巫女守りの戦い 2
殴って、蹴って、跳んで、投げて。
レンは人数の不利をものともしない勢いで次々と敵を倒していた。
「らぁ!」
「かっ!?」
実際レンにとって数の差はあまり意味はない。
まず、レンの攻撃は広範囲に無差別だ。最初の竜巻で一気に敵にダメージを与え、吹き飛ばされて木などに打ち付けられた敵は当たり所が悪いとそれだけで昏倒している。
「ふんっ!」
「ごっはぁ!」
「馬鹿な……!」
「背中に目でもついてんのか!?」
背後から襲い掛かった敵のみぞおちに踵がめり込んでいた。
崩れ落ちる敵と、レンの動きに驚愕する敵。
数の差があまり意味をなさないもう一つの理由がこれだ。
空気の揺らぎに敏感というレンの特技により、彼には死角がほとんどない。真後ろだろうと真上だろうと、近づく物体を見逃すことはないのだ。
「感知もできるのか!?」
「だったら遠距離だ!」
敵の中にも魔導士がいるのだろう。魔力砲が放たれ、レンを襲う。
「へ、当たるかよ!」
特技を抜きにしても、レンの反応は極めてはやい。余裕をもってよけたレンが術者を竜巻に巻き込んで倒した。
レンの特技の弱点ともいえない弱点は、例えば気づいた時にはもう避けられないスピードだった場合や空気を揺らさない類の特殊な魔力攻撃で突くことができるだろう。しかし前者はレンの反応速度が、後者は魔力を感じる第六感がカバーする。
「ぐ……あ!?」
「くそ! 強すぎる!」
「はっはぁーー! 次、来やがれェ!」
近距離にも中距離にも対応できる魔導。あらゆる方向からの攻撃を察知できる特技。それが融合した結果が今のレンの戦闘スタイルであり、彼を強者足らしめる一因である。
一つの事実として、レンは強い。
「女だ! 女子供を人質にとれ!」
「きゃあ!」
「させるか!」
敵が狙いを変え、ミィカたちに襲い掛かる。彼女たちを人質にとってしまえば、レンの優勢を一気に覆すことができるだろう。
レンも当然それを阻止すべく動く。
「そうはさせるかボケェ!」
「がっ!?」
「ぐっはぁ!」
一人を殴り飛ばし、また一人には掌底を叩き込む。
悶絶する敵が、しかし倒れる寸前に笑った。
「へっへ……」
「んな!?」
地面から伸びた魔力の紐がレンの脚に絡みついている。
二人の確保を阻止しようとレンが飛び込んでくるのを見て、術者が咄嗟に機転を利かせたのだ。
「こんなもの……!」
力づくで引きちぎろうとするレン。
それは魔力を束ねて編み紐にするという魔導で作られていたが、素となったのは聖域たるニエ・バ・シェロの魔力である。見た目の細さ以上に質が良く強力な魔力で編まれたそれは、レンの脱出をわずかに遅らせる強度を持っていた。
レンの誤算。生まれた隙。敵がレンに向けて剣を振り下ろした。
「うおおおおお!」
「ちィ……!」
レンは身をよじってそれを躱そうとする。
刃はレンの上着を裂き、脚を浅く斬りつけるに留まった。
戦闘に支障のあるほどの深さですらないが、よもや無敵にすら見えていたレンに通ったという意味で有効な一撃である。
「くっそがぁぁ!」
「ぎゃっ!」
レンが一足遅れて紐をちぎり、自身に傷をつけた魔族を殴りつける。
紐はその素となった大地の魔力から引きはがされると消滅した。
「危ねぇ、油断した!」
「いいぞ! 畳みかけろ!」
「舐めんな!」
レンが味方二人のすぐ近くに立った関係で、その全力を封じられてしまっている。
彼女らの動きが感知能力のノイズとなってしまうし、気を遣って空気を自在に振り回すこともできない。
レンは強い。が、弱点もある。
その一つが、これ。環境によって戦闘力が大きく振れること。
「お、お、お? なんだ、急に戦いやすくなったぞ」
「っ、くっ……!」
振り回される剣を紙一重で避ける。いつもなら空気砲で無理やりにでも距離をあけて仕切り直せるものを、今はできない。
だから敵も攻撃に集中できてしまう。攻め続けられてしまう。
「だりゃあ!」
「ぐぇぇ!」
「はぁ……っ、ミィカ!」
「あっ……!」
やや強引に剣を振り回す敵を殴り飛ばし、しかしすぐにミィカの前に飛び出す。
純魔力の弾がミィカを狙っていたのだ。しかも同時に別の魔族もミィカに襲い掛かろうとしている。
レンは腕で魔力弾を受け止めた。魔力弾は腕に触れると爆発した。
「ぎ!」
「隙あり……!」
「く……っそぉああ!」
レンほどの潤沢な魔力と魔術の練度がなければ腕も無事でなかっただろう。レンは袖が吹き飛び真っ赤に腫れた腕で、ミィカを襲う敵に裏拳を叩き込んだ。
「痛っ~~!」
「レっ……!」
「ダイジョーブ、だ!」
痺れる腕を押さえ、悲鳴を噛み殺す。
今の攻撃もいつもなら、魔導で弾をかき消しつつ敵も吹き飛ばせば済んだ話だ。しかしそれではミィカをも吹き飛ばしてしまい、それが逆にミィカを危険に晒す結末に繋がってしまう。
故に体を張るしかなかった。最善の方法を取って尚それはレンが怪我をすることと引き換えだった。
「ん? おい……!」
ふと、レンは自分を心配する彼女の覆面が外れていることに気が付いた。
今の爆発の時に外れてしまったのだろう。レンの視線を受けて彼女もそれに気が付いたようだった。
「あ……」
「バカ……!」
慌てて付け直すも、遅かった。
敵にもはっきりと見られてしまった。その証拠に敵のリーダーと思しき魔族が驚いたように硬直している。
「なん……!? “巫女”がなぜここに!?」
「バレた……!」
いっそ巫女様をレンに任せてしまうのはどうか。
リラの口から語られた策はそんな突拍子もないものであった。
実はリラたちの当初の目的地は村ではない。だが敵は当然村へ行くものと思い込んでいる。そこに欺く隙はあった。
真の目的地を目指すレンと、村を目指すリラたち。この二手に分かれ敵を撹乱する。もしもレンたち数人が別行動のためいなくなっていることに気づかれなければそれが最善。もしバレてもリラたちが本命に見えるから、囮としての役割が果たせる。
敵は当然村の方向へ進むリラたちを疑うことなく追ってくるだろうし、それによって大勢を引き付けておくことができる。
レンとチュピの民たちはまだ出会って間もない。種族も違う。強い、それこそ民の長たる巫女を任せるほどの信頼などあるはずがない。
それが当然。それが常識。
だからこそ、その裏をかくことに意味があった。
こうして見破られてしまうまでは。
「す、すみません! 私……」
「大丈夫だ! まだ捕まってねぇ!」
敵はもう最初の半分もいない。この場を切り抜けることはできるはずだった。
最終的に捕まらずに“目的地”まで送り届けられるのなら最悪それでもいいのである。
しかし、悪いことは続く。
レンたちと睨み合う敵のさらに後方から新手の姿が見えたのだ。
「あ……ああっ!」
「く~~……ッそォ! お前ら、走れ!」
「え!?」
「後ろにまっすぐ! 死ぬ気で走れ!」
レンが空気を集め、凝縮し、魔力を混ぜ込む。
効率を捨てて、とにかくたくさんを、一撃の威力のために。
「オオオオオッ!!」
それをぶっ放して敵の足を止めることが目的だった。そのための最大出力だった。
だがそれが裏目に出た。敵もまた同じタイミングで大規模な純魔力攻撃を放っていたのだ。
「げ、マジかよ……!」
おそらく複数人で同時に放ったのだろう。魔力は並みの魔導士では到底対抗できないようなレンの一撃と一瞬だけ拮抗し、爆発した。
爆風が木々を揺らしながら吹き荒れ、レンもエリーンもミィカも敵も無差別に吹き飛ばす。
「おわあーーーっ!?」
「きゃああ!」
「うわあああ!」
吹き飛ばされたエリーンは見通しの悪い森を抜け、一人で来られるところまで来ていた。来られるところというのはつまり、目の前を横断する崖だ。対岸まで行くにはどこかから崖を降りて、川を泳いで、崖を上るしかない。
「ミィカ……レンさん……」
レンたちとはぐれてからここまで誰にも会えなかった。敵も追って来ているだろうこの状況下でまさか逆走するわけにもいかず、道中仲間と合流できることを願いつつ敵に会わないことを願っていたが、ついに来られるところまで来てしまったのであった。
しばらく待つほかにない、と考えた時だった。
「よ」
「っきゃぁあああ!?」
「うわあーー!?」
緊張状態のところに肩を叩かれ、エリーンは悲鳴を上げた。
「あービックリした……」
「わ、私も驚きまシたよ!」
「わはは、いい反応だったぞ!」
ニコニコと笑顔を見せるレンにつられて、エリーンも緊張をほぐす。
「あとはミィカも見つけなきゃな!」
「あ……」
しかし、すぐにまた表情を暗くして俯いた。油断して敵に正体を知られてしまったことを考えているのだろう。
「ごめんなサい……。また私のために……私のせいで……」
「お前のそーゆーとこ、嫌いだなぁ」
「うぅ……はい」
ここにリリカがいればなんてことを言うんだと殴られでもしていただろう。弩ストレートなレンの物言いに反論する言葉も持たず、エリーンはますます気持ちを沈める。
「オレたちはまだ何も失敗しちゃいねーよ。顔見られたくらいで謝んな」
「でも……」
「まずはミィカを見つける! あいつもきっと無事だから、それで元通りじゃねーか」
レンにはエリーンを責める気はないようだった。失敗があったとすら微塵も考えていないようだった。
「あ、ケガを治して」
「いや、そんな時間はねぇ。すぐにあいつらも来るぞ」
「わ、わかりました」
二人はミィカを探して崖に沿って歩いた。
ミィカもこの崖で足止めされている可能性は高く、もしもレンたちよりも先にここまで来れているならば隠れて二人を待っているかもしれない。
とはいえあまり悠長に探している暇もない。敵も態勢を整え次第すぐに追ってくるだろう。
「どこだミィカ……!」
「イたら出てきてください! ミィカ!」
「そろそろ追いつかれてもおかしくねーな、クソ」
敵の到着がなぜか妙に遅いのが唯一の救いではあったが、なかなか見つからないことに対する焦りは募っていく。
エリーンは時間が経つにつれて否応なく悪い方の想像ばかりしてしまい、いよいよ焦りがピークに達していた。
しかしその時、レンたち二人は同時にミィカの姿を見つけた。ミィカも二人に気づいて駆け寄ってきた。
「やった!」
「ミィカ! ああ、よかった……!」
「お姉ちゃん……!」
ミィカはまずエリーンと抱き合うと、おもむろにレンにも近づいた。
「ん?」
「…………」
エリーンからはミィカがレンに抱き着いているように見えた。とうとうミィカもレンに心を開いたのだと、それをほほえましい気持ちで眺めていた。
「…………なさい」
「え、あ?」
「……レンさん?」
エリーンは不自然に動きを止めたレンを見て、首を傾げた。
この時はまだ、少しだけ様子がおかしいとしか、驚いているのかはたまた戸惑っているのかとしか思っていなかった。
「うっ……」
「レン、さん?」
だからレンが膝から崩れ落ちた時も、すぐには動けなかった。ようやく事態を理解したのは、ふらふらと二、三歩後ずさったミィカの手元を見たときだった。
彼女の手が真っ赤に染まり、その手にナイフが握られているのを見た時だった。
尚も硬直しているエリーンに、ミィカは今にも泣き出しそうな顔で振り返った。
「刺したら……たす、たすけてくれるって」
「ミィ、カ……あなた……」
「見逃すって、約束。だ、だか、ら……」
「……! なんてこと……!」
一瞬だけ湧いたミィカへの怒りはすぐに悲しみに変わった。
顔をぐしゃぐしゃに歪ませて、自分がやったことがどういうことかもすべて分かっていて、今にも壊れてしまいそうな少女を叱ることはできなかった。
そして悲しみは自責の念に変わった。全部、全部自分が招いたことだと絶望した。
「お姉ちゃん、これで二人とも……」
「そうだ、助けなきゃ……!」
「助か…………」
「レンさん!」
血濡れの手を、救いを求めるように弱々しく伸ばしたミィカの横をすり抜けて、エリーンがレンに駆け寄ろうとする。
しかし、レンがそれを制止した。
「来んな!!」
「!?」
これまで聞いたどれよりも鋭い声で、エリーンはびくりとして立ち止まった。
「よくやりましたね、ミィカちゃん」
「そ……そんな……」
エリーンが後ずさる。森の奥からぞろぞろと敵が現れた。
「…………」
ミィカの汚れた手は、何に触れることも叶わずただ力なく垂れていた。




