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魔導士たちの非日常譚  作者: 抹茶ミルク
天雷の大秘境編2 味方と敵
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スターライト 3

 

 

 チュピの巫女が行う祈りの儀式は、長期間に渡って行われる。ニエ・バ・シェロ中にある四ケ所の祭壇にて巫女は無限の神へと祈りを捧げ、最後にツァークの頂上にある祠で飲まず食わず、丸二日間祈るのだ。

 祭壇を巡る行程は長く険しい。ほとんど島を一周する形で、巫女と守り人たちは旅をする。


「ここは……」


 ミュウがたどり着いたのは、その祭壇のうちの一つ。灰色の石でできた舞台だった。


「遺跡……? 舞台、なのです?」


 円い台座と、そのまわりに伸びる柱。その柱は屋根を支えるでもなく、台座を取り囲んで天に伸びている。


「……! 水の音、近くで川が流れているのです!」


 ミュウは急いで川辺に走ると、そこにマオをおろした。抱えたまま走ってはいたが、怪我をしているマオには負担がかかってしまう。どこかのタイミングで簡単な治療を施したいと考えていたところだった。

 雲の上に持ち込んだ、医療具を含む荷物はほとんど失くしたり捨ててしまっていた。一刻も早く逃げ切るためだ。唯一手放せない、神樹製の杖だけはあったが、ヒールボールは制約により残数がない。

 ミュウは着ていたシャツの裾を噛んで裂くと、それを川の水につけてマオの傷を素早く、しかし丁寧に拭っていく。


(肩の傷……女の人に撃たれた傷……。深くないけど、皮膚が削れているというか……)


 最後に出血のひどかった肩の傷を縛ると、ミュウは自身も少し休憩しようと、水辺に近づく。


「あっ」


 足場になると思って踏み込んだ草むらはどうやら自然の罠だったらしく、ミュウは片足を川に突っ込んで尻もちをついてしまう。

 それが幸運だったという他ない。ミュウの頭上をかすめた魔力の弾が対岸の木に当たって弾けたからだ。


「っ、敵……!」


 慌てて腹ばいになって杖を手に取る。

 攻撃の当たった樹皮はズタズタになっている。貫通力よりも、当たったものを削ることでより大きな破壊を生む性質なのだろう。


(危なかった……!)


 あれが頭に直撃していたらと思うと、どうしようもなく恐ろしくなる。あれに被弾したマオの肩は切れ味の悪いカミソリで乱雑に切りつけられたように怪我をしていた。


 だがそれ以上に恐ろしいのは、敵がミュウたちに追いついてしまったということだ。何人いるのか、全員か、少なくとも女はいて、ならばグリムトートーはいるのだろうか。頭が良い分だけその想像はより最悪で、残酷なものを映し出す。


(守る……マオさんは私が!!)


 ミュウは震える体を力の限り押さえると、マオとは逆の方向へ飛び出した。


「みーつけた」

「一人……!」


 身を隠した木が攻撃を受けて揺れる。

 ミュウが視認できたのはやはりあの女の魔族だった。


「ショット・アインス!」

「速撃の飛星!」


 アミンが人差し指を立ててミュウに向けると、指から魔弾が放たれた。

 さっと木に隠れてそれをやり過ごすと、ミュウは最速の一撃で応戦する。


「っ、こっちです……!」

「……あらぁ?」


 ミュウは動けないマオから離れて敵を引き付けようとする。

 しかしアミンは誘いに乗らず、マオのいる方角に向けて正確に二本の指を立てた。


「出てきなさいよ、バリア女。ショット・ツヴァイ」

「あっ! マオさんの方に……!」


 放たれた魔力弾は木に当たると、当たったところから幹を丸ごと削り取った。先ほどのそれとは明らかに威力が違う。

 幸いマオに被害はなかったが、少なくとも彼女のいる方角は正確に知られている。ミュウは動けないマオを守るために、木の陰から飛び出して彼女のもとへと駆け出した。


「……ハズレ。射線が通らないのが面倒ね」

「このままじゃっ!」

「仕方ない、吹き飛ばしてあげるわ。ショット・チェティーエ!!」


 アミンの魔導は指先から魔力の弾を放つ狙撃タイプで、立てる指の本数によって性能を調整できる。本数が少ないほど溜を必要とせず、多いほど強力な破壊力を生む。一本ならば樹皮を削り取る程度。二本ならば幹を丸く抉り取り、その木を倒壊させる程度。

 そして最大、四本。


「きゃああああ!」


 着弾地点から半径数メートルにあるものをすべて吹き飛ばす程度。

 マオに覆いかぶさったミュウのすぐそばにそれは着弾し、球状に破壊の渦が膨れ上がる。ミュウはマオともども吹っ飛ばされて、地面に転がった。


「う、痛……っ!」

「見つけたわ。そいつ、気絶していたのね」

「く……! そんな……!」


 マオをかばったときに腕を負傷してしまった。厚手のローブの袖はズタズタに擦り切れている。

 不幸だったのはそれが利き腕だったこと。杖を持つことすら、それはつまり戦う意思すら保つことが辛くなっているということだ。


「どうすれば……戦わないと……!」

「あらあら、思っていたよりずっと幼く見えるわねあなた。そういう子って、いざとなったら喧しく泣くから嫌いだわ」


 アミンが近づきながらミュウを嘲る。

 ミュウは必死に考える。この状況を打破する何か、起死回生の策を見つけるために。どうにかしてマオと自身を助ける方法を思いつくために。


「ショット・アインス」

「あ……」


 マオをかばって今度は背中に直撃を受けた時、ミュウは不意に気付いた。

 否、それはミュウが目を逸らしていただけでとっくに分かりきっていたことなのかもしれない。


「いいっ、痛い!」

「健気ねぇ。その女があなたを守ってくれるとでも思っているのかしら?」

「そ、そんなことは……」

「喋りすぎだぞ。はやくとどめをさすがいい」

「分かってないわねぇ。嫌いな奴はいたぶって殺すのが一番“クる”のよ。ダークエルフのくせに人間に与するような奴はね」


 万が一に備えて身を隠していたウィルズも姿を見せて、油断を見せるアミンをたしなめた。

 アミン一人でも手に負えないのに、さらにもう一人。ミュウは絶望する。この状況を打破する何かは、今のミュウにはない。


「いいから殺せ。グリムトートーさんの望み通りになるのであれば、それが貴様の手柄になろうと構わん。だが失敗だけは何があろうと認めんぞ」

「仕方ないわね。ショット……」


 アミンは四本の指をまっすぐミュウとマオに向けて、自身が発動できる最大威力の魔導を放った。


「チェティーエ」 

「マオさん……!」


 ミュウははっきりと自覚した。この状況をどうにかする力はない。策も何も、そもそも備わってはいない。

 ただもしも、もしもミュウがここでマオを守ることができるのだとすれば、それはミュウ自身がそれができるくらいに強くなければならなかった。できるできないの話ではなく、状況の打破にはそれしかなかったのである。


「あああああっ!」


 速撃の飛星を敵の弾に当てる。

 到底相殺できるような威力ではないが、敵の弾の性質上、衝突したところでそれは弾けた。


「チィ、小癪な」

「ぐ……千星……!」


 破壊の渦が広がり、それを浴びながらもミュウは自身が放ちうる最大の攻撃を仕掛ける。


流星群スターストーム!!」


 日が落ちかけて橙と藍のグラデーションを彩る上空に、ミュウの魔力色である黄緑の光が上がる。そしてそれは枝分かれするように弾けると、アミンらのもとに降り注いだ。


「く、こんな力が……!」

「ぐああ!」


 破壊の星が降り注ぐ向こうで、アミンとウィルズの苦悶の叫びが聞こえる。

 ミュウはマオを背負ってその場を離れようとした。

 左腕と背中だけではない、今の無茶な相殺攻撃の余波で無数の小さなキズが全身についている。まるで粗いやすりをかけられたようなそのキズはひどく痛むが、我慢できないほどではない。


「逃がさん!」

「うあっ、マオさん!」


 トカゲの尾のような触手が背中のマオに巻き付いて、ミュウから彼女を奪い去った。

 その触手はウィルズの腰のあたりから伸びているが、それは彼の魔導で具現化したようにはとても見えないほど異質な雰囲気だ。まるで別の生き物が寄生しているかのようだった。


「そんな、返して!」

「貴様もここで終わりだ!」

「あぐううっ!」


 二本目の触手が唸りをあげてミュウを弾き飛ばす。

 ミュウは地面に這いつくばって、敵を見上げる。


「う……そんな……」

「まずはこいつだ」


 マオの首に巻き付いた触手がゆっくりと彼女を持ち上げる。

 ミュウは這ったまま杖を向けた。しかしアミンが放った魔力の弾がミュウの目の前で弾け、ミュウは再び地面を転がる。


「もう妙な真似はさせないわよ」

「マオさん! マオさん!」

「……っ……」


 触手はマオを釣り上げて、ギリギリと首を絞める。

 その息苦しさに意識を取り戻したか、マオはうっすらと目を開けた。死が目前に迫っているというのにマオは優しく微笑んで唇を動かし、ミュウにそれを伝えた。


(に・げ・て)


 ミュウは胸が張り裂けそうだった。

 こんなときにまで自分の心配をする。妹が帰りを待っていると嬉しそうに語ったその顔で、ミュウに逃げろと言う。


 また救われるのか。

 いつもいつも救われるばかりで、救われるばかりで。

 そんな自分を変えたくて、せめて自分の身を守れるようにと力を求めて。


(嫌、だ……)


 つつと涙が流れる。

 ミュウが憧れた、眩しい背中たちはいつも何かを守るために戦っていた。

 それに焦がれて、焦がれて、結局変われないまま大事なものをとりこぼそうとしている。


(嫌だ……!)


 かつて眩しすぎたその光になりたい。

 夜空で仲間たちと瞬くような光になりたい。

 今すぐに。


「嫌だぁ……あぁ……!!」


 願うように、縋るように握りしめた杖。がむしゃらに魔力を高める。


 そしてミュウは声を聞いた。


『…………』


 ウィルズが悪寒を感じた瞬間、緑の光が視界を満たした。


「う……!?」

「なんなの、これ!」


 さらに次の瞬間にはマオを捕らえていた触手が弾け飛んだ。

 背筋が凍るような恐怖を感じて、ウィルズが飛び退く。


「な、なんだと……!?」

「何あれ……ありえないわ……!」


 彼らは見た。

 魔力を纏い悠然と立つその少女を。

 そして彼らは知る。

 ミュウ=マクスルーという特別な才覚。その底知れぬ力を。

(2以下は神樹編にて)

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