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魔導士たちの非日常譚  作者: 抹茶ミルク
天雷の大秘境編1 魔族と人間
171/256

番外編 人殺しの眼 0

番外編です。ようやく主人公の過去に触れます。



 


 帝都リーグへと向かう途中、ベルと出会う前。

 唐突にジンは口を開いた。


「俺はヒトを殺したことがある」


 唐突ではあったが、それに驚きの声は上がらなかった。ミツキもカルキも内心確信していたからである。

 ジンの戦いぶりは明らかに()()()いる。


「急にどしたの?」

「テメーがあんまりしつこいから、今話す」

「へぇ」


 カルキは目を細めた。




 レンとジンは何かと謎の多い人物である。それなりに付き合いの長いリリカたちにとってもそれは同じで、彼女たちを以てしてもレンとジンの底というか、彼らを形成するに至ったルーツのようなものははっきりしない。

 まずリリカとのファーストコンタクトからしてカラカサ町なる異郷の地より()()()()()という奇妙なものだった。それからもカキブで一騎当千の大暴れ、フィルエルムでは強敵と渡り合い、その人間離れした強さで生き抜いてきた。普段は無邪気で子供っぽく、実年齢よりも幼いとすら見えるようなその振る舞いとのアンバランスさが彼らの強さをことさら際立たせる。

 いったいどのような環境で何を学んで生きてこれば彼らのようになるのか、果たしてレンとジンは謎の多い人物なのであった。


 とはいえそれは彼らに隠し事が多いという意味ではなく、むしろ聞かれればたいていのことは喋る。だから謎というのはつまり、レンやジンにとっては特別なことではないがリリカたちにとっては特別に見えてしまう、と。そういうことなのである。


『ジンさんはあそこで人を、その、殺してないですけど。なんでです?』


 かつてミュウは屍の洞窟にてジンにそう尋ねたことがある。

 それこそが“たいてい”の外側、彼らが積極的に話したがらないある出来事にまつわる記憶であり、隠し事と呼んでもいいだろう数少ない謎であった。


 人を殺すということ。

 これはレンとジンが幼少の頃に経験した、小さな、しかし二人にとっては壮絶な出来事の話である。


 ◇◇◇





 レンとジンが物心ついた時には、二人の生活は戦場にあった。

 一ヶ所に数年と留まることはなく、常に放浪の旅。理由は追われているから。二人はまだ抗う力も持たぬうちから“敵”という存在を知っていた。


 敵に襲われると父は戦い、母が二人を守る。敵がいなくなると移動し、隠れる。寒さの厳しい季節になる前にはどこか安全な場所を見つけて備える。やがて季節が過ぎるとその場所さえ捨ててまた旅に出る。

 そうやって移動を繰り返しながら、両親は二人に様々な知恵を授けた。長い距離を歩くコツや山を登るための装備、飢えないための狩猟術から文字の読み書き、そして身を守るための方法。

 リリカたちも驚いたレンとジンの意外な生き方の知識はこの時身につけたものといってもいいだろう。


 異様なタフさ。特別な戦闘技能。レンとジンの持つそれら特異性はこの環境が作ったのは間違いないであろう。が、彼らが初めから強かったのかというと、当たり前のことではあるのだが、答えは否である。


 それはまだまだ彼らが「弱かった」頃。その日、彼らは敵の襲撃を受けていた。

 それ自体に特別なことはない。敵もいつも通り。黒い目と尖った耳の、そう。魔族である。

 魔族が襲ってくるのはいつも通りのことであった。たまに人間も敵になるが、だいたい執拗に追ってくるのはいつも魔族だったから関係なかった。なぜ魔族は両親と対立しているのか気になったことは両の指では到底数えきれないだろうが、結局それを知ることはなかった。それについて不満もないし、兎にも角にも、二人にとって「魔族」は「敵」であることだけは確かなことなのであった。


 その魔族に拉致されたことがある。


 いつもなら父とその協力者たちが守ってくれる。特に父は飛びぬけて強く、幼いレンとジンの眼にはまるで無敵のヒーローであった。

 しかしその日の敵は少し手強かった。

 魔法(※レンとジンはクラ島に来るまでは魔導も魔術もまとめて魔法と呼ぶと教えられていた。この場合は魔導の意)を扱う戦いにおいて相性は極めて重要なファクターである。父は正面戦闘においては魔法込みで無類の強さを発揮し、実際それで何度も危機を跳ね返してきた。その日も例に漏れず敵をなぎ倒していたが、ふと目を離した隙、父らの戦いぶりを見ようとこっそり出てきていたレンとジンの後ろに死神のような魔族の男が立っていた。


「しまっ……!?」


 パキンという音は、レンとジンにもしものことがないようにと掛けられていた自動保護の仕掛けが破壊されたことを示していた。

 父が慌てて二人のもとに駆け寄ってこようとするのが見えた。直後に二人の視界が男のマントで隠れる。


「う、うわっ!」

「父ちゃん!」


 視界が開けたとき、二人は男の骸骨のような細く長い右腕にまとめて抱えられていた。

 死神のようなその男は左手で父を牽制する。


「止まれぇ……」

「くっ!」

「いいぞぉ。さすがに息子が人質じゃあどうにもならんだろう」

「テッメ……! 傷一つつけてみろ、殺すぞ!」


 男はくくと笑うと、再びマントを翻した。

 死神の視界が隠れた瞬間、父が大地を蹴る。予備動作のない凄まじく洗練された瞬身だったがその手がマントの向こうにいるはずの死神を捉えることはなかった。


「~~!」

『北へ20キロ。そこで待っている……』

「くっそぉぉ!」


 移動タイプの魔法を使う敵だったのだろう。

 瞬間移動は極めて珍しい魔法だ。なぜならそれを行うためのイメージを作ることが困難だから。他と比較して修行にかかる時間は長いし、資質にも左右されるし、最終的に修得できる可能性も低い。

 だが、修得できた時のリターンは大きい。事実死神は無傷でレンとジンを攫うことに成功している。まともにやりあえば敗北は必至だが、こと誘拐だけならこうして成功させた。

 この場には彼の誘拐を止められるような魔法の使い手はいなかった。誘拐という土俵においては全員がことごとく相性が悪かった。




 二人が連れてこられたのは、今はもう捨てられた砦の中だった。情勢が変わり戦略的な意味が失われたその砦は古び、堅牢だった壁にはツタが這い、もはや自然の一部として埋もれている。

 死肉を漁りに集まってきた野生の魔獣はいつしかここを縄張りとし、それが人を寄せ付けない原因にもなり放置されるに至った。好き好んで凶暴な魔獣たちの縄張りに立ち入る者はない。敵の作戦はここに人質をとっておびき寄せ、罠をはって待ち構えるということであった。


 さて、敵のアジトに連れてこられたレンとジンは縛られて見張りをつけられていた。


「はなせーー!」

「ほどけーー!」


 普通は委縮して大人しくなるものなのだろうが、二人はじたばたと暴れていた。見張りも鬱陶しそうに二人を見ている。

 もうこの調子で一時間も怒鳴り続けているのだから逆に感心してしまう。


「あーうっせぇなぁ!」

「殺していいですかい?」

「まぁ待て……」


 奥に座した魔族が口を開く。その後ろにはあの死神が佇んでおり、そこだけが異様な雰囲気を醸していた。


()()だ」

「でも、殺すんでしょう?」

「クックックック……!」


 男は笑う。

 交渉や交換を目的とした誘拐ではないから、人質を生かしておく必要はない。おびき寄せる餌としての役目が済んだ以上生かしておくメリットはほぼ無いに等しいのである。


「殺すさ! あの男が来てからな!」

「は、はぁ……」

「分からねぇって顔だな? 今殺してもあとで殺しても同じだって考えてる顔だ。そうだろう?」

「その通りです」

「違うんだよ」


 男は煙草を咥えると、ひとりでに火のついたそれを吸った。煙を口に含み奥歯の奥まで染み渡らせてから肺に嚥下する。


「今殺したら冷めるだろー?」

「は?」

「おれは届けたいのさ。あの男に、温かな死体をな」

「それは、その……」

「まだ血の滴る、ついさっきまで生きていた温もりを感じてもらいたいのさ! 間に合わなかった、ごめん、ごめんよぉって死ぬほど顔歪めて悔やんでもらいたいのさ!」


 まったく狂気じみた発想だった。

 さすがにレンとジンにもそれは伝わり、自然と無言になっていた。


「あの男には借りがあるからなぁぁ!」


 男は青い煙を吐きながらにたりと笑う。


「父ちゃん……」

「レン、大丈夫だ。きっと助けてくれる」

「うん……! 父ちゃんはこんな奴らに負けない!」


 父とこの魔族との間に何があったのか、それはわからない。二人は心細いながらも励まし合い、ギリギリのところでつないでいた。

 その時砦が揺れて天井が崩れた。岩を頭に受けた見張りが白目を剥いて倒れる。


「うわあ!」

「ぎゃっ!」


 同時に伝令が部屋に転がり込んできて、敵が攻めてきていることを大声で伝えた。


「クク、早かったな」

「ど、どうしますか?」

「落ち着け。兵隊も罠も山ほど撒いてある。ここにもすぐには来れまい」


 外からは戦いの音がする。


「じゃあ、やれ。片方でいいぞ」

「ぐっ!?」


 蹴られて転がったのはレンだった。その目に振り上げられた白刃が映る。


「っ、父ちゃん!!」


 この期に及んで助けを求めたのは、姿も見えない父だった。

 レンにとってはそれほど絶対的な存在だったということだ。それに少しの憐れみを感じながら、その男は柄を握りなおし、涙で濡れる少年の細い首めがけて刃を振り下ろす。


「うわああああああ!!」


 レンの悲鳴が響く。


「が……!? あ……!」


 男は驚きに目を見開き、剣を取り落とした。剣が男の胸を貫いていた。カランカランと音がした。


「え?」


 魔族の男は崩れ落ちる。驚きと苦痛に目を見開いたままで。

 死体の首が回って眼が合ったが、眼が合っているはずなのに、それは冷たく一方的だった。レンは人が「死ぬ」瞬間を見て、「死ぬ」こととは“届かない”ことだと知った。


「レン……」


 男が倒れて、その向こうにはジンがいた。

 いつの間にか縄が外れていて、その手には男を刺した剣が握られていた。


「俺……人殺しだ……」

「ジン……!」


 レンは泣いた。

 しかしジンは今にも泣きそうな表情で、涙を眼いっぱいに溜めて、立ち尽くしていた。返り血を浴びて真っ赤な少年の姿はまるで生まれたての赤子のようにも見える、汚れた無垢だった。


「殺せ!!」

「来んなあああああ!」


 ジンはレンを庇うように前に立ち、血濡れの剣で、引けた腰で、叫んだ。


「ああああああああああああ!」


 壁が吹き飛んだ。


「レン! ジン! 無事かァ!!」


 父が明けた穴から指す光をバックに現れた父の姿はまさしく憧れたヒーローだった。鬼の形相のヒーローだった。


「……!」


 ヒーローは自分が間に合わなかったことを、泣くレンと血に汚れたジンを見て即座に悟った。

 ついて出た言葉は「もう大丈夫」でもなければ「気にするな」でもなかった。


「二人とも、見てろ」


 だった。


「ククク、早かったな! 早すぎた!」


 煙草の男が椅子から立ち上がる。


「うるせぇ」


 ヒーローは男の頭を果物のように握りつぶし、返り血を盛大に浴びた。


「聞け。人を殺すってのは、そいつの積み上げてきたもんを背負い込むってことだ」


「親の、子の、戦友の恨みを引き受けるってことだ」


「背負えない命を摘むな。摘んだ命は嫌でものしかかってくる」


 死神がヒーローの背後に現れる。


「だから、強くなれ」

「ぐきゅ」


 死神は首を折られて絶命した。


「俺よりも強くなれ、ジン。レン」


 それは一分にも満たない“虐殺”だった。

 すべてを終えてヒーローは父の顔になった。父はレンの縄を解くと、二人を抱きしめた。


「ありがとな、ジン。レンを助けてくれて」


 ジンはここで初めて、大声をあげて泣いた。


「無事でよかった、レン。強くなろうな」


 レンは――――


 ◇◇◇


「それで、どうなったの?」

「どうもねぇよ。帰ったら母ちゃんが泣いてて、美味い飯食って、寝た」

「ふーん」

「けどレンは酷かった。そのあともな」


 ◇◇◇


 その日からレンは外に出なくなった。

 一日中、フードを被って蹲って泣いていた。


 両親や仲間たちは無理に励ましたり立ち直らせようとしたりはしなかった。皆が死を知る大人だったのだ。

 唯一ジンだけは子供だった。そして子供のジンにしかレンをどうにもできなかった。


 よく晴れたある朝、ジンはレンを連れ出した。

 レンは俯いたままジンに着いてきた。


 ジンは言った。


「レン。俺は人を殺したぞ。それはレンが大事だったからだ。殺したあいつの命より、お前が大事だったからだ」

「…………」

「毎日夢に見るぞ。すげー怖かったからな」


 ジンはあのとき人を刺した両手を握って、開く。


「なのになんでレンが凹んでんだ!」

「だって……!」

「レンのせいで俺が人殺しになったからか!? 違ぇよ!」


 ジンは叫んだ。


「殺したのは俺だろうが!! 俺が背負うんだよ!! なぁ!?」

「……!?」

「なんでレンは俺より泣いてんだよ!! 俺は助けたのに、なんで!! なんでだ!?」


 ジンはあの時と全く同じ、今にも泣きだしそうな顔をしていた。

 レンは知った。泣いて、立ち止まっていたのはジンも同じだったということを。


「ごめん、ジン! オレも、お前の半分はオレも、背負うから! だから!」


 レンの眼からも涙は溢れた。


「オレを殴ってくれ! ジンに人を殺させたから!!」


 ジンは歯を食いしばって、渾身の一撃をレンに叩き込んだ。

 そしてレンに手を貸して立たせると、今度はジンが言った。


「レン、殴れ! あんなやり方でしか助けられなかった俺をぶん殴れ!!」


 レンも殴った。本気で殴った。

 兄弟を殴ったその痛みこそが誓いだった。


「レン! 強くなるぞ!」

「ああ! ジンに守られないくらい、ジンを守れるくらい、オレは強くなる!」

「言ったな! 約束だ、忘れんなよ!」


 レンとジン。二人の最も大切な誓いにして、強さの原点(ルーツ)だ。


 ◇◇◇





「…………」


 話し終わったジンはしばらく無言で足元を見ていた。


(ジンが魔族を知っているってのは正解だったな)


 ミツキは、魔族を知っているかのようなジンの反応を思い出していた。魔族を知っていたことも、即座に警戒態勢になったのもこれで合点がいく。


「……もう聞くんじゃねーぞ」

「わかったよ」

「とにかく俺もレンもてめーらとは違ぇんだよ。俺は自分が殺さなくてもレンを守れるように。レンが人を殺さなくてもいいように、強くなりてー。レンも同じだ」

「ああ面白かったぜ、ジン。納得したよ」

「面白がってんじゃねぇ殺すぞ」


 カルキは満足だった。

 ジンの強さのルーツを知れたから。簡単に人が殺せるような力を求めたのは、殺したくないし、殺させたくないから。カルキのルーツとは正反対だった。

 惹かれるのは当然だった。同じ“人は殺せば死ぬ”ことを知っていても、同じ“人殺しの眼”を持っていたとしても、カルキとジンは決定的に道が違ったのだ。


 もしも運命があるのだとすれば、違う答えを出した“人殺しの眼”を持つ者同士、その出会いはまさに運命的と呼べるだろう。

 カルキは確信する。きっといつか二人とはまた、命を懸けて戦うことになるだろうと。



お読みいただきありがとうございます。またブクマや評価をいただける方も、いつもありがとうございます。誤字脱字の指摘からちょっとした質問までお気軽にコメントいただけると幸いです。

次話より天雷編2に移ります。お楽しみに!

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