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魔導士たちの非日常譚  作者: 抹茶ミルク
天雷の大秘境編2 味方と敵
172/256

動き出した魔神

ここまでのあらすじ


竜に連れ去られたソリューニャたちを追って雲に浮かぶ島ニエ・バ・シェロに来たレンたちは、途中ではぐれてしまう。

ジンはミツキ、カルキと共に敵の魔族を倒しながらソリューニャたちのいる白都市リーグを目指す。

レンは原住民であるチュピの民の巫女エリーンを助け、彼女らと行動を共にするが大怪我を負ってしまう。

リリカはオーガ族に匿われ、ガウスの恐るべき計画とオーガたちの脱出計画を知る。


彼らの目的は全員で生きて帰ること。竜たちの戦い、人間を滅ぼすガウスの計画、それを知らせたいオーガや、虐げられる原住民。様々な思惑が絡み合う空の冒険はいよいよ本番に近づいていくのであった。

 


 レンたちが雲の上に降り立ちそれぞれの戦いに身を投じている裏で、当然ではあるがガウス軍側もまた動き出していた。




 白い都市の中心部、巨大な城。建築技術の粋を集めて建てられたその城には城壁こそあるものの、要塞としての機能はほとんどなかった。

 その理由たる城主は王座に腰掛けながら、物思いに耽っている。


(人間族……)


 ガウス=スペルギア。

 ”誇り”を司る魔神族であり、雷を操る最強の魔導士でもある。

 彼を攻める者はいない。彼を守るものも必要ない。ゆえに城は要塞ではない。ただの住居である。


(忌々しい過去め……)


 15年前、ガウスは彼の長い長い人生で初めての敗北を経験する。

 だが何よりも彼の誇りに傷をつけたのは、“人間に敗れた”という事実であった。


(しかしよもや自らこの地に辿り着くとは、なんとも数奇なり)


 大怪我を負ったガウスは、同じ魔神族であるネロ=ジャックマンに導かれこの地に降り立った。ある一つの条件を呑んで。

 その条件こそ「この兵器を目覚めさせること」だった。

 ネロの言うことにおとなしく従うのには抵抗があったが、命には代えられない。もとより人間族を心底憎んでいたガウスであるし、多少の不満はあれどこれを強く断る理由はなかった。


(もうすぐだ。もうすぐで地上にのさばる人間族を……)


 悲願を達成できる日は近い。すべては順調に進んでいた。




「ガウス様、ご報告がございます」


 レインハルトがガウスの前に来たのは、ソリューニャたちを捕らえてから二日目の朝のことだった。


「人間族がこの地に紛れ込んでおります」

「……なんだと?」

「第三小隊の斥候が確認いたしました。彼らによると赤い竜が弾けた際に飛んできたとのことで」


 この瞬間、リリカたちの存在が初めてガウスの知るところとなった。


「竜の置き土産か」

「おそらくは」


 その報せは、第三小隊の副隊長が操る鳥型の召喚獣によってレインハルトにもたらされた。報告によればその人間は少女で魔族を見るなり逃走したため、全力で捜索中とのことだ。


「首を持って来いと伝えよ」

「かしこまりました」

「クク……愚かな人間よ。我が地に踏み入ったことを後悔するがよい」


 この人間は恐らく、生かしてある人間たちの仲間だろう。ガウスはその部屋に首を飾ってやろうと考えた。


「まだ潜んでいる可能性もございますね。すぐに全部隊に向けて使者を走らせましょう」

「うむ」


 この時はまだ、この程度だった。異変はあれ、計画を揺るがすほどではない。

 すべては順調に進んでいるはずだった。



 事態が急変したのは、翌日のこと。

 今日はガウスと四天で会議が開かれることが決まっていた。この日のために、レインハルトたち四天メンバーはリーグへと集まっている。


「レインハルトよ。もてなしの準備はどうだ」

「は。抜かりありません」


 このような集まりはこれまでも定期的に行われてきたが、今回は地上侵攻の直前、最後の会議だ。自然と力も入る、重要な日である。


「もうじきだ……人間族に鉄鎚を下す……」


 ガウスがそうひとりごちたときだった。


「皇帝陛下! レインハルト様!」


 早足で入ってきた男が片膝をついて頭を垂れた。よほど急いで来たのか、肩で息をしている。


「第七小隊、および第九小隊から伝令が届きました!」

「何事だ、エドガー」


 ガウスではなくレインハルトが尋ねた。

 第二小隊隊長エドガー。第一から第三までの小隊はレインハルトの指揮下にあるため、レインハルトからすれば自分の部下に当たる。


「第七小隊が壊滅させられました! 敵は一人の人間族です!」

「なんだと!?」


 エドガーは第七小隊がたった一人の剣士(カルキ)に壊滅させられたこと、隊長のマーヤ=ロールは別任務でその場にいなかったこと、それを途中の第九小隊にも伝えて警戒網を敷いたことを伝えた。

 たった一人の人間族に一部隊が壊滅させられたということは、敵は極めて高い戦闘能力を有しているということ。野放しにしておくのはあまりにも危険だ。


 万事が順調に進んでいたところにこの緊急事態。


「またグリーディア隊長には……」

「…………」

「っ!?」


 無言で聞いていたガウスから怒気が放たれる。

 それにあてられてエドガーは声を詰まらせた。


「レインハルト」

「はっ!」

「ゆくぞ。すぐに支度せよ」

「はっ!」


 唐突な決定。されどそれは絶対。

 ゆえにレインハルトは疑問を挟まない。

 行き先を尋ねる必要はない。会議には間に合わせる。なにも問題はないし、あってはならない。


「人間が……舐めた真似をしてくれる」

「……」

「ちょうどいい。少々体に鈍りを感じていたところだ」


 傷が完全に癒えたのは、実はまだ最近のことである。

 ガウスはエドガーに言った。


「翼竜を使う。昼までに起こせ」

「承知いたしました」


 彼が通った後には草木一本のこらない。最強の魔神がついに動き出した。







 第三小隊。


「本当にやるのですか?」

「当たり前だ。何もせず返事を待つ意味はない」

「で、ですが勝手に……そんな」

「勝手? 違うな、権限は与えられている」


 包帯を全身に巻き付けた魔族は心配そうに、上官にあたる女の魔族に尋ねる。

 包帯男は、ギザ。リリカが最初に出会った魔族で、彼女が打ち破った敵でもある。相方のザギは歩けないほどの重傷で寝込んでいる。


「それとも何か? 人間は見間違いだったとでも?」

「い、いえ! あれは確かに人間族でした!」

「ならば問題なかろう? 雷帝様も首を欲しがるに決まっている」


 黒い瞳がギロリとギザを睨む。


 リリカと接触したことはガウスへ連絡したが、返事が来るまでにまだ時間はかかる。

 しかしながら、リリカがオーガらと関わっているのであれば話は別だ。第三小隊はオーガらの裏切りに対して行使できる権限を預けられているからだ。


「ギザよ、これは貴様のためでもあるのだ。貴様が人間族の、あろうことか女に敗れさえしなければ……」

「すっ、すみませんでした!」

「よい。貴様と相棒(ザギ)の実力のほどはよく知っている。敵を舐めてはいけないことはよくわかった。だから私がいるのだろう?」


 優しい言葉とは裏腹に、彼女はほとんど無表情のままだ。細く切れ上がった目と血の気が引いたような白い面長の美人ではあるが、顔が整っているからこそ与える恐怖も大きかった。


「オーガ……力だけの蛮族どもが。雷帝様に見逃してもらっている分際で、()()()()()とは万死に値する」

「ジェイン隊長……」


 第三小隊隊長、ジェイン=ロール。毅然とした態度と冷徹な指示で部隊をまとめ上げる女傑であり、第七小隊隊長マーヤ=ロールの血の繋がらない姉でもある。


「おい、ヒリはまだ戻らないのか?」

「いますよーここにー」


 ガサ、と頭上の葉擦れに顔を上げると、枝に逆さにぶら下がった女が間延びした声で返事をしていた。


「遅い」

「まあまあ、ちゃんと調べてたってことでー」


 ヒリ。副隊長だ。

 多種多様な異次元生物を使役する召喚魔導士であり、あらゆる局面で仕事ができる対応能力を有している。それゆえジェインは好んで彼女をそばにおき、おおよそトップには不釣り合いな性格であるにも関わらず副隊長という地位まで与えていた。


 今回もまた、ヒリは彼女にしかできない仕事を果たした。


「完っ全に、黒ですねー。ビンビン反応しちゃってました。けど、本人はいなかったみたいでー」

「追跡は?」

「おばけ屋敷の中ならにおいは残留しますけど、この風ですもん。外に出られちゃ厳しいです」

「まあよい。実行する」


 ヒリが果たした仕事とは、“オーガ族が人間を匿っていたという事実”を証明すること。鋭い嗅覚を持った鳥類型の生物を呼び出し、リリカのにおいが強く残っていることを確かめたのだ。


「え。いなかったけど、いいのー?」

「構わん。そのための権限だ」


 先ほどギザにも使った権限という言葉。

 第三小隊は、万が一オーガ族が反逆的行動を起こした場合には自己の判断でそれを粛清することを許されているのである。


 ガウスに直接仕える四天のなかで、最も厚い信頼のレインハルト。そのレインハルトが受け持つ部隊ということもあり、彼の小隊は比較的重要な場所に配置されることが多い。

 ここスカイムーンでのミッションでも例に漏れず、第一小隊と第二小隊は首都リーグ近辺に配置されている。そしてこの第三小隊はオーガたちを見張りつつ遺跡の解除を進め、さらには原住民チュピの里にも近いようにと配置されていた。


 これが第三小隊がオーガを縛るための権限を与えられている理由である。


「お前たちも、よいな? オーガは雷帝様を裏切ったのだ」


 そして今、15年もの間使われることのなかったその権限は、使われるだけの条件を満たした。


「もはや役目は終わったカスどもだ。加減も同情も不要、女子供ごとやれ」


 隊長の号令で部下たちが包囲網を敷くべく散っていく。

 オーガたちは知らず窮地に立たされている。もはや、惨状は免れない。






 第五小隊。


 次々と運ばれてくる怪我人を眺めて、ヤヤラビは欠伸をした。

 この地区を任された責任者ではあるが、隊長ではなくまして副隊長でもない。部隊を三つに分けた時にたまたま適任がいないからと、無理やり就かされてしまったのだ。


「人間族、ねぇ。どうせならここに来てくれりゃよかったのに」


 責任者らしからぬ不謹慎なことを呟く。


 この拠点から少し離れたところに崖と流れの速い川がある。そのあたりで別の分隊の主力組が何者かにやられて倒れているのを部下が発見した。

 比較的軽症の者に聞いてみると、なんと人間族がこの地に来ているという。その人間はまだ子供で、しかしたった一人で副隊長ネルヴァを含む主力を倒したのだとか。


 ただ、どうやら毒を受けていたそうで、生存は絶望的らしい。

 惜しいな、とヤヤラビは思った。

 毒を食らってなおこの戦果だ。強すぎる。戦いたい。


「おーい、巫女はどうよ」

「ヤヤラビさん! はい、おとなしくしてますよ。馬の調教見て動揺したりしてましたけど、抵抗らしいことは一切しません」

「そうかー」


 恐らくもう息絶えてしまった人間よりも、ヤヤラビには立場上重要なことがある。


「本当に脱走してたとはねぇ、巫女サマ」


 巫女が逃げたという情報はあらかじめ得ていた。だから逃げ道を塞ぐように部下を派遣したりもしていたのだが、報告によれば人間に力づくで突破されたとか。最後は観念したのか自ら身柄を差し出してきたらしい。


「ま、結果オーライだね」


 巫女の脱走を許したなどと上に知られれば命はない。だからその情報を第五小隊の中だけに留め、第五小隊だけで解決できたのは僥倖と言わざるを得ない。その点、リーグに報告の使者を出さなかったネルヴァの判断は正解だった。


「……そういえば。てっきり里帰りしたのかと思ったけども、仲間とでもはぐれたのかねぇ?」


 また、巫女を含む一団が二手に分かれたということも聞いていた。その情報は隊長に届けたため、今頃隊長は実は囮だった方の一団を本命と信じて追っているところだろう。

 しかし巫女はここにいる。きっと驚くだろうな、とヤヤラビは苦笑した。


「ヤヤラビさん! 怪我人、運び終わりました!」

「ん、よし。ご苦労」

「しかし、どうしましょう? ネルヴァ副隊長など主力ばかりですが、向こうは今手薄になってしまっているのでは……」

「暇な奴何人か送っといて。ネルヴァさんとかは……」


 ヤヤラビは少し考えると、命令した。


「よっし、巫女使うか」

「い、いいのでしょうか?」

「もう巫女の仕事は終わってるでしょ? 原住民を黙らせるための人質なら巫女が生きてりゃ済む話だし、傷つけなきゃどう使ってもいいでしょ」

「はぁ……」

「偉い奴から治してもらって。ゆっくりでいいよ。巫女が倒れでもしたら大変だし」


 適当に指示を飛ばしてから、ヤヤラビは再びあくびをした。


「あーあ、戦ってみたかったなぁ……」


 本当に、責任ある立場に立たされてしまったことへの不満はまだ消えていなかった。


「早く地上攻撃命令出ないかなぁー。退屈だなぁー」


 久々に刺激のある事件は収束してしまった。

 しかしあと数日で前代未聞の大作戦が始まる。ヤヤラビはそれが待ち遠しくてたまらない。




 生きる意志、殺す決意。人間と魔族、空に浮かぶ兵器と地上に生きる命。誰もが自らの目的のために死力を尽くす。

 ガウス軍との戦いがいよいよ本格的にはじまる。



新作「たびするようじょ」投稿しました。ぜひ新作の方もよろしくお願いします。

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