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魔導士たちの非日常譚  作者: 抹茶ミルク
天雷の大秘境編2 味方と敵
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最高峰の剣

 


 雨の三剣士。それは四天レインハルト卿直属の三人の実力者からなる集団である。元々はもっと多くの人数で構成されていたのだが、先の戦争で討たれた者、この15年の間に脱落した者などもあり現在は三人、三剣士と呼ばれている。

 彼らに共通するのは、高い忠誠心と向上心。我こそがレインハルトに最もふさわしいと証明するために、日々研鑽を怠ることはない。


 暗僧ロータスは三人の中で最も武勲をあげられていなかった。

 先の戦争にて百刃のキャクタスはいつも一番槍として敵陣を崩壊させては生還していたし、白傘のエーデルワイスは名の知れた強豪を幾人も倒して個としての能力を見せつけていた。今はいない者たちも含め四天レインハルトの名に恥じぬ働きだったといえよう。


「……雑念が……」


 ロータスは腕ならば二人に劣っていない。

 ただ少しばかりツキがなかった。彼は二人ほど手柄を上げられる戦場にはいなかったし、さらに不幸なのはそこから15年もの間大きな戦いが起こっていないことだ。これでは挽回の機などない。


「っは! 千本刀!」

「…………」


 ロータスがミツキにこだわる最大の理由はそこにあった。彼にとってミツキは、ようやく現れた手柄も同然なのだ。

 それもただの手柄ではない。ミツキは第七小隊を倒し、リーグでは獅子奮迅の活躍をしたことで箔がついている。彼は極上の手柄なのだ。


「必ず討つ……!」

「はああ!」


 ミツキの剣戟を受け、虚空より召喚された刀を弾き、ロータスはじりじりとミツキを押し込んでいく。


(姿を消す魔導……これが厄介だね)


 詳しいことはわからないが、ロータスは幻のように存在をくらませることがある。先の奇襲にしてもそうだ。ミツキは遠くの音に気を取られていたとはいえ、ベルに言われるまで接近に気づけなかった。


「そこだっ!」

「鈍い……」

「ぶがは! くっそ……!」


 確かに斬ったかと思われた、そこにロータスはいない。カロカロという音に振り返った瞬間、錫杖の一撃がミツキの頬を殴り飛ばした。

 ミツキは口の端から流れる血を拭って立ち上がる。


「さすがに……! そもそも無茶には違いないからな……!」

「…………とどめだ」


 あくまでミツキが不利。彼は無茶に挑むチャレンジャーだ。

 しかしそれを自覚していればこそ、勝機は訪れる。


「ふぅ……っ」


 息を吐いて、中段に構える。


 ミツキの強さが理解されることは稀だ。ミツキの魔導は特殊なところは一切ない召喚タイプ。戦闘において頼れるのは己の剣技のみで、派手より堅実を好む。

 だがミツキは、それだけで他を圧倒する強さを身に着けた。大陸で彼ほどの剣士は5人といないだろうというレベルまで上り詰めた。


「…………」

「はあああああっ!」


 ロータスとミツキがそれぞれの得物をぶつけ合う。ジャラと錫杖が鳴る。


「やってやるさ」


 ミツキは千本刀を発動し、目の前のロータスの左右に刀を落とした。


「っ……!?」


 ミツキの突きを、ロータスは一歩下がりながら払う。

 下がったロータスの左右にも、刀が落ちてきて突き刺さった。


「動きを……!」

「制限させてもらうよ!」


 ミツキは突き出した刀を引き戻す代わりに、持っていた刀を消して自分の体をさらに前に出した。

 次の瞬間には彼の手の中には別の刀が握られていて、そのままさらに突きを放つ。


「隙がない……!」


 突きで腕が伸びきった。その状態からではうまく次の動作を行えないから、一度腕を引き戻す必要がある。

 しかしミツキは刀という重しを除くことでその動作を格段に速く行う。刀がなくなることで発生する重心の変化をも利用して一瞬で次の構えに入り、そのタイミングで再び刀は手に握られている。


「おおおおっ!」


 次の一撃が防がれた直後、ロータスの姿が消えた。


「こっからだっ、自分を信じる……!」


 しかしミツキは虚空に向けて刀を振るいながら、千本刀で召喚した刀を降らせ続けた。


(ベルには見えていたんだ!)


 敵の魔導の正体を紐解くヒントはあった。

 敵は瞬間移動をするわけでもなく、異空間に逃げ込んでいるわけでもなく、ただ姿を見えないようにしているだけなのだ。


(実体がある! 必ず!)


 これは賭けだ。ミツキが立てた、ロータスの魔導の正体についての仮説。これが間違っていたならば、待つのは敗北だろう。


 だがミツキの目には見えていた。実体が視認できていなくても、手ごたえを感じていなくても、たしかに剣を受け流しながら後退するロータスの姿が。

 そのロータスは左右に逃げることもできず、ただ攻撃をしのぎながら隙を窺っている。


(すぐに機は訪れる)


 見えていないのだから、どこかで必ず隙をみせる。出鱈目なところを攻撃する瞬間、迷いで剣筋が揺らいだ瞬間、ロータスならばそれを確実に捉えられる。


「……?」


 しかしミツキは隙を次の攻撃の初動にしてしまう。攻撃は途切れず、そして剣に迷いは乗らない。

 やがてロータスは焦る。見えない敵に対して微塵も隙を見せないミツキの、それがいかほどにも恐ろしいことかが理解できているからだ。


(三手先……あそこに……二歩……)


 何が彼を特別な領域にまで押し上げたのか。その答えが、先読みの技術だった。

 集中力が極限に高まったとき、彼の目には数瞬先の敵の姿が見える。だからそこを斬りにいく。すると敵がそれを凌いだ場合の姿を予測できるようになり、またそこを斬りに行く。


(……馬鹿な……!?)


 ロータスはミツキの攻撃を凌ぎながら、しかしそもそも凌いでいるという事実すら信じられなかった。


(見えていない、見えてはいないはずだ!)


 なぜ凌がなければならないのか。ミツキが正確にロータスの位置を測り、そこに剣を合わせてくるからだ。


 ロータスの魔導は、錫杖の音を切っ掛けとして相手の知覚を惑わせるというものだ。相手が鋭く感覚を研ぎ澄ませているほど強く作用し、接近戦においては非常に厄介な効果をもたらす。

 ミツキはこれまで戦ったことのある敵の中でも最強クラスの剣士だが、そういう敵ほど己の感覚に自信を持っているものだ。そして事実有効だったはずだ。つい先ほどまでは。


(半歩左……二振り……)


 いつしかミツキの目に映る虚像は、実像となっていた。それはミツキが信じた予測が正しかった証明で。


「限界かな?」

「お、おおおお!」


 そして勝利の確定だった。

 ロータスが初めて声を荒げる。編み笠を通してくぐもったそれは雄叫びではなく、戦慄からくる命の悲鳴だ。


「化け物が……!!」


 それがロータスの最期の言葉となった。

 真一文字に剣閃が走り、首が飛ぶ。


「……っ!」


 ミツキは膝をついて、滝のような汗を拭うこともできずただただ肩で息をした。

 彼を最強クラスに押し上げた先読みの技術。だがそれをフルに発揮することは稀だ。もはや未来視と呼べるレベルの予測を立てるには極限の集中力と体力が要求されるからである。


「そうだ、ベル……!」

「ぐあああああーーっ!!」


 ミツキが目を向けると同時、ベルの絶叫が日没の森に木霊した。


「ああ、だめだなこりゃ」

「あぐ、が、あぁ」

「心が強すぎる」


 ベルは、ミツキとロータスが戦っている間に無残な姿になり果てていた。

 両腕を杭のようなもので木に打ち付けられ、右腕が折られている。拷問の痕だった。


「喋らねぇままに時間ぎれか……大した蛮族だ」

「すまなイ……オレは……」

「いいや、よく耐えた。よく生きててくれた」


 エリオールは懐から武器を取り出して、ミツキに向き直った。


「もしかしてとは思っていたが……やってくれたな、人間族」

「あんたの仲間は殺してやったよ」

「いやいやありがたいことだ! 仲間じゃねぇからな、そんな奴。グリムトートーさんの言葉も忘れたからあっさり死にやがったのさ」


 エリオールは好戦的で気性が荒いが、姑息な一面も併せ持っていた。

 ミツキという極上の獲物をロータスに譲ったように見せつつ、その間に自分はベルから情報を引き出す。そしてミツキかロータスか、どちらでもその勝者を殺して自分一人がすべてを得る算段だった。


「“敵は自分よりも強いと思え”……その気構えを忘れたから負けたのだ」

「へぇ……。確かに君はベルの精神力を越えられなかったみたいだね」

「くはは! 挑発のつもりか!?」


 ベルの腕を磔にする杭がひとりでに、さらに深く食い込んでいく。ベルは必死に激痛に耐え、悲鳴をかみ殺す。

 エリオールにとって唯一の誤算が、このベルの精神力。彼は腕を折られても口を割らなかった。


「やめろ!」

「来いよ!」


 エリオールが棒手裏剣を投擲する。

 平たい、木の葉のような形のそれはまっすぐミツキに飛んでいき、しかし刀で払われる直前にカクンと軌道を変えた。


「く、これは……!」

「まあそのダメージでそれだけ動けりゃ奇跡だよな?」


 背後から、足元から、頭上から。死角から飛来する棒手裏剣も万全のミツキならばすべて躱せたのかもしれない。


「ぐああっ!」

「おお、急所を避けた」

「ぐ……!」


 物に魔力を流し込み、それを動かす。たったそれだけの魔導ではあるが、今のミツキを翻弄するには十分すぎた。


「どうした? もう立っているだけでもやっとか?」

「まさか……こちとら無茶を通すために戦っているんだぜ」

「結構!」


 エリオールは再び同じ攻撃を仕掛ける。


「千本刀!!」

「もう見切ったか……!」

「あああっ!」


 ミツキは刀を召喚してそれを撃ち落とす。そしてそのままエリオールに斬りかかった。

 エリオールはピリピリとした敵の殺意を全身に浴びながら、死の鎌が喉元にかけられているような緊張感に歓喜する。エリオールとて魔力は先の氷山堕としでほとんど使いきってしまっているのだ。死ぬ未来だって決してなくはない。


「はぁっ!」

「おあああっ!」


 エリオールは剣を避けると、後ろに跳びながら杭を投げつけた。杭は一つもミツキには当たらず、さらに曲がることもなくまっすぐ地面に刺さった。

 敵は接近戦を望んでいない。逆にミツキはもう無理やりにでも勝負を決めにいきたいところである。


「あああああっ!」


 それは最後の力を振り絞った一撃だった。

 刀がエリオール目掛けて滅茶苦茶に降り注ぐ。


「はははっ! よいっ! よいぞっ!」


 エリオールはアクロバティックな動きでそれらを避け、叩き落とし、致命的な一撃の回避に専念する。これが最後の攻撃だと、彼も分かっていたのだ。

 そして刀の雨が止むと同時、先ほど投げた杭にかけた魔導を発動する。


「最後まで! なんとも惚れ惚れする強さだった!」

「は……っ」


 動きを止めていた杭が時間差で、しかもその全てが無防備なミツキの背中に殺到する。初めて披露する奥の手である。

 エリオールが勝ちを確信した瞬間、何かが脚に深々と刺さった。


「何を笑ってんだよ……」

「ぐう!? これは俺のっ、いつ……!?」


 それは最初にマオへと投げ、ミツキに弾かれた棒手裏剣だった。

 ミツキは最後の力を振り絞って、これを投げていた。正真正銘、最後の力だった。デタラメな千本刀はただの目眩ましだったのだ。


「だが……勝ち……!」

「がはぁ……」


 ミツキが血を吐いて倒れこむ。背中には大量の杭が刺さっている。

 中には肺や頸を刺し貫いたものもあるだろう。エリオールも倒れながら再度勝ちを確信し、そしてその目は信じられないものを見た。


「ばっ、馬鹿な……っ!?」

「ざんね……たね……」


 重要な部位を召喚された刀が守り、即死に繋がるような致命的なダメージだけは回避していたのだ。


「初めて見せたはずだ!」

「予測……てたさ……」

「予測だと……!?」


 ミツキがまだ死んでいないことを確認した直後、刀の雨が再びエリオールを襲った。刀の気配に気づけても、傷ついた脚は動かない。


「が、ぐあ、ああ!」


 ドスっ、ドスっと刀が肉体を貫いていく。刀はもはや取り返しのつかない部位を通って肉体を地面に縫い付けた。


「はは……昆虫標ほ……いだ……」

「最後の……最後に……! 見誤っごはっ!」


 ロータスを嘲った自分も、最後の最後にミツキを下に見て油断した。なんという様だろうか。

 エリオールは意識を失ったミツキに届かない言葉を投げた。


 ミツキと戦った相手にしか伝わらないことがある。

 ミツキは決して派手な戦いをするわけではない。だからあるいは彼と命を賭け合い死の際に瀕してようやく畏怖か、称賛が送られるのだ。


「と……とんでもない……」

「…………」

「化け物…………め……」

「…………」


 ミツキを真に測れた者がまた一人潰えた。

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