「てめ、よけなきゃ当たってたじゃねーかボケェ! 背中から狙うな!」

「その程度よけてくれなきゃ困るよ~」

「いつか殺す!」


 ジンをおちょくりながら、カルキはちょいちょいと指をさす。敵が正攻法では敵わないと知りリラたちを人質にしようと動き出していた。

 ジンもそれを阻止しようと走り出す。


「おいこら汚ぇぞ!」

「あははは、鍛えろ鍛えろ」

「貴様、よくも!」

「お、腕に自信あり?」


 カルキのもとにも一人、果敢に斬りかかっていく。



 レンがエリーンとともに村が見えるところに来たとき、戦闘はほぼ終わろうとしていた。


「……!」

「おい、無理すんな。キツいぞ」

「いえ……はい、少し……」


 エリーンにとっては全員名前も知った仲間たちだ。涙が溢れてくるのも仕方のないことである。


「……それにしても」


 レンはじっとジンを見る。

 残り三人。囲まれて中心にいる。


「ふっ!」

「うぐあ!?」


 ジンが逆立ちの要領で一人の顎を蹴り上げた。そしてすぐに脚を引っ込めて腕を曲げて低く丸まると、全身を伸ばす勢いでさらに一人、鳩尾を貫く。攻撃をしようと突進していたこともあり、かなり深く入った。


「ごば……っ!?」

「おら!」

「ぐぇ!」


 最後の一人、首に足を引っかける。そして空いている方の脚で敵の足を払いバランスを崩すと、ジンは敵を地面に叩きつけた。

 足と地面に首を挟まれて敵が呻く。


「強いんですね、ジンさん……」

「ん? ああ、強いぞ」


 レンはジンの動きの一挙手一投足を見逃さないようにじっと観察していた。


「強すぎるくれーだ……」

「え?」

「強くなってる。動きが違う」


 三人程度、ジンのパワーなら力づくで殴り倒せたはずだ。実際レンならそうするだろう。

 だが今のジンは積極的に相手の動きを利用するような、まるで曲芸師のようなトリッキーかと柔軟な動きで素早く敵を無力化した。

 明らかに戦い方を意識して変えている。


「負けてらんねぇ……!」


 戦い漬けとは聞いていた。

 呼吸もままならないような状態でのウルーガ戦、マーヤ戦。傷も癒えていない状況でのグリーディア戦。リーグに突入してからの竜人戦、雨の三剣士戦、そして手も足も出せずに死にかけたガウスと四天との邂逅。少しでも強くならねば生き残れなかったのだろう。その過酷な戦いが彼を変えた。

 そして傍にはいつもミツキとカルキがいた。二人とも現時点ではジンより一回りは強い。彼らの動きを観察することもジンの成長を助けたに違いない。


「お、レン! もう終わってるぜー!」

「おお、残しといてくれてもよかったんだぜ!」

「強がんなよバーカ! ほら、こいつら運ぶの手伝え!」

「うるせぇバーカ! 今に見てやがれ!」


 ジンが創造したナイフで人質を縛り付けていた縄を切断する。


「う……」

「ほ。生きてるみてーだな」


 倒れこんできた彼女を受け止める。

 ぐったりとしているが浅い呼吸はあるし命に別状はなさそうだ。


「リラ!」

「リラさん……!」

「お、こいつがリラだったのか」

「これを……」


 駆け寄ってきたエリーンが全裸のリラに自身の上着を被せる。エリーンは泣いていた。


「み、こ様……? なぜ……」

「説明はあとだ。寝てろ」


 続々とチュピの仲間たちも集まってきて人質を解放し、運んでいく。

 エリーンも治療のために彼女たちのもとへと向かった。


「や、レン。色々聞き出せたぜ」

「カルキ」


 カルキが男の魔族を片手で引きずりながら近づいてきて、言った。ジンが一人で暴れている間、カルキはこの男から諸々の情報を引き出していたのである。


「やっぱ巫女サマをお探しだったってさ。途中で彼女たちを追い詰めたはいいが巫女がいないってんで、居場所を吐かせるために色々やったらしい」

「…………」

「でも仲間を殺して見せても口を割らなかったってことで、まあ巫女がいるかもしれないここに寄ったってさ」


 ちなみに、とカルキが続ける。


「その時点で替え玉作戦に気づいたみたいでね。部隊の半分はキミの方に向かったんだってさ、レン」

「そうか。会わなかったけどな」

「しかも部隊長が向かってたって。残念、戦いそびれちゃったね」


 レンの方に巫女がいることはだいたい予想されていたため、本命の方に戦力を割いたということだろう。

 裏返すとそれは、今ジンとカルキが蹴散らした敵たちは余り物ということだ。巫女が村にいるという可能性は低く、しかしそのうち巫女の方から近づいてくる可能性も考慮して残りの人員に念のために抑えさせられていただけなのである。


「人質もいたし、よっぽどのことがなけりゃ戦力的にも十分だったんだろうなー。まあその“よっぽどのこと”が来ちゃったわけだけど」

「じゃ当分はここは安全だと思っていいんだな?」

「そうだね」


 彼らにとって重要なのは、この約束の場所が安全な拠点になったかどうかである。あくまで第一の目的はソリューニャやハルたちとの合流なのだから。


「あの、あなたたちは……」

「やあやあ早速だけどさ、助けてあげたし少し人を貸してくれないかな。若い男がいい」


 これに関してはあらかじめエリーンに手筈を伝えておいたこともありスムーズに事は進んだ。


「スクーリアさん、私はここで怪我人を治しますからどうか彼らを助けてあげてください。事情はちゃんと話します」

「み、巫女様がそうおっしゃるなら……」


 カルキはこのときばかりはチュピの民の不可思議な信仰心に感謝した。エリーンの圧倒的発言力で話は早かった。


「よっしゃ急げー!」

「お、おー!?」


 急遽、よくわからないままに集められた若者たちを連れてレンたちは出発した。そして。





「いた、倒れてる!」

「こっちもだ! おい、ミュウ!」

「ハル!!」


 レンとジンのお守りを頼りにそこにたどり着いたとき、彼らの目に飛び込んできたのは倒れ伏す者たちの姿だった。


「おい、ハル! ハル!」

「…………」

「生きてるな」

「……ああ。カルキ」


 ハルは浅い呼吸で返事をした。


「おいソリューニャ!! 生きてんだろうな!!」

「…………」


 その隣でレンがソリューニャを抱き起した。ピクリとも動かない。


「……! 起きろボケェ! 死んでんじゃねーぞォ!」

「ちょっとぉ! 怪我人に乱暴する奴があるかーーっ!?」

「痛ぇ! あ、マオ。久しぶり」

「ええ、久しぶり。……って違うでしょぉ!?」


 男に肩を借りて近づいてきたマオが乱暴なレンの頭に拳骨を落とす。


「お前も無事でよかったよ~。なんか肩も腕も無事じゃねーみたいだけど」

「それが見えてるなら手加減しなさいよもう……」

「やれやれ……うるさいよ、まったく……」

「あ、ソリューニャ!!」

「レン……ふふっ」


 ソリューニャが意識を取り戻した。うっすらと目を開けて、安心したように微笑む。


「よかった! 助けに来たぞ!」

「……ありがとう」


 一方ジンはミュウを介抱していた。その近くに倒れているミツキとベルもチュピの若者たちの介抱を受けている。


「う、痛いのです……ジンさん……」

「どこが痛むんだ!?」

「頭とか……背中とか……右腕とか……」

「ふんふん、なるほど」

「あとは…………全身なのです。もう……」

「わはははは! 滅茶苦茶がんばったな、ミュウ~~!」


 ジンはわしゃわしゃとミュウの銀髪を撫でる。そうやってひとしきり褒めた後、ジンはミュウをおぶって立ち上がった。

 レンもソリューニャを背負い、カルキもハルに肩を貸す。


「またこっぴどくやられたなぁ。何があったんだい?」

「……四天」


 ハルは一言呟く。

 横たわるグリムトートーと陽光に溶け出す氷獄の名残が、まるで嵐が去った後のように静かに、しかし雄弁に嵐の激しさを物語っていた。


「これが四天が暴れた後か。まるで一晩だけの冬が来たみたいだね。ハルの何十倍の魔力だ?」

「……九死に一生だった。運が良かったし、その上で相討ちがせいぜいだった。レンたちが来てくれなかったらアタシたちも死んでたと思う」

「四天ってのはそんなにヤベーんだな。オレだけ四天にもガウスにも会ってねーんだよなぁ」

「会わないに越したことはないよ」


 ソリューニャが好奇心を露にするレンに苦笑を漏らす。

 この少年はいつも自分の目で見ようとする。会おうとするし、飛び込もうとする。命がいくつあれば足りるのか見当もつかないのだ。


「それに信念を持ってた。歪んでたけど、アタシは気に入らなかったけど、でも持ってた」

「そっか、そりゃ強敵だな」

「うん。死んでもおかしくないような体で最後まで立ってたよ」


 復讐心であれ、トラウマであれ、何でもいいのだ。

 ただ一本、心に芯を持った者は手強い。それは気持ちの問題だが、気持ちの問題だけではない。そういう者の精神力は研ぎ澄まされた上質の魔力として現実に顕在するのだから。


「油断しちゃだめだよ。何があっても……」

「ああ、わかってる。わかってるよ」


 そう言うとソリューニャはまた気を失った。

 ソリューニャの小さな寝息を聞きながら、レンはそう呟いたのだった。



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