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魔導士たちの非日常譚  作者: 抹茶ミルク
天雷の大秘境編2 味方と敵
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手の中の凶報

 


 竜人部隊から逃れたジンは城の敷地内から脱出し、カルキとの合流を目指して走っていた。

 手の中のお守りはソリューニャとミュウが順調に離れていることを伝える。


「っし、しっかり逃げてくれよ」


 立ち止まっているのならそこへ向かう選択肢もあったのだろうが、動いているなら少なくとも囲まれるような状況ではないだろう。ジンはカルキと合流を急ぐ。


「カルキ!」

「お、ジン! うまくいったみたいだね、ハルたちは予定通り逃げてくれたよ!」

「そっか、悪いな。じゃミツキんとこ行くか」


 カルキの足元にはキャクタスの首が転がっている。辺りに散乱するキャクタスの無数の武器と血が激しい戦闘を物語っていた。

 それなりに強敵だったろう雨の三剣士を破っておきながら、カルキはどこか余裕の表情だ。それどころかニコニコと満足げな表情である。


「いや、逃げるべきじゃない?」

「なんだとテメー」

「まだ敵に見つかってない。こんな幸運、他にあるかよ?」


 確かに、今だけは敵に見付かっていない。単独行動のキャクタスが最後まで援軍を呼ばなかったこともあり、偶然にも二人が逃げるにはぴったりの状況が出来上がっていた。


「……わかった」

「お、やった」


 しかし、リーグの外へ向かおうとしたカルキとジンの向いた方角は真反対だった。


「あれ、逃げないの?」

「逃げりゃいいだろ。俺はミツキを探すぜ」

「…………」


 それだけ言うと本当に一人で駆け出した。すぐに敵に見つかり、そこに殴りかかっていく。


「……おい、道間違ってんぞ」

「まったくだよ。ハルが連れ去られなきゃこんなことしなかったのにね」


 やれやれと、隣で戦うカルキが笑った。


「僕は君たちと戦いたくなっちゃったのさ。ジン、レン」

「……ぶっ殺す」

「うん! だから生きて生かしてほしい。ホント、どこで道間違ったんだろうね!」

「けっ」


 ジンが唾を吐き捨てた。


「ちゃんと手加減なしで戦ってるんだね」

「……やっぱり嫌いだテメー。そりゃ殺さなきゃ守れねぇもんがあるのはわかってんだよ」


 ジンは眉をしかめる。


「けど、殺さず守れる奴の方がもっと強ぇだろーが」


 そしてトンファーを創造すると、突如現れた男の一撃を受け止めた。後ろではカルキも同様に攻撃を受け止めている。


「ぬるっと現れやがってテメェ!」

「…………」


 ジンと対峙するは、編み笠を深く被った男。得物の錫杖がトンファーと押し合い、ジャラジャラと音を立てる。


「あらぁ? 別の獲物と鉢合わせてしまったようですわ」

「ははっ、参ったね」


 カルキに襲い掛かったのは、傘という奇妙な武器を使う女。ドレスにヒールという貴族チックな格好で優雅に笑っている。


 明らかに雑兵とは格が違う。


「あの殿方はどちらに逃げたのでしょうね?」

「ん、ミツキのことかな?」

「無数の刀を降らせる妙技……でも途中で逃げてしまわれましたの。いけずですわね?」

「僕も君と遊んでやる気はないかな?」

「まぁ!」


 カルキが女を弾き飛ばすと、必殺の魔導斬撃を放つ。

 女は傘をひらくと、それを受け止めてしまった。


「……軽々対応できるレベルね。君も“雨の三剣士”かな?」

「ええ、(わたくし)白傘のエーデルワイスと呼ばれております」


 エーデルワイスは傘をさしたまま優雅にお辞儀をした。


「ついでに紹介いたしますわ。彼は暗僧ロータス」


 そのロータスはというと、果敢に攻撃を仕掛けてくるジンに防戦一方だった。


「とっととくたばれ!」

「…………っ」


 手元が浮いて、胴があく。

 そこにトンファーの一撃を叩き込もうとしたジンだったが、その一撃は空振りに終わった。


「ん!? やべぇ!」


 身の危険を感じたジンが防御するよりもはやく、ロータスの錫杖が脇腹にのめりこんだ。


「ごっは!」

「…………!」

「ジン!」


 カルキには最後の一撃、ジンが自ら違うところを殴っていたように見えていた。幻覚か、と適当に仮説を立てる。


「く、いってぇな」

「…………」


 ロータスは自身の腕を押さえる。完全に虚を突いたつもりだったが、ジンのカウンターを腕に食らっていた。

 当のジンは、吹っ飛ばされたことを利用してそのまま逃走を図ろうとする。向かう先からは敵の一団。


「ミツキは逃げた後か……!?」

「止めろ! 今度は逃がすな!」

「お、勝手に教えてくれた」


 先ほどのエーデルワイスの発言も考えると、ミツキはうまく逃げることができたということだろう。

 そう仮定すると、ここからジンとカルキの動きは撤退戦のそれになる。が、ソリューニャたちが脱走し、ミツキも捜索中ということは、ソリューニャたちに戦力が向かっている可能性も高い。

 ジンたちも早々に後を追わなければならない。


「ジン、一気に抜けるよ!」

「あぁ!」


 エーデルワイスとの戦いを強引に切り上げて、カルキが道を斬り開く。


「まぁ、今度は逃がしませんわよ?」

「…………!」

「あまり走りたくはないのですけど!」


 逃げていく二人を追う。


 その時、遠雷が轟いた。


「これは、雷帝様! なんというお力……!」


 うっとりとエーデルワイスが呟く。


「さて、行きますわよロータス」

「…………」

「これ以上レインハルト様を失望させぬよう努めましょう?」


 ジンとカルキが手薄とみて突っ込んでいった方角は、リーグを東西に真っ二つに分ける大通りである。身を隠す場所は少なく、しかし暴れるにはもってこいの広さである。

 先ほどはミツキがそこで雑兵相手に大立ち回りをしでかし、エーデルワイスとの交戦中に別の強敵の接近を感じ取ってうまく逃げおおせた。しかし今回は兵の出動も済み、態勢が整った後だ。抵抗はできても逃れることは不可能だろう。


「数が多い! くそ!」

「強いのも混じっててやりにくいなっ!」


 エーデルワイスが追いついた時には、彼女の予想通りジンたちは苦戦していた。

 カルキの魔導がレベルの低い敵に対しては極めて有効ではあったが、勝てないまでも抵抗できるくらいの実力者たちがべったりと張り付いて自由にさせない。


「っ、追いつかれた!」

「わかってる!」


 エーデルワイスとロータスが二人がかりでカルキに突撃する。一振りで多くの兵を一瞬で殺せるカルキこそ、隊の消耗を抑えるためにもまず真っ先に潰すべきとの判断だった。


「無視か、コノヤロウ!」

「ロータス!」


 ジンが槍を伸ばしてエーデルワイスを突く。

 エーデルワイスは傘の柄でそれを止めると、カルキをロータスに任せジンを狩りに動き出す。


「遊んであげましょう」

「結構だよ死ね!」

「まっ。口が悪い子ね」

「ぐ……!」


 カルキとジンは焦っていた。それは強大な存在が近づいていることを感じ取っていたから。

 一方でエーデルワイスにも焦りがあった。恐ろしい味方の到着を確信していたから。


 そしてそれは来た。

 大通りに一瞬影が差す。


「……!!」

「はは、やっば……!」


 一頭の翼竜がリーグ上空で旋回すると、突風と共に大通りへと降り立った。

 竜の背からは魔神族・ガウス。最強の敵がジンとカルキの前に現れた。


「随分と暴れたな。蛆どもの分際で……」


 ソリューニャたちを逃がし、多くの死傷者を出した。あまりに大きな失態、そして今もジンとカルキが生きていること。あまりに大きすぎる失態だ。


 ガウスは凄まじい怒気を放った。

 それに伴い金の魔力が溢れ、バチバチと弾ける。


「ぐ……!!」

「……ははっ。ちょっとこいつ、強すぎない?」


 カルキがなんとか絞り出したその一言が全てを物語っていた。


 全員、その動きが止まっていた。

 ジンとカルキを取り囲んでいた兵たちは道を開けるように引いていき、首を垂れる。ガウスという圧倒的な存在によって、跪くエーデルワイスたちですら周囲の兵と変わらないとりとめのない存在に成り下がっていた。

 自由になったジンとカルキだったが、一歩たりとも動けずにいる。


 命を握られたに等しい状況は、しかしさらに悪化する。


「ガウス様……!」


 背後から現れたのは、黒を基調とした衣装を纏う美女。手の上に黒い炎を揺らめかせ遊び、どこか虚ろな瞳で憧れの主を見つめる“陽炎のローザ”。


「怖いなぁ、怖いよなぁ……?」


 そしてもう一人。この世の全てを嫌悪するような歪んだ表情が張り付いた小柄な男。足元からは植物のように氷柱が生え、白く曇った空気の中に佇む“氷獄のグリムトートー”。


「貴様ら、なんだこの体たらくは?」


 陽炎と氷獄を責めるのは白い軍服の男。長髪を靡かせガウスの傍に控えると、その黒い目でジンとカルキを睨みつけた“驟雨のレインハルト”。


 だが四天である三人がいてなお、ガウスの存在感は圧倒的であった。


「…………!!」


 もはや呼吸すらままならないほどの緊張感。指の一本、瞬きひとつですら死に直結するようで。


「消えろ、塵が」


 怒気を孕む声とともに、ジンとカルキが雷に打たれた。


「が、ぐあああ!?」

「うぐ……!!」


 よろめく、二撃目。


「ぎゃ……あああああっ!」

「ぐあっ! がはぁ!」


 ジンとカルキは成すすべなく地に伏した。


「やべぇ……死ぬ……」

「ぐ……!」


 絶望的と呼ぶにも生ぬるいほど、現実は無慈悲に残虐な行き止まりだった。

 正面には怒る最強の敵。背後には強大な魔導士。

 二人がかりでも勝てない相手が四人もいて、逃げ場などない。


 彼らはただ死を待つのみだった。


「どうした、もう立てぬか?」

「……っ、ぐ……!」

「それでよい。精々死ぬまで苦しめ」


 なんとか膝立ちまで体を起こしたジンだったが、直後、視界が真っ白にスパークして再び地に落ちた。

 もはや自分が攻撃を食らったという認識さえ曖昧だった。


「……終わりか?」

「う……っ……」


 霞む意識の中、その一言だけははっきりと聞こえた。



「先に殺した女の方がまだ楽しめたな」








 カルキに道を示されたソリューニャたちは身を隠しつつ確実に脱出に近づいていた。あれ以降は運よく会敵もない。

 が、それはつまりそれだけ敵を引き付けている誰かがいるということだ。


「ミツキ……」


 マオが表情を曇らせる。

 普段は容赦なくきつい言葉を吐いて時には口喧嘩もするが、そこは同じギルドの仲間。確かな絆があるのだ。


「呼んだ?」

「きゃ……っっ!?」

「しーー!」


 叫ぼうとしたマオの口をソリューニャが塞ぐ。


「み、みっ、ミツキ!」

「どーもミミミツキです」


 ふざけて笑うミツキ。


「いや~キツかった~」

「ちょ、なんでここに!?」

「逃げてきたよ。1秒でも遅かったら死んでたねあれは」


 塞がりかけの傷からまだ血が流れているような傷まで、ミツキの体にはいたるところに傷がある。ついさっきまで、ギリギリまで、戦い続けていたのだろう。


「ま、死なないことだけを考えてそれぞれ仕事をって決めてたしね」

「そっか……」

「おれにも優先すべきものはあるさ。ミュ……マオとか」

「オイ」

「嬉しくないのです……」

「これは、うん。ごめんなさい舞い上がってました」


 さすがに悪いと思ったミツキが非を認める。


「ところで二人にはもう会えたかい?」

「ああ。ジンとカルキだっけ? 会ったよ」

「そうか。あいつらもうまく生き延びてくれよ」


 脱走組にミツキを加えた五人は、結局敵に見つかることなくリーグを抜けた。


「ミツキ! 無事だったカ!」

「げっ、魔族!?」

「味方さ。名前はベル。詳しいことは走りながら説明するよ……おっと」


 ミツキは思い出したかのように立ち止まると、大木に刀で傷をつけた。

 すぐに走って追いついたミツキに、マオが尋ねる。


「何それ?」

「誰が脱出したのかを示す暗号さ。ジンとカルキが来たときのために残しておかなくちゃ」

「ああ、そういうことね」

「ジンさん……」


 ミュウが表情を陰らせる。

 ジンとカルキはこれから、殿として追手の足止めをしつつ後退するだろう。それはとても危険の伴う役割であると言わざるを得ない。


「……大丈夫さ。ヤバそうなら足止めも放棄して逃げろ。そう言ってある」

「…………」


 とはいえ、ミツキらにも役割は存在する。

 極端な話、この中で最も守られるべき存在はソリューニャだ。当然誰もが自分も生きるという強い意志を抱いているものの、もっと深いところではソリューニャさえ生かせば他の仲間も助かるという想いが確かにある。

 ミツキ、ハル、マオ、ミュウ、ベル。彼らの役割はソリューニャを守ることであった。


「この調子で逃げ切れるといいな」

「そういえばどこに向かっているの?」

「俺の村だ」

「……なにやら事情がありそうだね。でも今は聞かない」

「ああ、休憩のときにでも」


 その時、前方はるか遠く。まばゆい閃光と遅れて轟音が空気を震わせた。

 まるでそれは落雷のように。


「……っ!?」

「かみ、なり……!?」

「ガウス……!」


 紛れもない、ガウスの魔力だった。

 瞬間、コルディエラの言葉が脳裏をよぎる。



『ガウス様とレインハルト様が向かわれたよ』


『死んだなぁ、お仲間さん』



 ソリューニャとミュウの行動は同時だった。

 確認せずにはいられなかった。手の中のお守りが伝える。


「う、嘘……」

「あ……ぁ……」

「ちょっと、何があったの!?」


 血相を変えてマオが尋ねる。

 ミュウはマオの方を見ようともせずに、ただ青ざめた顔でうわごとのように呟いた。


「……誰か……反応、が……」

「っ!?」

「まさか!」


 次の一言はもうわかっていた。


「無いのです……」

お読みいただきありがとうございます。

前半はここまでです、後半もお楽しみに。

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