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魔導士たちの非日常譚  作者: 抹茶ミルク
天雷の大秘境編2 味方と敵
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それが誰とか

 


 オーガの里はどこかヒリついた空気を醸し出していた。決行の日が近づいていることもあるが、一番の理由は人間であるリリカとオーガ族であるキャングらとの間の摩擦がそれを知らぬ者にも伝播したことだろう。

 リリカの存在はあの日あの屋敷で会議に出席していた者たちくらいしか知らないし、箝口令も敷かれている。当然だ。リリカの存在、というよりリリカをかくまったことをガウスたちに知られてしまったが最後すべてが水の泡だからだ。


 しかしリリカ側としても地上行きの手段が貴重であることも承知しているので、拒否されたとしても簡単には諦めきれない。何としても船には乗りたい。でもオーガたちに迷惑もかけたくない。


「……ま、仕方ないよね!」


 両の頬をぺちんと叩いて、リリカは気持ちを切り替えようとした。

 リリカは頑張って考えた結果、一つの結論を出した。船の出発直前まで自分はオーガたちから離れておくというものだ。



『ケガ治ってないじゃないか。それにこの島のことまだ全然知らないのに……危ないよ』

『ああ。あいつらはああ言ったが、女の子を一人放り出すのはありえん』


 グラモール夫妻はそう言って引き留めたが、リリカの意思は固かった。


『だいじょぶ! これであたし、けっこう旅してきたんだよ!』


 ちょっと体の調子は悪かったが、リリカは溌溂と笑った。認めてもらいたいなら、自身も相応に何かをするべきだ。このまま決行の日まで屋敷に匿ってもらうだけではあまりに頼りすぎていると思った。



「……ジンたち今頃どうしてるかなぁ。ミュウちゃんたちはもう助けたのかなぁ」


 リリカは里を離れて、レンを目指して歩いていた。お守りの反応はもう三つが、つまりジンとソリューニャとミュウが近くに集まっていることがわかる。二日かかってようやく頭が冷え極端な焦りも消えたため、今からジンを追ってソリューニャのもとに向かう行為にあまり意味がないと判断できた。


「信じるしかないよね。うん」


 それよりはレンと合流して事情を話すほうが有意義だし何よりもリリカが安心できる。グラモール夫妻も単身リーグへ向かうのはあまりに危険だと強く反対してきた。


「レンはやっぱりあたしのとこに向かってるんだなぁ」


 食料と医療具などが入ったカバンを持ってそう独り言ちる。ケガは大丈夫かとか、おなか空いてないかとか、そんなことを心配しながら歩く森の中。しかし会えた時のことを考えるとどこか楽しかった。


「……あれ?」


 サァと風が葉を揺らす。リリカはふと不穏なものを感じて振り返った。


「気のせい……かな……?」


 リリカは首を傾げ、気のせいと断じて歩き出そうとする。

 その時視界の端に黒煙が映った。


「……っ!」


 リリカは荷物を落として走り出していた。






 第三小隊の侵攻はリリカを探してのものだったが、偶然にもそれはリリカがいないタイミングでのことであった。


「第三小隊!? なんだ!?」

「えーっとぉ……人間探してるんだけどー」

「人間!? いるわけないだろう!」


 第三小隊はすでに包囲網を完成させている。オーガたちはわけもわからぬまま襲われて、しかし逃れることもできないのである。

 まったく無関係な者にとっては理不尽極まりない話だ。だが一部の者たち、リリカの存在を知る者たちには「ばれた」ということがはっきりと伝わった。


「くっ、やめろ! 人間などいない!」

「んんー? 迫真の演技かホントに知らないのか……」

「とにかく今すぐ……ぐあっ!」


 副隊長ヒリに訴えかける男を、ヒリの召喚獣が襲う。


「うーん、まあ隊長の方が本命だしなぁ」


 ヒリがぼやく。自分が担当しているのは人間の匂いが残る屋敷から少し離れたところにある、大部分のオーガたちの居住区だ。


 一方で隊長のジェインがほぼ一人で担当するのは、その屋敷の方だった。

 恐らく抵抗してくるだろうグラモール=ダリオはかつてのオーガ部隊で切り込み隊長を任され続け、ことごとく生き残ってきた猛者である。強力な個には同じく個をぶつけるのがセオリー。下手に雑兵を消耗させるよりは、単独で抑えるべきとの判断だった。


「ま、こっちもあまりヨユーなさそーなんで」

「うおおおおお!」


 雄たけびを上げて突進してきたのは、かつてのオーガ部隊副長キャング。

 男を襲っていた召喚獣はさっと後退し、キャングは血まみれの男を抱き上げた。


「おい……おい!」

「…………」


 喉を噛みちぎられて絶命している。

 キャングはゆっくりと男を寝かせると、声を張り上げた。


「お前らァッ!! 戦えッ!!」


 もはや言葉は意味を為さない。敵は人間の存在を確信している。だからこちらを殺しに来ているのだ。


「家族も仲間も! 戦って守れッ!!」


 これは戦争だ。

 後ろに控えるガウスに怯えその未来に絶望を見たとしても、それでも戦うしかない。

 キャングの怒号は戸惑うオーガたちに、戦う決心をつけさせた。


「……ま、さすがに元兵隊さんだよねー」


 それまで一方的に押していた戦況もキャングの一声で変わった。ヒリはやや後ろに下がりつつそれを観察する。

 オーガたちは元々魔神族イリヤの下でガウス軍相手に前線で抵抗を続けてきた部隊だ。武器を取り上げられて長いとはいえ、その底力はやはり侮れないものもある。


「うん。でもまぁ概ね作戦どおりだねぇ」


 しかしヒリは焦らない。こちらは第三小隊をほとんど全員動員して数の優位をとっている。そして敵には守るべき対象、といえば聞こえはいい足手まといも多い。こういう事態も見越してわざと力仕事に不向きな女子供たちもつれてきているのだから当然だ。


「うあああ!?」

「く、おい! 戦えない奴は隠れてろ!」


 キャングが襲われそうになった仲間を間一髪で救いだす。隠れているよう指示して、自身はまた戦いに戻る。

 すでに死傷者は出ている。戦況ははっきり言って不利だ。それでもキャングは希望を持っていた。まだ昨日言い争った盟友(グラモール)がいる。あの男ならすぐに駆け付けてきてくれるはずだ。


 しかし、そんな彼の希望を打ち砕くかのように木々をへし折る音が聞こえ、次の瞬間には地鳴りとともに破壊音が響いた。


「グラモール……!?」


 向こうでも何かただならぬことが起きている。

 それに気を取られて、気づくのが遅れた。すぐに走り出していたら間に合っただろう距離、子供が剣に貫かれようとしていた。


「く……!? 逃げろォーー!」


 駆け出すが、もう遅い。せめて叫ばずにはいられなかった。


 そのとき、一人の少女が飛び出した。


「ちょわーー!」


 少女は飛び出した勢いのまま子供を抱きかかえて離脱する。そして何とかブレーキをかけて勢いを殺すと、母親だろう女性に子供を返してにっこり笑った。


「ふー……! 危なかった!」

「ありがとうございます! ありがとうございます!」

「どーいたしましてっ!」


 戦場は不意をつかれて一瞬凍りついた。

 第三小隊は探していた人間を発見したことで。一部のオーガたちは出て行ったはずの人間が戻ってきたことで。


「やっぱりどこかに離れてたんだねぇ」


 ヒリは鳥類型の召喚獣を出すと素早く足に暗号の紙を結び、放つ。人間が現れたことを隊長に伝えるためだ。


「はは、バカめ! ノコノコ戻ってきやがった!」

「む」

「つまんねぇ情にでも流されたか? たかがオーガのためによぉ!」

「違うよ!」


 無意識だった。


(うん、違う!)


 心はあとからついてきた。自分は間違ってないし心に嘘もついていない。そう確信できたから少女は、リリカは、胸をはって言い切った。


「危なかったら助ける! それが誰とか関係ないよっ!」

「……ちっ、死ね!」


 子供を殺し損ねた敵が剣を振り上げる。しかしリリカは刃物を前にしても特に恐怖は感じなかった。

 それが振り下ろされるより早く攻撃を入れて、それだけのことだった。


「……あっ! でもあたしオーガとか知らないしカンケーないからねっ!」


 リリカ精一杯の嘘だった。

 もはや関係の有無を確かめるような温い状況ではなく、ほとんど意味のない言葉に思える。だがその無意味で不器用な嘘が、キャングの心を少しだけ動かした。


「人間族が何しにきたんだ! とっとと消えろ!」

「……!」


 キャングが口悪く怒鳴って、腕を振る。さりげなく伸ばされた腕は、グラモールたちの屋敷の方角に向けられていた。

 そしてその意図を汲んだリリカは言われるがまま走り出した。


「おう、助かったぞ! 人間とか知らないけどな!」

「ぷっ……どーいたしまして! 知らない人!」


 当然リリカを逃がすまいと立ちふさがった兵たちを軽々となぎ倒して、リリカは包囲網から抜け出した。


「うーん、前評判通りの強さだねぇ」

「副隊長! 人間が逃げます!」

「逃げらんないから安心してー。尾行はつけてるし、それにたぶんあの子隊長んとこ行くよ」

「は?」

「もうバレバレなのに、てゆーか最初からバレてんのにね。三文芝居なんかしちゃってさーあはは」


 ヒリが抑揚のない声で笑う。そしてピッと中指を立てると、戸惑う兵たちに命令を下した。


「ま、とりあえず皆殺しで。どーぞ」

「お前ら、守りきるぞォ!!」


 キャング率いるオーガたちと、ヒリ率いる第三小隊の戦いは続く。







 第三小隊隊長、ジェイン=ロールが使うのは極めて“強い”魔導である。


「よし、では半殺しにしてから口を割らせるか」


 大地が蠢き、めくれ上がり、木々は根こそぎはがれてゆく。そして地鳴りとともに現れたのは巨大なゴーレムだった。


「くく……本気で使うのは何年振りだろうな」


 太く長い腕と、歪な胴体。足はなく、まるで大地から巨人の半身が生えてきたようだ。そして頭部がない肩の上にはその代わりに手足を埋めたジェインの姿があった。


「とりあえずあいさつ代わりだ。受け取れ」


 巨人がゆっくり振り上げた腕を振り下ろして、屋敷を叩き潰した。バキバキと建材を破壊する音すらかき消す轟音、轟音。


 巨大な質量から生み出される破壊力。生半可な攻撃を通さない防御力。仮に一部を失ってもまた創造できる再生力。彼女の魔導を戦闘面で評価するならば、それはまさに“強い”魔導というべきだった。


「くくく、隠れてないで出てくるがいい」


 ゴーレムの創造時点でグラモール夫妻は気づけたはずだ。この程度で死ぬことはないという確信がジェインにはあった。


「それにしても、あぁ……素晴らしい」


 森すらも見下ろして、ジェインは感嘆する。木々はある一線できれいに区切られ、その先からは水平線まで白い雲海が続く。


(我が主にふさわしい、美しくも雄大な景色よ)


 そんな感動に水を差す、下からの声。


「ああーーーーっ!!」

「あれは……」


 同時にヒリの鳥が目の前に止まる。

 ジェインはゴーレムを操るための腕を引き抜いて、鳥の足の紙を解いて広げた。


「くく、そうか」


 眼下、黒髪の少女こそが探していた人間だろう。


「手間が省けたな。いいぞ」

「あっ、上に人がいる! お前だなーー!?」

「おとなしく死ぬがよい」


 リリカ対ジェイン=ロール。

 強敵との戦いが始まった。

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