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魔導士たちの非日常譚  作者: 抹茶ミルク
天雷の大秘境編1 魔族と人間
162/256

vs獣人グリーディア

 

 

 獣人。

 獣のような耳と尾てい骨から伸びる尾が特徴的な種族であり、亜人族の中でも特に優れた運動能力を持つ。当然戦闘においても高い適性があるため、こうして戦うことになればかなりの脅威となる。


「止めろォォ!」

「相手は二人だ!」


 これまでジンが戦ってきた敵の中に猫の獣人マーキィ=マーティーがいたが、彼女はしなやかな身のこなしとすばしっこい動きでジンを苦しめた。あの人間離れした動きを、今度はその十倍以上。しかも同時に相手にしている。


 それでもジンの勢いは止まらない。

 ジンが敵の鉤爪の一振りを躱して、追撃しようとしていたその懐に潜りこんだ。


「なっ……!」

「うおおおおらぁ!」

「がは!」


 肋骨をへし折られながら敵は吹き飛ばされた。

 そこに魔力刃が襲い掛かり、胴体を真っ二つにする。


「おいカルキてめー! 今のは殺す必要ねーだろうが!」

「グボふ!?」

「甘っちょろいこと言うなよ! あとで刺されたいのかな!」

「ぎゃあああ!」


 ジンが激昂し、さらに激しいトンファーの一撃を近くの敵に叩きこむ。

 カルキも言い返しながら刀を振り、魔力の刃を飛ばす。


「そうならねーようにちゃんと半殺ししてんだろうが! アァ!?」

「分からないね! 生かす理由もないのにわざわざ見逃すなんてさ!」


 獣人たちは二人を取り囲んでいるのに、数では優に上回っているのに、近づくことができない。


「たかが二人! 数で押せ!」

「グリーディア隊長はまだなのか!?」

「弱気になるな!」

「もう半分やられた! 普通じゃない!」


 敵に動揺が広がっているのを知ったカルキとジンは、ここがチャンスと言わんばかりに畳み掛ける。


「うおおおおおおお!」

「はぁ!」

「ぎゃっ!?」

「か……ッ!?」


 カルキが優先的に長物使いを狙っていたため、近接特化タイプのジンも動きやすくなっている。

 左の敵を殴り飛ばし、右の敵に裏拳を叩き込み、背後の敵にはまるで背中に目が付いたかのような動きで足払いを掛けた。そして転ぶ敵の顔面へとつつま先をねじ込み蹴り飛ばす。


「俺はっ! 殺したくて戦ってんじゃねーぞ!」


 手加減をしているわけではない。確実に「戦力」は潰している。

 二度と戦えない体になる敵もいるだろう。死んでしまう敵もいるだろう。

 それでもジンは頑なに命を取ることを目的とせず、あくまで戦闘不能にすることを狙って戦っている。


(ジンの眼は人殺しの眼……これは確かだ。だけど、なんだろう。何かそれだけじゃないんだ)


 隣で敵の急所を一突きして、カルキは考える。

 ジンとは対照的に、カルキは敵の「生命」を目的に戦っていた。殺せばそれはもう敵になることも、背中を刺すこともない。

 戦場においてそれは常識的かつ合理的な行為。


 だからこそカルキはジンの行動が理解できない。

 自分は彼と似ていると信じているからこそ、近しい存在であると感じているからこそ、カルキはジンとの決定的な違いを未だ見つけられずにいた。


「なぁ、ジン。君は……」


 言葉の方が早い。

 そう考えたカルキがジンに訊ねようとしたその時、先ほどまではなかった圧力を感じた。

 同時に気付いたのだろう、獣人たちは圧力の主の名を呼んだ。その声には信頼と安堵が含まれており、彼らが待っていたその男の実力がそれに値するものであることを示唆している。


「グ、グリーディアさん!」

「隊長……!」


 獣人たちがグリーディアに道をあけるように離れていき、ジンとカルキは開けた空間でグリーディアと対峙した。


「……やっぱいいや」

「ああ。強ぇなアイツ」

「隊長だってさ。マーヤと同じだね」


 第九小隊隊長、グリーディア。

 彼は熊の獣人のようで、毛深い肉体と小さいが爛爛とギラつく目が特徴的だった。手には刃の幅が広い恐らく大剣だろう武器が握られていたが、その刃が半ばより先を欠いていたためにそれが本当に大剣だったのかは想像するしかない。


 グリーディアは近づいてくると俄かにしゃがみ込み、目を見開いたまま死んでしまった仲間の瞼をおろした。


「貴様らがやったのか……? たった二人で?」


 第九小隊はその人数を二割近くにまで減らしていた。

 そのほとんどはカルキが殺ったものだ。彼の魔導は一定の実力がなければ防げないし躱せず、それでいて当たればほぼ致命傷となる。特に敵が集団のときのような、カルキの姿を視認しにくい状況はむしろ危険度を数段上げる。


「ああ。やった」

「そうか……」


 グリーディアは死者を悼むように目を閉じ眉間に皺を寄せていたが、一転、茶色の毛を逆立てて静かに怒りと闘志を漲らせた。

 それに怯むことなく、ジンが一歩歩を進める。


「俺がやる」

「はは……死にそうになったら助けてあげるよ」

「黙ってろ」


 ジンはグリーディアから一瞬も目を離さずに、止めるカルキの前を素通りする。


「ふざけているのか? これは戦いだ。貴様の遊びに乗る理由がない」

「俺は大真面目だ」


 次の瞬間、ジンが創造したトンファーでグリーディアに殴りかかった。

 グリーディアも折れた大剣でそれを受け止める。

 金属同士がぶつかり合う音が響き渡る。


「もっとだ! もっともっと、もっと! 俺は強くならなくちゃいけねぇ!」

「人間の、それにまだ子供が! たった二人で俺の仲間をほとんど倒した! 貴様は強い! これ以上を望むのか!」

「人間とか子供とか……関係ねぇ!」


 トンファーと剣が幾度となくぶつかり合う。


「足りねぇんだ! だから強くなりてぇ!」

「っ!? グオオオ!」


 一瞬怯んだグリーディアの腕にトンファーの一撃が入る。

 しかしグリーディアはすぐに立て直し、大剣を豪快に振るってジンを吹き飛ばした。


「ぐ……!」


 ジンがガードに使ったトンファーが折れた。ジンはそれを手放すと、即座に新しいトンファーを創造して突進する。


「テメェも強ぇよ! あの女も強かった! だけどまだ! 強い奴がいるんだろ!?」

「……っ! そうだ! 俺が足元にも及ばない強者たちだ!」

「だから戦う! テメェに勝てないならそいつらにも敵わねぇだろうが!」


 手数でジンが圧す。

 それでもパワーで、技術で、グリーディアはジンを凌ぐ。数発攻撃が入るぐらいではほとんどダメージもない。

 それでもジンは圧す。どこかぎこちないグリーディアの隙を突き、ガードの上から無理矢理に叩き込み、ジンは素早い動きでグリーディアと対等に渡り合っている。


「俺に勝ったとしても奴らには勝てん!」

「なんだテメェ、自分が負けること考えてんのかァ?」

「黙れ!」

「!!」


 グリーディアが逆上し、魔力が昂った。

 大剣に魔力が集まり、長大な刃を形成したそれをジンへと叩きつける。


「があ……!」


 左手のトンファーで受け、さらに右手でそれを支える。それでも薙ぐのに引きずられて、靴底がすり減っていく。


「テメ……舐めんなァ!」

「ぐ、おおお!」


 ジンは気合いで剣を止めると、グリーディアへと走り出した。

 グリーディアは魔力の刃を消すと、軽くなったそれをジンに振り下ろす。ジンがそれを避けて攻撃を仕掛けたが、グリーディアの蹴りが横からジンを吹き飛ばした。


「ジン! 攻めすぎだ!」

「ぶっへ! クソ、効く!」


 さすがに動きも見切られ始めている。

 今の攻撃も誘われて手を出してしまった。


「げほっ、あーいいじゃねぇか。マジで強ぇ」


 ふらつくジンを見て好機と捉えたか、獣人たちが飛びかかる。もともとタイマンを張っていたわけではない。グリーディアの言ったように、ジンが一人だからといって手を出さない理由にはならない。


「弱ってるぞ!」

「今だ!」


 もっともそれはジンも承知の上。自分が隙を見せればグリーディアだけでなく他の敵も容赦なく攻めてくることは分かっていた。


「弱ってねぇよ!」


 素早く立ち上がったジンの目の前に三人の獣人。そして彼らの首は飛ぶ。

 カルキが殺気も出さずに斬撃を放ったのだ。


「カルキてめーまた!」

「集中しなよ、ジン。熊は譲ってやったろう? 残りは僕のだ」

「ちぃ! 後で覚えてろ!」


 ジンはトンファーを創造し、大きく振りかぶるグリーディアに向き合った。

 その剣は先ほど以上に伸びており、それなりに離れているジンにも届くだろう。


「オオオオオ!」

「っ、受けらんねぇ!」


 豪快な風切り音を聞いて、ジンの体は回避を選択する。

 ジンのすぐ近くに叩きつけられた剣先が地面を砕いた。明らかに重量が増えて威力が上がっている。


「……! そういうことかよ」


 叩きつけられた剣身はすぐに消える。

 攻撃するときはこうしてリーチと重量、威力を上げ、攻撃後などはこうして剣身を消すことで取り回しを楽にしている。先ほどもそうやってジンの想定を超える速さで次の動きに移行したのだ。


「デカいくせに意外と器用じゃねぇか」

「貴様はこの先には進めん!」

「勝手に決めんな、バカヤロウ!」


 何がグリーディアを怒らせることになったのかは不明だが、それが結果として彼の微妙なぎこちなさを消していた。グリーディアは離れれば勢いの乗った攻撃が、近づけば隙の少ない攻撃が飛んでくる。

 攻撃の威力が高い。半端な攻撃には怯まない。単純な強さを持っている。


「俺はなぁ! もう決めちまったからな!」

「おおおおお!」


 グリーディアは近距離にも遠距離にも対応できる。

 一方でジンは少なくとも中距離、理想は超至近距離まで間合いを詰める必要がある。このクラスの敵ともなると決定打はやはり全力の一撃でなければ通用しないからだ。


「絶対助ける! テメェも倒す!」

「助ける……だと!?」


 昨日のうちに連絡があった。黒竜が四人攫って来たと。

 ここまで聞いて、グリーディアはようやくジンたちの目的を確信した。


「やはり……貴様は奴らの仲間だったか……! それで助けようと……!」

「うおらぁ!」

「なんという無謀な……!」


 可能性としてはグリーディアも考えてはいた。否、むしろその可能性に気付かないほうがおかしい。

 黒竜によって連れ去られてきた人間たち。その後を追ってきた紅竜と、それが消える間際に四方に散った人間たち。人間同士に関係があると考えれば自然とその結論に達するであろう。

 しかしそれでも、どうしても確信までは至らなかった。


 確信できないのには理由があった。

 その理由に思い至って、グリーディアは愕然とする。


「ぐぅ……!? 俺は……っ!」

「ゴチャゴチャ何を考えていやがる!」

「はっ!」


 ジンの声にはっとした直後、目の前に石が飛んできていた。


「づ、っ!」


 ジンが得意とする礫攻撃。それが偶然意識の切れ目に差し込まれた。

 たまらず目を閉じて眼球を守った瞬間に、今度はさらに近いところからジンの声が聞こえた。


「急に隙見せてんじゃねぇーー!」

「ぐが……アァ!?」


 見てからでは間に合わない。食らう。

 グリーディアは無意識に体を丸めて正面をガードする。

 しかしジンの蹴りは横から腰に直撃した。

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