巫女守りの戦い
レンサイド二日目、スタート
レンたちは日が昇ると同時に行動を再開した。
夜は猛獣の時間。追手もその間は行動できないが、夜が明けて猛獣が眠ればすぐにでも動き出すだろう。
特に巫女の奪還を決行したリラたちチュピの民は、ほぼ目的地まで割れているようなものだ。チュピの民が生活する村は一つしかないため、ガウス軍側からすればそこに向かうだけでいい。
「え! 逃げ場ねーじゃん」
「はい。今はどこニも」
当然エリーンたちがその村に着いたところで、とてもではないが逃げ切ったとは言えないだろう。もとより圧倒的な戦力差があり、数も違う。島中を逃げ回り続けてもいずれ追い詰められ、籠城しても圧し潰されてしまうはずだ。
「じゃ今はどこに向かってんだ?」
「……すみマせん。少しでも逃げ切る可能性を上げルために言えません」
「ふーん。ま、それなら言わないほうがいいよなー」
心から申し訳なさそうなリラに対して、レンはどこか冷淡だった。
レンの目下最大の目的は仲間との合流で、エリーンたちとは行き先が近いため行動を共にしているだけである。
彼女らの戦いは彼女らのものだ。レンが積極的に首を突っ込むこともない。また彼女らからしても正体不明で異種族の少年とどうしても一緒にいたい理由などあるはずもない。
「ミィカ、辛くない?」
「うん」
エリーンがミィカを気遣う。
かなり速いペースで行動しているため、まだ幼いミィカを心配したのである。
「あはは、偉いなァ」
「……!」
レンが褒めると、ミィカは俯いて前を走る者の後ろにすっと隠れた。
「ありゃ、嫌われてんなー」
「照れ屋なんです……」
「気にしてねーよ!」
その言葉その通り、レンは快活に笑っている。
いきなり現れた異種族の男をすぐには信用できないという気持ちは自然であるし、ミィカでなくとも警戒して簡単には心は開かないだろう。
実際リラたちの中にもレンを快く思っていない者たちはいるし、ミィカはただ他の面々よりも感情がストレートに出てしまうだけだ。
「ん!」
「レン? どうカしましたか?」
「来てるな」
「えっ!」
レンが足を止めて振り返った。
「止まんな。すぐ追いつくから」
「ですが……」
「大丈夫! たった二人だ!」
それだけ言い残してレンは向かっていった。
リラもすぐに切り替え、素早く指示を飛ばす。
「少し急ぎます!」
「はい!」
「警戒を緩めないよウに!」
「はい!」
リラたちはエリーンを囲むような隊列をより固めて森の中を駆け抜ける。
だがしばらく走った先で前方から来た敵の一団と遭遇してしまった。
「そんな、なぜ……!」
まるで待ち構えていたような現れ方だ。
それが追手でないことに驚き戸惑ったリラだったが、すぐに武器を出してエリーンを背に守るように構えた。
「巫女様をお守りする!」
「はいっ!」
敵の方が数も多い。囲まれた。
それでも何とか突破すべくリラたちは必死に戦う。
「あうっ!」
「っ、大丈夫ですか!」
「うぅ……!」
仲間の一人が腕を切り付けられた。死に至るような傷ではないが、戦闘を継続できない程度には深い。
そして一人欠けたことによる戦況の悪化も無視できない。
「きゃあ!」
「く、これ以上は……!」
「無事かおらぁ!」
そのとき、追いついたレンが乱入して敵の一人を殴り飛ばした。
「レン!」
「悪ぃ、遅れた!」
「いえ、助かりマす!」
レンの奇襲にひるんだ敵にとびかかり、また一人蹴り飛ばす。そして振り向きざまの裏拳でもう一人を倒すと、それを掴んで別の敵めがけて投げ飛ばした。
またレンの参戦で勢いを取り戻したリラたちも敵を押し返す。
「なんだあいつ、強い……!」
「くっそ、気付かなかった。どっから沸いて来やがった」
「いえ、前から来ました。恐らく連絡を受けタのでしょう。向こうにはいくつか敵の拠点もありますし」
「挟み撃ちか」
勝利を収めた一行はすぐに移動し、しばしの休憩時間を設けた。
「すみません……」
「大丈夫ですよ。ほら、傷を見せなさい」
「みなさん集まってください」
一番の重傷だったのは腕を切られた彼女で、リラがまず手際よく止血をする。
その後でエリーンが手を組んで願うと、戦いの傷が少しずつ塞がっていった。
「ありがとうございます、巫女様」
「いえ、これくらいしか……」
エリーンは落ち込んでいた。自分のために誰かが傷つくのが辛いのだ。
ミィカはエリーンの手をきゅっと握っている。
「コうも早く伝わってしまうとは……」
「こうなるともう村も押さえられていルでしょうね」
「前からも後ろからも……」
「時間もありません。恐らくもっとたクさん追って来ているでしょう」
しばしの作戦会議だ。前方からも敵が来るならば、このまま追手だけを気にしてとにかく急ぐだけでは危険すぎる。
「うーん、この調子じゃなぁ」
「レン、あなたは何か案がありますか?」
「ねぇな。オレ一人なら全員吹っ飛ばして進めるんだけど、オレが全力でやらなきゃいけねー時が来たらお前らも巻き込んじまう。でもこの人数に気ぃつけながら戦うのは窮屈だしなぁ」
「…………」
「だから作戦ってのも、うーん……」
彼もまったく集団戦ができないわけではない。が、そのためには共に戦う仲間たちがある程度強くなければならない。
端的に言ってしまえばリラたちでは足りていないのだ。彼女らを気遣うくらいなら巻き込んでもレン一人で暴れる方が戦果も上がるだろう。
「一人……そうだ」
リラが何かを思いついた。
それを仲間たちに伝えると、全員が驚きの声を上げた。
「お前……マジで?」
「本気です」
作戦の肝となるレンすらも驚いて聞き返す。
またエリーンは猛烈に反発していた。
「駄目です! あなたたちがモし怪我をしたら……」
「巫女様……いえ、覚悟の上です」
「でもっ……!」
なおも食い下がるエリーン。
リラはもう一度レンに問うた。
「あなたはどうですか?」
「オレは別にいいけどよぉ……。お前らの方がやべーぞ。さっきみたいに囲まれたりしたらさ、もう助けてやれなくなる」
「うふふ、はっきり言ってくれますね」
「それにオレにそんな役任せていいのか?」
「不安ですよ。完全に信用したわけじゃ、ないので」
「わはは。お前もはっきり言ってくれんじゃねーか!」
レンが豪快に笑う。
「それでも今はこれしかナいと思います。だから……」
「ん、分かった!」
レンは覚悟を決めて頷くと、なおも食い下がっているエリーンの肩を叩いた。
「よ!」
「レンさん……こんな……」
「お前が決めろ。やるかやらねーかは、お前がさ」
レンは笑っていたが、その目には強い意志が宿っていた。
エリーンは周りを見る。
仲間たちはみんなエリーンの答えを待っていた。誰もが一様に覚悟を固めた目をしていた。
「……っ、わかりました。お願いします……」
「うん、任せろ!」
エリーンはまだ後ろ髪引かれている表情だった。
それでもやると言ったのだから、レンにはそれ以上追及はしなかった。代わりにまたリラを呼ぶと、訊ねた。
「こうなりゃオレも知ってなきゃなんねー。どこに行くのかとか、何をしてーのかとか」
「……そうですね」
「ん! 教えてくれ」
先ほどは「逃げ切れる確率を上げるために言えない」と言われたが、この作戦を持ち掛けられ手伝うと決めた以上もはや無関係とは言えない。
リラは一つ頷くと、答えた。
木々の間を走り抜ける三つの影があった。
「しっ、隠れろ」
先頭の少年がしゃがみ込み、後ろの二人に手で合図を送る。
「はい」
すぐ後ろにいた魔族は頷いて、少年とともに茂みに身を隠した。
暗めの色の装束に覆面を着けていた。腰には小型の刃物が差してある。
「……」
さらにそれにならい、最後尾の小さな魔族もしゃがみ込んで身を隠す。
やがて少年たちが隠れる茂みの前を複数の足音が通り過ぎ、しばらく。
少年たちは再び走り出した。
「ミィカ、まだ走れるか?」
「……」
先頭の少年、レンは最後尾の少女に声をかける。
最後尾の少女、ミィカは無言で小さく頷いた。
レンたち三人はリラたちと二手に分かれて行動していた。
追っ手を撹乱し、また足並みを軽くするための策である。
しかし。
「……ちっ。つけられてたか?」
「え?」
レンのセンサーが後方からの風の揺らぎを捉えた。
ここは空間として開けており、風の調子も後方から一定で適度に吹いている。レンが最も感知しやすい環境だ。
「間違いねぇ。ちょっと止まれ」
「は、はい」
レンたちが止まると、相手も止まった。
偶然ではない。レンたちに気づき、追ってきている。止まったということがそれを証明していた。
「どーしよ。敵の拠点ってのはまだ遠いのか?」
「はい。川を越えたさらに先です」
「んじゃここでやるべきか」
「!!」
リリカのいる方角にまっすぐ進むとやがてガウス軍の小隊の駐屯基地に突き当たる。当然正面突破するわけにもいかないので迂回する予定であるが、その前に存在に気づかれてしまうとそれも難しくなる。
やるなら今しかなかった。
「やるぞ。覚悟決めろ」
レンが出る。あとの二人も出る。
それに合わせるかのように敵も姿を現し、三人を取り囲む。
「お前が報告にあった人間族だな」
「こちらも精鋭を集めてきた。おとなしくしろ」
「へっ、おとなしくしてほしけりゃ消えな! そしたら殴らないでおいてやるぜ?」
レンが軽口を叩くがそれで引くはずもなく、彼は空気を集め戦闘態勢をとる。戦えないミィカは緊張の面持ちでレンの後ろに隠れ、もう一人は腰から獲物を抜いて構えている。
「二手に分かれるなど浅はかだったな。それで囮になったつもりか?」
「しっかり引っかかってやがるじゃねーか、バァカ!」
「違うな。我々ははじめから人間、貴様が目的だ」
「オレ?」
不思議そうにレンが聞き返す。
確かにレンは侵略者サイドの魔族とは一度戦い、蹴散らしている。しかしその程度でわざわざ人員を追っ手に割くほどの、つまりエリーンに比するほどの優先度に設定されるような理由になるとは考えにくい。
「もしかして一回やられたのがそんなに悔しかったのか? ありゃそっちから来たんだぜ」
「……スカイムーンはガウス様の土地だ。人間が踏むことなど許されぬ。貴様を捕らえて差し出せばきっとお喜びになるぞ」
「よくわかんねーけど、なんか腹立つな~」
この時点ではレンは知らなかった。敵対する侵略者たちは人間を敵視していること、そして敵はその理念の下に集った組織ということを。
レンが人間というだけで十分その“理由”に値するのである。
「ガウスってーとテメーらの親玉か。許されねーって? んなもん逆に踏んづけてやるぜ!」
「なっ……!」
「ガキが……!」
「へんっ! だいたいここは煮えナントカだし、テメーらのもんでもねーんだろ!」
レンが足元の土を踏みつける。
明らかな侮辱の意思に、敵が一斉に色めきだった。
「とにかく巫女の方は本隊が追っている! 残念だったな、貴様らの企みなど全て無意味だ!」
「捕まえてから言えよ、ボケが」
「口の減らん……! 貴様の位置はどこにいても分かる。逃げても無駄だぞ!」
「じゃあふっ飛ばして行くだけだ!」
レンが威勢よく啖呵を切ると、戦闘が始まった。
直後、レンのよく通る声は響き渡る。
「ここだ!!」
「はい!」
あらかじめ打合せていた通りに後ろの二人が伏せた。
それと同時に、レンが広げた両手から竜巻が放たれる。
「うわっ!?」
「ぐううっ!?」
竜巻が周囲を囲んでいた敵を薙ぎ払い、吹き飛ばしていく。二人が伏せたのは万が一戦闘になったときレンが奇襲をかけるための作戦だ。
やがて集めた空気を全て使ってしまうと、レンは次の攻撃のためにまた空気を集め始めた。
「よっし、だいたいは……」
「はぁ!」
「片付いてるなっ!」
「ぐはぁ!?」
むざむざレンの攻撃を待つ意味もない。動ける敵は当然レンを狙って攻撃を仕掛けてきた。
最初の一人に鋭い蹴りを叩き込んで、吹き飛ばす。
「さぁて、死にてぇ奴からかかってこいや」
レンは不敵に笑った。




