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魔導士たちの非日常譚  作者: 抹茶ミルク
天雷の大秘境編2 味方と敵
184/256

気まぐれの魔神 1/2

 


 ガウスが放ったその一言は、気絶寸前だったジンを覚醒させた。


「……は?」


 殺した。リリカを。

 たった二つの情報が思考を詰まらせ、頭を滅茶苦茶にかき混ぜた。


「てっ……めえええっ!」

「黙れ」

「がっ!?」


 頭に血が上ったジンが突進し、しかし見えない壁に弾かれてカルキの目の前まで転がってきた。

 ジンは気を失っている。


(ハル、今度こそもう終わりだね)


 カルキは完全に命を諦めた。


(刀はある。体は動く。魔力も少し残ってる)


 カルキは荒い呼吸で、震える足で立ち上がった。

 驚くことに、彼は笑っていた。


(どうせ命がここまでなら、せめて)


 命を諦めても、彼は生を諦めない。彼にとって生きることは、戦うことだった。

 強者と鎬を削るとき。弱者を無造作に摘み取るとき。手に残った肉の感触。鼻腔を満たす血の香り。勝者を呪う憎しみの瞳。振り返ってそれらを確めたとき。

 他人の命が消えると彼は生を実感できたし、他人の屍を踏み越えたとき彼は生の余韻に浸れた。


「さぁ、生の時間だ」


 命はいらない。

 だからせめて生きていたい。


「愚かなり」


 カルキの心中など知ったことではない。どれほどの覚悟も、決意も、圧倒的な力の前に為す術はない。

 ガウスが魔力を集め、雷を。落とした。

 閃光が全てを飲み込む。


「……なんのつもりだ」


 しかしカルキは死んでいなかった。ジンも黒焦げの焼死体ではなく、気を失ったままの姿でもとの場所に倒れている。

 ただ一つだけ違うこと。


「オホホホ……。お久しぶりですな、“誇り”の王」

「我が問いに答えよ、“気まぐれ”」


 男が一人、立っていた。初めからカルキの横にいたかのように、彼は息一つ乱していない。


 青いシルクハットを被っていた。のっぺりとした顔は真っ白で、魚のような丸い目が二つ、小さな口が一つ。

 面長だった。首も、腕も、足も、彼はすべてが細長かった。彼はその細長い体に燕尾服を纏っており、左手でステッキを突いていた。


「ワタクシの行動に理由を求めますか? ワタクシは気まぐれ。故にナンセンス!」

「消えろ」


 ガウスから雷が二発。

 笑うシルクハットの男には一切の動揺もなく、そして雷は彼に命中したかというところで背後のローザとグリムトートーを焼いた。


「きゃ! 痺れる……」

「痛いなぁ、痛いよなぁ……!」


 大したダメージではなかったが、二人はにわかに警戒を強めた。


「……ま、今回は理由。あるんですけどネ? オホホ」

「…………」


 人をおちょくる男への返答代わりに、ガウスが再び魔力を高める。

 しかしシルクハットの長身男はまるで気にせず、飄々と自分のペースを崩さない。


「ワタクシ、この子の親にちょっとした借りがありまして」

「なに……? は、まさか貴様!」

「まあここで返しておくとしましょうかね、と。気まぐれで決めたワケですな」


 ガウスの怒りが頂点に達した。

 これほどいかるガウスの姿を、レインハルトですらほとんど見たことがない。


「貴様、人に肩入れするようになったのか? 兄は人を滅ぼそうとしているというのに」

「兄もまた気まぐれ! 気分次第でどうにもなりますので信じてはいけませんな!」

「信用はしていない。奴もまた誇りなき放浪者だ」

「オホホホ! 誇りなき放浪者とは! よく言ったものですな!」


 シルクハットの男はひとしきり笑うと、ステッキで地面を二度突いた。魔力の輪が波紋のように広がり、カルキとジンと男を囲む。


「ワタクシが助けるのはこの一度きりです。ワタクシは兄上と結末を見るためにここに来たので」

「その一度が我に対する反逆だ。忘れるなよ、“気まぐれ”……!」

「オホホ。それではひとまず御機嫌よう!」


 三度目。

 カツン……と音を残して、三人は初めからなかったかのように消えてしまった。


 ◇◇◇







「リリカーーっ!!」

「うわあああ!?」


 寝覚めと同時の叫びが部屋に響いた。

 驚いてミィカが椅子ごとひっくり返る。


「れ、レンさん~……」

「ミィカ! リリカはっ!?」

「おおおお落ち着いてっテてっ」


 肩を揺さぶられて目を回しながら、なんとかレンをなだめる。


「リリカさんは生きてます!」

「そっかエリーンが!」

「い、いえ。それがお姉ちゃんの力は使えなクて……」


 ミィカが語ったのは、リリカがまだ生きているということ。しかしあまりに衰弱しているためだろうか、エリーンの力を試したのだが、ほとんど効かなかったこと。それゆえ今は本人の回復力を頼るしかないが、依然として危険な容態であること。

 レンも頭が冷えたようでミィカが話し終わると、「そっか……」と一言呟いたきり黙り込んでしまった。

 窓から差し込む朝日の中で埃が舞う。レンが倒れたのが昼を過ぎてしばらくぐらいだったため、丸々半日以上も眠っていたことになる。


「それと、あの、ジンさんが来てます。レンさんと同じくらいに来て、ずーっと寝込んでて、でもついさっき起きたんデす!」

「ジンがっ!?」

「今、みんなで集まって話をしてるところみたいです」

「じゃあ行こうぜ」


 レンは立ち上がって部屋を出ようとして、足がもつれて転んだ。


「うぎゃ!」

「大丈夫!?」

「うう~。白いやつ使ったからだ~……」


 “透明な白”の副作用でしばらく魔力をうまく操れないし、体も重くなっている。これで最初の頃よりは幾分かマシになったのだが。





 部屋を出ると、ちょうど見舞いに来たグラモールと鉢合わせた。話し合いが煮詰まり、抜け出してきたところだった。


「あ、おっさん」

「もう起きたのか。体はどうだ、レン」

「おう、バッチリだぜ」

(あ、レンさん嘘ついてる)


 口には出さないミィカ。


「オーガの秘薬を飲ませたからな。オーガの図体でも三日は眠れなくなるような強壮薬だ」

「きょー、そー?」

「元気になるお薬のことだよ。お嬢ちゃん」

「すげぇ、ありがとう! 元気になってるぞ!」

「あっ!? また転びますよ!」

「また?」


 レンはオーガ族であるグラモールとも気兼ねなく会話している。そこに警戒心などなく、当たり前のような顔をしているが、それは案外難しい話だったりするのだ。


「お前さんのおかげで助かったぞ。向こうもピンチだったと聞いた」

「おー。たまたま落ちただけだったんだけどな」

「みなお前の力に恐れをなして逃げたらしいじゃないか」

「オレは強ぇからな! わはは!」


 グラモールはふと神妙な顔になると、リリカの話題に触れた。

 この場にいる三人が、全員見た目も違うのに、和やかな会話をしている。真に彼らを団結させた張本人こそ、未だ目を覚まさないリリカだった。


「リリカは……すまない。リリカは勇敢に戦ったが、俺は守ってやれなかった」

「ん……いいよ。あいつは自分で決めて戦ったんだから。勝ちも怪我も、負けも、全部あいつのもんなんだ」


 にわかにレンが膝を着いた。


「でも、オレはまだあいつと旅がしてぇから。死んでほしくねぇんだ」


 また倒れたのかと慌てるミィカだったが、違った。


「頼む。リリカを助けてくれ!」


 ごんと額を床につける。土下座だった。


「お、おい。顔上げてくれよ」

「あいつは友達だ。大事な仲間なんだ」

「レンさん……」


 それは不器用なレンが知っている、最大の誠意の伝え方だった。


「おっさんたちも大変だってこと分かってる。けど頼む」

「顔を上げてくれ、レン。リリカは絶対に助ける」

「ありがとう!」


 オーガ族とリリカは、たった数日前に知り合ったばかりだったろう。それなのにもうリリカは認められて、受け入れられている。


「さあ、行くぞ。みんなお前を待っている」

「うん! ミィカも行こうぜ」


 不思議だとミィカは思った。レンも、リリカも、種族の違いなど軽々乗り越えて心に入り込んでくるのだ。そうやって出会った者たちと繋がり、輪を広げていく。本当に不思議な人たちだ。彼らが来てから何かが大きく変わっていっているような、そんな気がした。






 グラモールに案内されたレンは、そこでジンと再会を果たした。


「ジン!」

「レーーン! 起きたか寝坊助がー!」

「テメェもさっきまで寝てたんだろうが!」

「なんでケンカになるんだよ!?」


 ジンに肩をたたかれて、ジンの肩をたたき返す。

 最も信頼する相棒との再会は、二人に活力をもたらした。


「ジンお前、ソリューニャたちんとこ行ったんじゃねーのか!?」

「ああ、そうなんだけどよ。まあ座れって」

「教えろ! あいつらどうなんだ!?」

「座れ。……リリカのことも聞いたぜ。あいつ、あの化け物に立ち向かったんだって、強くなったよな」


 レンが席に着く。どうやら話し合いの途中だったようだが、見知らぬ顔の中にちらほら見知った顔もある。


「レンさん!」

「や、レン。無事でなにより」

「お、エリーン……とカルキ! そうだテメー何しに来やがった!」


 エリーンとカルキだ。

 レンはカルキが竜にしがみついて来ていたのを見たので、いることについての驚きは小さい。


「君たちと理由は一緒さ」

「ち……仲間に手出したら殺す」

「休戦中。ささ、隣空いてるぜ」

「嫌だわボケ!」


 レンは敵意顕わに、カルキを無視してエリーンの隣に腰かけた。その隣にミィカもちょこんと座る。


「また無茶して……!」

「悪ぃ悪ぃ、いつものことなんだ」

「もう……!」


 そしてグラモールが上座のキャングの隣に座ると、話し合いが再開した。


「さて、レンも来たことだし今までの話をまとめたいが……何から話したものか……」

「うーん、じゃあその帽子の。誰だ? まさかガウスって奴じゃねーだろうな」


 レンはいささかの警戒心を含む眼差しで、青いシルクハットをテーブルに置いている男を見た。彼はシルクハットの男が只者ではないと直感していた。


「オホホホ! ワタクシを“誇り”と見ますか、残念! ですが、さすが! 良い嗅覚をしてらっしゃる!」


 シルクハットのスレンダー男はすくっと立ち上がり、道化じみた所作でお辞儀をひとつ。よく通るテンションの高い声はすぐにその場の空気を自分のものにした。


「初めまして! ワタクシ今は帽子屋(ハッター)。ハッター=ジャックマン!」


 ハッターが消えた。

 そして初めからそこにいたかのように、レンの後ろから囁いた。


「“気まぐれ”の魔神でございます……」

「うおお!?」


 咄嗟に手が出た。しかし背後にハッターはおらず、初めからそこにいたかのように、ハッターはもとの席についていた。


「オホホ、いい反応だ。そしてワタクシに“誇り”を重ねた鋭さ、やりますねぇ」

「な……死ぬかと思った……!」

「安心してくださいな、ワタクシは観測者。誰にも何もいたしませんよ」


 そこから先は事情をよく知るグラモールが話をした。


 ハッター=ジャックマン。ガウスをこのニエ・バ・シェロに案内し、白都市リーグとオーガの集落を丸ごと持ってきたネロ=ジャックマンの弟である。


 彼はそこで偶然ジンを見つけ、彼を助けた。結果カルキを救うことになったことは気まぐれで、もし何かが違えば気まぐれに見殺しにしていたかもしれない。


「レンが倒れて、しばらくだったな。ハッター=ジャックマンがここに現れた……気絶してる二人と一緒にな」

「気絶……!? ジン、どーゆーことだ」

「今から話すってーの。レンと離れてから俺たちがここに来るまでのこと」


 ジンとカルキが話し始めた。

 ガウスの雷で竜の魔力が尽きて、ばらばらに墜落したこと。ミツキとカルキと合流し、第七小隊・第九小隊を倒しながらソリューニャたちを目指していたこと。途中、原住民チュピの青年ベルに出会ったこと。

 リーグに突入して、ソリューニャたち全員の無事を確認したこと。作戦の中でソリューニャら四人とミツキ、ベルとははぐれたこと。


「そして僕たちは敵に囲まれた」

「ガウスと他にも三人、とんでもねぇ強ぇ奴らがいた」

「とんでもねー強い奴ら……ジン、お前でも勝てねぇのか?」

「正直……今は無理だ。クソが」

「それは、なんたって四天だからな。ガウスに次ぐ怪物だ。驟雨のレインハルト、陽炎のローザ、氷獄のグリムトートー」


 そこで絶体絶命のジンたちを救ったのが、ハッターだったのである。


「そうだったのか、ありがとな」

「いえいえ、ワタクシはきまぐれゆえ」

「さっきは何もしねぇって、でもなんでジンたちは……あっ!?」


 ハッターは転移系の能力の中でも最高峰のものを操る。ディーネブリやヤヤラビなど足元にも及ばず、それこそ兄のように都市をまるまる移転させたりもできるという。

 その力をなぜジンのために使おうと思ったのか、それを聞こうとしたところで、レンはもっと大事なことに気が付いた。そしてそのことで頭がいっぱいになっていた。


(おっと、やはり彼らは知らないようですね。それよりも仲間が心配とは、ある意味()()()ですけども……ネ)


 この時、レンとジンは真理の一端に触れる機会を失った。しかしどのみち、そう遠くない未来で彼らはそれを知ることとなるのである。


「待て、じゃあソリューニャたちは今!」

「そうだ、逃げてる途中だ」

「こうしちゃ居られねぇ!」


 立ち上がろうとしたレンを、エリーンが腕を引いて止める。


「今はダメ、でス!」

「そうだ、落ち着け!」

「でも、そうだ! ハッター、力を貸してくれ!」


 レンが言う。確かに、ハッターの能力に頼るのは考えうる中では最も合理的な判断だったが。


「無駄だぜ、レン。俺も同じこと頼んだんだ」

「そうですね。もう一度はっきりさせておきますが、ワタクシは観測者です」


 ここに来た目的はガウスの地上侵攻を観賞するため。兄のネロに誘われて暇つぶしのために立ち寄っただけに過ぎない。


「あなたたちの仲間のところへ送ることも、地上に返したり、まして“誇り”の王と戦うこともありません」


 ハッター=ジャックマンは敵でもなく、味方でもない。そういう意思表示であった。


「ま、どうやら聞いていた以上に面白くなりそうなので。ワタクシはこっちの様子を見させてもらってますよ」

「ちぇ、胡散くせーなぁ」

「オホホホ! この正直者!」


 胡散臭い。そう表現したレンの勘は実は鋭く問題を指摘していた。

 なぜなら、ハッターがガウス側とまではいかずとも、ガウスに情報を漏らす可能性は否定できないからだ。そもそもハッターに関する情報はすべてハッター自身により語られたもの。信用するための根拠に乏しいのである。


「ま、信じても信じなくてもよいのですよ。誰もワタクシを排除できないのだから、話を続けるしかないのです」

「む……なんか気に入らねーぞ」

「オホホ! 強くなることですね! 神の領域まで!」


 とはいえ、ここでハッターに言及するのはレンしかいない。

 聞かれたくない機密はもう諦めて話された後だからだ。


「レン、俺もすぐ助けに行きてぇよ。でも、ここは一回落ち着け」

「ジン……分かった、すまねぇ」

「お前がエリーン守ったのは聞いたぜ。なんで守ってたのかも知らねぇんだろ? 全部話して、話はそっからだ」


 ここにきてようやく、レンはオーガ族とチュピにまつわる話を知ることになる。



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