友達になりたい! 2
リリカは簡単な自己紹介と、自分が置かれている状況を話した。
オーガたちは座ったまま、おとなしく話を聞いていた。それどころか彼女の話が終わった頃には同情するような声も一部からは出ていた。
「ねぇ、グラモール?」
「ん? どうした」
「うーんと、なんかね、やっぱりみんなあたしを嫌いじゃないよね? ちょっと怒ってくるけど」
リリカが遺跡でのことからずっと気になっていた違和感について話す。最初に戦ったギザとザギのような、人間というだけでリリカを見下すあの不愉快な感じがしないのである。
「嫌いじゃあねぇだろうな。俺達は先祖からイリヤ様に賛同し忠誠を誓ってる」
「よくわかんないや!」
「それも説明するよ……いや、したか?」
「何がダメかちゃんと教えてよ。仲良くしたいなぁ」
グラモールはひとつ頷くと、一度全員を静まらせてから話し始めた。
「納得できないのも無理はねぇ。こいつにどんな事情があれ仲間に引き込んだのは俺の勝手な意思だからな。だがそれは同情だけじゃねぇ、利害の一致があったからだ」
「利とはどういうことだ?」
「今から話す。状況を分かりやすくするために一つずつ話すから少し退屈かもしれんが、聞いてくれ。リリカもだ」
「うん!」
グラモールはいきなり作戦の話はせず、自分たちの身に何があったのかをはじめから丁寧に話し始めた。
オーガたちがなぜ土地ごと、もっと言えば労働力とはなりえないような女子供ごとここに連れてこられたのか、それは人質とするためであった。
ここにいる者だけではない。残りの、地上に残されたオーガたちとの係わりも断つことで、もし誰か一人でも逆らう者が出たら一族は為す術なく虐殺されるという恐怖を植え付けた。故郷のオーガたちはなぜ殺されるのかもわからぬままに死んでいくだろう。ガウスたちの力があればそれは確実に、そして迅速に達成される。
ある者は共に連れてこられた家族のため。またある者は地上の友のため。オーガたちは自分だけでなく一族の命運までも否応なしに背負わされ、故に黙って働いてきた。
彼らにとって苦痛だったのは、自分たちの行動が人間族を虐殺することに繋がっていたからでもあった。
彼らの主イリヤは人間族をも同胞と呼び、魔神族の中では「親和派」として通っていた。人間族は魔族を恐れ、魔族は人間族を憎む中、彼女は「親和派」の中核として人間族との協和を掲げ続けていた。
その意志は彼女に忠誠を誓っていたオーガの一族にも引き継がれている。故にダリオ夫妻は、リリカに襲い掛かったガウス軍の斥候とは対照的に彼女を快く受け入れたのであった。
そんな彼らの状況が変わったのは、隠された遺跡が見つかってからである。
彼らしか知らない一隻の船の存在。それは逃げ場のないスカイムーンに囚われている状況を打破できるだけでなく、万年雲の中で着々と進められている虐殺計画を地上に知らせることができる切り札であった。
「俺たちの計画はつまり、この船に乗ってここから逃げることだ」
「うん!」
「船は直った。俺達も集まった。実行はもうすぐだ」
ここまではリリカも昨日聞いた話である。
船に乗って逃げることが目的であり、また地上の人間族に危機を伝える手段にもなる。
彼らは「逃げること」と「危機を伝えること」を目的に、この計画を進めてきた。そして全員が集まったことでこの計画はあと一歩のところまで来ているといえる。
「さて、利害の話に入ろう。リリカ、お前はなぜこの作戦に加担しようとした?」
「えーと、いくつかあって。えーと……」
「ゆっくりでいいぜ」
リリカは昨日の話も思い出しながら、順番に言っていった。
まず、地上に危険を知らせられること。ソリューニャたちを助けたいのが一番の気持ちだったが、自分の状況などをよく考えた結果、それはジンとミツキに任せて自分は自分にできることをやることにしたのだ。地上にはお世話になった人がたくさんいる。ミュウに家族がいるように、マオに妹がいるように、もはやリリカたちが無事なだけではこの戦いはダメなのである。
次に、船で地上に行けることだ。現状、リリカが地上に戻る手段はソリューニャの竜だけである。そのためには全員が一ヶ所に集まり、ソリューニャが全員と自分を炎赫に乗せる必要がある。リリカ一人でも船で戻れるのであれば、それはソリューニャの負担を減らすことになるだろう。幸運にもレンはリリカを目指してきているようだったから、うまく説得してレン共々戻れたなら負担はもっと軽くなる。
「次に俺たちが人間族と組む利の話だが」
グラモールは本題に触れた。
「はっきり言って……ないな」
「ふざけるな!」
怒鳴り声が上がった。遺跡でも真っ先にグラモールに噛みついた若いオーガだ。彼はキャングに諫められ、しかし不満を隠そうともせず音を立てて着席した。
「続けろ、グラモール」
「……強いて言えば、リリカには地上で待つ仲間がいるらしい。リリカがいることで人間に危機を伝えることが簡単になる」
作戦におけるいくつかの懸念の一つに、果たしてオーガ族の言うことを人間たちは信じてくれるのか、というものがあった。人間にもまた魔族や亜人族に対する差別的な価値観を強く持つ者は多い。リリカの存在はこの懸念を幾分か和らげるだろう。
「だがリリカが参加することでより逃げやすくなるわけじゃねぇ。むしろリスクは上がった。だから、そういう意味ではやはり利はない」
「グラさん、あんた何言ってんのか分ってるんスか!?」
「そうだ! 人間族を匿わないといけない理由なんてなかった!」
「理由、理由な」
グラモールは責め立てられながらも腕を組んで堂々とした態度を崩さず、逆に彼らに厳しい目を向けた。
「同胞を救うのに理由がいるか?」
「っ!?」
「人間族も俺たちオーガ族もまとめて同胞と呼んだあのイリヤ様は死んだ。だがその御意志を我々は守ると誓ったはずだ」
「グラモールの言うとおりだな」
この中ではグラモールと並んで力を持つのだろう、キャングが言う。これまでずっと穏やかだった彼は、しかし初めて声を荒げた。
「むしろリスクは上がっただァ!? テメェは人間のために仲間を見殺す気か!!」
「キャング!」
「黙れ! 俺は猛烈に怒っているぞ、グラモール! テメェとは長い付き合いだが、その甘さが昔から嫌いだった!」
「落ち着け、座れ!」
同じく冷静だったグラモールも初めて声を荒げる。普段は穏やかなキャングだが、彼が本気で怒っている時ばかりは誰にも手が付けられない。それを知るグラモールは焦っていた。
「リリカだったな、人間族のお嬢ちゃん! お前にもわかるように今度は害の話をしよう!」
「がい……!」
キャングは話した。リリカが参加することで増す危険性の話だ。
イリヤが「親和派」の筆頭であるように、ガウスは「排斥派」の筆頭であった。二人の戦争もこの思想の衝突が原因だったといわれている。
ガウスの思想は簡単だ。“人間族は生かすに値しない魔族の敵である”。それはイリヤの意志をオーガたちが支持したように、もっと多くの魔族たちからの支持を得る考え方であった。もともと魔族は人間族を敵と考えている者が多く、故にガウスの軍は強大なのである。
そのガウスがもしオーガたちが人間族を匿ったことを知れば、結末は容易に想像できる。
リリカの話を聞く限り、スカイムーンに人間族が紛れ込んだことはすぐにガウスに伝わるだろう。この近くで斥候と交戦したというリリカを、オーガたちが匿っていると疑うのはもはや確実。そうやって警戒が続けば計画に感づかれてしまう可能性も上がる。
「気づかれたらなぁ、俺たちは死ぬ! 何年かけたと思う!? どれだけ苦しんだと思う!?」
「やめろキャング! リリカは知らなかった! 責めるな!」
「責める責めないじゃない! もう遅いんだよ! ガサ入れは確実だ!」
グラモールとキャングが言い争う。
周囲もグラモール派とキャング派に分かれて怒鳴りあう。
「今追い出せば証拠はない! 疑いは疑いで終わる!」
「リリカは怪我をしてる! 今ここ放り出したら、それはこの手で殺したようなものだぞ!」
「俺たち全員が死んでもそれはその手で殺したようなものだろうが! イリヤ様の御意志を守ろうとする姿勢は大層立派だがな、それでも優先すべきことってのはあるんじゃないか!? ええ!?」
会議は喧喧囂囂。積み上げてきたものと受け継いだもの、この二つに優劣などあるはずもない。決着のつかない争いはヒートアップしていった。
(うぅ……あたしのせいみたいで嫌な気分だなぁ)
またも取り残されたリリカは考える。
利益とか損害とか、難しいことは分からない。リリカが参加を決めたのはリリカが必要なことだと考えたからであり、そうしたいと考えたからだ。自分が彼らにとっていかに有用であるかなんて考えていなかった。
(あたしは、でも、うん。やっぱ乗りたい!)
単純に考えるのはリリカの短所で、長所だ。自分が何をしたいのかを自分の胸に問えば、答えはそれほど迷うこともなく見つかった。
自分の心が乗りたいと言ったから、リリカはそれに従うのだ。
「みんな!」
リリカは叫んで、椅子の上に飛び乗った。その突飛な行動に注目が集まり、喧騒が静まっていく。
「あたしが迷惑になっちゃうってことは分かった! ごめんねっ! でもあたしは船に乗りたい!」
オーガたちは唖然としている。
小難しい議論をしていたところに唐突に水を差されたというのもあるが、乗りたいか乗りたくないかという根本的なところをズバリと言い切られてしまったからでもあった。
「だから決めたよ! あたしみんなと友達になりたい!」
「……はぁ?」
誰かが思わず漏らした。
「船に乗りたいけど、仲良くもなりたいの!」
まったくもって突拍子のない発言だった。馬鹿げていたし、ふざけていたが、リリカは誓って真剣だった。
「よろしくねっ!!」
椅子の上で勢いよく頭を下げるリリカの笑顔は爽快だった。
リリカが全員に認められたわけではない。だがこの「友達宣言」はきっと雲の上の結末に係わることとなるだろう。
しかしその前に、リリカには人生最大の強敵が待ち受ける。運命の試練はもうすぐそこまで来ていた。
リリカサイド二日目は短いですがここまで。




