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魔導士たちの非日常譚  作者: 抹茶ミルク
天雷の大秘境編2 味方と敵
181/256

リリカVS雷帝ガウス

 


 最初は怪鳥ククルクス。レンとジンがこともなさげに倒すのをみて、トラウマが枷になっていることを自覚し乗り越えた。

 次はディーネブリ。初めての魔導士との一対一に苦戦したが、ソリューニャのために奮起、逆転した。

 そしてアルデバラン戦。不慣れな魔導士(フクロウ)との戦いには辛勝したが、続くシドウ戦で格の違いを痛感した。この敗北が大きな転機となる。


 続く大きな戦いではニゴイ相手に力を出せずに敗北し、塞ぎ込む。その後リベンジを果たすとともに自身の焦りとも向き合った。

 そうやって成長を続け、ジェイン戦。同格以上の敵に大金星をおさめたのだが。


(……ああ、これは)


 ガウス。

 これまで多くの強敵とぶつかってきたリリカが、初めて抱く感想だった。


(勝てない)


 勝てない。

 どうあがいても敵わない。ここまではっきりと勝敗が決している戦いにたった一人で臨むのはリリカの人生で初めてのことだった。


「リリカ」

「逃げないよ。……ううん、逃げて」


 そう、臨むのだ。


「狙いはあたしだし」

「はぁー……。悪い、テレサ。先に逝くぜ」

「……ごめんね、でもありがと。すっごく怖いんだ」


 リリカは震えが止まらない全身に魔力を張り巡らせ、ガウスを睨む。

 きっと逃げても戦っても結果は変わらない。だから、戦おうというその決意に理由などない。そしてそれは自棄でも、まして華々しい散り様を望んだ結果でも断じてない。


「勝負だ」

「勝負? クハハ……。身の程知らずが」


 ガウスは嘲笑を浴びせると、レインハルトに言った。


「レインハルト。そこに転がるゴミを連れて下がっていろ」

「はっ! 処分は如何様に?」

「全て任せる」


 レインハルトは竜から降りると、ジェインを担いで離れていく。


「何があった、ジェイン=ロール? 我が精鋭、第三小隊の長よ」

「う……ぐ……」


 苛立ちを嫌味に込めて訊ねる。自分の部隊の失態は己の失態だ。まして敬愛するガウスの目の前で。

 レインハルトは穏やかではいられなかった。


「お、オーガが……人間を匿っていたのです……」

「なるほど」


 ジェインの絞り出した一言で聡明なレインハルトはすべてを理解した。人間がオーガの側に立って戦っているのはそういうことだった。


「だが、ガウス様にとってこれはこれで……。ガウス様が調子を取り戻すための戯れだが、憎き人間が相手となれば余興も盛り上がろう」

「…………」

「見よ、笑っておられる」


 レインハルトが言うとおり、リリカとの対峙はガウスにとって悪くない余興だった。


「仇敵を前に、しかしよい心地だ。ククッ」


 人間に敗れるという大失態を犯したジェインにすら微塵も関心が湧かない。それよりもこのちっぽけな人間族の少女で遊ぶことに、久しく感じていなかった加虐の愉悦が沸き立っていた。

 レインハルトらと翼竜が十分に後方へ下がると、ガウスは軽く魔力を放出した。それだけで近づきがたい圧を生む、次元の違うエネルギーだった。


「来る……!」

「では。足掻いてみせろ」


 リリカとガウスの距離はそれなりにあった。

 だが、刹那。瞬き程の時間もかからず、リリカは凄まじい魔力を浴びていた。


「あ……ああああっ!?」


 それは今まで食らったことのある攻撃とは一線を画す異質さだった。

 体の中から焼かれるような衝撃。皮膚が弾けるような痛み。硬直する全身と本能的な恐怖。


 これがガウスの魔導。(いかづち)の力であった。


「リリカ!」

「控えろ」

「ぐあーっ!?」


 雷撃を浴びてグラモールが膝をつく。


 ガウスはここまで身じろぎ一つしていない。

 本当に遊んでいるだけなのだ。傷が癒えて間もないとはいえ、ガウスがその気になれば次の瞬間にはリリカは死んでいる。

 リリカとガウスの間には、それほどの力の差が横たわっているのだった。


「どうしたのだ? 人間よ」

「く……! まだだ!」

「いいぞ、足掻け」


 リリカが駆け出す。

 考えあっての行動ではないが、ただその場にいると危険だと思ったのだ。


「ふむ」

「っ!」


 ガウスがリリカに腕を伸ばす。

 かなりの距離があるにもかかわらず、その手はまさにリリカの心臓を今にも鷲掴もうとしているように見えた。


「う、きゃっああ!」


 それは比喩だと笑い飛ばせるようなものではない。現にリリカは二度目の攻撃を受けて悶絶した。


「く……! せめて近づけたら……」

「……ほう? 体術に自信でもあるのか?」


 す……とリリカは威圧感が薄れたのを感じ取った。というよりも引き寄せられているようにも思える。

 実際に誘われているのだろう。ガウスは至近距離でのリリカの戦いを見たがっている。


「っ、やってやる!」

「クハハ」


 騙し討ちだとは考えない。やるしかない。

 リリカはガウスに接近するとその拳を振るう。


「“支雷纏装”」

「やぁーー!」


 ガウスの肉体に紫電が走った。


「っ、てい!」

「……ふむ、なるほどな」


 当たった、と思った一発目は空振っていた。

 ガウスは半身になって、拳を振り抜いて隙を晒すリリカを見下ろしている。


「まだ……っ!」


 回し蹴りがガウスの腹部めがけて放たれる。

 ガウスの死角から放たれたはずのその一撃は、しかし一歩下がって躱された。


「はっぁあ! たぁっ!」

「その程度か?」


 当たらない。

 まるでリリカの攻撃が全て読めているかのように、あらゆる攻撃がかすりもしない。


「はぁ……はぁ……!」


 リリカの攻撃は速い。重いし、鋭い。身体能力は天性のものが光る。

 だが、ガウスはそれを全て紙一重で躱すのだ。


 その時リリカが二人に増えた。

 何発目かのリリカのパンチを、ガウスは初めて受け止めた。


「……! 幻か」

「グラモール……!」


 ガウスが即看破した通り、片方はグラモールの魔導で作った幻影だ。質量はないが、視覚でガウスを惑わせる。


「戯れとしては悪くないな」

「っ、そんな……!」


 だが。

 リリカの拳は、足は、そのことごとくを受け止められていた。パシッ、パシッ、と小気味よい破裂音が響く。


(決まらない……し、触ると痺れる!)


 支雷纏装。

 肉体を電撃の魔力で覆い、あらゆる動きに反射で対応する技である。ガウスの周囲は微弱な放電で満たされており、その揺らぎでガウスは死角からの攻撃にすら反応できる。


 などということは、リリカには知る由もないことだった。

 彼女にはただ驚異的な反応速度ですべての動きを見切られているようにしか思えない。


「ふむ、やはり相当鈍っておるわ。計画の前に取り戻さねばな」

「嘘……! これで……!?」


 戦いのさなか、聞こえる声。

 リリカはその信じがたい内容に愕然とする。


「では人間よ、これはどうだ」

「!!」


 それまで受け身だったガウスが初めて手を出した。雷を纏った両手でリリカへと仕掛ける。


「っ、はあああ!」

「ほう? 危機に呼応したか?」


 リリカの動きが良くなった。

 防御も考えなければならないはずなのに、むしろ以前よりキレが増している。


 リリカの手の軌跡が魔力の壁となって固まる。リリカはそれで急所を隠しつつ、果敢にガウスを攻め立てる。


「リリカ……! なんて奴だ……!」


 幻影は消えている。すでに意味を為さないからだ。

 本物のリリカの動きは離れて観察できるグラモールでも目で追うのがやっとで、幻影ではその動きに追いつけない。


「はぁぁ! たぁっ!」

「クハハ……!」


 ガウスがリリカの顔面へと手を伸ばす。

 高密度の魔力を纏ったそれに一度でも触れれば命はない。そんな緊迫感の中、リリカは左手で魔力を固めて顔を守りつつ右手でガウスの胴を狙う。

 ガウスは手を引っ込めると、狙いを一瞬で右腕に切り替える。リリカも攻撃を中断して右腕を引き、左拳で殴るフェイントをかけてからバリアを展開しつつ身を引く。


「っ、っ、ああっ!」


 驚くことに、リリカの動きが速くなるのに合わせてガウスの動きも速くなっていた。

 二人はまるで演武を舞うかのように。その凄まじい応酬は時間にすると短いものだったが、リリカは深い深い集中力の底に沈みながら、丸一日も戦っているような錯覚に陥っていた。


「…………!」


 次第に気勢は消え、動きもまた洗練されていく。

 リリカは自分に無限の可能性を見ていた。命の危機に直面したことで逆に力が増している。

 まだやれる。まだ強くなれる。まだ、まだ。


「……もうよいか」

「あ」


 夢は終わる。


 それまでの見せかけの均衡などなかったかのように、その掌底打ちは防壁を易々と打ち砕き、リリカの胸部に突き刺さった。


「っ……は……!!」

「り、リリカー!」


 リリカが吹き飛ぶ。


「あが……げほっ……!」

「貴様は力を示した」

「う……あう……!」

「それを誇りに死ぬがよい」


 すんでのところで致命傷は避けていた。反射的に左手で胸部をかばったことで、即死は免れていたのだ。

 だが、負傷していた左腕は砕け、感電のせいで呼吸もままならない。


「ま……だ……」

「そうか、立つか」

「リリカ、もういい! 逃げろ!」

「騒ぐな」

「ぐぅおああああ!」


 そう叫んだグラモールは雷に打たれて倒れ込んだ。


 リリカはよたよたと立ち上がり、腫れた左腕を垂らし右拳を握る。

 しかしガウスはもうほとんど彼女に対しての関心を失っていた。放っておいても死ぬような少女が相手では満足いくような抵抗はない。


「もはや用はないぞ。消えろ」

「ああああっ!」


 リリカが消えた。

 ガウスの肉体は目で捉えられないほどのスピードで接近するリリカを感知し、反射で動く。


「……」

「きゃああああああっ!!」


 瞬身。

 最後の力を振り絞った捨て身の特攻だった。しかし右手に手ごたえは残らず、防御に魔力を割かなかった分だけガウスの雷撃は痛烈にリリカを襲った。


「あ……が……あっ……」


 そのまま四肢を投げ出し伏すリリカはぴくりとも動かない。


「ガウス様! リーグにてなにやら異変が!」

「なに?」


 レインハルトが駆け寄ってきて、言った。

 リーグの方角から不穏な魔力を感じ取ったのである。


「では、戻るとするか」

「はっ! ……ガウス様、傷が……!」

「……少々遊びが過ぎたようだな」

「すぐに手当てを……!」

「構わぬ。この傷が万に一つの油断をも戒めるであろう」


 ガウスの頬に、小さなかすり傷ができていた。リリカ自身も気づかなかった抵抗の証だ。


「では、そこの人間は? まだ息があるようですが」

「ふむ……我が全力の雷にて葬ってやることにしよう」


 ガウスが魔力を放出する。魔力は渦巻き集まり、やがて動かないリリカの頭上に稲妻迸る光球となって顕現した。強大な魔力を内包するそれは徐々に大きくなりながら昇ってゆく。


「ぐ……リリカ……!」

「…………」


 ガウスとレインハルトが翼竜に乗る。


「タックス。お前はオーガを殲滅せよ」

「はい、レインハルト様」


 タックス。第二小隊に属する竜人で、翼竜隊の筆頭調教師でもある。今回は久々の実践飛行ということでガウスらに同行していた。


「ゆくぞ、レインハルト」


 翼竜が飛び去る。

 ガウスは動かないリリカとグラモールを見下ろしながら、いまにも破裂しそうな光球に小さな雷を放った。


「“裁きの鉄槌”」


 光球から巨大な雷が墜ちた。

 凄まじい轟音と閃光。巨大すぎるエネルギーは地面を焼き、抉り、衝撃波を撒き散らす。


 そして焦土と化した戦場は沈黙する。

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