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魔導士たちの非日常譚  作者: 抹茶ミルク
天雷の大秘境編2 味方と敵
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ベルの思惑

 


 一晩中走り続けて、ジンたち三人と原住民ベルは帝都リーグへとたどり着いた。一度は空から突入しようとして失敗したこの都市だが、改めてよく見ればとても近代的だ。森の中に突如現れた幻のような、そんな非現実さが強烈でチカチカと鮮烈だった。


「よーやく戻ってきたぜ、白い街!」

「この規模の都市を丸々転移させるってんだから恐ろしいな」

「たかが島の探検するためだけに城ごとって冗談だよな、壮大な。拠点にするにしてももっとやりようあっただろうに……」


 ベルに聞いた話ではこれが突然現れたとのことで、当時の衝撃たるや察するに余りある。本気で世界の終わりを覚悟したとの言も大げさではないだろう。


「ていうか本当にジョークかよ。冷静に考えると馬鹿っぽいね。贅沢極めたかったのかな?」

「……人間滅ぼした後は国でも作るんじゃないか?」

「あーそれ面白いな。空飛ぶ国、最強じゃん」


 カルキがへらへら笑う。ミツキの言う通りなら納得できないこともない。

 だが実はおおむね真実である。ガウスは地上を焦土にしたあと、スカイムーンを空から大陸を見下ろす神の国にしようと考えていた。


「おい、喋ってねぇで行くぞ」

「待ちなよ、ジン。ぼくらのことは伝わってるから、みんな警戒してる」

「んなことわかってら」


 お守りは二つの反応を伝えてくる。その近さがよりジンを焦らせた。


「じゃあ、行くか」

「見つからないこと。囲まれないこと。強敵にはまともに立ち向かわないこと」

「わかってる。あいつらを助けるのが一番大事だ」

「ならいいさ」


 今回の敵は小隊一個どころの話ではない。すべてを倒して進むことなど到底不可能である。


「とにかく生きること。最後はそれだけさ」

「ああ」


 四人は都市に潜入した。






 はじめは順調だった。ベルがこっそりと偵察に来ては少しずつ書き上げていった地図があったからだ。いつか何かのためにと作ってきたものが報われて良かったよ、と彼は言った。大火傷の跡を隠すためのマスクで表情の全部は見えなかったが、相変わらず目はギラギラと燃えていた。


 敵はジンたちがすでに都市に侵入しているとは考えておらず、「島に人間が潜んでいる」という情報の話題でもちきりだった。

 また、もともと外敵に備える必要がほとんどない環境だったこともジンたちを助けた。この島では歯向かう者などどこにも残っていないし、それ以前にも最強の魔神族ガウスがいるところに突っ込む命知らずなどいなかった。敵には人間が攻めてくるから鼠一匹通さないように、といった気概が抜けていたのだ。


 そうやって人気の少ない街中を進んでいき、城壁が見えるところまで来た。


「間違いねぇ、あの向こうだ」

「マジか。どうやって侵入する?」

「裏門がいくツかある。見張りはいルが、そこまでの人数ではないな」


 ベルが助言する。

 その時だった。


「「……っ!?」」


 ゾワリ、と寒気が襲う。

 その正体はすぐに分かった。頭上を飛んで行った、二頭の翼竜だ。


「ガウスだ……!!」

「どういうことだ、ベル」

「間違いない……! あの魔力、忘れるはずガない……!」


 ベルの目がいっそう憎しみに染まる。


「つまり敵の大将が乗ってたってことか。こういうこと、今までにあった?」

「いや……飛ぶやつは見たことハあるが、奴が乗っているノを見るのは初めてだ……」

「じゃあ今までにないことが起こるかもしれないな」


 このタイミングで最も恐れていた敵がいなくなったことは幸運と言えるかもしれないが、ミツキには何か不吉の前触れのように感じられて仕方がない。


「んなこと言ってねぇで、今しかねーぞ」

「そうだね。多少無茶しても今行くべきだ」

「わかってるさ。見たところ雑兵しかいないみたいだし、ここはおれ一人に任せてくれ」

「いいのかい?」

「うん。うまく引き付けておくよ」


 ジンがミツキの目をまっすぐに見る。


「……死ぬなよ」

「ああ。ミュウちゃんは任せたよ」

「そこはお前マオって言えよ、バカ」

「ははは。ああ、マオも頼んだよ」

「うん。じゃあ、任せたぞ」

「任された」


 そう言ってミツキは飛び出していった。敵に気づかれると同時に、刀の雨を降らせる。


「千本刀!」

「ぎゃああ!」

「に、人間だぁ! 人間が出やがった!」


 続々と敵が集まってくる。ここで目立てば目立つほどジンたちは動きやすくなり、そして自分は死に近づく。


「おれの命はここまでか、はたまたここからか」


 外套を脱ぎ捨て、腰に差した刀を抜く。鉛色の刃が日を反射して、鋭く光を放った。


「勝負しようぜ」






 ミツキと別れて、三人は外壁沿いに進んでいた。この辺りは小さな林のようになっており、人の気も全くない。


「中が見えないのはいやだねぇ」

「こん中に入ったら突っ込んで、縄は切って牢はぶち抜く。やることは変わんねぇよ」


 三人は裏門を目指して走る。

 それを城壁の上から見下ろす一人の男がいた。


「…………」


 たん。と足場を蹴って、派手な地響きとともに三人の前に着地する。


「……っ!」

「ん、敵!」


 敵と見るや、ジンとカルキの反応は速かった。

 赤い鎧を身にまとい、無数の得物を背負った大男に向かって同時に斬りかかる。


「脆弱ゥ!」

「ち、強い奴だこれ!」


 同時攻撃を弾き返されて、ジンが舌打ちする。


「うおお!」

「ふん!」


 背後に回り込んでいたベルが刃物片手に飛び込む。

 しかし大男はナイフの刃を槍の柄で受け止めるという離れ業をやってのけ、驚くベルの頭を鷲掴みにした。


「ぐあっ!」

「ベル!」


 頭蓋が軋み、あわや砕かれるという寸前。ジンの突進に気付いた男は彼に向かってベルを投げ飛ばした。

 ジンはベルを受け止めると、衝撃を殺すために後ろに倒れこむ。


「うおおおお!」

「させるかってね」


 二人に斬りかかった男を、間一髪カルキが受け止めた。


「ぐ……もしかして君が四天かい……?」

「はっ、まさか! 俺ごときがレインハルト様と肩を並べるなど烏滸がましいわ!」


 男は清々しく自分を卑下して、鼻で笑い飛ばした。


「俺の名前はキャクタス! 四天レインハルト様の懐刀である雨の三剣士が一人、百刃のキャクタスである!」

「雨の三剣士……!」


 雨の三剣士。

 四天である驟雨のレインハルトに直接仕える実力者たちだ。


「四か三か一人か百かはっきりさせろや棘野郎!」

「来い、下等な人間よ!」


 ジンが飛び掛かる。

 キャクタスは両手に短槍と鉈を握って、ジンの猛攻を防ぐ。


「此奴、なかなか……!」

「うおおおおらあ!」

「ジン、そこまでだ。頭冷やしなよ」

「何言ってやがる! とっととこいつシバいて行くぞ!」

「やれやれ、冷たいなぁ」


 カルキはやれやれ、と首を振る。そして魔力を刀に込めて、それを縦に振るった。

 地面を切り裂きながら魔力刃が高速で飛んでいく。


「ぬぅ!?」

「おわっ!? 危ねぇだろボケ!」


 ジンとキャクタスが分断される。

 カルキは胡散臭い笑みを浮かべながら次の攻撃のために魔力を込め、言う。


「僕には“任せた”って言ってくれないのね」

「はぁ? 気持ち悪いぞ」

「ははは」


 相変わらず飄々としてはいるが、カルキは真剣だった。ここで自分がすべきことをしっかりと理解しているのだ。


「場所が分かるのは君だけだろう、ジン。時間を無駄にするな」

「ち、わかった。じゃあテメェはここで待ってろ」

「了解。ハルは頼んだよ」

「ああ!」


 ジンと、痛む頭を押さえたベルが走り出す。

 当然それを止めようと、キャクタスが長剣と鎚を持って襲い掛かる。しかしカルキの挙動を目の端で捉えたため、やむを得ず足を止めた。


「くく、いいねぇ。生の時間、楽しませておくれよ」

「楽しむだと? 愚か者めが、叩き潰してくれる」


 NAMELESSのカルキと雨の三剣士キャクタス。実力者同士の戦いが始まった。






「おい、大丈夫か?」

「ああ……問題ナい」


 ベルとジンは裏門の前に来ていた。

 二人の門番が話をしている。


「見張りより人間殺しにいきてぇよなあ」

「まったくだ。向こうで大騒ぎやってんのに……持ち場だからなぁ」

「けど、ま。すぐ終わるさ。幹部連中が何人いると思う?」

「運悪く四天も集結してるからなぁ」


 どうやらミツキはまだ大立ち回りを演じているようだ。だが、二人が話している通り状況はよくはないだろう。


「ベル、サンキューな。あとは一人で行く」

「大丈夫なのか?」

「ああ。あの建物にいるのが分かったからな。こっから先は俺の仕事だ」


 門の向こうに、小綺麗な屋敷が見えている。お守りの反応はあそこからであるとみて間違いはなかった。


「わかった。出た後は任せてクれ」

「おう。信じるからな、ベル」




 昨日、ベルと出会った時。彼は自ら協力を申し出てきた。

 普通はありえない話だ。何者かもわからない相手に対して進んで協力するのは。


 ベルはそれについてはじめは渋っていたが、やがて理由をすべて話した。要点は二つ。

 一つ。ベルの目的はエリーンなる人物を守り、オーガたちの船に乗せて脱出させること。

 オーガたちの計画とはまさにリリカが係わっている作戦のことであるが、ジンたちにとってはその情報だけでも大きな収穫だった。


「反乱の芽、か-」

「どうやら思った以上に複雑なことになってるな」

「あーややこしいな! こんがらがったぞ!」

「ははは。頭使うのはおれたちに任せておけよ」


 まさかリリカが係わっているとは知らなかったが、オーガ族とやらが地上に降りられる手段を持っていること。これが最も重要だった。


「今まではソリューニャだけが唯一の手段だった。でもこれに協力することでもう一つ手段が手に入るわけだ」

「そんなうまくいく? 向こうは僕たちのこと知らないんだぜ?」

「大丈夫ダ。必ず説得する」

「うーん、まあいっか」


 だが、問題はもう一つある。結局エリーンを守るという目的とベルが積極的に協力する理由が繋がらないのだ。


 そこで要点の二つ目。ベルが協力をするために、それこそわざわざ自身の父親(ウルーガ)を倒した者たちの後を追ってきた理由。


「先ほどモ言ったように、お前たちが強いからだ」

「なぁー。コイツわざわざ分かりにくく喋ってねえ? イライラしてきたんだけど」

「まーまー。あとで説明してやるから我慢してくれ」

「う……すまない。つまりお前たちと争いたくなかったんだ」


 ベルはウルーガがやられた場にいたスクーリアから、人間たちはチュピの民を狙っていたわけではなく、本当は敵でない可能性について聞いていた。

 もしもスクーリアが感じた通り人間たちが敵ではないのだとしたら、ベルは「人間たちが敵になる状況」こそ回避するべきであり、「人間たちと味方になる状況」を作るべきだと考えた。たった数人で、数多の敵を打ち倒して進軍するような実力者たちだ。はっきり言って、敵に回せば敗北は必至だっただろう。


「つまり? ミツキ」

「つまりおれたちは強いけど、ベルたちの敵じゃないかもしれない。だから味方になってもらおうと……ていうか最低でも敵にならないでくれって頼みにきたんだよ」

「おーそっか! テメーらが手ェ出さねーってんなら潰さなくて済むな!」

「た、助かる……」


 ミツキにかみ砕いてもらってようやく納得したジンはあっけらかんと言った。

 ある意味「手を出したら殺す」というメッセージともとれるその返事に、ベルは引きつった表情で返事をするのがやっとだった。黙って話を聞いてもらえたりと友好的に見えていたジンの冷たい一面を目の当たりにした。


「で、どうする?」

「協力してくれんだろ? やったじゃん」

「いや、こいつの言うことを信じて協力するか、ここで殺して白紙にするかだろ?」


 カルキが言うように、ベルの協力を受け入れることはリスクとリターンを背負うことで、逆に拒否すればこれまで通りということだ。


「これからミュウちゃんたちと合流することまで考えたら人手は欲しいなぁ。まったく未知の世界にいるんだから味方は多いに越したことはないし、最悪罠でも力ずくで突破できるでしょ」

「そ。じゃ手を組む方向でいこっか」

「お前渋ってたんじゃねぇのかよ……」

「別にー? 疑うも信じるも五分だし二人が決めたなら文句ないぜ」


 三人の決定に、ベルは胸を撫で下ろした。彼自身、命がけの交渉だった。

 計画の実行日まで日はない。すでに()()()もエリーンを救出しているころだろう。


(“必ず”戦闘になる……)


 ベルが見据える未来は、ひどく不安定で危険なものだ。そのときが来たら、ジンたちの力は間違いなく戦況に影響する。


「ありがとう。よろしく頼む」

「おう。よろしくな!」





(俺の仕事は彼らの仲間を安全なところまで案内すること……!)


 ジンと別れたベルは、都市の外に向かって走る。背後からはジンが門番と戦う声が聞こえる。


(それができないのなら、きっと俺たちにも未来はない!)


 戦闘ではジンたちほどの役には立てない。

 しかしそんなベルにも、彼にしかできない役目がある。ウルーガが重体の今、チュピを見張る第七小隊が壊滅した今だからこそ、ジンたちの協力を得ることに価値がある。



 それぞれの思惑を抱えて、白い都市は戦場となる。

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