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魔導士たちの非日常譚  作者: 抹茶ミルク
天雷の大秘境編1 魔族と人間
170/256

ハルとソリューニャ

「陽炎のローザ2」のつづき

 


「ッ!!」


 ソリューニャが身を起こし、荒く息をつく。


「ハァ……ッ! ハァーッ……!」


 夜明けはまだ当分先らしい。

 しかし再び横になる気分には到底なれずに、暗い部屋。ソリューニャは起き出した。

 肩を寄せ合い眠るマオとミュウの前を通り過ぎて、月明かりに導かれるようにしてテラスに出る。


 事実上ここに軟禁されているものの、本来は客をもてなすための屋敷であり部屋なのだろう。部屋の中だけでなく、円形に張り出した床と白い手すりまで上品で、またガウスのものだろう見事な造りの城を正面に眺められるようにできていた。


 その人工的な城の、さらに上。夜空を見上げる。


「…………綺麗だ」


 思わず口をついて漏れた。

 心なしか地上で見るそれよりも大きな十四日月と、色とりどりの煌きを放つ満点の星々がそこにあった。それは凝ったどんな装飾にも代えがたい美しさに思われた。


 ここは雲の上。雨が降ることもなければ、月を覆い隠す雲もない。きっとこれまでも、そしてこれからも、変わらぬ美しさで夜空を彩るのだろう。


「……え? あ、あれ?」


 あまりにも美しくって、その景色を焼きつけたくって眺めていたはずなのに、視界がぼやけてしまった。

 熱いものが一筋、つうと頬を伝っていく。


(何、流してるんだよ……。アタシにそんな資格、ないだろ……!)


 そのとき、部屋から衣擦れの音が聞こえて、ソリューニャは振り返る。


「……眠れないのか?」

「ハル……!」


 そこにはハルが立っていた。

 ふと自分の状態を思い出して、慌てて目を擦る。そして平静を装って尋ねた。


「ん、悪い。起こしちゃったか?」

「いや……」


 ハルはソリューニャの隣まで来ると、夜空を仰いで白い息を吐いた。


「ハル、でいいよね。体はもう大丈夫?」

「ああ……これは、お前が?」

「ううん、アタシじゃない」


 ソリューニャは振り返って、マオと身を寄せ合って眠るミュウを見た。マオの胸に抱かれるようなその姿は甘える子供のようだ。


「あの娘、ミュウが。アンタに庇ってもらった恩を返したかったって」

「……俺は……そんなつもりじゃなかった」

「本当はどうとか、いいよ。自分の代わりに出て行ったアンタが黒焦げで帰って来た時、ミュウはアンタを助けたいって言って泣いたんだ」

「……そう、か……」


 ハルも寝息を立てるミュウを見つめていた。

 ソリューニャからは白い前髪に隠れたその目を見ることはできなかったが、きっと優しい目をしているのだろうと思えた。


「……お前は……?」

「ん、ああ。アタシはソリューニャ。ミュウと寝てるのはマオ」

「いや……」


 ハルが言いたかったことはそうではなかったらしい。

 ハルは横目でソリューニャを見ながら、ご丁寧にも直球を投げ直した。


「お前は……なぜ泣いていた……?」

「んんんっ!? そ、それを聞くのか!?」

「……まずかったか?」

「いや、まあ美味しくはないというかその……」


 動揺して変なことを言ってしまうソリューニャ。

 なんとなくハルの性格が掴めてきた気がする。彼はコミュニケーションが少し苦手で、デリカシーとかそういう概念も薄いのだろう。

 ある意味どこかのレンとジンに似ているとも言えなくもない。


「はぁ……アタシの故郷はね。一晩で滅びた」


 少し悩んだ挙句、ソリューニャは昔話を始めた。


「竜人の里、パルマニオ。人間の町から少し離れた森の中だった」

「パルマニオ……?」


 ハルは小さな引っ掛かりを覚えたが、それが何かまでは分からなかった。

 そんな彼に気付かず、ソリューニャは話を続ける。


 戦いが好きで、しかし平和な里だったこと。

 突然敵の襲撃を受けたこと。

 家族が死んだこと。

 一人になったこと。


 そして復讐を決めたこと。


 ソリューニャは話したい気分だったから話していた。ハルという殺し屋が復讐についてどう考えているのか興味があったから話していた。じっと考えていると泣きそうになるから話していた。


 最後に夢で復讐と仲間を天秤にかけられたことを話した。


「ま、そんなわけでね。ちょっと自分が嫌いになっちゃって、さ……」

「…………」


 ハルは最後まで黙って聞いていた。相槌を打ったりすることもしなかったが、ただ月を眺めて話すソリューニャから目は逸らさなかった。


「アタシは何がしたいんだろうなぁ……」


 最後にそう呟いて月に白い息を吐いたソリューニャに、結局ハルは何も言えなかった。


「…………」


 気の利いた言葉は持ち合わせていないから。ソリューニャが求めている言葉も分からないから。

 だからハルもなんとなく昔話をすることにした。


「俺の国も滅ぼされた」

「え?」

「戦争で、俺は子供だった」

「…………」


 おかしなことではない。

 この大陸で少し前に起こった、多くの国を巻き込んだ大規模な戦争は今は終わっている。しかし今も戦争を続けている国や、あるいは戦争が起きる前から対立が続いていた国もある。


「カルキと俺は孤児院に住んでいた」


「大人の多くは兵隊になって死ぬ。子供も病気と飢えで死ぬ。だから偶然……まだ生きていた」


「……戦争は宗教が原因だったらしい」


「孤児院は教会だったから……全員殺された」


「俺とカルキは、生き残った」


「物を盗んで生きた。人を殺して生きた。敵も味方も関係なかった」


「気づいたら殺されかけていて……気づいたら助けられていた」


「その男が俺をNAMELESSに入れた」


「……国はもうない。目の前で、隣で、一緒に暮らしていた子供たちも殺された……でも、復讐は考えたことがない」


「だから……すまん。よく分からないな……俺にも」


 ハルは話し疲れたかのように口を閉じた。

 ソリューニャはしばらく黙って考え込んでいたが、やがて尋ねた。


「カルキは……仲間か?」

「命より大事だ」


 ハルは迷いなく答えた。

 そして少し低いトーンで付け足した。


「……だが復讐は知らない」

「ふふっ」

「…………?」


 ソリューニャは小さく笑った。

 不思議そうな顔をしているハルは、やはり話すことが得意ではないようであった。平坦に淡々と、自分の記憶をまるで記録のように話しただけだった。

 きっと彼自身なぜこんな話をしたのかも分かっていないのだろう。


「ありがとう、話」

「……?」

「聞いてくれて、話してくれて」

「…………ああ」


 ソリューニャは思う。


(コイツが人殺しか……)


 確かに初めて見たときから異様な強さは感じている。今もハルがその気になれば抵抗する間もなく殺されるだろう。

 しかしそんな間合いにいるのに、お互いに警戒するでもなく会話をしている。


(そうは見えないな、本当に……)


 ハルは全く未知の人種なのだった。

 恐らく価値観も全く違う。価値観とは、復讐、つまり殺しについて。もっと突き詰めていけば命に対する考え方。人殺しの眼を持ちながら、結局それはソリューニャの価値観ではそう見えてしまっているだけかもしれない。

 ハルは人殺しでありながらどこか純粋だ。そのアンバランスさを生み出しているのが命への価値観なのではないかと、ソリューニャは思った。


「…………」

「ん? どうかしたか?」

「……何度か、竜の話があったな……」

「ああ、確かに言ったな」


 ハルは少し考えると、ソリューニャに言った。


「それで地上に……帰るのか?」

「…………」


 ソリューニャはハルが何を考えているのかすぐに気づいた。というよりこれはマオたちとの話し合いですでに決まっていたことだった。

 しかしこればかりは慎重に腹を探る必要がある。ソリューニャは素早く頭を切り替えて、言った。


「うん。そのつもりだよ」


 もともと持ち掛けるはずだったことだ。それが向こうから気づいただけの話で、むしろ向こうから食いついてくれる分にはやりやすいとすら言える。

 現状ハルが帰る手段は炎赫しかない。彼が何より優先して帰りたがるのなら、ソリューニャには強く出られはしないだろう。だからこの駆け引きはソリューニャにやや有利だ。

 ソリューニャは自身の優位性を利用して、よりよい条件を飲ませたいと考えていた。あえて“協力”の内容をぼかし、はじめは連れていく意図は無かったように言ってみる。


「そうだな……協力してくれるならアンタを乗せてもいい」


 ここでハルが一も二もなく乗ってくるなら、ソリューニャたちは最大限の効果が望めるように条件を設定できた。


「協力……?」


 しかしハルは慎重に“協力”の内容を尋ねた。

 即座に乗ってこないのは警戒の証だ。

 実はソリューニャたちからすると、協力を得ることが最大の目的にして最低限クリアすべき条件である。協力を拒否されることだけは何としても避けなくてはならない。


「……ああ。この島に仲間が来ている。みんなと合流したい。だからここから逃げないと」

「なに……?」

「さっきはああ言ったけど、アタシは仲間を見捨てたりはしない。合流は絶対だ。そのためにはアタシたちは敵対してられない」

「…………」


 下手な誤魔化しは逆効果だと感じたソリューニャは、駆け引きの一切を放棄して協力してほしい理由を偽りなく伝えた。これまでの会話の中で、ハルは隙につけ入ってくるようなことはしないだろうと、そう踏んだソリューニャの直感だった。


「…わかった」

「……! よかった」


 果たしてハルは了承をした。


「地上に着くまで……俺は味方で、お前たちを殺さない」

「着いてからもしばらく、だ」

「そうか……そうだな」


 そこは抜かりなく訂正しつつ、ソリューニャは心の中でほっと安堵のため息をついた。これで懸念されていた問題の一つはひとまず解決したといってもいいだろう。

 ハルは生きるためにソリューニャたちに手を出せない。懸念されていた問題の一つにソリューニャが人質にされて竜の召喚を強要される状況があったが、それも恐らくないだろう。見かけ上はハルの命はソリューニャたちが約束を守るかどうかにかかっているわけだから、下手に自身の危険さを見せるような行動はしないはずだ。


 もっともソリューニャたちはこうなった時点で約束は守ると話し合いで決めていたのだが、それを言ってしまっては交渉にならない。


「状況は少し簡単になったな。アタシたちが手を組んだから、敵は魔族だけになった」

「…………」


 少なくとも地上に降りるまでは、とソリューニャは心の中で付け足した。最も危険なのは地上に降りるというハルの目的が達成された瞬間、ソリューニャたちが拘束力を失ったときだろう。一応釘は刺してみたものの、ハルが約束を反故にして襲い掛かってくる可能性も否定できない。


「……勝てないぞ」

「ん? まぁ、そうだろうね。数が違うし、あのガウスとかいう男、あれに勝てる気がしないよ」

「ガウスだけじゃない」

「……昼間。誰にやられた?」


 ハルはローザ=プリムナードのことを話した。

 圧倒的な魔力量に変幻自在の黒炎。象られたあらゆる生物が命を吹き込まれたかのように動き回り、時には触れられるほど密度を高め、時には派手に爆ぜて散る。

 満身創痍だろうと副隊長クラスなら簡単にいなせるハルを、ほんの遊びで追い詰める実力があった。


「ローザ、か。あのレインって奴からも凄まじい強さを感じたし、あんなのがまだいるって言うなら……」

「…………」

「絶望的だ」

「ああ」


 再確認して、ソリューニャはげんなりした。こんなにも危機的な状況下であるというのに、夜空は相変わらず美しい。

 二日目の夜は静かに更けていく。


 そしてついにレンたちの存在に気付いた魔族たちも行動を開始する。

 ソリューニャたちの底力ももう間もなく試されることとなるだろう。はるか天空の冒険は試練の三日目へと続く。




 ソリューニャサイドおよび全体二日目ラスト



 ソリューニャ・ミュウ・マオ・ハル:白い都市にて軟禁中。ハルと共闘協定を結ぶ。

 ジン・ミツキ・カルキ:獣人の小隊を突破し、白都市リーグを目指す。チュピの民の青年ベルに出会う。

 リリカ:オーガ族の集落に滞在中。彼らの脱出計画を知る。

 レン:意識不明の重体。エリーンは捕らわれている。

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