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魔導士たちの非日常譚  作者: 抹茶ミルク
天雷の大秘境編2 味方と敵
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勝利の条件

 


 仲間が辿り着くより一歩早く動き出し、敵の不意を突いて逃げ出すことに成功したミュウたちは走る。ジンの指示を信じて、ひたすらまっすぐ走る。


「最高のタイミングだったわね、ミュウちゃん」

「いえ、ハルさんも、ですよ」


 いくつか逃げるプランは用意して、そのための準備も完了していた。そのうち一番単純で早い、ハルの魔導で扉を塞いで時間を稼ぎつつ、逆方向の窓から全員で逃げるという方法がとれたのは幸いだった。


「……っ!」

「ミュウ、頑張れ!」


 しかし四人固まって走るとなると、ネックになるのは足の速さだ。最も遅いミュウに合わせる必要があるため、全体の足はどうしても落ちる。


「こっちだ!」

「逃げた! 殺せ!」


 また、すぐに敵も集まってきた。


「…………行け」


 先頭のハルが速度を上げ、敵に突っ込んでいく。

 いつの間にか手には細剣が握られていて、ハルは一人一振り、鮮やかな体捌きで敵を切り捨てた。


(万全ではないな……)


 ハルは自身の調子を確かめたに過ぎない。それでもその技量は卓越しているとしか言いようがない。

 ずっと近くにいたから多少慣れはしていたものの、初めてハルを見たソリューニャが戦慄したほどの強さは健在だった。


(やっぱ強い……!)


 血を吸って黒くなった地面の上をミュウたちが駆け抜ける。どれだけ目を背けたくなるような光景だとしても、怯む暇さえ惜しいのだ。


「城壁だ!」

「予定通り登るぞ!」


 先を行くハルは群がる敵をすべて一刃のもとに切り捨てている。

 たまに飛び道具を持つ敵が遠くからミュウたち後続組も狙ってくるが、すかさずマオがバリアを張って防御する。


「……」

「行くわよ!」


 ハルが手で合図した。“良し”のサインだ。

 マオたちも城壁横の塔に入る。中は螺旋階段で、死体や血に足を取られないように気を付けながらそれを駆け上がる。


「……っ!」


 階段から城壁の上に出たソリューニャが両手にカトラスを構えて周囲を見渡し、待ち伏せに備える。


「……さすが」

「ああ」


 飛び散った群青の破片が魔力に戻って消滅していく。敵はすべて倒れ伏しており、その中心にハルは立っていた。

 ソリューニャたちが追いつくまでそれほど時間はなかったはずだが、ハルは待ち伏せていた敵を涼しい顔で全滅させていたのだ。


「さて、降りよう。マオ」

「難しいんだからね? ちょっとだけ集中させて」

「ひぇぇ……」

「…………」


 言うが早いが四人は城壁の縁に立った。かなりの高さがあり、ミュウやマオでは魔術があっても無傷で着地は難しいだろう。


「すぅ、ふぅー……」

「い、いけそうです?」

「……うん。行くよぉ!」


 集中を高めたマオがぴょんと飛び降りた。

 ハルが続き、ミュウとソリューニャも手を繋いで同時に飛ぶ。


「……!」


 四人の足元に、地上まで続く薄いバリアの層が現れる。

 バリアは四人の着地に耐え切れず、割れる。その下にあるバリアも四人の勢いを少しだけ殺し、ひび割れて散る。

 それを何度も繰り返して、四人はなんとか無傷で着地することに成功した。


「っ!」

「大丈夫か、ミュウ?」

「はいです。……もう二度と嫌ですけど……」

「っつあ~、緊張した。成功してよかったぁ」


 脱出の相談をするにあたり、それぞれできることはあらかじめ共有し、作戦に組み込んである。当然マオにこんな芸当が可能であるということも知っていた。


「カルキ……!」

「およ? ハルじゃないか!」


 四人の着地地点から見えるところに、カルキがいた。


「な、なんであいつもここに!?」

「実はジンと休戦……」

「ウオオオオ!」

「っ!」


 カルキに、大柄な敵が襲い掛かる。背中に大量の武器を差したその魔族は鍔ぜりでカルキを押し込んでいく。

 そこにハルが乱入するが、敵は大柄な体に似合わぬ軽やかな動きでそれを避けると距離をとって着地した。


「捕虜……! 逃げたか!」

「カルキ」

「いや、いい。ハルは命綱の竜人を守ってくれ」

「……!」

殿(しんがり)は任せてよ。後で会おうぜ」


 カルキの一言で、ハルは理解した。カルキもまたソリューニャの竜のためにジンと手を組んだのだと。


「…………行くぞ」

「あ、そだ! ミツキもいるから!」

「ミツキ!?」


 マオは驚いたが、すぐに嬉しそうな表情に変わった。


「心強いわ!」

「行くですよ!」

「させんぞ、人間!!」


 大柄な敵が斧を片手に四人に襲い掛かる。

 すかさずマオはそれをバリアで跳ね返すと、叫んだ。


「走って!」

「うん!」

「ぬぅぅ!?」

「こっちだよ、サボテンくん」


 カルキが魔力刃を飛ばし、追撃しようとする敵を足止めする。


「さて、君を殺してすぐ追わなきゃな」

「貴様を殺して俺が追う!」






 ジン対コルディエラ。


「竜の鱗!」

「お、ソリューニャと一緒だ」


 ジンの目的は拘束されている仲間の解放と足止めだったが、幸いなことにソリューニャたちは全員無事でしかも自力で脱出してきた。ならばジンは足止めに専念すればよい。


「そこをどけ!!」

「やなこった!」


 ジンはソリューニャたちと一緒に逃げるわけにはいかない。それよりも適度に距離をあけつつ、そこで敵を引き付けてソリューニャたちに近づけさせないことの方が重要だ。


「はっ! どうした、来いや!」

「くそっ! 人間め、覚えていろ……!」

「ああん?」


 コルディエラはジンと適度な距離を保っている。それは彼女が万が一にも死なないようにと控えめな姿勢だからである。


「本当ならここで殺してやったところだがな!」

「いやじゃあかかってこいよ。何手を抜いてんだ」

「ふん。事情があるのさ」


 戦う意思が相手にないのなら、ジンとしても無理に倒しにいく必要がない。

 しかし、直後屋敷から飛び出してきた竜人たちを見て即座にジンは切り替えた。


「っ!?」

「コルディエラ、下がれ!」

「あいあい。じゃあな、ガキ」

「はは、マジかよ……!」


 コルディエラが帰っていく。代わりに現れた竜人族の精鋭たちがジンに襲い掛かる。


「っ、おうっ!? ンの野郎!」

「がは!」

「今だ! かかれ!」

「ぐっ……危ねぇっ!?」


 動きが明らかに違う。一人ずつ相手にすれば負けないだろうが、この竜人たちは洗練されたコンビネーションでジンに攻撃を仕掛けてくる。

 一人を集中すればそれは倒せても、必ずその隙を突けるように動いてくる。


「ちぃ……! 下手に殴れねー」

「こいつは強いぞ! 絶対に陣形を崩すな!」


 ハルがいてなお、まともに戦うのは避けたほうがいいと判断された彼らである。個々の戦闘能力は確かにジンに劣るが、全員が達人と呼んで差し支えないレベルだ。


「捕虜が逃げたと報告があった!」

「あっちに逃げた! 追ってくれ!」

「援軍も来やがって……!」


 敵も集まってきた。

 迫りくるピンチに、ジンの集中力が一瞬覚醒する。


「…………!」


 その瞬間、ジンを囲んでいた竜人たちのなかで最も気を抜いていた敵に突進する。

 急停止。一瞬ためをつくって、地面を蹴る。

 不意を突かれた敵の脇をすり抜けたジンは、長く伸ばしたトンファーを創造してそれを振るった。



「おおっ!」

「……くっ!?」


 すでに敵もジンを逃がさないようにと動き始めている。その先頭に向けた一撃、しかしジンは当たる直前にトンファーを消した。

 またしても不意を突かれた敵が戸惑い、硬直する。

 その隙にジンは逃げ出した。


「あぶねー……! くそ、逆に足止めさせられてた!」

「逃げた、追うぞ!」


 あのまま敵を崩せずにいたら、増援に追いつかれて袋叩きになっていただろう。戦力差が逆転してしまう未来を見切って、反射的に勝負を仕掛けた決断は正解だった。


「あいつら、ちゃんとカルキに会えたかな」


 こうしてバラバラになることは想定済みだ。だから彼らはあらかじめ都市の外に集合場所を決めていた。

 ベルにはそこでソリューニャたちと合流して、彼の土地勘を頼りに逃走の手引きをするように頼んである。


「いや、心配してもしょうがねぇ。次はカルキとミツキだ!」


 この戦いはソリューニャたちが逃げられればそれで勝利とはならない。ジンが望むのは「誰一人欠けないこと」だ。

 命を捨てるつもりで突入したわけではない。彼らにもまだ、やるべきことは残っている。そのためにはまず孤独に戦う二人との合流が不可欠なのであった。



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