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魔導士たちの非日常譚  作者: 抹茶ミルク
天雷の大秘境編1 魔族と人間
158/256

見世物

 


 ハルが連れて来られたのは、例のコロッセオであった。


「…………」


 コロッセオでは魔族たちが武器を持って戦っていた。観客席ではそれを見て応援したり野次を飛ばしたりしている。会場の広さから考えればそれほど人数がいるわけではないが、盛り上がり方は相当なものだ。


(なるほど、“ショー”か)


 ハルは自分が何をさせられるのか察した。

 人間を毛嫌いする魔族のことだ、まさにその人間が参加することでショーは盛り上がるだろう。


「血の気が多い奴はたまにこうやって暴れなきゃ気が済まねぇんだ」

「…………」

「敵なんてここにはいねぇからなぁ。仲間内でやるしかねぇのさ」

「…………」

「いつもは、なぁ? ヒャハハ……」


 上機嫌に話す魔族に連れられて、ハルは待合室のような場所に入った。

 その中の一団、テーブルにカードを広げていた数人がハルの方へ手を上げた。

 ハルを連れてきたこの魔族のツレなのだろう。


「おーい、ドロナド! 遅かったなぁ!?」

「こっちは出場前に殺されちまったんじゃあないかって盛り上がっていたトコだ!」

「うるせ! だったらテメーらが行きゃよかったろーが!」

「お前がカードで負けたんだろう?」

「ちっ!」


 会話を聞くと、どうやらショーの盛り上げ役はこのゲームで負けた者が選んで連れてくるというルールだったようだ。そして負けたのはドロナドというこの魔族だったようだ。


「で? 誰に賭けてた?」


 ドロナドが訊ねると、仲間たちは声を揃えて「ダークエルフ」「人間族の女」と言った。ミュウとマオのことだろう。

 それを聞いたドロナドは嬉しそうににんまりとした。


「じゃあ、俺の一人勝ちか!」

「お前のことだから弱そうなの選んでくると思ったんだよ!」

「だいたい男は重症だって言ってたのは誰だよ」

「しょ、しょうがないだろ! テメーも納得してたろうが!」

「ドロナドぉ~、お前わざと男を選んだのか?」

「馬鹿言え、コイツから言い出してきたんだっての」


 誰を連れてくるかも賭けていたようだ。


 その時、一人の魔族がテーブルに近づいてきた。待合室はにわかに緊張に包まれる。


「お前たち、連れてきたか?」

「はいっ、カンナ様!」

「よろしい。で、これね?」


 カンナと呼ばれたその女は、ハルをつま先から頭までじっくりと見る。

 そして満足したのか微笑んで、真っ青に塗られた唇を釣り上げた。


「弱ってるみたいだけど、いいじゃない。エルメール様もきっと喜ぶわぁ」


 そのまま女は待合室から出ていった。


「……今のは?」

「カンナ様。俺たち第五小隊の副隊長さまだ」

「今回はカンナ様も出場するらしいぜ。直々に嬲ってもらえるかもなァ?」


 なかなか統制されている、とハルは思った。

 有象無象ではない、しっかりとした指揮系統を持った組織だ。あのガウス=スペルギアやレインハルトだけではない。もしも脱出を強硬策で実行しても、簡単には成功しないだろう。


 ハルは思考を続ける。

 自分とカルキが生還する方法はあるのか、それを作るのに必要な行動は何か。

 ハルが自ら志願してここに来たのは必要な情報を集めるためである。これは逃げるためのルートを切り開くチャンスだと思ったから、無理をしてでもここに来たのだ。




 しばらくしてハルの出番が来た。


「主催の意向とはいえ、クク……お前の初戦が俺かァ」


 相手はドロナド。

 自分を下っ端と言っていたことから、ハルの実力を見るための当て馬にされたというところだろう。それでも参加するということはそれなりに腕に自信もあって血の気も多い証拠だ。


「行くぜぇ!」


 ドロナドが剣を構えて突進する。


(ルールは相手を殺さないこと……)


 胸を狙った突きをかわす。


(多少の怪我や事故はセーフ……)


 事前に聞いていた情報と実際の空気から、()()()()()()()()()()()というラインを見極める。

 ここでのハルの目的は敵の強さを測ることと、後に備えて少しでも敵を減らすこと。ただし敵の神経を逆なでしない程度に。あまりやりすぎると、せっかく拾えた命も無駄になるからだ。


「おいおい来いよ! 武器が要らないって言ったのはお前だろ!?」


 ザクリとハルの足元に剣の刃先が埋まる。

 刃は潰されておらず、初撃もいまの攻撃も当たれば大怪我、下手をすれば死ぬこともあり得るだろう。


 つまり、ボーダーラインはそのあたりだ。


「……だいたい分かった」

「!?」


 ハルはベルトに取り付けられたホルダーからカートリッジを一つ取り出す。

 マントだけでなく、特製のベルトや服のポケットにもカートリッジは仕込んである。武器を温存するつもりでマントを置いてきたが、正解だったかもしれない。


「は……ッ!」


 カートリッジに魔力を流し込むと、魔力が指向性を持って噴射される。それを魔導で凍らせて、ハルは氷の剣を作り出した。

 ドロナドの剣を持つ方の指が飛ぶ。


「ぐぎ……ぎゃああああ!!」

「…………」


 ドロナドが剣を落としてのたうち回る。


(どうだ?)


 ハルにとってはこの程度の敵との戦いよりも、この結果が自身の命を脅かすかどうかの方が緊張する。命を取らずに後々まで戦闘不能にしてみたが、果たして観客はドロナドに対してのブーイングを始めた。

 ハルに対する拍手は無いが、同時にハルを殺せという声もない。


(セーフか……)


 ドロナドが下っ端ということも関係しているのだろうが、これくらいなら基本的に問題なさそうだ。



 次の試合はそのまますぐに組まれた。

 今度はハルを含めて四人での戦いになる。とはいえ、ハルが予想していた通り三対一の形になった。


「人間だ、人間をやる!」

「おお!」

「…………」


 当然一人なのはハルだった。

 主催側もこれを分かって組んだカードだろう。


「…………」

「は、え?」


 うち一人の膝裏に、すれ違いざまに剣を突き立てる。靱帯を斬り、骨を砕いた感触があった。

 これでもう満足に歩くこともできないだろう。


「痛、いでええよお!」

「な……!」

「人間めが……!」


 ここにきてようやく、敵もハルが並みの実力ではないことに気付き始めた。

 観客席もざわめいている。大きな怪我を負ってなおこの体さばきに驚く声が広がっているのだ。


「……」


 ハルは同時に走ってくる二人のうち、剣と盾を持った一人に接近する。


「な、くそ!」


 振り下ろされる剣。ハルは剣を持つ敵の手を押さえて動きを止めると、腕を捻りあげた。敵が剣を落とす。

 ハルは捻った腕に膝蹴りを当てた。


「ぎっ、あああ!?」

「…………」


 骨が砕け、悲鳴が上がる。

 ハルは絞られた雑巾のような腕を持ったままそれを最後の敵へと投げ飛ばした。そしてその陰に隠れて低い姿勢で接近すると、ハルを見失っている敵の足首へと強烈な蹴りを放った。


「ごうっ!?」


 崩れ落ちる敵。足首の骨は粉々になってしまっただろう。

 瞬く間に三人を無力化したハルには、すぐにまた次のカードが組まれた。



 次の相手は一人だった。

 だが見るからに雰囲気が今までのそれとは違うし、観客の反応も期待を込めたそれになっている。


 ハルは迷った。どのあたりで負けるべきかという迷いだ。

 強い敵とのカードはそれだけ敵の戦力を無力化できるため願ってもないが、かといってあまり強すぎる敵を倒してしまうと逆に相手側から危険視されて殺される羽目になる可能性がある。

 ただでさえ敵地のど真ん中。命は彼らに握られている。あまり目立つのも良くはないだろう。


「オラァ!」

「……!」


 敵は素早い動きで接近すると、拳を放ってきた。それなりの巨躯から繰り出されるパンチは重い。

 避けたハルは風圧でその威力を感じた。同時にこの程度ならばわざと負ける必要もないと判断する。


「ち、逃がすか!」

「……ッ」

「おっ!?」


 ハルは追撃をされることを嫌がって前に出る。氷の剣が敵を切り裂いた。


「……魔導か」

「はは、効かないなァ!」


 砂が鎧のように敵の体を守っていた。敵は砂の鎧の重量など感じさせない動きで再びハルに接近すると、小振りの連打を放つ。

 ハルはするりと敵の背後に回ると、鎧の上から蹴りを見舞った。


「ぐ!? ふ、効かん効かん!」

「…………」


 敵はよろめきはしたものの、まるで効いていないようだ。

 これでハルの攻撃が通らないことを確信したのだろう。敵は砂の鎧をさらに成長させながらハルを煽った。


「貴様じゃこれは破れまい! 諦めてしまえ!」

「……」


 ハルはいつも通り無言で、ホルダーからカートリッジをいくつか手に取った。魔力が通ると、そのカートリッジは太い針のような氷を生やす。


「……シッ!」

「ぬぐぅ!?」


 ハルは凄まじい速度で敵の横をすり抜ける。

 敵の鎧の隙間、関節部分にはカートリッジが刺さっていた。


「関節をぉ……! だが、この程度……!」

「“氷弾(ヒガン)”」


 特定の言葉(コマンド)で発動するようになっている、特殊なカートリッジ。

 敵の関節に刺さったそれは数多の湾曲した棘を生成し、それは体内から皮膚を突き破って生える。


「ぐあああああああああ!?」


 赤い血に濡れたそれはまるで彼岸花のように。敵の四肢を破壊した。



 やはりそれなりに実力はあったのだろう。観客のざわめきはより一層大きなものとなった。

 疑惑がここに来てようやく確信に変わったのだ。

 ハルという人間は並ではないどころか、恐ろしく強い個体であるという確信に。


(……やはりまずかったか?)


 ハルは考える。

 無駄に力を見せすぎたのか。それは逆に自身も危険に晒す行為だと分かっていながら、それでも自分が生きてあの部屋に戻れる確率とここで敵戦力を削る利を天秤に乗せた、その判断が誤っていたのかもしれないと。


「やるじゃないの」

「……!」


 次の相手。彼女が出てきたということにハルは安堵した。

 少なくとも今ここで公開処刑ショーに切り替わることはないという意味でもあるから。


「私の番のようねぇ? 人間さん?」


 第五小隊副隊長、カンナ。

 ドロナドらに命令を下した、恐らく運営サイドからの参加者。


「強いのねぇ? 私の出る幕を作ってくれて嬉しくなっちゃうわ」

「…………」

「あぁ、どうしましょう?」


 二本の筒を両手でクルクルと弄びながら、カンナは上気した顔で笑った。


「嬲り殺したくなっちゃう」


 それを合図に、カンナは飛び出した。

 筒の正体が分からない以上、接近するのは危険だと判断したハルは距離を詰められないようにと走り出す。


「あらぁ? 逃げないでよ」

「…………」


 ギリギリ彼女が追いつけるように調整して、ハルは走る。

 そして観念したかのように振り返ると、氷の剣で筒を受け止めた。


「うふ、剣術? いいわね」


 そのまま剣と筒の打ち合いになる。

 急所を守るように立てた剣を左右に傾けて、筒の猛攻を受け止める。


「ほらほらほら!」

「…………!」


 その動きはさすがというべきか。明らかに先ほどの砂の鎧の魔族とは違う。

 刃も反りもない筒だからこそ、剣とは違った不規則な軌跡を描ける。その特性を生かした手数は並のそれをはるかに凌ぐだろう。


(…………いいな)


 ハルは防戦一方。を演じながら思考する。


 だいたいこの程度の実力、もしもハルが万全なら瞬殺できるだろう。そして今の状態でも隙さえ見つければ一瞬で勝負はつくし、実際何度かその隙を見逃している。


 見切れる。

 だからこそハルは思った。


(負けるにはちょうどいい)


 と。


「うふふ! 息が切れているわ!」

「…………」


 カンナとの戦いはいよいよもって、本当の意味での“余興劇(ショー)”となる。

 最高の負け時を待ちながら、ハルは猛攻を受け止めるのであった。

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