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魔導士たちの非日常譚  作者: 抹茶ミルク
天雷の大秘境編1 魔族と人間
159/256

陽炎のローザ

 


 動きはほぼ見切った。出せるスピードも、パワーも。

 あと何かあるとしたらそれは魔導で、そしてそれが重要だ。


「なかなか……耐えるのね!」

「…………」


 カンナは攻められ続けていても防御を崩さないハルに苛ついているようだ。

 このままでは引き出せないと思ったハルは少し強めに筒を弾くと、攻勢に転じる振りをした。


「っ!」

「…………!」


 カンナは敏感にそれを察知すると、過剰ともとれるほど距離をとった。


「私としたことが少し夢中になってしまったわね……!」


 カンナが筒をハルに向ける。

 筒の奥に魔力の白い輝きを見て、ハルは瞬間的に盾を創造していた。


(射撃型か)


 多くの魔導で最も脅威の大きい瞬間が最初の一発目である。

 今度はハルが過剰ともいえるほどの反応で筒の正面から逃げる。


「はっ!」


 予想通り、魔力の弾丸が放たれた。

 大きさは拳大だが、速度はすさまじい。ハルに当たらなかった弾は観客席と闘技場を隔てる壁にぶつかって派手な砂埃を巻き上げた。


「…………っ」


 当たれば多少なりともダメージはあるだろう。しかしそれ自体に脅威は感じられない。

 筒は砲撃魔導のためのイメージ強化の武器というところだろう。筒を媒体にするという制約条件を設定している可能性も考えられる。

 近接では棒物として、遠隔では銃砲として筒を操るオールレンジ魔導士。そうハルは分析した。


「……っ、ふっ!」

「ほらほらほらほらぁ!」


 銃口の正面に立たないように走る、走る。

 速度をやや抑え、銃口が正面に来た瞬間に加速。これをバレない程度に繰り返すことで砲撃を潜り抜ける。


「ちっ、こっの!」

「……!」


 痺れを切らしたか、カンナは新たな動きを見せた。

 両手で持っていた筒を組み合わせて一本にしたのだ。


「さぁぁ……。吹き飛ぶがいいわ!」


 弾幕は止まり、代わりにチャージのための空白が訪れる。

 そして次の瞬間、ハルの背後で爆発が起こった。


「……ぐ!」


 吹き飛ばされ、転がって受け身を取って走り出す。


(速い……!)


 ハルの目に映ったのは直線状に残る残像だけだった。とても放たれてから躱せる速度ではない。

 加えて先ほどの一発とは比較にならない威力。弾数を削ってその分一発を強化しているのだろう。


「っ!」

「次……いくわよぉ?」


 魔力の高まりを感じる。

 そして、発射。


「がっ!?」

「おっしぃわぁ」


 今度は先の一発より近くに着弾したのだろう。

 ハルの体が爆風に押されてふわりと浮かび、地面に転がって砂を巻き上げる。


(……今だ)


 ハルは足を付けると同時、地面を強く蹴ってカンナへと飛び出した。

 5秒。

 ハルは先ほど計っていたこの次弾の装填完了までの時間で接近を試みる。


「おぉ……っ!」

「うふ、間に合うかしら?」

「っ!」


 まだ時間は経っていない。

 それでもカンナが筒を向ける。


「5秒きっちり待つと思った?」

「……」


 たった一度計っただけだ。それが必ず信頼できる情報とはとても言えないだろう。

 しかし、そんなことはハルも織り込み済みである。冷静に、隠し持っていた棒手裏剣を投げつける。


「な!?」


 身を守るため、カンナは筒でそれを受け止める。砲撃は天に向かって放たれた。

 その隙にハルは手が届くところまで接近する。


 再び剣と筒の近接戦闘になる。

 カンナも筒を二本に戻して手数で押しに来る。


「やるわね!」

「…………」

「だったらこれはいかが?」


 両手同時の打ち下ろしを寝かせた剣で防ぐ。

 カンナはにやりと笑うと、魔力砲撃を放った。


「っ」


 ハルは仰け反ってかわす。


「まだまだ!」


 ただの筒である強みがここにも表れていた。両端の穴はもれなく銃口になり、打ち合いの間にも無数の弾を打ち出してくる。


「はっ……っ!」


 ハルは体を捻り、剣と盾を駆使してそれを捌く。いくつもの弾が体を掠めて飛んでいく。


 観客の盛り上がりは最高潮に達していた。

 ハルとカンナの凄まじい攻防は、遠目にも両者の技量を印象付ける。見る者の目も追いつかないほどの人間離れした動きでハルが捌き、カンナの撃ったそれらが二人の周りに着弾しては地面を抉っていく。


(潮時か)


 ハルは観客の様子を見てそう考えた。

 盛り上がっているのは、心の奥底でカンナの勝利を信じているからだろう。これだけの実力があればそれも納得がいく。カンナは魔族からしても十分強い部類なのだろう。

 負けるにはちょうどいいと思ったハルはすぐに行動に移した。


「ぐ!?」

「あらぁ?」


 ハルの剣が砕ける。

 ハルはすかさず盾を体の正面に持ってくると、そのまま砲撃を受け止めた。

 何発も受け続けるうちに、盾にもヒビが入る。


「……くっ!」


 やむを得ず、という体で飛び退く。誰の目にも体勢を整えるように見えただろう。


「うふふ」

「……っ」


 カンナがハルの足を撃つ。

 ハルは着地と同時に膝をついた。


「ここまでのようねぇ?」


 カンナが最初に見せた嗜虐的な笑みを向ける。

 そして両手の筒で動けないハルへ向けて無数の弾丸を放とうとした。しかし。


「え?」


 黒いモヤのようなものが筒の先に喰いついていた。黒いモヤは大きく口を開けると、カンナの手ごと筒に噛みつく。


「きゃ、熱っ……!」


 カンナが筒を取り落とすと、モヤは羽を生やしてパタパタと飛び立った。


「あーあ。情けなーい」

「なっ!!」

「……っ!?」


 飛び立った先は観客席で、そこには黒いマントで全身を、深く被ったフードで顔を隠した人が立っていた。

 黒いモヤはマントに同化するように吸い込まれる。するとマントがボロボロと崩れてゆき、隠されていた全身を顕わにした。


 腰まである黒髪に、出るところは出て締まるところは締まった美しい肢体。胸の中心からヘソまでを露出する大胆な黒いアーマーを身に着けており、金の縁取りからは剥き出しの肩や太ももが伸びている。腰回りには尻を隠すように黒い布が垂れており、同じく黒と金のロングブーツを履いている。

 色白の皮膚は艶やかで、頭の先から足の先まで一切の傷もない。口は小さく、への字に結ばれている。虚ろにも半開きにも見える目には、まさに吸い込まれるような大きく黒い瞳が浮かんでいる。そして額からは白く長い触角のようなものが二本、風に靡ていた。


「ロ……ローザ様っ!?」

「四天の一人……!」

「陽炎……どうしてここに!?」

「ローザ様だ!」


 観客がその存在に気付くと、ひときわ大きくざわめき、そしてしんと静まり返っていった。


「“黒蛇”」


 その女の足元が黒いモヤに包まれたかと思うと、モヤは蛇になり、女を頭に乗せたまま闘技場へと伸びてきた。


「ロ、ローザ=プリムナード……様……」


 先ほどまで威勢のよかったカンナすら見る影もないほど静かになり、それどころか怯えているようにも見える。


「ニンゲンが見れるっていうからこっそり来てみたけど……」


 ローザが降り立って、手を押さえるカンナを見る。その眼は愛おしいものでも見るような、毒虫を睥睨するような、遥か遠方を眺めるような、不思議な眼だった。

 カンナはまるで魂を吸われてしまったかのようにぺたりとへたり込み、ただ目を逸らせずに怯えていた。


「そのニンゲンに負けちゃう情けない副隊長さんが見れるなんてね」

「まっ……!」


 カンナは必死に、縋るようにローザを見上げて訴えた。


「負けておりません! 今、今! 勝負が決まるところでした!」

「ふーん? 手を抜かれてたことにも気づかなかったんだ」

「……へ?」


 何を言われているのか分からない。そんな顔のカンナの頭に、ローザは優しく手を乗せた。


「弱い子。あなた、いらないわ」


 ローザは言った。

 カンナの頭からぼうと黒い炎が上がった。


「あがっ!? ひあああああああっっ!!」


 モヤに見えたのは炎だったのである。

 黒炎は瞬く間にカンナの全身に燃え移ると、断末魔の叫びを上げる彼女の咽喉を灼き、皮膚を溶かしていく。


 それが異臭を放つ炭になるのに時間はかからなかった。


 ローザはカンナを始末すると、何事もなかったかのように今度はハルを見た。


(ここで死ぬか……?)


 ハルは全力で逃げる算段を立てていた。脚をかばうふりもやめて、いつでも逃げられるように立ち上がっている。


「あたし、ニンゲンがキライなの」


 ローザがへの字の口を開いて、言った。


「だってあの方が嫌っているんだもの」

「…………ッ」


 ハルは完全に逃げることだけを考えていた。

 危険なのだ。このローザという女は。

 ガウスほどの底知れなさはないが、十分すぎるほどの脅威が伝わってくる。

 まず勝てない。

 ハルには逃げるか殺されるか、二つの未来しか見えなかった。


「キライだから、イジメることにするわ」


 突如として立ち塞がったのは、かつてないほどの敵。

 対するハルは満身創痍もいいところ。勝機はゼロ。


(生きる。何としても……!)


 それでも戦いは避けられない。ハルは覚悟を決め、ローザを静かに睨みつけたのだった。

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