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魔導士たちの非日常譚  作者: 抹茶ミルク
天雷の大秘境編1 魔族と人間
165/256

友達になりたい!

 リリカサイド二日目スタート。



 

 魔神族ネロにまるごと飛ばされたという集落。全体で言えば一部だけだったというそこから少し離れて、森の中。オーガ族の男グラモール=ダリオとその妻テレサ=ダリオの屋敷にリリカはいた。


「ハッハッハ……!」

「んんん~……」


 疲労が溜まっていたし夜遅くまでグラモールたちと話していたリリカはこの日少し長く深く眠っていた。

 だから気づけなかった。


「んぇー……?」

「バウッ!」

「あ」


 目覚めた瞬間、目の前に濡れた鼻。黒く艶やかな毛並みの大犬が尻尾を振っていた。


「うわーーーー!?」

「バウ! バウ!」

「あああーー! 顔洗うーーーー!」


 リリカが雲の上で初めて迎える朝は獣の香りがした。




 顔を洗って部屋に戻ると、部屋の隅の小さなサイドテーブルの上に置かれた数少ない所持品から木のお守りを手に取る。それをきゅっと握って、全員の無事を願いながら魔力を通す。

 反応は四つ。リリカは少しホッとする。


「ジンが遠ざかってるのはソリューニャたちを優先してるってことだよね、よかった。レンは……どうだろ、近づいてる? もしかしてあたしのところに来てくれてるのかな?」


 リリカは昨晩、しばらくグラモール夫妻の屋敷に残って彼らの“計画”に協力することに決めた。

 本当はソリューニャたちを助けに行きたくて仕方なかったのだが、今から動いてもまずジンとミツキには追い付けず、さらにリリカに残る疲労とケガも響くからまず間違いなく十全に仕事はできない。

 それならば救出はジンとミツキに任せて自分は地上に危機を伝える役目を果たそうということだ。




 その“計画”の全容を知るためにリリカはグラモールと二人で屋敷を出た。

 浴場を通り過ぎ、森の中をしばらく行くと、苔生した石碑のようなものが現れた。


「足元気を付けてついて来いよ」

「うん」


 グラモールが石碑の裏に回ると、出した足が消えた。まるで地面との境界に切り取られてしまったようだ。


「わ、すっごい!」

「ほら、そこから先が階段になってる。すっ転ぶなよ」


 そうっと差し出した足は土に見えているそれをすり抜けて、その下に隠れていた階段に触れる。

 からくりは単純で、グラモールの魔導が階段を隠しているのだ。

 リリカが頭まで沈んでしまうと、自分が立っているのが土を削って段差を作り、木の板を敷いただけの階段であると分かった。上を向けば森と空が見え、そこから差し込む光があるおかげで暗くもない。


「不思議ーー! 楽しーー!」

「バハハ! 新鮮な反応してくれるじゃねーの」


 しばらく階段を降りると行き止まりになっていた。


「ええ? またグラモールが何かしてるの?」

「どうだろうな?」


 リリカは近くの壁をペタペタ触って、すり抜ける場所があるか探す。しかしどこも冷たく固い感触を伝えるばかりで、先ほどのような仕掛けはなかった。


「これはな」

「待って言わないで! 考えるっ!」

「それならヒントだ。入り口は俺が魔法で隠していたんだぜ」

「むむむん!」


 リリカははっとして感覚を鋭く尖らせる。


「ほぅ……」


 グラモールは魔力を掴もうとするその切り替えの素早さに感心する。第六感を意図して研ぎ澄ますのにはそれなりに才覚と訓練を積まねばできない芸当だ。ガウス軍第三小隊の斥候二人を倒したと言っていたが、実力はそんなものではないのかもしれない。


「あっ! やっぱり使ってる!」

「何!?」

「どこだどこだ~?」


 グラモールが驚く。

 大地そのものが魔力を発する中、それとは別の質のグラモールの魔力を一瞬でかぎ分けたのである。その嗅覚は驚嘆に値した。


「あああああ! この壁が怪しいのに! ちゃんと壁だよ~!」

「ここで降参かよ」

「わかんない悔しい~!」


 結局最後まで仕掛けは見破れなかったが、グラモールはこの少女の評価を改めざるを得なかった。


「いや、脱帽だぜ。胸張れる鋭さだ」

「ちょっとはあるもん!!」

「なんの話だ」


 グラモールは正面の岩肌に触れて、それを横に引く。ガゴゴと重いものが引きずられる音がした。


「隠し扉の表面だけをまわりと同じようにカモフラージュしてたのさ。さ、入ってみな」

「……ずるい! もう一回!」

「もうねぇよ」


 唇を尖らせながらそこを通り抜けると、石造りの地下室に出た。ここからは地上からの光もない。

 グラモールは手持ちのランプに魔力を通した。ぼうと明るく照らされ、石の壁が、床が天井が、リリカの目に飛び込んでくる。


「わぁ……!」

「これを見つけたのは偶然だった」

「壁になんか書いてある~!」

「運がいいことにこれはガウスも知らない場所らしかったんだがな」

「読めない~!」

「もっと運がいいことに……楽しそうだなぁおい」

「楽しい!」


 屈託なく言い切るリリカ。


「冒険みたいでワクワクする!」

「そりゃあ、まあ分かるが」


 二人は階段を下り、分かれ道を進み、壁画の広間を抜けて奥へと進んでいく。


「古いねぇ」

「ああ。俺はからっきしだが、見る奴が見るととんでもない場所らしいぜ」


 そして最奥部に着いた時、リリカは言葉を失った。


「おぉ~……!!」

「つまるところこれが“作戦”だ」


 そこには見たこともない大きな「船」があった。形はリリカがクラ島から乗ってきたようなものとは大きく異なり、船体は異様に大きく底は平らだ。帆も舵もなく、まるで巨大な木箱のようにも見えた。

 胸を打つ衝撃で立ち尽くすリリカをよそに、グラモールは「おーい、俺だ」と声をかける。

 すると船の中から数人のオーガ族が顔を出した。


「やや、グラさん!」

「おう、船は?」

「ばっちりでっさぁ!」


 グラモールとの話し声が聞こえたか、続々とオーガ族が顔を出しては集まってくる。

 一通りの進捗確認が終わると、話は当然リリカのことになった。


「新しいイロっすか?」

「バッキャロウ!!」


 その最初の質問がこれである。

 最初の質問からこれだったから、話は横に逸れる逸れる。


「お前冗談でも女房の前で言うなよ……」

「浮気騒動の時は危なかったですもんねー」

「『切り取って捻じ込んでやる!!』って。傑作でしたよあれ」

「グラさん本気で抵抗してるのに負けてましたもん」

「ハサミで股下裂かれた時の表情とか芸達者だなぁって感心しました!」

「演技じゃねぇよ! ボケェ!」


 当然だが、リリカの知らない思い出があるのだろう。自分そっちのけで思い出話に花を咲かせるオーガたちを見て、リリカは拍子抜けた気持ちになった。


「人気者だねー」

「ん? おお、すまん。紹介しなきゃな」

「ううん、なんかあたしに悪いことする感じじゃないってことはよく分かったよ?」


 グラモールは作業をしていた全員が集まると頃合いを見て話を強引に戻した。


「聞いてくれ、お前たち」

「あいよー」

「こいつはリリカ。人間だ」


 場が水を打ったように静まり返った。


「まあ上で色々あってな。詳しくはまた話すが今は」

「ちょっと待ってください」

「なんだ」


 グラモールは異議の声に対し予想していたかのように平然とした態度だ。


「なんで人間がここにいられるんだ!?」

「人間族って、グラさんアンタわかってるでしょう! 今のおれたちがどんな状況なのか!」

「当然だ」

「だったらどうしてこの大事な時期に!」


 何の話なのか、リリカにはさっぱりだ。ただ彼らはガウス軍の魔族のように人間だからという理由でリリカを嫌っているのではないことは伝わっており、なにやら間が悪かっただけだということはわかった。

 また不満、というか焦るような表情のオーガがいる一方で、平然としている者もいる。


「まあなんだ、リリカ。今日お前を連れてきたのは(これ)を見せるためだ」

「うん。ありがと」

「もう一度確認するが、こいつを見た以上協力は絶対だぜ」

「うん。あたし嘘つかないよ」


 グラモールたちにとっても人間であるリリカを仲間に引き込むメリットはある。

 今日リリカがここに連れてこられたのは、リリカとグラモールが、お互いの信頼を厚くするためであった。


「ちょっとグラさん! 話はまだ……!」

「そうだな。だが一旦上がろう。そういう予定だろう」

「……絶対ですよ」

「ああ。女房が風呂と料理用意して待ってるぜ」






 オーガ族がこの空の上、チュピの民以外はスカイムーンと呼ぶここ聖域へと来た理由は労働のためだ。

 ガウス軍に吸収されたオーガ族は同じ境遇の獣人部隊と違い完全には忠誠を誓わなかった。仲間の命を見逃してもらう代わりに命令には従うという条件の契約を結んだというのがその実情に近い。そして現在もガウスの命に従ってスカイムーンの開拓・整備に従事しているのだ。


 しかしグラモール曰くあと七日で、人間の大陸への侵攻が始まる。


「おー、よく集まってくれたな。長い間嫌な仕事をさせてしまって申し訳なかった」

「お互い様だぁな、グラモール」

「そっちはどうだった、キャング」

「死人はないぜ」


 半ば自嘲気味にキャングと呼ばれた男は笑う。

 端的に言えば、それが今のオーガたちの状況を表しているといって差し支えなかった。彼らの命は今もガウスの命令一つで吹き消される。それなりに劣悪な環境で肉体労働に従事していたわけだが、それでも誰一人として反逆の意思を見せなかったのは秘密裏の作戦のためであり、それ以上にオーガ族が生き残るためでもあったのである。


(ふわ~……。オーガ、おっきぃ……!)


 賑やかになるよとのテレサの言葉通り、この日は閑散としていた昨日の様子も一転した。


 七日後の大侵攻に向けて、正規のガウス軍でないオーガたちは役目を終えると一度村に帰される。それが今日だ。

 オーガたちはこの日に合わせて作戦のための船を直し、全員が集まれるこの日を十年間ずっと待っていたのである。


 屋敷の一番広い部屋。一部のオーガたちはそこに集まって久々の再開を喜び合った。各々疲れ果てていながらも、この日まで無事に生き延びてきた感動はひとしおである。


(十年……長かったんだろうなぁ)


 一人取り残されたリリカはぼんやりと考えた。

 自分なら十年、逃げ出したいのを我慢し続けられるのだろうか。一人だったら無理だ。ミュウたちも同じ境遇だったらどうだろうか。きっと自分より先にレンとジンが暴れて、ガウスとやらもやっつけてしまうだろう。

 リリカはクスリと笑みを漏らした。


「さて、そろそろ会議を始めようじゃないか」


 キャングが言った。


「ああ、そうだな。まずは船の状況だが……」

「待った、グラモール」

「その前に言うことがあるんじゃないのか?」


 グラモールと、今回はリリカにもこうなることはわかっていた。リリカ、というより人間に対する認識がよくない者もいて、実際に現実的な問題に結びついているらしいことは遺跡での反応から明らかだったからだ。


「リリカ、説明」

「うん」


 全員の注目を浴びながら、リリカは立ち上がった。


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